【別視点】 怒り 52
【オリヴィア】
何故、こんなことになってしまったのか。
送り出した子飼いの暗殺者たちが中々報告に戻ってこないとは思っていたが、森の中を探索することを考えたら不思議にも思わなかった。どこに隠れ住んでいるのかは分からないが、簡単には見つからないだろう。そう思っていたのだ。
だが、何がどうなったのか。暗殺者たちはラーシュではなく、テオドーラ王国の王女を暗殺しようとしたらしい。
まったく意味が分からない。例え同じ子供だとしても、男女の違いすら分からないのか。これまでは失敗してこなかったから、相手は子供だから、そうやって慢心していた。暗殺者どもは奴隷として買った時から訓練を繰り返し、従順な部下となったはずだった。それなのに、なんと恩知らずなのか。
暗殺を失敗することよりも遥かに重い失敗をしでかしている。その上、そこで死んでくれれば良いものを、テオドーラ王国の騎士団に捕まるなんていう馬鹿みたいな失態をしでかすとは……。
ヨハンソンは伯爵家内のことを何一つ知らず、何もしてこなかったくせに、偉そうに文句を言ってくる。伯爵家を大きくする為に尽くした私を、どうして大声で怒鳴り、罵ることができるというのか。ヨハンソン一人であれば、王国に貢献することができず、間違いなく伯爵家は降爵となるだろう。
私が伯爵家を陰で支え、ニルスとエリックに最高の教育を行ってきたのだ。それなのに、何故こんなことになってしまったのか。
王都に到着し、気が付けば目の前には陛下の姿があった。まるで罪人のように陛下を前に跪いて頭を下げ、背中を丸める。
「久しぶりだな、フォールンテール伯爵よ。それで、隣にいる者は?」
「は……我が妻で、オリヴィアと申します」
「そうか。そなたがオリヴィアか」
ヨハンソンから紹介されて、陛下の視線がこちらに移った気配がした。しかし、まだ顔を上げることはできない。陛下からの許可がないからだ。
「拝謁いたします。お、オリヴィアと申します。私は……」
なんと挨拶すべきかと不安になり、声を震わせながら口を開いた。しかし、私の言葉はその陛下によって遮られてしまった。
「挨拶など良い。今は、テオドーラ王国より遣わされた使者からの言葉である。受け取った書状にはテオドーラ王だけでなく、暗殺されかけたというリネア王女の署名もあった。その事実を確認する為に呼びつけたのだが、どうしてそのオリヴィアという女がこの場にいる?」
明確に怒りを滲ませて、陛下はそう尋ねる。その言葉の重み、威圧感に冷や汗が額から流れて足元の絨毯に落ちた。
「……今回の暗殺未遂。このオリヴィアによって行われたことでした」
ヨハンソンが一言そう呟き、心臓が強く締め付けられるような感覚に陥る。この男は、私を切り捨てるつもりか。
「……まさかとは思うが、妃が独断で行ったことだと言って逃れるつもりではあるまいな?」
同様のことを陛下も考えたようだ。低い声でそう言われ、ヨハンソンは首を左右に振る。
「いえ、そのようなことはございません。妻の起こした事件であれば、私が罰を受けるのが道理でしょう。それに異論はありません」
「……では、暗殺未遂は紛れもない事実ということで相違ないか」
「その通りです」
はっきりと認める内容の発言をし、陛下が椅子の肘置きを拳で叩く音が響いた。その音に身が竦む。
「随分とつまらぬことをしてくれたものだ! 貴様らのどちらを罰するなど、今はどうでも良い! 上級貴族である貴様らが、我が国の置かれた状況を理解していないのか!? 貴様らがやったことは国への反逆行為に等しいと知れ!」
そう怒鳴られ、目を閉じて耐える。テオドーラ王国には王子が二人いたはずだ。第三王女の重要性などさしてない筈なのに、陛下は神経質になり過ぎている。これは、テオドーラ王国がハーベイ王国を責める良い口実を得たと思っている程度のことのはずだ。
そう思ったが、口には出せない。今はこれ以上陛下を怒らせるわけにはいかない。
「……申し訳ございません。直接テオドーラ王国に行き、相応のお詫びの品を持って謝罪をしようかと思います」
伯爵家に罰が与えられないように、ヨハンソンは自ら謝罪に赴くと口にした。しかし、それに陛下が激高する。
「馬鹿か、貴様? 暗殺を企てた本人が行けば、相手の神経を逆撫でするだけだと何故分からん。フォールンテール伯爵家は子爵家に降爵とし、領地の三割を王家に献上せよ。また、実際にそれを企てたオリヴィアには別に厳罰を処す。オリヴィアよ。貴様、どこの家の者だ。生家を述べよ」
貴族として、最も重い降爵と領地の没収。それだけではなく、この私まで罰を与えると陛下は口にした。それに、思わず顔を上げて懇願する。
「そ、そのような残酷なことはおやめください! わ、私は、ただフォールンテール伯爵家をより大きくしていこうと……」
「黙れ! 我を愚弄するつもりか? 貴様の家が子爵家だろうと男爵家だろうと取り潰しだ! これ以上何か言うつもりならその舌を切り落としてくれるぞ!?」
椅子から立ち上がり、陛下は激しく私を罵った。そのあまりにも重い罰に、目の前が暗くなったような気がした。王の言葉は全てにおいて優先される。爵位、領地も陛下の判断であっさりと変化するのだ。
しかし、不慮の事故といえる暗殺未遂に対して、これはあまりにも重いのではないか。
恐怖で支配されていた心に、悔しさと悲しみ、怒りが湧いてきた。だが、反論すれば陛下は本当に私の舌を切り落とすことだろう。
私はただ手が震えるほど拳を握り、涙を流すことしかできなかった。
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