【別視点】 ラーシュの行方 21
【オリヴィア】
若いメイドが新しく手に入れた茶葉で紅茶を淹れ、室内に柔らかな香りが広がる。ゆったりとした午後。窓から外を眺めながら、紅茶とクッキーがテーブルに置かれる音を耳にする。微かに鳴る耳障りな陶器と陶器が触れ合う音がして、ティーセットを運んだメイドに目を向けた。
「も、申し訳、ありません……っ」
息を呑み、声を裏返らせながら深く頭を下げる若い少女。見事な金髪の令嬢。彼女は、男爵家の二女である。まだ若く、これまでとは一転した生活に混乱していることだろう。怒られることにも慣れていなくて、私からの叱責を異常に恐れていた。
そんな様子を眺めているのが、とても心地良い。
「……下がりなさい」
「は、はい」
一言告げるだけで、男爵家の令嬢が背筋を伸ばして頭を下げ、部屋から出ていく。なんて素晴らしいことだろう。この地位を、誰にも渡したくない。
一番の邪魔者であるラーシュは退けた。恐らく、領地の端の森まで行ったところで暗殺されているはずである。あんな子供一人、隙さえあればあっという間の命だ。伯爵家内でなければ疑われることもないだろう。
それさえ成せば、後は時間の問題である。ヨハンソンは躍起になって功績を挙げようとしている為、家の中でのことに目が行き届いていない。つまり、好き放題できるということだ。
伯爵家を陰で支配しているのは自分だ。そう思うだけで、身が震えるほどの快感を覚えるのだ。
「……オリヴィア様、失礼いたします」
ノックと同時に、男の声がした。それに返事をすると、扉が外から開かれる。現れたのはラーシュの使用人として付けた料理人だった。伯爵家内の目、耳として五年以上使っている男である。十代前半の頃からあえて地位を上げることなく、厨房で小間使いとして使い続けた男だ。実際には高い地位の者と同じだけの賃金を与えている。
「早かったわね? もしかして、道中で機会でもあったのかしら?」
そう尋ねるが、男は無言で立っていた。その様子に、嫌な予感がする。
「……まさか、失敗した?」
改めて聞き直す。それに、男は難しい顔で口を開く。
「い、いえ……間違いなく死んでいる筈ですが、死体を確認できず……」
「……どういうことかしら?」
自分の声が硬くなるのを自覚する。それまでの良い気分が台無しだ。この私が目をかけてやったというのに、なんという使えない男なのか。
苛立ちを抑えつつ、男からの報告を待つ。男は肩を震わせながら顎を引き、こちらに視線を合わせずに口を開いた。
「そ、それが……目的地に到着する目前で、地竜の幼体に襲われました。幼体といえど馬車より大きなドラゴンで、傭兵程度では全く相手にならず、皆がバラバラになりながら撤退する流れとなりました。その際、地竜の目をラーシュ様に向けることに成功したのですが、森の中に馬車ごと……結果として我々はラーシュ様をおいて帰還しました」
「なるほど、ね……あの子供に部下はいないの? 一人で森の中に残されたのなら間違いなく死ぬだろうけど、傭兵が何人か付いていったとしたら……」
言いながら、殆ど生存の可能性はないだろうと思っていた。理想はこの男の手によって暗殺されることだったが、馬車一台で森の奥へ逃げ込んだなら、まず出てくることはないだろう。
もし出てきたとしても、近隣の村に誰か送り込んでおけば良い。だが、油断はできない。できることなら自分の目で死体を確認したいが、それも難しい。
そんな考えを察したのか。男は冷や汗を流しながら答えた。
「地竜がラーシュ様を追った為、我々は全員無事に逃げることができました。唯一姿が確認できなかったのはイリーニャという獣人の小娘だけですが……」
「ああ、ラーシュの専属の使用人……まぁ、無力な子供二人。それなら、問題はないわね。森の近くの村に人を送りなさい。誰もいなかったらお前が行くのよ。分かった? 監視を怠らず、ラーシュの足跡があれば必ず報告するように」
「は、はい……! すぐに人選をします!」
男はそれだけ言って走っていった。
まず、生きてはいないだろう。だが、念には念を入れる必要がある。獣人の奴隷を仕入れるのに使っていた傭兵団がいたはずだが、連絡をとってみよう。
そこまで考えて、ふとヨハンソンのことを思い出した。
「ああ、いけない……もうすぐラーシュの身に起こった不幸なことを耳にする頃ね。何か、驚いて割ってしまうくらいが丁度良いかしら? ああ、そういえば、もう飽きたカップがあったから、それでも割りましょう」
そんなこと口にして、二か月以上使っている白いカップを手にした。模様が地味過ぎると思っていたところだったから良い機会である。
そうして準備をして夕食の席に座った時、ヨハンソンの口からラーシュの行方が分からなくなったという報告を受けた。
自然な動作で、手にしていたカップを床に落とし、声を上げて驚きを表現する。それに、ヨハンソンは「まだ、死体が出たわけではない。騎士団に捜索をさせる予定だ」とだけ口にした。
その感情は表情からは読み難く、ただ同意することしかできなかった。
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