王女 38
「えぇ……っ!?」
イリーニャが驚愕すると、リネアが何故かホッとしたような顔で苦笑する。
「知っている人がいて良かったわ」
そう言って笑うリネアに、思わず質問をしてしまう。
「王女様が、なんでこんな森に?」
素朴な疑問だ。だが、口にしてしまったと思った。もしかしたら、暗殺されるところを必死に森の中へ逃げ込んできた、なんてこともあるかもしれない。そう思ったが、リネアはあっけらかんとした様子で肩を竦めた。
「王宮が窮屈でね。魔の森って言われてる恐ろしい場所があるって聞いたから遊びに来たんだけど、遭難しちゃって……あははは」
と言って、リネアは乾いた笑い声をあげる。まさかの肝試しのノリで死にかかっていたようだ。付き合わされたドラス達には流石に同情を禁じ得ない。
「そ、それは、大変だったね……」
苦笑しつつそう告げ、ふと目の前にいる人物が王族なのだと思いなおす。
「……御身に怪我が無かったことは幸いに存じまするー」
「ちょっと、全然敬ってなさそうだけど?」
おかしい。へりくだってみたのに、半眼で睨まれる結果となった。困っていると、リネアがフッと息を漏らすように笑い、首を左右に振る。
「まぁ、別に良いわ。今は王国の外だから、そんな無礼も許してあげる。ただし、森の外ではそんな態度とっちゃダメよ? 私にだって王女の威厳みたいなのがあるんだから」
「ほほう」
「……なに?」
「いえ、何でもありません」
そんなやり取りをしていると、アーベルが難しい顔で口を開いた。
「……テオドーラ王国なら知っている。確か、とても大きな国だったはずだ。非礼は詫びよう。だから、俺たちのことは……」
「言わないわよ。恩人にそんな仕打ちできないわ」
リネアはアーベルの言葉を最後まで聞かず、最も言ってほしい言葉を口にした。それにミケルとロルフが顔を見合わせて喜ぶ。この事の重大さを理解していないようだが、このリネアの言葉には大きな意味がある。
王族が、我々のことを恩人だと言ったのだ。
「よし。それじゃあ、森の外へ案内しよう」
「ああ」
最高の結果を得たと喜び、アーベルに案内をしようと伝える。それに頷き、アーベルは僕たちに背を向けて森の奥を指差した。村と川の間くらいの方角だ。その方角には何かがあった気がするが、何だっただろうか。
そんなことを思いながら、アーベルの後に続いて皆で移動する。ミケルとロルフは周囲の警戒の為に少し離れた場所を見て回っている。
「森の外までどれくらい?」
「四日ほどだな」
「四日かぁ、長いなぁ」
アーベルとそんな会話をしていると、後ろに並んで歩いていたリネアが口を開いた。
「ラーシュは外に出たことないの? あ、もしかして生まれてすぐに森の中で拾われたってこと?」
「いや、実はまだ森に来て一ヶ月も経ってないんだけどね」
「えぇ!? 嘘でしょ?」
何故か、物凄く驚かれた。目を真ん丸にして驚くリネアに、胸を張って頷く。
「やっぱり、都会で暮らしていた雰囲気が出ちゃうかな?」
そう。ラーシュ君はシティーボーイなのだ。スタイリッシュでクールビューティーなラーシュ君です。宜しくお願いします。
そんなことを思って笑顔になっていたのだが、リネアからは苦笑が返ってきた。
「ああ、違う違う。君だけ全然日焼けしてないからね」
「え、そこ?」
予想外の言葉に、驚いて聞き返す。その反応が面白かったのか、リネアは声を出して笑った。
「私が王女だと分かってもそんな態度を取れるなんて、ラーシュは大物ね。どう見ても何も考えていないわけじゃないだろうし、興味深いわ」
そう言われて、そういえば王女様だったかと考え直す。どうもリネアを眺めているとコンビニで新商品を見つけて喜ぶ女子中学生くらいにしか見えないが、それを言ったら怒られるだろう。
「これはこれは、王女様。ご機嫌麗しゅう……」
「あ、馬鹿にしてるでしょ? 正直に言いなさい。今なら腕一本くらいで許してあげるわよ?」
「許してない! 物凄い罰を与えてる!?」
「ふふふ。あー、本当に面白いわね」
そんな気の抜けるような会話をしながら、森の中を進んでいく。途中、何度かミケルとロルフが魔獣の気配を感じて道を変更はしたが、とても順調だった。
一方、リネア達一行は魔獣の気配など全く感じていないようである。
「……よく森の中を歩いて回れてたね」
僕がそんな感想を口にするのも仕方がないことだろう。斥候役もおらずに魔獣の森を彷徨うなど無謀にもほどがある。そう思っての発言だったが、ドラスは口の端を上げて胸を張った。
「うむ! 我々は強大な魔獣相手でも逃げず、真っ向から粉砕するのみ! 森の中だとてそれを変えることはないのだ!」
「へ、へぇ……ドラゴンとかも出るかもだけど」
「ドラゴンは別だ!」
「あ、良かった」
はっきりと断言するドラス。良かった。これでドラゴンと戦うなんて事態にはならない。しかし、このリネアの騎士達はそれほどの強者なのか。
こんな状況なのに、僕はドラス達の職業適性とスキル構成が気になっていた。




