プロローグ 月神虎兎という元殺し屋で元スパイで元大怪盗な少年
時には、殺し屋。
時には、スパイ。
時には、大怪盗。
コードネーム『うさぎ』。
それが俺――月神虎兎。
だけど今日からは違う。
俺はボスに勧められた日本で、今日からただの高校生として過ごすんだ。
***
「今日を以て、解散とする」
半年前、俺が所属する組織が解散した。
その組織の主な仕事は、法で裁けない悪を始末したり、奪われた機密情報の奪取、さらに不当な方法で取引された美術品の回収だった。
そんな組織が解散するとこになった原因は――
「お前らが派手に暴れるから。各所への修繕日の支払いで財政破綻しました」
その所為で俺や同僚たちは職を失い、散り散りになった。
そして俺は、試しに表の世界で生活してみることにした。
その第一歩が、俺ぐらいの年齢の友達を作ることだ。
組織にも俺と同年代の子供はいたけど、友達というよりも家族みたいだったし。
普通の生活にも、多少興味があったんだ。
任務で学校に潜入して通ってたことはあるけど、あの頃はキャラを作ってた。
本当の自分で学校に通うのは初めてだ。
今、俺の中には、大きな仕事を前にした時ぐらい、ワクワクしかない。
こんなのスパイとして、数十発のミサイルの発射を阻止した時以来だ。
一体どんなことが俺を待ってるんだろう。
***
「――なんて期待してた時期もありましたよ」
高校へ入学してから数日後。
元同僚が経営するバーにて。
俺はカウンター席でグラスに入ったミルク片手に、落ち込んでいた。
「今時の高校生、何考えてるの? 銃すら携帯してないとか、信じられない‼」
「俺はお前の発言が信じられねぇよ。何? 銃携帯して学校に行ってるの?」
「当然じゃないですか。最低でも常に二丁は携帯してますよ」
「バカッ! 俺の店で危ないもん見せんな‼ 志藤のバカは何も注意しないのか‼」
グラサンにドレッドヘアー。
さらにバーテンダーの衣装に身を包んだ、元同僚――レイさん。
俺らの組織では話術を駆使して多くの情報を集めていた人だ。
そんな人も今や一国の主。小さいながらも立派な店を構えてる。
「やっぱりお前、向いてないんじゃないの?」
グラスを拭きながらだった。
「お前は他のやつらと違って、赤ん坊の頃から組織で育ったからな」
「おかげで色々な知識を叩き込まれましたからね。気づけば組織の稼ぎ頭ですよ」
「物を一番壊してたのもお前だけどな」
「任務達成のためには必要不可欠でしたから。ボスも『正義のための破壊はアリだ』って言ってましたよ」
「……だから財政破綻したんだろうな、ウチの組織」
俺の言葉にレイさんが青い顔をする。
心なしか声もぎこちなかった。
「それで? お前、まだ学生を続けるつもり?」
「他にやりたいこともないですし。まだ友達すらいませんから」
「お前らしいな」
俺の言葉にレイが笑い掛けた。
そこには俺に対する呆れた感情も混ざっていたと思う。
話が一段落するとレイさんは、軽い咳払いをしてから。
「ところでその~なんだ、志藤は学校で元気に先生やってんのか?」
「元気ですよ。元彼なんですから、本人に聞けば――」
「おまっ……そういうところだぞ‼ だから格好いいのに、誰もお前を異性として見ないんだ。もう少しオブラートに包むことを覚えろ」
俺にはレイさんが、何をそんなに慌てているのかわからなかった。
別に今更その件で照れる必要なんてないのに。
組織の皆、レイさんが未だに先生に気があるのは知ってるのに。
「お前さ。友達、友達言ってるけど、彼女とか作る気ないわけ?」
「恋人ならいましたよ。潜入任務の期間限定でしたが」
「お前、見た目だけはいいからな。白い髪に赤い瞳、背だって高いし」
「すごい疲れましたけどね。たぶん俺、結婚とか恋愛とか無理ですね」
「……うん、俺も何となくそう思う」
任務で異性に近づき、情報を探ることは何度もあった。
でも一度も楽しいと思ったことはない。
むしろ疲れることの方が多かった。
仲間以外の相手に一日何度も連絡とか、正直面倒くさい。
「というわけで俺、そろそろ帰りますね」
「もうこんな時間か。確かに二十二時過ぎ、学生の一人歩きは危険だからな」
ゴトッ。
「あ、まずい。制服の懐からサバイバルナイフが」
「……主にお前を補導した警官の身が」
***
バーを出た俺は夜の街を抜け、帰路についていた。
俺が住むのは、3LDKのマンション。
今の高校へ行くのが決まった後、散々探してようやく見つけた。
決め手はやっぱり安全性。あの部屋なら狙撃される可能性もないだろう。
そこそこ値段は張ったけど、防音性にも長けていて非常口は二つ以上ある。
「そういえば、食パンが切れてたな」
一人暮らしだから食事には一番気を使ってる。
朝はパンと白米のローテーション。
昼は弁当を持参して、夜も魚や肉を交互に食べている。
たぶん組織に居た子供は皆、食事には結構気を使ってる方だ。
なにしろ、料理長が食に厳しい人だったから。
少しでも栄養バランスを掻いたり、好き嫌いをしようものなら、調理長の銃が簡単に火を噴いた。レイさんはよく、交渉をして他人に押し付けていたけど。
そんなことを考えていると、いつの間にか家の近くにあるコンビニまで来てた。
近所のスーパーもよく使うけど、この時間帯だとこっちで買い物した方が断然早い。
でも、そのコンビニへ入店すると――
「手を上げろ」
聞き慣れた入店チャイムの後、聞き慣れない声が聞こえた。
すかさず確認して見ると強盗が二人。それも両方、銃を所持していた。
一人は入口を見張り、もう一人はレジ前で拳銃を突き付けてる。
他に店内に居たのはレジに店員が一人と、その近くに客が一人。
どっちも俺と同い年ぐらいの女の子だ。
レジ側に立つ店員は、長い黒髪のやや地味目な印象を漂わせる女の子。
レジ近くに立つ客は、長い金髪をポニーテールにしたギャルな女の子。
どちらも見覚えがある。二人とも確か、俺と同じクラスに居たはずだ。
当然、話したことは一度もないけど。
「なにボケ~っとしてるんだ‼ 早く手を上げろ‼」
入口に立つ俺に向けて、目の前に立つ強盗の一人が怒号を浴びせてくる。
その間も俺は頭の中で軽いシミュレーションを行い、ある結論に辿りついた。
俺一人なら簡単に制圧することもできる。ただし民間人二人の安全を考えない場合だ。
やはり二人も庇いながら真正面から無力化するのは正直難しい。
それにクラスメイトの前では流石に銃も抜けない。
だけど俺の銃を使わなくても無力化する方法ならある。
「わかりましたよ。大人しく手を上げますから」
「そうだ。それでいいんだ」
「ところでおじさん。自分、意外と器用なんですよ」
「それがどうした‼ 大人しく、俺たちの仕事が終わるまで――」
「だから、こんなこともできるんです」
俺は手を上げるフリをして、自分に向けられていた銃に青いハンカチを被せた。
それに気づいて、慌てる強盗犯の一人。
レジ前に立つ強盗は、こちらで何が起きているのかわからないみたいだった。
首を傾げながら、こちらの様子を窺おうとしている。
そしてレジ前の強盗が思わず、一歩踏み出した直後。
俺は店の入り口に居た強盗の銃からハンカチを取り払った。
するとそこには。
「お、俺の銃が⁉」
そこには子供が持っているような、緑色のプラスチック製の水鉄砲が。
「何をしやがった‼」
水鉄砲を投げ捨てる強盗。
その動きで前方の視界が広くなった一瞬、俺は躊躇わずそれを引いた。
手品を使い、強盗から奪った銃の引き金を。
発射された弾丸は、乾いたパンッ! という音と共に真っ直ぐ飛ぶ。
レジ前で店員に向けて銃を構えていた、もう一人の手を撃ち抜いて。
「いっ……」
レジ前で銃を離して、その場で蹲る強盗。
その様子を目の当たりにして、駆け寄ろうとするもう一人。
だけどそうは問屋が卸さない。
俺はワザとらしく。
「おっと。怖くて手が勝手に」
銃のグリップで、駆け寄ろうとした方の後頭部を思いっきり叩いた。
これで無力化完了。言い訳としては、銃を奪ったら偶然犯人の手を撃ってしまい、動揺してもう一人を殴ってしまったみたいな感じだ。これできっと乗り切れるはずだ。組織の後ろ盾がないとこういう時、言い訳を考えるのが面倒で困る。
言い訳も決まったところでとりあえず。
俺は履いていた靴を脱ぎ捨てる。
そしてそれをレジ前で蹲っていた強盗に向け蹴る。
それは勢いよく、強盗の顔面に命中して完全に意識を絶った。
それを確認した俺は。
「警察、呼んでくんない?」
そうレジに立っていた同級生に頼んだ。
***
「袋は無くて大丈夫です」
強盗をガムテープでグルグル巻きに拘束した後。
俺はレジで六枚切り食パンを買おうとしていた。
「あのう~……同じクラスの月神虎兎君ですよね?」
「人違いです。自分はただの山田太郎という客です」
「でも外見が……」
「世の中には似た人間が三人いますから」
「でも私が通ってるのと同じ学校の制服……」
「コスプレです。最近流行ってるんですよ。実際にある学校の制服を着るのが」
今更になって流石にやりすぎたと実感した。
そのため意地でも他人のフリをする覚悟だ。
それに警察が来る前に、しれ~っと帰らないと。
よくよく考えてみたら、警察には今ウチの組織にいた仲間が一人いる。
それも俺の直属の上司だった人が。
間違いなく小言を言われる。
そんなの勘弁だ。
「ぽ、ポイントカードの方は――」
「待ってください。今出します」
俺は財布の中を漁り、ポイントカードを取り出す。
その間もレジに立つ黒髪の女の子が、ジロジロと俺の顔を見ていた。
さらに後ろからも妙な視線を感じていて、思わず銃を抜きそうになる。
平常心だ、平常心。今銃を抜いたら、俺までコンビニ強盗にされかねない。
それにこの視線なら覚えがある。
教室で俺の後ろに座る店内にいたギャル。
彼女がいつも俺に向けてくる視線だ。
「合計で223円になります」
ポイントカードのスキャンを終え、店員の女の子が合計金額を述べる。
買った商品は一つだから、『単品で223円になります』の方が正しいと思うけど。
やっぱりまだ日本語はよくわからない。
言語としては習得してるけど、細かいところが気になるんだ。
俺がレジの子の発言に違和感を抱きながら、財布の中の小銭を集めていると、後ろから白くて細い手が伸びて来た。その手はレジ前に置かれたトレイの上へ、チャリンチャリンとお金を置く。音でわかる、食パンの金額と同額のお金だと。
「何の真似ですか?」
俺は脇下から後ろの様子を確認する。
するとそこには例のギャルの姿が。
「別に。ただ助けてもらったお礼よ」
「助けてません。ただ偶然が沢山重なっただけですよ」
俺は組織に居た頃に叩き込まれた作り笑顔を向ける。
これを向けると決まって異性は俺から距離を置く。
この作り笑いを教えてくれた人によると、俺には天性のテクニックがあるらしい。
その言葉の意味はよくわからないけど、使えるものは使う。それが俺のやり方だ。
「…………」
案の定、ギャルは両頬を抑えて俺から顔を逸らす。
そして俺の後ろでしゃがみ、軽く頭を抱えていた。
俺はそんな彼女を無視して、自分の財布からお金を出す。
「すみません。今すぐお金は出すので、そのお金は彼女に返してあげてください」
「わ、わかりました‼」
俺は握った手を店員さんに向けて伸ばす。
トレイにはギャルのお金があり、混ざる可能性があったからだ。
俺だって元裏の世界ナンバーワン。
自分の生活費ぐらい自分で賄える。
貯金なら組織に居た頃、しこたましたし。
俺がお金を渡すため、手を広げようとした時だった。
微かに店員の女の子の手が動き、微かに開いた俺の手のひらの指先に触れる。
その動きにまた銃を抜きそうになったけど、彼女に敵意がないのはわかっていた。
だから多少は我慢できた。
「に、223円ちょうど、お預かりしますね」
それにしてもなんでこの店員、急に顔を真っ赤にしてるんだろう。
急な強盗事件に逢って、ストレスで熱でも出たんじゃないのか?
「体には気をつけてくださいね」
俺は彼女にも向けて再び作り笑いをした。
単純に体を気遣ったセリフを言うために。
しかし店員の彼女も、俺から顔を逸らす。
今は別に排除するつもりはなかったのに。
俺は疑問を抱きつつ、食パンを持って店を出ようとする。
すると後ろから声が聞こえた。
「お、お客様‼ 警察が来るまで店内でお待ちを――」
俺はそれを振り切って、店内から駆け出す。
店を出た俺が一度振り返ると、店の中では二人の少女が同時に溜息を吐いていた。
***
その翌日、いつものように登校するとすかさず職員室へ連行された。
そして俺が今いるのは、職員室横に設けられた応接室。
俺が向かい合うのは、スーツをビシッと綺麗に着た女教師だ。
この女性と俺は生徒と担任というだけでなく、完全な顔見知りである。
昨日も訪れたバー『ドレッド』のマスター、レイさんの元彼女。さらに俺の元同僚だ。
今の名前は音無静香、国語教師。組織では主に俺の教育係を担っていた。
だから俺は昔から彼女を『先生』と呼んでいる。
「昨日、お前の家の近所のコンビニで強盗騒ぎがあった。知っているな?」
「何も知りませんよ。その頃なら、レイさんの店から帰宅していた頃です」
「警察が防犯カメラを調べたところ、お前によく似た男がカメラに映っていたらしい」
「他人の空似ですよ。それでその俺のソックリさんが何かしたんですか?」
「店内で発砲。さらにその後、何事もなかったかのように買い物をしていた」
「いるんですね~。そういう図太い人間が俺以外にも」
不機嫌そうな先生が俺の顔を睨む。
まるで俺が犯人と決めつけているような目だ。
人を簡単に疑うのはやめてほしい。
確かに俺がやったことだけど。
「まあいい。この件に関してはあいつの方で揉み消してもらった」
「そんな必要ないですよ。俺は本当に無関係――」
「もういい。とりあえずその軽い口を閉じろ。私がしたいのは別の話だ」
「別の話?」
先生の声のトーンが変わる。
さっきまでは怒りのトーン。
でも今は完全に真剣なトーン。
どうやら真面目な話をするらしい。
「お前は普通の生活を求めて、学生になったんじゃないのか?」
「…………はい?」
先生からされた質問。
その問いに俺は間の抜けた返事をした。
あまりにも予想外過ぎる質問だったからだ。
「お前に色々な技術を叩き込んだのは我々だ。それで恨まれていても仕方がないが、普通の生活を送りたいなら、組織で培った技術を日常的に使うのはいかがなものかと思う。お前の葛藤もわかるが――」
「ちょっと待ってください」
俺は先生の言葉を遮って、少しだけ考える。
普通の生活? 恨み? 葛藤?
先生は何の話をしているんだ?
……俺、そんなもの一切抱えてないんだけど。
「先生は色々と勘違いしてますよ。第一に俺、別に普通の生活とか求めてませんし」
「そんなことは‼ ならどうして高校生なんてやって――」
「だって子供は学校に通うものですよね?」
「…………は?」
「それに組織で培った技術は便利なので今後も使いますよ。むしろ、教えてくれたことに感謝してるぐらいですし。葛藤ってまさか先生、俺が過去の殺しの仕事を引き摺ってるとか思ってましたか? 俺そういうところはドライなので、あまり気にしませんよ。強いて言うなら、楽しかった仕事を思い出しては胸をときめかせてます」
俺の言葉に先生の顔が見る見る青ざめていく。
そして先生は机に突っ伏して。
「だから私はあり得ないと言ったんだ~‼」
大声で叫んでいた。
いつもの冷静沈着な先生はどこへやら。
一体誰に変なことを吹き込まれたんだ。
「昨日の夜、レイのやつからお前が学校のことで悩んでるって相談が――」
「それ、友達が出来なくて悩んでるだけです。それ以外、悩みなんて一切ないですよ」
「レイのバカ野郎‼ あいつ、次に会ったら絶対に殺してやる‼」
レイさん、一体先生になんて電話したんだろう。
それにしても。
「先生、俺とは付き合いが長いのに。俺の本質がわかってなかったんですか?」
「そんなことだろうとは思ったさ。でもレイのやつ程、人の感情を読み取るのに長けたやつはいない。私の勘よりもあいつの調査力の方が精密さは上だ。だから信じたのに……」
「レイさん、身内のことになると腕が鈍りますからね」
その代わり、他人相手だとどんな情報も聞き出してくれる。
そのおかげで何度、任務中仕事がスムーズに進んだことか。
「その件に関しては本当に済まなかった」
顔を上げた先生が机に両手をつき、深々と頭を下げる。
先生は昔から怒ると怖いけど、しっかりと謝れる尊敬できる先生だ。
俺にとっては、かなり歳の離れた姉みたいな存在でもある。
とりあえずこれでお説教も終わりかな。
「ところで虎兎。お前、常に銃とナイフを持ち歩いているらしいな?」
どうやらそうもいかないらしい。
そこから鬼の説教は始業ベルが鳴るまで続いた。




