王女の力 49
「助けにきたわ! ちょっと離れなさい!」
見たこともない真剣な顔でリネアが走り込んできた。
「せ、聖職者!? 治療できるの!?」
藁にもすがる想いで聞き、リネアは自分の後ろについてきている白い鎧の男を指差した。
「彼が聖職者よ! 早く、治して!」
「はっ!」
リネアの指示に、男は素早くイリーニャの隣で膝を突き、詠唱を始めた。
その間にも、イリーニャの下に血溜まりは広がっている。まるで、イリーニャの命が流れ出しているようで怖くなった。
「大丈夫! 彼は王族一人一人に付けられる凄腕の聖職者だから、きっと助かるわ!」
僕にそう言ってから、リネアはイリーニャの治療をする男に顔を向ける。
「ノール! 必ず助けて! 大切な友達なのよ!」
その声を聞いて、ハッとする。気が動転して気が付かなかったが、リネアの目には涙が浮かんでいた。
獣人で、こんな子供の従者かもしれないが、イリーニャは確かにリネアの友人なのだ。そのことが嬉しくて、そのことをイリーニャに伝えたくて、僕は涙が止まらなくなっていた。
それから五分ほどだろうか。ノールはイリーニャから手を離し、息を吐いた。声が出せず、ただノールの顔を見る。
「……大丈夫です。もう完治しました。ただ、失われた血は戻りません。数日は安静にさせてください」
「あ、ありがとう! ありがとうございます!」
心の底からのお礼の言葉だ。地面に頭を叩きつけそうなくらい深く頭を下げてから、イリーニャの顔を見た。
イリーニャの顔は少し白くなっていたが、穏やかに眠っているように見えた。だが、すぐにその顔は大きく歪み始める。
何事かと思ったら、リネアが吹き出すように笑った。
「もう……滝みたいになってるわよ?」
そう言われて、自分がぼろぼろと涙をこぼしていることに気がついた。
イリーニャの治療が終わった頃、同時にローブの男達もドラスとアーベル達に捕まったらしい。
気がつけば、村のすぐ外の大木に六人を縛り付け、剣を向けられていた。
アーベル達はイリーニャが殺されそうになったことを知り、処刑しようと口にしたが、ドラスがそれを否定した。
「目的を吐かす必要があるのだ!」
力強くそう言われたが、アーベル達は納得しなかった。
「イリーニャ。お前が決めろ」
アーベルは生殺与奪をイリーニャに託した。半ば予想していたが、イリーニャはそれに殺さないでほしいと答えた。
正直、八つ裂きにしてやりたいくらいだが、イリーニャが殺さないで欲しいというのであれば仕方がない。半殺しくらいである。さぁ、生まれてきたことを後悔させてやろう。
ブラックラーシュ君が顔を出しかけていると、リネアが恐ろしく冷たい目で男達を睥睨する。
「……普通なら、獣人達を捕まえて奴隷にするような輩が来たと思うところよ。でも、明らかに狙いはラーシュだったわ。ここで理由を明白にしておかないと、また狙われてしまうわよ?」
そう言われて、軽く溜め息を吐きながら頷く。
「まぁ、そうだね。でも、理由は正直予想がつくんだよね」
そう告げると、リネアはこちらを見らずに答えた。
「……そうでしょうね。私たちが聞いても良い話?」
それに、眉を八の字にして曖昧に笑いつつ、肩をすくめる。
「別に、皆に秘密にしていたわけじゃないんだ。ただ、恥ずかしくてさ」
そう呟くと、リネアやアーベル達が眉根を寄せる。
「恥ずかしい?」
「なにがだ?」
皆に怪訝な顔で聞き返されて、深く息を吐く。呼吸を整えて、僕は自分の胸に手を当てて口を開いた。
「ハーベイ王国。その中でも、この森に隣接する領地を持つフォールンテール伯爵家。そこの長男なんだよね。僕は」
「……なるほど」
「やはりか」
「まぁ、そんなところだとは思ったわ」
勇気を出して身分を明かしたのに、皆の反応はとてもあっさりしていた。うす塩味だ。
アーベルは話の続きを待っているし、ドラスとリネアは予想していましたとばかりに頷いている。
「あれ? なんか予想と違う反応……」
そう呟くと、リネアが呆れたような顔になった。
「それはそうでしょう? 教育を受けている知識や考え方だったし、王族を相手に堂々とし過ぎだわ。むしろ、公爵家か王族かと思っていたわ。ただ、見たこともないスキルを見た時は、もしかしたらそのスキルのせいで狙われているのかもって思ったけど」
リネアがそう口にし、アーベルも同調した。
「いくら森の外から来たとはいえ、あまりにも知識が多過ぎる。我らの中にも森の外で暮らしていた者はいるが、誰もがラーシュは賢過ぎると言っていたぞ」
「えー、照れちゃう」
「……お前が話す気になるまで、誰も聞かなかっただけだ」
僕の受け答えに苦笑して、アーベルは最後にそう口にする。
くそ。最近の僕はどうしてこうも涙腺が緩いんだ。村の皆が僕のことを考えて黙ってくれていたと聞いて、少しだけ泣きそうになってしまった。
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