さらばだ 42
魔獣の素材を売って得たお金に関してはリネア達と半分こにした。仲良しである。
「助かったわ。それでもボロボロの馬車と食料を揃えるくらいで精いっぱいだったもの」
リネアは初めて経験するであろう貧困状態に苦笑してばかりである。何故か楽しそうに見えるが、気のせいだろうか。
「こっちは色々買えたからよかった」
「はい! いっぱいです!」
僕の言葉にイリーニャが満面の笑顔で馬車の荷を見る。ちゃんとした弓矢と鉄の矢。本当なら剣と槍も買っておきたかったが、弓矢一つに十万円くらいするので仕方がない。
ゲームなら剣とか一万円くらいである。現実は世知辛い。対して、中古の壊れそうな馬車は二十万で馬も二十万なのは何故なのか。こちらは格安に感じる。
「本当なら宿に一泊したかったわね」
「確かに」
リネアの残念そうな声で呟かれた言葉に即座に同意する。本当に、心からの言葉である。味付け濃いめの食事をして、湯浴みですっきりして、きちんとした寝具で寝たい。
「湯浴みもしたいよね」
「え? 心の声が漏れてた?」
「あははは」
リネアの言葉に驚愕して聞き返すと、思い切り爆笑されてしまった。腹を抱えて笑うリネアを横目に、ドラスに声を掛ける。
「運んでもらって助かったよ」
「うむ、二人では無理だろうからな」
ドラスは笑いながらそう答えた。なんだかんだで弓が十二本と矢が百本ぐらいあるのだ。僕とイリーニャが運んでいたら十往復ぐらいしなくてはいけない。
出会って数日程度だが、リネア達とはとても仲良くなれた気がする。というか、王族とその従者だというのに異常に接しやすいのだ。僕が子供だからということもあるかもしれないが、言葉遣いにしても冗談にしても多少の無礼は無視してくれていた。ありがたい限りである。
村の外へ出ようとすると、入り口にいた兵士に再び声を掛けられた。
「お、馬車も買ったのか。本格的になってきたなぁ」
「うむ。これから魔獣を乱獲してくるぞ」
「おお、頑張ってくれよ」
ドラスは冗談みたいな会話をして兵士と笑い合う。兵士は冗談だと思っただろうが、ドラス達の実力なら中型魔獣まで本当に狩ることができるだろう。
そんなことを思いながら村の外へ出て、森の方へ移動する。木々の隙間からアーベル達がストーカーのように顔を出している。
「大牙猿以外は売れたよー!」
「おお、そうか」
「え? 猿売れなかったの? なんで?」
声を掛けると、森の中からアーベル達が出てきた。そして、馬車の中にある物資をチェックしながら会話をする。
「すげぇ、新品の弓矢だ」
「これは皆喜ぶぞ」
弓矢を発見して子供のように喜ぶミケルとロルフ。一方、アーベルは腕を組んで唸る。
「……剣はないのか」
「ないよ」
「……そうか」
アーベルは悲しそうだった。仕方ない。大牙猿が売れたら買ってやろう。皆でそんな会話をしていると、リネアが笑いながら口を開いた。
「本当、貴方達は面白いわね。それじゃあ、私たちはそろそろ行くわ。急がないと、大規模な捜索隊が組まれちゃうかもしれないしね」
「恐らく、もう騎士団が千人以上は出張っているでしょうな。ハーベイ王国に情報が洩れていることはないでしょうが、それでも異変は知られている可能性が高いでしょう」
「えー、面倒なことになっているわね」
「誰のせいだと……」
リネアが嫌そうな顔をすると、ドラスが小さな声で呟いた。苦労をお察しします。
ドラスがぶつぶつ文句を口にしている横で、リネアが笑顔で片手を差し出してきた。何故か一番に僕に手を伸ばしてきているので、アーベルを気にしつつ手を取った。
「またいつか遊びに来るわね」
「今度は迷子にならないでね」
「もう、分かってるわよ!」
軽口を叩き、リネアが噴き出すように笑いながらそう答えた。そして、アーベルにも手を伸ばす。
「ありがとう。貴方達のお陰で家に帰れるわ」
「うむ」
リネアの謝辞にアーベルは不愛想に返事をしながらも素直に握手をした。これは歴史的瞬間ではなかろうか。獣人の村の村長がテオドーラ王国の王女と握手しているのだ。わー、ソンチョー! ステキー!
なんとなく拍手しながら二人の握手を見守る。
「どうした?」
「どうしたの?」
二人から首を傾げられてしまったが、個人的に満足したので良しとする。
「……それじゃあ、またね。本当に楽しかったわ」
「うん。また遊びにきてね」
「今度は村まで案内しなさいよ」
「考えとく」
最後まで軽口交じりに別れの挨拶をして、リネア達は笑いながら去っていった。森に沿って行けば一週間ほどでテオドーラ王国へ辿り着くだろうとのことだった。また来ると言ってはいたが、王女がそんな簡単に森の中に遊びに来ることはないだろう。
「元気でねー」
そう思いながら、両手を振って見送った。段々と遠くなるリネアだったが、ずっとこちらに手を振ってくれていた。少し寂しい。




