疑念 47
「森の中では確かに色々な魔獣と遭遇するけど、時々森の外にも魔獣は出てくるでしょ? なんで、わざわざ森の中にまで?」
気になって質問したところ、ローブの男は待ってましたと言わんばかりの笑顔で答えた。
「こんな恐ろしい森の中で暮らす勇猛な獣人達と定期的に商売ができたら、必ず大きな利益を産むでしょう。それに、何かあった時にとても頼りになると思ったからです」
「なるほどー」
それらしい答えが返ってきたので、素直に納得しておく。しかし、実際にはどうか分からない。なにせ、村を往復する為には毎回傭兵を雇わなければならないのだ。
いや、こちらが定期的に村に行くということか? それなら確かに商人たちは利益を享受できるだろう。そして、こちらとしても助かる関係性が築ける。
多少安く買い叩かれたとしても、定期的に収入を得ることができるし、その際に必要なものを買うこともできる。孤立した獣人の村にとって様々な問題を解決できる一手になるのだ。
怪しいからと追い払うわけにはいかない。様子を窺いつつ、できるだけ良い関係性を構築していくべきだろう。
「……まずは、商人として知識チェックかな」
口の中でそう呟き、すぐに自然な形で調査に入る。
「ちなみに、月にどれくらいの魔獣の素材を買ってもらえるかな? 多いのは赤猪、大牙猿、黒狼……後は小鬼とかは良く出てくるけど」
そんな質問を投げかけてみると、ローブの男は笑顔で頷いた。
「良いですね。赤猪、大牙猿は高値で取引されます。黒狼も皮が丈夫なので需要があります。小鬼は、正直に言うと牙くらいしか買い取れませんね。なので、鉄貨五枚前後と……それらを加味して、月に金貨一枚から二枚以内で売っていただけると助かりますが」
最後は申し訳なさそうに苦笑しつつ答える。内容に問題はなさそうだ。村の商店に聞いた話とも相違ない。
ん? 村の商人の顔は知っているが、明らかに別人だ。そういえば、この商人たちはどこから来たのか。
「おじさん達はどこから来たのかな? 二週間に一回くらいのペースで取引したいけど、あんまり遠いなら一ヶ月に一度くらいかな」
会話の延長といった形でそのまま聞いてみる。それにフードの男は一瞬だけ口籠った。そして、笑みを形作る。
「……我々はテオドーラ王国より参りました。なので、少し遠いですね」
その言葉に返事をしようとしたその時、村の奥から鈴の鳴るような可愛らしい少女の声が聞こえてきた。
「へぇ? どこの商会かしら? 商会の紋章はローブに刺繍していないの?」
「ふむ。テオドーラ王国法では一目で所属が分かるように紋章が入った品物を持つようにと定めてありますな。良くあるのは護身用の剣などに入れておるものかと」
現れたのはリネアとドラスだった。二人の後方には部下達の姿もある。
それを見て、灰色のローブの男たちは明らかに動揺した。
「おお、中々お詳しいようで……それで、貴女方はどちら様ですか? どうもこの村の住民ではなさそうですが……」
人の良さそうな柔和な表情と声でリネアに質問をする。しかし、内容は明らかに警戒心からきているものだ。それが大きな違和感となっている。
リネアはローブの男の動揺を見て楽しむように薄く微笑み、首を傾げた。
「貴方、テオドーラ王国で商売をしていて私を知らないの?」
リネアのその一言に、ローブの男たちが顔を見合わせる。
「まさか、先にテオドーラ王国の商会がここを嗅ぎ付けたのか?」
「いや、どうみても後ろにいるのは騎士団だぞ。それも正規の騎士団だ」
「情報に無かったぞ。傭兵どもは何故報告しなかったんだ」
リネア達が誰かは分からないが、自分たちが疑われているのは理解しているようだ。というか、もっと小さな声で会議してもらいたい。めっちゃ聞こえてるぞ。
呆れ半分で眺めていると、ローブの男は冷や汗を手で拭いながら口を開く。
「いや、申し訳ありません。我々はテオドーラ王国から来ましたが、テオドーラ王国の商会に所属しているわけではなく……」
「……つまり、行商人の一団ってこと? でも、どこかの商会には所属しているんじゃないかしら?」
「そ、そうですね。そうでないと、税金も払えませんし……」
「どこに所属しているのかしら」
「いや、それは……」
冷静にローブの男を詰めていくリネア。これは怖い。嘘を吐いているのは間違いないので、男たちは内心相当焦っていることだろう。
とどめとばかりにドラスが腕を組んで男達を睥睨し、口を開く。
「怪しいな。テオドーラ王国の所属ではないようだし、ハーベイ王国の騎士団に突き出すとしようか」
ドラスがそう告げると、男たちは表情を変えた。ドラスや他の騎士達の位置を確認するように視線を動かし、ローブの中に手を入れる。
「……やるぞ」
男が低い声でそれだけ口にすると、他の男たちは静かに頷いてローブの中から抜身の剣を取り出した。




