謁見2 71
大きな両開きの扉が開かれると、まるでどこかに迷い込んだような気持ちになった。二階の一室のはずなのに、見上げるような高い天井と、巨大な柱が並ぶ広間が目の前にある。
ステンドグラスから漏れ込む色の付いた光が柱や壁を彩っているように見えた。歩く場所には赤い絨毯が敷かれている。
軽い足取りで前を歩くリネアに付いていき、謁見の間の奥へと向かった。謁見の間の左右の壁には剣を腰に差した騎士達がおり、奥には十段ほどの階段があった。そして、階段の上には豪華な椅子があり、そこには国王と思しき男が座っている。失礼にあたる可能性がある為、顔は上げていない。
「そこで歩を止めなさい」
階段まで残り十メートルほど。その辺りで、階段の下に立つ男が声を掛けてきた。その声に従い、歩みを止める。リネアは絨毯から外れ、その男の方へ向かった。
リネアと同じく、金髪碧眼のイケメンだ。年齢は二十代中頃だろう。細身でシュッとしたシルエットはモデルのようである。リネアに似ているが、兄だろうか。
「そのまま、跪くように」
言われるまま、その場で跪く。そっと後ろを見ると、イリーニャ達もすぐに跪いていた。よし、問題ないぞ。
じっと待っていると、階段の上から声を掛けられた。低い、男の声だ。
「顔を上げて良いぞ。魔の森を開拓せし者達よ」
その言葉を聞き、顔を上げた。ようやく、階段の上にいる者の顔を真正面から見る。金髪茶色の目。簡易的な鎧に分厚い赤のマントを羽織っているが、それでも筋肉質な体型だと分かった。年齢は五十歳前後といった様子だが、生命エネルギーが体から溢れているように力強かった。
こちらが顔を上げたのを確認し、男は再度口を開く。
「……我はマルクス・ロス・テオドーラ。このテオドーラ王国の国王である」
男が名乗り、顎を引く。テオドーラ王国、国王。つまり、近隣で最も力を持つ存在だ。もしかしたら、世界一の権力者と言えるかもしれない。
その絶対的権力者が、面白いものを見るような目でこちらを見下ろしている。
「お主がラーシュか。とてもではないが、リネアに聞いたような特別な存在には見えぬな。そちらの獣人達は確かに強そうだが」
マルクスはそう評価し、観察するようにこちらを見た。特に、蔑むような意図は感じられない。単純に、子供が不思議なスキルを使うことを疑問に思っているのだろう。それが伝わる為、特に気にすることはなかった。
だが、リネアは違ったらしい。
「お父様? 私の恩人に失礼ではありませんか?」
丁寧だが、低いドスの効いた声だ。その問いかけに、マルクスはウッと息を呑んだ。実の娘の声に、明らかに動揺しているように見えるが……。
「い、いや、悪い意味ではない。ただ、こんな子供がどのようなスキルを使い、戦うのかと気になってだな……」
慌てて説明をするマルクスだったが、リネアは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
「そんな質問はこんなに人が多い場所ですべきではないと思いますが、いかがでしょう?」
実の父とはいえ、国王を相手に物凄く厳しい。もしや、リネアが影の王ではあるまいか。
そんな疑問を持ち始めた頃、階段下に立つ金髪碧眼のイケメンが苦笑しつつ口を開いた。
「……陛下。恐れながら、今回は王女の危機を救った者達との謁見です。そちらを終えてから、改めて話をするのはいかがでしょうか」
そんな提案に、マルクスは咳ばらいをして頷く。
「うむ、そうだな。では、ラーシュよ。リネアから聞いているだろうが、ハーベイ王国との協定により、お主らの住む魔の森の一部は我が国の領土となった。とはいえ、我が国の領土となる前から、森を自らの力で開拓して村を築いたことを考慮し、その村を特別自治領という扱いにしておこう」
その言葉を聞き、口を開いた。
「……発言をしてもよろしいでしょうか」
尋ねると、マルクスが首肯する。王からの問いかけ以外で発言するのは基本的に失礼にあたることが多いが、これだけは公の場で明確にしておきたかった。
「……特別自治領は、どのような扱いになるでしょうか?」
その質問に、マルクスは口の端を上げた。特別自治領と一口に言っても、内容は様々なものがある。特に、大国であれば属国や吸収した小国などをそういう扱いにすることがあった。特別自治領内の文化、教育の維持、特別な税制など、色々だ。
確か、テオドーラ王国では人頭税を敷いている筈だ。国土が広い分だけ、最も納税の管理をしやすい方法を選択している。その額は覚えていないが、収入の少ない辺境の者や労働力として数えられない者は半額となる筈である。
さて、魔の森の村はどうなるのか。
「……その年齢にして、中々良く学んでいるようだな」
こちらの意図を察して、マルクスは笑みを浮かべて答える。
「魔の森内の村に関しては、人頭税は不要とする。また、村での産業があると聞く。それに関しては、こちらが指定した商会を通して王家に納めるように。売買代金はその都度、商会と協議して決めて良い……これは、どの領地、どの人物に対しても与えていない特別な待遇である。それを知っておくように」
マルクスははっきりとそう告げた。その言葉に、騎士達が小さく驚きの声を上げる。それはそうだろう。これは、王家が村を庇護すると言っているようなものだ。そんな特別待遇は上級貴族でも受けられるものではない。唯一、王族に連なる公爵家などならあり得るかもしれないが……。
「ありがとうございます。特別自治領の扱いについて、承知いたしました」
公の場での国王陛下の言葉である。これをこちらも納得し、認めた。この事実が最も大切なのだ。
「聡いな……これは、後々が楽しみだ」
そう言ってマルクスが笑い、再び口を開いた。
「さて、村の運営についても話しておこう。本来、領地には領主、代官が必要となる。通常、王国貴族が必要だが、今回はリネア王女唯一の直轄領とする。代官はその村の村長とする」
「承知しました」
最後のマルクスの言葉に返事をし、謁見は終了となった。




