【別視点】オリヴィアから見て 13
【オリヴィア】
気味の悪い子供だった。邪魔な女が死んだことでようやく念願だった伯爵家に嫁ぐことができ、すぐに子にも恵まれた。
後は、ラーシュだけだ。しかし、年齢差は一つ二つどころではない。普通に考えれば次期当主はラーシュだろう。職業適性は恵まれていなかったが、ラーシュという子供はそんな不利を覆す能力を持っていたのだ。
伯爵家に来た時には幼いということもあり、大して話題にも上らなかったが、ラーシュが五歳か六歳になった頃、一部の使用人たちの間で妙な噂が広まりつつあった。
ラーシュは天才かもしれない。そんな噂だ。
言語や読み書きなどはそこそこのようだが、計算に関しては異常な才能を見せているという噂だ。それに、教えていないようなことを勝手に学んで覚えていたり、新しい知識を吸収しようとしているのか本を読み漁っているという話だ。
現在、ハーベイ王国はどことも戦争はしていない。平和な状況が何年続くか分からないが、このままだとラーシュの才覚に期待して当主候補にする可能性はあるだろう。平和な王国内で何か功績を出そうとするなら、ラーシュの才覚は無視できない。
だが、そんなことはさせてはならない。ようやく伯爵家に嫁ぎ、我が子らは幸運にも男子が二人だ。どうにかしてラーシュを引きずり下ろす。ヨハンソンは広大な伯爵領を管理するのに四苦八苦し、領地が王都から離れている為、王都への行き帰りだけでも時間がかかっていて、伯爵家内のことは全て執事長やメイド長、騎士団長に任せているような状態だ。
ならば、その三人を味方につけてしまえばどうにかできるかもしれない。そう思い、三人を味方につける為に多くの時間を割いた。金を使い、使用人たちの中でもはっきりと贔屓した。ニルスかエリックが当主になれば、ずっと甘い汁を吸うことができる。そう思わせる為に尽力したのだ。
まず執事長が味方になり、メイド長と騎士団長も続いた。そこまでくれば簡単である。ヨハンソンと会話することがない地位の低い使用人ばかりがラーシュの世話をするようになり、余計な情報は遮断できるようになった。
もし噂が漏れてくることがあっても、騒いでいるのは元罪人の奴隷だった使用人や獣人の使用人だ。その程度の者たちが騒いだところで、嘘か大袈裟に言っているだけだと笑って終わりである。私や執事長達がラーシュは無能だと常に口にしているのだから、変な噂が広まる隙も無い。
そうして約五年。王都まで行ってアカデミーで落第するような恥は晒さないでほしいとヨハンソンに訴え、ついでにラーシュは完全に当主候補から外れた。それまで評価を落とし続けたことで、ヨハンソンもようやくラーシュを見限ったようだ。
田舎の村にでも幽閉するかという話になったが、完全に憂いは絶っておきたい。そう思い、森の開拓の話を出した。十分な金銭を持たせて少しでも領地を広げることができたら儲けものだと伝えると、素直に納得してくれたのだ。義理の母として少しでもラーシュの面倒を見てあげたいと言い、旅の準備も任された。
最高の結果だ。ラーシュに持たせる金銭も半分はこちらのものにできるだろう。
そう思っていたのに、そのラーシュが口を出してきた。自分の準備は自分ですると口にしたのだ。ラーシュは天才かもしれない。そんな噂が頭の中に蘇った。
「ヨハンソン様からはラーシュ様に金貨五枚の予算をいただきました。私の方で馬車と馬を用意いたしましたので、そちらの準備にはお金は掛かりません。使用人に関しては、やはりラーシュ様が話しやすいように十代の若い者ばかりを選んでおりますが」
できるだけ優しい笑顔を作ってそう尋ねるが、ラーシュは腕を組んで首を左右に振る。
「う~ん、予算は伯爵家の収入から考えたら少ない気がするけど、仕方がないか。馬車とかは馬の世話係のウサに選んでもらいたいな。馬と一緒にね?」
「え? ウサ……ま、まぁ、良いでしょう。そのような使用人がいたのかは覚えておりませんが、特別にその者に選ばせてあげましょう」
予想外の要望に、思わず動揺しながら答えた。子供なりに警戒心を持っているということか。だが、その程度で大きな影響はないだろう。そう思って了承した。
すると、今度は馬車の前に並んだ使用人達を見て口を開く。
「それと、森の開拓ってすごく大変だと思うんだよね。だから、連れていく使用人の人たちにも選ぶ権利があるよ」
「え? 使用人たちに選ぶ権利?」
何を言っているのか分からずに聞き返す。すると、ラーシュは居並ぶ使用人達の顔を順番に見て告げた。
「正直、深い森の中で木々を伐採して開拓地を作るっていうのは大変な作業です。それに、この伯爵家でのような暮らしは絶対にできないと思う。だから、それでも来てくれるって人だけを連れていこうと思ってね。付いてこなかったからって立場が悪くなることはないし、僕も恨まないからね。自分の気持ちに正直になって選んでください」
ラーシュはそう言って、若い使用人達に笑顔を向けた。それを見て、何人かの女の使用人の目に涙が浮かぶ。その様子を見て、微かに焦燥感が沸き上がる。この子供を伯爵家に残すことはできない。改めて、そう思った。
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