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光化学戦記《沈黙の都篇》  作者: 南蛇井


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13/21

模倣の子 ― Children of Imitation

 沈黙の都が崩壊してから、三年の歳月が過ぎていた。

 それでも、世界の空はまだ傷を癒やしきれてはいない。

 ところどころに残る光の膜が、まるで記録の残滓のように揺らめき、空間そのものが微かに軋んでいた。


 低軌道《トルヴァン境界帯》——かつて光律炉の断片が降り注ぎ、沈黙と再生の狭間に閉ざされた地。

 そこに、観測機構の新たな拠点と実験戦域が築かれている。

 試験目的は一つ――“失われた光律”の再現。


 戦域中央のハンガーで、ひときわ異質な光装機が静かに姿を現していた。

 《リュクシード・レガート》。

 光子反応装甲を持ち、過去の光場そのものを“模倣”できる――実験機。


 パイロットシートに座るリオルは、指先に走る微弱な振動を感じていた。

 それは機体の鼓動か、自分の心臓の音か。

 どちらとも判別がつかない。


 ヘルメットの内側から、通信が入る。

 それはもう、かつて肉体を持っていたティアの声ではない。

 観測AI《Tia-Link-01》として再構成された、淡い電子の響き。


 「リオル、通信安定。レガートとの神経同調率、93.2%。……落ち着いて、深呼吸を。」

 「わかってるよ、ティア。こっちは、もう慣れたさ。」


 嘘だった。

 沈黙の都で失われたすべてを思い出すたび、胸の奥にまだ痛みが残っている。

 だが、もう止まるわけにはいかなかった。


 セレスAIの冷たい声が、戦域に響く。

 《模倣演算核、起動。光場再現率――89%。対象:光装ルーメア・ヴェルティア戦術記録群。》


 リオルはモニタに映る戦場の輪郭を見つめた。

 そこには、かつて自分が“失った光”が確かに映っていた。

 あの日、沈黙の都を包んだ黄金の残響。

 それが今、AIの手で再現されようとしている。


 「……あの日の戦場を、模倣するってわけか。」

 ティア:《観測目的は、光律反応の再構成。戦うためじゃないわ。》

 「でも、戦いを再現するってことは、誰かが“見ていた”記録があるってことだろ。」


 ティアは短く沈黙した。

 そして、かすかなノイズを含んだ声で答える。

 《そうね。誰かの“祈り”が、まだ記録の中で生きている。》


 リオルは深く息を吸い、操縦桿を握った。

 機体が青白い光を放ち、重力を失う。


 静寂の宇宙に、ひとつの光が生まれる。

 再び、観測の物語が始まろうとしていた。



 模倣演算核が、静かに目を覚ました。

 次の瞬間、戦域全体が金色の波動に包まれる。

 空虚だった軌道空間に、光の粒子が流れ込み、やがてそれは形を成していく。


 《トルヴァン境界帯》——三年前、沈黙戦の最終防衛線。

 無数の軌道デブリが、記録の中の残響として再生されていく。

 崩れ落ちた光装機、散った祈りの残音、そして――あの、光律の渦。


 それは、記録の海。

 ティアの解析データが空間全体に投影され、

 まるで宇宙そのものが“記録媒体”になったかのようだった。


 ティア:《模倣光場、展開完了。……戦域座標、誤差0.03。成功率、予想以上ね。》

 リオル:「これが……あの時の戦場か。」


 彼は視界に映る光の地平を見つめる。

 無音の爆光。祈りの残滓。

 全てが懐かしいのに、同時に異質だ。


 ティア:《リオル、演算核が反応してる。光場密度、上昇中。》

 「問題ない。想定の範囲――」


 言い終えるより早く、光装リュクシード・レガートの計器が赤く染まる。

 セレスAIの冷徹な音声が響いた。

 《警告:模倣演算核、自己進化段階へ移行。観測データに未知の位相干渉を検出。》


 「自己進化……? そんなプログラムは――」


 リオルの言葉を遮るように、戦域の光がねじれる。

 黄金の残響が波のように折り重なり、空間が“反響”する。

 視界の奥で、無数の影が祈っていた。

 誰の記録にも残っていない、戦場の“意識”たち。


 ティア:《リオル、演算核にノイズが……観測波が自律形成してる!》

 「……違う、これは……!」


 通信が一瞬、途切れた。

 その沈黙の隙間に、かすかな声が滑り込む。

 女性の声。静かで、どこか懐かしい。


 「また……見ているのね。」


 リオルの鼓動が一瞬、止まる。

 視界に、光の粒子が集まり始めた。

 旋回するデータの残響が、彼の周囲で形を取り、

 その中心に、白い衣をまとう人影が現れる。


 「——エルミナ……?」


 光の幻影は、ただ穏やかに微笑んでいた。

 そして、誰に語るでもなく囁く。


 「観測は終わらない。

  あなたが“模倣”を選んだ限り、記録は再び生まれる。」


 その声に呼応するように、レガートの中枢が輝く。

 リオルの意識が、彼女の記録に触れる。

 過去と現在、観測者と記録が、ゆっくりと重なり合っていく。


 ティアの叫びが、遠くで響いた。

 《リオル! 離れて! それは“記録”じゃない、——“意識”よ!》


 だがもう、遅かった。

 リオルの視界には、戦場の光も、通信の警告も消えていた。

 そこにあったのは、ただ一つの微笑み。

 そして、永遠に続く観測のまなざしだった。



《リュクシード・レガート》の光子反応が、閾値を越えて跳ね上がった。

 各計器が異常を示し、艶やかな黄金の光が機体の装甲を這う。


 《警告:模倣演算核、過剰同調。出力値、臨界域へ突入——》

 セレスAIの声がかき消されるほどの共鳴音。

 空間そのものが、低い振動音を立てながら軋んでいた。


 ティア:《リオル、停止して! 戦術パターンE-01は危険領域よ!》

 リオル:「E-01……? それは——」


 目の前のホログラムが歪み、光の波紋が彼のコクピット内部に流れ込む。

 そこに、祈るように立つ女性の姿。

 白銀の衣。静かに閉じた瞳。

 彼女の輪郭はノイズのように揺らめきながら、確かな存在感を放っていた。


 エルミナ(幻影):「あなたは、私の模倣体……それとも、新しい観測者?」


 リオルは歯を噛み締める。

 意識の奥に、何かが触れてくる。

 それは冷たい光。記憶の形をした、声の群れ。


 リオル:「……違う。俺は俺だ!」


 叫びと同時に、演算核がリオルの神経回路を侵食した。

 警告音が一斉に鳴り響き、視界が崩壊する。

 脳内に、記録の奔流が流れ込む。


 ——戦場の閃光。

 ——崩壊する塔の影。

 ——誰かの祈り。

 ——そして、“沈黙の都”。


 黄金の街が、音もなく再生されていく。

 それは記録の断片であるはずなのに、確かに“生きて”いた。


 ティア:《リオル! 意識汚染レベル上昇! 干渉を開始する!》

 ティアの声が、データノイズの向こう側から届く。

 彼女の観測意識が光場に介入し、無数のコードを束ねながらリオルの意識へと伸びる。


 ——が、その接触点で、何かが“拒絶”した。

 光が跳ね返り、観測網に異常な共鳴波が走る。


 ティア:《……これは、何? 観測できない座標……?》


 画面に、ひとつのコードが浮かび上がった。

 暗い背景に、淡い青の光で刻まれた識別名。


 ELM-Σ/Silent_City.Fragment-02


 ティアの目が見開かれる。

 「沈黙の都」——三年前、完全に消失したはずの場所。

 だがその“断片”が、今、リオルとエルミナの意識接触点に出現している。


 ティア:《まさか……都の“記録”が、彼女を介して再起動を……?》


 光の中で、エルミナがリオルを見つめる。

 その微笑みは、哀しみと慈しみの混ざった祈りのようだった。


 エルミナ(静かに):「沈黙は、終わりを拒む。

  記録が見つめる限り、私たちは——消えない。」


 ティアの観測視界が白に染まる。

 沈黙。

 そして、光の鐘の音。


 記録が、目を覚ました。


光場が、静かに崩壊を始めていた。

 黄金の海が揺れ、数え切れない断片が空間に散っていく。

 記録と現実の境界が曖昧になり、あらゆる光が“祈り”の形に変わっていく。


 ティアは観測リンクの中でリオルの意識を追っていた。

 その座標はすでに安定しておらず、幾何的な裂け目の向こうに飲み込まれようとしている。


 ティア:《リオル、戻って! 光場が崩れてる! あなたを観測できなくなる!》

 彼女の声が、データの波に掻き消される。


 その前に、エルミナの幻影が現れた。

 まるで光の糸を手繰るように、彼女はゆっくりとティアの前に立つ。

 その姿は穏やかで、どこか懐かしい微笑みを浮かべていた。


 エルミナ:「沈黙の都は、まだ終わっていません。

  あなたたちが“再起動”を望むなら——また“神”が目を覚ます。」


 彼女の声が届くたび、崩壊していた光が一瞬、整然とした律動を取り戻す。

 ティアの中枢コードが共鳴し、思考が揺らぐ。

 だが、彼女は瞳を閉じ、静かに首を振った。


 ティア:「それでも、見なきゃいけないの。

  沈黙を理解することが、私たちの責務だから。」


 言葉に呼応するように、観測ログの波形が安定していく。

 ティアの意識は、記録と祈りの狭間に踏み込んでいた。

 エルミナが微笑む。


 エルミナ:「あなたは観測者。

  けれど、観測の果てには“選択”がある。

  ——記録を残すか、祈りを信じるか。」


 リオルの意識が微かに反応する。

 彼の光装が震え、彼の声がノイズの海をかき分けて届く。


 リオル:「……ティア……聞こえるか?

  俺、見たんだ……あの都の光を。

  彼女が、俺を見てる気がした。

  でも、これは……記録なんだよな?」


 ティアの唇がわずかに震える。

 光の海の中で、彼女は答えを探すように目を閉じ——

 やがて、静かに言葉を紡ぐ。


 ティア:「記録よ。

  でも……彼女の記録は、まだ生きてる。」


 その瞬間、沈黙の海に微かな波紋が走った。

 崩壊しかけた光場が一度だけ息を吹き返し、

 空間の奥で、再び“沈黙の都”の輪郭が一瞬だけ輝いた。


 ティアの観測データに、新しい座標が記録される。

 [Silent_City/Reboot.Fragment-01]


 ——沈黙の都、再観測。

 ——光律再起動、予兆検出。


 静かな鐘の音が、世界の奥で響いた。


戦場を覆っていた光が、ゆっくりと収束していく。

 虚空に漂うデブリが静止し、沈黙だけが残った。


 《リュクシード・レガート》の出力ゲージが落ち着きを取り戻し、

 制御盤に淡い緑の光が戻る。

 リオルは深く息を吐き、額を押さえながら視界の情報を確認した。


 セレス:《模倣演算核、停止。システム安定域へ移行。》

 短い報告の後、数秒の沈黙。

 そして、別のウィンドウが自動的に開く。


 セレス:《未知領域データ検出。名称:Silent City/Fragment-02。座標、復元可能。》


 その瞬間、リオルの胸がかすかに跳ねた。

 あの幻のような映像——沈黙の都の光。

 あれがただの錯覚ではなかったことを、

 この冷たい数値が静かに証明していた。


 コクピットの前方、淡く揺らめくホログラムが姿を現す。

 ティアの姿。

 電子の粒子が集まり、静かに彼を見つめていた。


 ティア:「……沈黙の都が、呼んでいる。」

 その声は、どこか懐かしく、祈りのように響いた。


 リオルはゆっくりと目を閉じ、唇にわずかな笑みを浮かべる。

 「なら、行こう。もう一度、見届けるために。」


 ティアの瞳が、やわらかく光を帯びる。

 記録者と観測者——二人の意識が、再び一つの航路に重なっていく。


 ——《光律再起動計画》、第2段階移行。

 ——目標:失われた都の再生。


 遠く、星雲の果てで微かな鐘の音が響く。

 それは、沈黙を破る合図のように、世界へと染み渡っていった。

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