ミケルのばか 36
ミケルの失言から、気が付けば妙なことになった。恐らく、リネアは大きな貴族の令嬢であり、ドラスはその騎士団に所属する騎士だ。一方、この魔獣だらけの森はハーベイ王国、テオドーラ王国、ムンド皇国の三国が隣接しており、開拓できない以上森の中に国境はないのだ。
リネア達がどの国に属しているのか。それが問題だ。もしこれでテオドーラ王国だったら最悪である。ハーベイ王国も大国の一つとは言われているが、テオドーラ王国は別格である。歴史も軍事力も文化レベルでも勝てないだろう。
そして、僕は一応だがハーベイ王国の貴族である。ここが森のどの辺りなのかは分からないが、ハーベイ王国に面した場所であることを祈るばかりである。
内心ハラハラしながらも表情には出さないようにしてミケルに視線を向ける。すると、ミケルが無言でロルフを見た。どうやらもう何も言いたくないらしい。その視線を受けたロルフは、困ったように僕を見た。なんやねん。
仕方なく、敵対しないようにドラスの誤解を解くべく口を開く。
「えっと、村っていうのが、その、獣人達だけの村で……どの国にも属さずに静かに暮らしているので、内緒にしてもらえると……」
低姿勢でそうお願いしてみる。それにドラスは唖然として答えた。
「それは、どれだけの規模なのだ。我々も森の中を歩き回ったが、下手をしたら大型の魔獣にも遭遇するところだった。そんな魔の森の中で、どれだけの猛者がいれば暮らしていけるというのか」
その発言に、ロルフは不敵な笑みを浮かべて頷く。
「我らは人間の騎士団にも負けない実力を有している。このラーシュも驚くべき力を秘めているんだからな」
ロルフは自慢気にそんなことを言った。そのせいで、一気に皆の視線がこちらに集中する。なんで余計な情報を提供するのかね、ロルフ君。今日は晩御飯抜き。
そんなことを思っていると、リネアがロルフを見ながら口を開いた。
「その言い方だと、獣人ばかりの集まりということよね? それなら、ラーシュはどうしてその中にいるのかしら?」
「ん? 森で倒れていたから助けたまでだぞ」
「ロルフー、そろそろ黙ってくれるかな?」
流石にストップをかける。このまま気分良くロルフに話させていると全ての情報が流出してしまう。まぁ、獣人達の村は移動できる形で運営しているので、困ったら逃げることもできる。しかし、移動も今の状態では命懸けだ。簡単なことではない。
そうならないようにしたいが、どうにかリネア達を味方に付けられないだろうか。
素直に口を閉じたロルフに苦笑しつつ、改めてリネア達に向き直る。
「村長に食料と道案内について聞いてくるから、ちょっと待ってもらえるかな?」
「色々まだ聞きたいことあるけど……」
「すぐに戻ってくるからねー!」
リネアが何か言っていたが、聞こえないふりをした。急いでミケル達を連れてリネア達から離れる。
「もう、二人とも!」
「わ、悪い」
「思わず……」
森の中を歩きながら文句を言うと、ミケル達は尻尾を下に向けて落ち込んだ。まぁ、今更文句を言っても仕方がない。
「とりあえず、アーベルさんに決めてもらおうかな」
「そ、そうですね」
そんな会話をしながら、村へと戻る。村にはタイミング良くアーベルの姿があった。
「アーベルさーん」
名を呼びながらダッシュで向かう。こちらの様子がおかしいと感じたのか、アーベルは怪訝な顔をしながら歩いてきた。
「どうした?」
「森の中で迷子」
「何?」
端的に答えると、アーベルは少し目を開いて驚きの顔を作った。そこにミケルが再び余計な言葉を口にする。
「どこかの貴族っぽい女の子と、その騎士みたいな一団だな」
「……貴族?」
ミケルの補足説明に、明らかにアーベルの警戒心が増した。まぁ、貴族といえば奴隷を買う代表的地位の者たちだろう。これは良くないイメージが付いてしまう。
「あ、でも、とっても良い人たちだったよ。それに、森の外に出たいだけみたいだから、案内して良い?」
そう尋ねると、アーベルは腕を組んで唸り出した。まぁ、内心ではあまり関わりたくないだろうなと思う。しかし、そのまま放置しておくのも良くない。もし森から出ることができたら、我々への印象は最悪だろう。
「あ、それと何日も森の中をふらふらしてたみたいで、食料も無いんだって」
「食料も? まぁ、魔獣の肉はあるが……」
「いや、できたら果物とかが良いかな? あ、それと塩?」
「む……」
追加で発注をすると、アーベルの眉間の皺が深くなった。難しく考えているようだ。さて、どうするつもりだろうか。
そう思って眺めていると、アーベルは真剣な顔で僕を見た。
「ラーシュ。お前はどうするべきだと思う?」
「え? 僕?」
突然意見を求められ、思わず聞き返す。村長が決めなさいよ。
「まぁ、良い人そうだったから、森の外に案内するくらいなら良いと思うよ?」
困惑しながらも素直に自分の考えを述べた。すると、アーベルは小さく何度か頷き、分かったと答えた。
「ならば、俺も付いて行こう。森の外ならどこでも良いな?」




