村長として 28
「ラーシュ、起きたか」
トーテムポールの奥から声が聞こえ、顔をあげる。すると、トーテムポールの横に仁王像が立っていた。和洋折衷、夢の共演かと思いきや、現れたのはアーベルだった。厳めしい顔でこちらを見下ろし、観察するように眺めている。
「お、起きてますが」
そう答えると、アーベルは軽く頷き、こちらに背を向けた。
「付いてこい」
「え?」
急に呼び出しを受けて、ラーシュ君の小さな心臓が大きく跳ねる。これはあれか。ちょっと顔を貸せ的なやつか。そこで跳ねてみろよって言われて、チャリチャリと音がしたら小銭持ってんじゃねぇか、という流れである。
そんな間の抜けたことを考えつつ、言われるままにアーベルの後に続いて外へと向かった。何故かミケル達がニヤニヤと笑っている。なんだろうと思いながら外へ出ると、そこには村中の獣人達が集まっていた。そして、僕の姿を見て歓声を上げる。
「おお!」
「ラーシュ、起きたか!」
「大丈夫なの?」
無事であることを喜ぶ声や、心配する声が聞こえてきた。共通しているのは皆、ラーシュという美少年のファンということだろう。よく来たね、ファンボやファンガの皆。握手は銀貨一枚だよ。
「皆、ドラゴンを退けたラーシュに感謝をしている。そして、倒れてしまったことを心配もしていたのだ」
「……ありがとう」
「おかしな奴だ。礼を言っているのはこちらだぞ」
何故かお礼を口にしてアーベルから笑われてしまった。それが悔しいわけではないが、少し泣きそうになってしまう。
そうか。これまで、僕は必要とされたことが無かった。いや、僕というより、ラーシュ・リーン・フォールンテールという少年だ。僕の中に眠るラーシュの心が反応を示したのかもしれない。生まれて初めて大勢から感謝され、心配されたことにより、眠っていた感情が呼び起されたのだろうか。
そういうことなら、この僕の頬を流れる涙も仕方のないことに違いない。
「……ラーシュ様」
静かに涙を流していると、僕の震える肩を優しくイリーニャが抱きしめた。本当に幼い頃から僕の傍にいたイリーニャは、多分僕よりもラーシュの気持ちを理解しているのだろう。お姉ちゃんと呼びたい。
お礼や心配をされただけで泣き出した変な子だと思った人もいるかもしれない。だが、村の住民である獣人達は誰も笑わず、ただ僕が落ち着くのを待ってくれていた。
「……いや、お恥ずかしい限りで」
ようやく落ち着きを取り戻し、照れ隠しにそんな言葉を口にして誤魔化す。それに笑いもせず、アーベルは首を軽く横に振って口を開いた。
「問題ない。それで、お前が皆に言いたいこととやらがあるなら、この場で言えば全員に伝わるぞ。中々こういう機会はない。ラーシュの意見を言ってみるが良い」
別に怒っているわけではないが、アーベルはかなりハードルの高い機会を提供してくれた。なんでこんな場で村の方向性について意見をしなくてはいけないのか。下手なことを言えばラーシュ君が迫害されてしまうではないか。
そんな心配をしたが、僕を眺める皆の表情を見て、なんとなく大丈夫だろうかと思い直した。
そうだ。別に村に対して悪い話をするわけではない。むしろ、長い目で見れば必ず村に良い結果をもたらすだろう。よし、自信が出てきた。ラーシュ君天才。
自分自身にマインドコントロールを施しながら冷静になり、改めて皆に自らの意見を口にする。
「……前、ちょこっと言ったんだけど、村を強くする必要があると思うんだよね。その時は、どうにか皆に金属製の武器をって思っていたんだけど、今はもうちょっと建設的な話がしたいかな」
「ああ、村の外にどうやって行くか、みたいな話だったか」
「うん」
アーベルが思い出したように確認し、それに同意する。すると、その時集まっていた人たちの何人かが頷いて聞いていた。おお、覚えていたのかね。
子供の言葉だからと忘れられていたらどうしようかと思ったが、しっかり聞いてくれていたようだ。
「それで、違う話があるということか」
「うん。皆の狩りとか色々見せてもらって、必要なスキルを取得して、戦術を練習した方が良いかと思って……」
「……スキルか。しかし、あれは取ろうと思って取れるものじゃないだろう」
微妙に気まずい空気が流れた。なんでだろうと思いつつも、アーベルの言葉を否定する。
「多分だけど職業適性の研究があまりできてないんじゃないかな? 戦士ならこうするとか、弓使いならこうするとかあると思うんだけど、どうやってスキルを取得してる?」
「……狩りを続けていたら、幸運にもスキルを取得できることがあるが」
「それは偶然だよね」
そう告げると、アーベルは言葉に詰まった。他の皆も顔を見合わせてざわざわと騒がしくなっている。
本当に申し訳ないが、僕の言葉の半分は嘘である。なにせ、ハーベイ王国でもスキルの取得方法は明確ではないはずだ。訓練の方法などはある程度定まっているだろうが、それも的確ではないと思う。
僕の心を読んでいるわけではない筈だが、イリーニャも若干不安そうである。いや、必要な嘘なんだ。許してほしい。
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