【過去編】廃人の喜び 3
『Lord of Grandeur』
五年前にリリースされてから常に世界屈指のプレイヤー人口を誇る一大タイトルである。学生時代が終わる頃に手を出してしまったせいで、今もなお働きながらプレイを続けている、沼のようなゲームだった。
残業が増えて忙しい時はゲームの時間が削れてしまうことに苛々するほどハマったゲームだが、初期からやっていることもあり、常に一対一での戦いで強さを競うアリーナも、複数のギルドが参加する攻城戦においても、今でも上位に食い込むことができる。まさに自他ともに認める廃人プレイヤーの一人だ。プレイヤー名は本名の遊馬隼人から取り、HAYATOと名乗っている。
LOG(Lord of Grandeur)をやる上で無視できないシステムが職業適性である。最初にステータスを設定した際に選べるのだが、基本の戦士や魔術師、弓使い、盗賊、聖職者、商人がおり、そこから更に上級職として騎士、魔剣士、大魔導士、召喚士、ハンター、レンジャー、暗殺者、ローグ、司祭、モンク、錬金術師、魔導技師などがある。
LOGは最初にキャラクタークリエイトをした段階で方向性がある程度定まってしまう。それは各職業ごとに非常に多くのスキルが存在しており、その組み合わせが無数にあるからこそである。製作者の意図としてはキャラクターを育てやすくしたというものだ。その言葉通りに、プレイヤーたちは各職業適性ごとに最強のキャラクターを研究し続けてきた。
プレイヤー人口が多いこともあり、一対一最強のキャラクターやダンジョン攻略特化型のキャラクター、攻城戦での援護専用キャラクターなど、状況に応じた形が出来上がっていく。
その中で、最も難易度が高いと言われる職業適性があった。それが商人である。商人のスキルの大半が物作りに特化しており、戦闘は明らかに最弱だ。その上、上級職である錬金術師と魔導技師になればようやく強くなれるが、どちらも晩成だ。あまりにも苦しい期間が長い為、商人をメインキャラクターにするプレイヤーは少なかった。ただし、装備作りや金稼ぎは得意な職業であり、サブキャラクターとしては一番人気というポジションだ。
だが、そんな状況で古参プレイヤーの俺は商人の上級職である魔導技師こそ最強の職業だと考えていた。苦行を乗り越える必要はあるが、それをやるだけの価値があると思っている。
事実、半年をかけて魔導技師を極めた結果、一対一でも多対一でも一定以上の強さを誇るキャラクターが完成した。唯一の誤算は、あとスキルポイントが五あればもう一段階上の強さになれたということだ。ある程度理想通りには作り上げられたが、本当なら一対一のアリーナでランキング五十位以内に入り、更に攻城戦でも一人で複数人を相手に守れるスキルビルドができたはずだ。
しかし、実際にはアリーナで世界六十三位が最高だった。攻城戦は予定通りの戦力を誇示できたが、もう少し守りやすいスキル構成になっていると思っていた。もう一度作り直せば、より最強に近付けるだろうか。
そう思っていた時、LOGの運営から新たなアップデートの通知が入る。
『転生システム』の導入。上級職のレベル百まで達したキャラクターは、転生をしてレベル一からやり直すことができるというものだ。その際、能力値は初期値とほぼ同じになるが、スキルポイントが残った状態で始まる。
これがどれだけ凄いことなのか。LOGをしていない人には分からないだろう。反対に、LOGプレイヤーたちは狂喜乱舞した。これまでは諦めていた有用なスキルの取得が可能になったのだ。そのアップデート情報が流れてすぐに、プレイヤー達はこれまでのスキル構成を一から見直すこととなった。
自動回復する回避系騎士や、クリティカルを連打するアサシン。最速で大規模魔術を二連続で放つ大魔導士や、バリアを張りながら全体回復を行う司祭など、これまでは不可能だった理想のキャラクターを作れるようになったのだ。
このアップデートが実際に実施されるまで、毎日スキル構成を練り続けた。誰もが魔導技師の可能性には気が付いていない。
つまり、アップデートから最短三ヶ月後に、我が魔導技師が世界の王となっている未来もあり得るのだ。
「……よし! 後は来週頑張りますんで! それでは、お疲れ様でーす!」
ノートパソコンの電源を切り、ささっと灰色のフリーアドレスバッグに仕舞い込む。今日一日利用していた窓辺の席を軽くウェットティッシュで清掃し、立ち上がると同時に退社の挨拶をした。
事務所の入り口から入った正面にあるパーソナルロッカーに、フリーアドレスバッグを素早く収納し、扉を閉めてダイヤルロックを回す。
すると、外から帰ってきた後輩が声を掛けてきた。
「お、先輩もう帰るんすか? 早いっすね」
「今日は忙しいからな。それじゃ、また来週」
「え~、帰りにご飯でも行きません?」
「また今度ね。また今度」
そんなやり取りをしながら、足早に退社する。何を隠そう。金曜の夜六時。新システムのアップデートが行われるのだ。もう時間がないではないか。
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