謎の一団 34
リネアと名乗った少女はこちらが警戒しているのを見て、優しく微笑みながら前に出てきた。その様子に、イリーニャは少し警戒心が緩んだようだ。確かに、僕から見てもリネアの表情や雰囲気に悪意などは無いように見えた。
「……僕はラーシュです。こっちはイリーニャ」
「あ、イリーニャです」
試しに挨拶をしてみると、イリーニャも慌てて深々と頭を下げて挨拶を返す。その丁寧な挨拶を見て、リネアが笑いながら頷く。
「そう。ラーシュとイリーニャね。兄弟には見えないけど、どんな関係なの?」
「僕が主人」
「あ、はい。ラーシュ様がご主人様です」
その受け答えに、リネアの目が細くなった。
「……主人って、イリーニャは奴隷なの? 奴隷の首輪とかは無いみたいだけど」
「奴隷じゃないよ?」
リネアの言葉にあえて子供らしく首を傾げながら答える。それをどう感じたのかは分からないが、リネアの目が少しだけ開かれた。こちらの言葉の意味を考えるように静かになるリネア。そこへ、先ほどの髭の男が歩み寄る。
「……リネア様、やはり怪しいかと。奴隷ではなく従者がいる少年。恐らく、貴族か商会の跡取りといった地位の者でしょう。そのような者が、護衛も連れずに深い森の中におるわけがありませんぞ」
リネアの後ろで小さな声でそんなことを口にした。めっちゃ聞こえてるぞ、おじさん。
さて、少数でこんな森の中まで来ることができる一団。何者かはさておき、相当な戦闘力を有しているのは間違いない。そんな人たちに警戒されたままで良いのだろうか。
全力で逃げるか、それとも歩み寄るか。どちらかを選ぶなら、自分が感じたリネアの印象を信じてみるとしよう。
そうと決めたら、先手必勝である。
「あ、護衛ならいるよ?」
「なに?」
ドラスはまだ二人の気配に気が付いていなかったらしく、素直に驚いていた。
ミケルとロルフが弓を構えて登場するより、あえてこちらから教えてしまった方が警戒されずに済むだろう。こちらが何も言わずにどこかのタイミングで二人の存在が露見するのも最悪の展開だ。
「ミケルー! ロルフー!」
妙な誤解を受けないよう、二人の名を呼んで出てくるように促す。ドラスを含め、騎士達がざわざわしながら周りを見回している。流石は一流の弓使い二名。盗賊並みに気配を消している。まさにスキルいらずだ。
そんなことを思っていると、頭上から声がした。
「おい、ラーシュ……」
「せっかく隠れてたのに、出て良いのか?」
その声に、ドラス達が驚いて顔を上げる。そして、大きな木の枝の上に立つミケルとロルフの姿を発見した。
「おお、なんと……!」
「最初から、上に……?」
ドラス達が驚く中、ミケルとロルフがふわりと地上へ降りてくる。その姿を見て、リネアが腕を組んで顔を上げた。
「獣人の、騎士ではないわね。ミケルとロルフで良いのかしら」
ドラス達は警戒心を露わにしているが、リネアは動じずに名前の確認をする。その様子に、ミケルとロルフも何かを感じたようだった。
「……ああ。俺がミケルだ」
「ロルフ」
二人が名乗ると、リネアは満足そうに頷いた。
「面白いわね。獣人ばかり? 他にも誰かいる?」
興味津々といった様子でリネアが質問をしてくるので、一つ一つ答えていく。
「僕は違うよ? あ、ここにはこれで全員かな」
「他の場所にいるの?」
「まぁね。でも、言って良いか分からないから内緒」
「えー、教えてくれない?」
「駄目。怒られたら嫌だから」
と、テンポ良く会話をしていくと、ドラスが口を開いた。
「少年。リネア様の問いかけに答えぬなど……」
低い声で何か言おうとするドラス。その言葉を聞き、リネアが腰に差していた短剣を抜いて、柄の部分でドラスの兜を叩いた。金属音が響き、ドラスがくぐもった悲鳴を上げる。
「ぬあっ」
金属の兜を叩いたので、ドラスは激しい音に苦しんでいるだろう。その様子を横目に見つつ、リネアが口を尖らせた。
「黙ってなさい」
「き、聞こえてないかと思われますが……」
リネアの言葉に、ドラスの後ろの騎士が代わりに答えた。まぁ、そうだろうね。
「ごめんね。それじゃあ、ちょっとだけ教えてくれない?」
「ん? 何を?」
聞き返すと、リネアは困ったように笑いながら足元を指差した。
「私たち、森から出られないのよ。どうしたら出られるかしら?」
「え、迷子?」
そう尋ねると、リネアだけが噴き出すように笑った。その後ろでは騎士達が気まずそうに沈黙している。




