村の状況 17
二人に連れられて、イリーニャと一緒に部屋を出た。外へ行くと、村の全景を視界に入れることができた。窓から見た時は広い村だと思ったけど、意外とこぢんまりとしている。というか、家が全て小さい。数はそれなりにあるようだが、本当に最低限の規模という感じだ。
「あ、あれ……」
「……気が付いたみたいね」
村の風景を眺めていると、井戸の傍にいた女性二人がこちらに気が付いてヒソヒソと話をしていた。どうも視線が僕に向いている気がする。それを気にしながらも、ミケルとロルフが先導して村の中を歩いて行く。ちなみに、獣の耳が上向きの方がミケルで下向きの方がロルフらしい。それでも間違えられるので、ミケルだけ髪を後ろで結っているとのこと。
さて、村には簡易的なログハウス的家屋が三十ほどあるだろうか。井戸が一つだけあるが、それ以外は特に何もない。村の中を歩く人は大人の男女が二、三人程度。そして、子供が五人くらいで走り回っていた。
その誰もが獣人だ。イリーニャは元奴隷の獣人達が村を作ったと言っていたが、あの子供たちは村で生まれた子たちだろうか。
そう思うと、大人はだいたいが僕を警戒して見ているような気がしてきた。そして、子供たちは純粋に興味と好奇心で僕のことを見ているような気がする。
「あ、村長には会ったよね?」
「あ、はい」
村の様子を見ながら歩いていると、前を歩くミケルが思い出したようにイリーニャに尋ねた。それに即答するイリーニャ。
「え? アーベルさんが村長ってこと?」
二人の会話に聞き返すと、イリーニャが頷く。
「はい。アーベルさんが村長さんみたいです」
そう言われて、思わずもう一度村の中を観察してみる。今さっきはいなかった人が歩いているし、家の窓から顔を出す人も何人か発見した。しかし、高齢な者はいないようだった。それでもアーベルは三十代前半に見えた為、あまりにも若い。
「……あんまりおじいちゃんとかはいないの?」
そう尋ねてみたが、ミケルとロルフは顔を見合わせて難しい顔をした。答えない二人の様子に首を傾げていると、イリーニャが悲しそうな顔で首を左右に振る。
「……ラーシュ様。その、この村では中々高齢になることは難しく……」
イリーニャは言い難そうにそれだけ言って口籠った。それを聞き、ハッとしつつ納得する。
獣人達の生活は相当過酷なのだろう。森の外でもドラゴンが現れたのだ。こんな森の中だと何が現れてもおかしくない。これまで、多くの犠牲を出してきたのだろう。
しかし、そう思うと別の疑問も湧いてくる。せっかく何年、何十年とかけて開拓したのかもしれないが、それほど過酷なら森に住むことを諦め、どこか大きな町に移動しても良いのではないか。そう思ったが、獣人たちの置かれた状況を考えるとそれすら難しいのかもしれないと考え直す。
伯爵家の中の使用人達はきちんと管理されていた為、地位は低くても働くことに問題はなさそうだった。だが、町中ではどうだったのか。
時折、新しい使用人として獣人の奴隷の子などがくることがあった。人間は借金奴隷と犯罪奴隷などの使用人が厳しい管理の下雇われたりもする。恐らく、奴隷が格安だからだろう。
しかし、獣人の奴隷という子たちは特に借金でも犯罪でもない。それが不思議でイリーニャに尋ねたことがあったが、その時は悲しそうな表情で濁されてしまった。見た目は子供でも、中身は違うラーシュ君。その態度で何となく察してしまう。
獣人はどうしても人間以下という扱いを受けていることが多い。そうなると、仕事に就けないこともあるし、雇ってもらっても異常に低い賃金で雇われていたりする。誰も助けてくれない町の中で、獣人達の多くが自分たちである程度賃金の交渉ができる傭兵になる。傭兵ならば魔獣討伐や盗賊団との戦いなど、金になる仕事が受けられるのだ。
とはいえ、傭兵は危険である。下手をしたら死んでしまうこともあるだろう。そうすると、死んでしまった傭兵の子は食うにも困ることとなる。人情味ある傭兵団であれば保護してくれるだろうが、それでも壊滅状態に近いほどの被害を受けたら無理だろう。
孤児となってしまった獣人の子は、悪い人間だったり傭兵団の生き残りに奴隷商人に売られてしまうということかもしれない。
では、イリーニャもそうなのか。
そう思うと、獣人達が過酷でも自由に生きられる環境に固執する気持ちは理解できた。
「……大変なんだね」
なんと答えて良いか分からず、中途半端な返事になってしまった。だが、それにイリーニャは静かに頷き、ミケルとロルフは顔を見合わせていた。
獣人の人たちは優しい人ばかりだったし、優れた身体能力を持つ人も多かった。知性が劣っているわけでもない。何故、不当な扱いを受けなければいけないのか。
胸の中でモヤモヤしていた気持ちが、ここで大きくなった気がした。
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