【過去編】 めっちゃ美少年 6
イリーニャの説明を聞いても、即座に理解できなかった。一瞬、新しいチャプター、シナリオが始まったのかと思ったが、キャラクター名を強引に変更するなどあり得ない。
いや、そもそも、この尋常ではないほどのリアリティーはおかしい。ベッドの上を移動した際に感じた手や足の感触。衣擦れやベッドの軋む音。布と木の香り。不意に頬を撫でた風……どれをとっても現実感があり過ぎる。
そう思って、自分の頭を両手で触ってみた。
VRゴーグルが無い。
代わりに手に触れたのは柔らかな髪の毛の感触だ。次に自分の耳に触れてみて、頬をなぞるように顔の輪郭を確認する。お肌が剥いたばかりのゆで卵のようだ!
「……鏡とかあるかな?」
放心状態で尋ねる。震える自分の声。その普段よりずっと高い声に、今更ながら大きな違和感を覚えた。
「あ、こちらに……」
そう言われて、室内の壁面に設置された鏡を指し示される。窓とは反対側だ。ベッドから降りて、裸足で厚みのある布の上を歩く感覚にむず痒さを覚えながら進み、鏡の前に立った。
そこには、見慣れぬ美少年の姿があった。青い髪、紺色の瞳。そして白い肌。これらはキャラクターの特徴通りだが、明らかに若すぎる。年齢は、恐らく五歳前後。そんな美少年が、驚いて目を丸く見開き、ぱちぱちと瞬きをしている。
無言で両手を広げてみたり、片足を上げてみたりする。美少年というだけでそんな動作も絵になるな、等と自画自賛しつつ、これがゲームではないという事実を実感していた。
ならば、夢か。いや、それにしても……。
鏡の前で色々とポーズをとりながら思案していると、後ろでイリーニャが両手を合わせて音を鳴らした。
「お上手です!」
「え? 何が?」
ダンスと思われたのだろうか。ズレた賞賛を受け、動揺しつつも気分が良くなる。もっと褒めてくれても良いのだよ、イリーニャ君。
そんなことを思いつつ、急に自分の足元が不安定になったような感覚に陥ってしまう。やばい。現実の自分はどうなってるのか。まさか、ゲームの中にトリップしたのか。いや、これが噂の異世界転生か。ならば上級貴族の伯爵家に生まれるなんて超恵まれたスタートではないか。あ、地球と同じ爵位が並んでいるとは限らないか。とはいえ、それでも貴族なら十分な気もする。
自分でもよく分からない状態になり、脳内で様々な言葉が浮かんだり消えたりする。考えがまとまらない。
そう思った時、ふと似たような状況が過去にあったことを思い出した。
これは、新しいゲームを始めた時、特にLOGを始めた時と同じ状況ではないか。ゲームの世界に初めて足を踏み入れて、右も左も分からなかったあの時。最初にすることは情報収集である。それは、今でも通じる行動選択に違いない。
「……イリーニャ。色々と教えてほしいんだけど、良いかな?」
顔を上げてそう聞くと、イリーニャは再び目を瞬かせて首を傾げたのだった。
それから着替えもせずにベッドの上に座っての質問攻めをすること一、二時間。もしかしたらもっとかもしれない。イリーニャは緊張したり戸惑ったりはしていたが、懸命に答えてくれた。
その結果、分かったことは大きく分けて三つ。
まず一つ目はこのフォールンテール伯爵家がある国のこと。歴史ある大国の一つとされるハーベイ王国は、広い領土と豊かな土地を持っている。爵位は不思議なことに地球の多くの国で採用されるものと酷似していた。つまり、フォールンテール伯爵家は公爵、侯爵に次ぐ第三位だ。王家と王族の血を引く公爵家は別格のようなので、実質侯爵家に次ぐ第二位の貴族といっても良いだろう。
しかし、フォールンテール伯爵家は少々立場が危ぶまれていた。イリーニャが恐る恐る教えてくれた内容なので曖昧だったが、王家が認める功績を挙げなければ降爵といって、伯爵から子爵へ落ちてしまうこともあるようだ。二代続けて功績を残せなかった場合、間違いなく降爵するようだが、なんと今のフォールンテール伯爵家当主であるヨハンソンはまだ功績を挙げていないとのこと。マジで頑張れ、ダディ。
ちなみに、ハーベイ王国では獣人の扱いが酷く低いらしい。他の国でも比較的立場が弱い獣人たちだが、ハーベイ王国では殆どが奴隷かそれに近い扱いで生活しているとのこと。なんと、イリーニャも幼い頃に奴隷として買われたそうだ。可哀想に。
そして、その流れで教えてもらった二つ目はそのフォールンテール伯爵家のことだ。現当主は我が父であるヨハンソン・ブラン・フォールンテール。ミドルネームが僕と違うのは母方の姓が入っているらしい。マザーは偉大なのでファミリーネームを残そうということである。
伯爵家の立地もあまり良いとは言えず、大陸中央側の国境付近。つまり、王国領土の端っこの上に、二つの隣国が睨みを利かせている辺境ということである。その一つは大陸最大の大国であるテオドーラ王国というから恐ろしい。ちなみに、フォールンテール伯爵家の特産物は小麦と布工芸品などとのこと。
最後に、三つ目だ。もちろん、それは自分。見目麗しいラーシュ君である。もう可愛いとかを超えて美しいラーシュ君のこともイリーニャに尋ねてみた。
当初、立場が危ういとはいえ上級貴族の生まれは有難い。そう思っていたが、またまた悲しい事実が発覚する。なんと、実母であるアンナ・クレイ・フォールンテールはもう亡くなってしまったらしい。子爵家から嫁いでくれた才女で、立場が下の者たちにも優しい人だったらしく、ものすごく残念かつ悲しいことだ。
更に、ラーシュ君の不遇は続く。マミーが亡くなって僅か半年後、後妻に伯爵家派閥の男爵家令嬢のオリヴィアさんが嫁いできたようだが、僕のことを邪険に扱っているとのこと。使用人のイリーニャがそう言うなら、本当に塩対応なのかもしれない。継母事件だ。
それでも、本当なら嫡男である僕の立場は絶対の筈だったのだが、そのオリヴィアには早々に二人の子が生まれ、なんとどちらも男の子だったとのこと。
つまり、僕が死ねばオリヴィアの実子が当主候補の第一位に浮上するのだ。
ヤバタニエンとはこのことか。
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