出立 14
バタバタと走り回って準備を終え、気が付けば出立の時となっていた。なんと若い使用人だけでなく、シグリドやベテランの使用人も立候補してくれたが、皆家族がいる為断った。十数名が立候補し、残したのは五名のみだ。
皆、危険な場所へ行くと分かっているのだろうか。
「ラーシュ様、ご安心ください。北部地方は多少知っております」
馬車に乗って見送りの使用人達に手を振っていると、イリーニャが隣でそんなことを言った。イリーニャにも再三危ないよと伝えてみたが、断固として引かなかった。珍しいことである。
仕方なく、イリーニャも同行し、残りはサバイバルができそうなメンバーのみ採用とした。厨房見習いと狩り見習い、執事見習い、元商人見習いの青年たちである。青年といっても十八歳前後ということで、伯爵家の中では若手だった。
本当は仲が良いおじさんとおばさん、獣人などの使用人たちを連れて行きたかったが、明らかに屋敷で働くのに向いた面々だったので諦めた。対して、イリーニャはどうやら野山を駆け回って育ったとのことで、本人のアピール力もあっての採用である。
「それじゃ、行ってきます」
そう言って手を振ると、使用人の中には泣いてくれる者も多くいた。ヨハンソンは険しい顔で、オリヴィアやニルス達は笑顔だったが、まぁ良いだろう。
このラーシュ君が最強の魔導技師になったら泣いて帰ってきてくださいと言うだろう。いや、言わせてみせる。
そんなことを思いながら、笑顔でお別れを告げて出立となった。
馬車の旅はおよそ三週間にも及び、途中で何度も野宿することとなる。街道なら滅多にないが、中型の魔獣が出現することも考えられた。なので、案内人兼護衛として獣人の傭兵たちを雇った。いつものレベリングでお世話になっていた人たちである。
「……ラーシュ様」
「そんな顔しないでよ」
「いや、す、すみません」
僕の置かれている状況を知った獣人たちは、物凄く複雑な表情で引き受けてくれた。こちらはあっけらかんとした態度が出来たと思うが、皆は悲しそうだったり辛そうだったりである。中にはヨハンソンやオリヴィアに対して怒ってくれる者もいた。傭兵団に依頼をしたので知らない者も二、三人いたが、全体的に僕に同情してくれている気がした。
「……僕は人に恵まれているね」
有難い話だ。そう思って呟くと、イリーニャが涙目で頷いてくれた。
旅は順調に進み、目的地まで後わずかとなる。小型魔獣の群れとの遭遇や食料などで色々と問題はあったが、思ったより快適に旅はできていた。
これなら、森の開拓も思ったより楽にできるかもしれない。実は、魔導技師のスキルの活用も考えてはいたのだ。今すぐには使えないが、一部スキルは有用ではないかと思っている。いよいよ目的地近くであると思い、夜は中々寝付けずに色々と考えを巡らせていた。
その時、どこかで大きな物音がした。その音に同じテントで寝ていたイリーニャも飛び起きる。
「い、今のは……」
顔面蒼白で掠れた声を出すイリーニャ。寝起きである。
「なんだろうね。ちょっと見てくるよ」
そう言って、テントから顔を出すと、タイミングが良いのか悪いのか、音の主を発見してしまった。
街道傍で見ることなどあり得ないような大きな図体。硬そうな鱗で覆われた表面と牙だらけの大きな口。翼は退化して存在しない。地竜や山竜と呼ばれる類の竜種である。大きな種類になると山と見まがうようなものも存在するが、今目の前に現れたのはそれほどではない。馬車より少し大きい程度なので、もしかしたら成竜ではないのかもしれないが、それでも十分過ぎるほどの脅威である。
「ど、ドラゴンだ……! 逃げろ!」
「ラーシュ様はどこだ!?」
「馬車から馬を放せ! 馬で逃げるしかないぞ!」
傭兵団がドラゴンに気が付き、大声を上げて動き出す。段々と木々が増えてきて視界が開けてないせいだろう。残念なことにドラゴンの位置に一番近いのは僕とイリーニャが寝ているテントだった。三角形を描くようにテントが三つあったので、運が悪かったという他無い。ドラゴンの行動次第ではあるが、なんとか馬車まで戻ることも出来るかもしれない。
そう思い、イリーニャに声を掛けた。
「……小さめだけどドラゴンだ。追いかけられたら死ぬ可能性が高い。どうにかして、そこの馬車まで行くよ」
そう告げると、イリーニャは肩を震わせながらも立ち上がり、頷いた。ドラゴンは周囲で騒ぐ傭兵たちの声に反応をしており、こちらから視線を逸れているように思う。
「今だ……!」
小さく呟き、イリーニャの手を引いて近くの馬車まで向かった。
間に合う。そう思ったその時、誰かがドラゴンに向かって何かを投げた。姿勢を落として周囲を窺っていたドラゴンの顔にその何かが当たり、それが金属製の鍋だと理解する。地竜系の硬い鱗と金属製の鍋が勢いよく衝突し、激しい音を鳴り響かせる。それはドラゴンの怒りを買うのに十分な一撃だった。
そして、恐ろしいことに、その鍋は僕たちの向かう先である馬車の方から投げられていた。
案の定、ドラゴンはこちらに振り向き、僕とイリーニャの姿を見て咆哮を上げる。体が震えるような激しい咆哮だ。それを聞き、死という単語が頭に浮かぶ。
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