追放 11
「……嘘を吐くな、ラーシュ。日頃の生活については十分報告を受けている」
怒気すら感じさせる視線と声でそう言われて、完全に挽回は不可能だと悟る。ダディはこちらの言葉など聞く気もないだろう。
理不尽な扱いに黙って耐えていると、ヨハンソンは再び溜め息を吐き、机の上に置いていた羊皮紙をこちらに投げてよこした。床に落ちたそれを見て、描かれている内容を立ったまま確認する。
地図だ。これは、我が伯爵家の領地内を書き記した地図に違いない。そう思いつつ、床に落ちた地図を拾い上げてからヨハンソンに視線を戻す。
「フォールンテール伯爵家の領地の地図ですね」
「……それくらいは知っていたか」
地図であることを確認すると、ヨハンソンが少し驚いたような顔をする。これには流石に愕然とした。いったいどんな報告を受けていたというのか。もう文句を言う気力も湧かない。
「……それで、この地図が何なのでしょう?」
改めて質問をすると、ヨハンソンは目を細めて顎を引く。
「急遽、北部にある未開拓の森を開拓することとなった。その地より東部には我がハーベイ王国と同等の大国であるテオドーラ王国があり、反対の西部にはムンド皇国が存在する。つまり、いずれはこの開拓地が重要な拠点となるのだ。お前には、その開拓をやってもらおうと思っている」
と、信じられない話が飛び出した。それには神童ラーシュ君も絶句である。
ダディは自分の言った言葉を理解しているのだろうか。北部にある未開拓の森が三国の境界線になっている理由は、開拓が困難な魔の樹海だからである。険しい山と深い森が続き、強大な魔獣が時折出没する危険な土地だ。
それを開拓するとなると、どれだけ人員を割いても数十年かかる大事業である。我がフォールンテール伯爵家の財力と騎士団を総動員しても百年以上かかるだろう。むしろ、そんなことをしていたら伯爵家が潰れてしまうのは間違いない。
唖然としながらヨハンソンの険しい顔を眺めていると、軽い咳ばらいが返ってきた。
「……もちろん、十歳のお前に一人で全てしろとは言わん。使用人を十名と傭兵を雇う金を用意してやろう。出発は明日だ」
ヨハンソンから言われた言葉は、控えめにいって死刑宣告に等しい。実子にそれを告げるのは流石のヨハンソンでも心苦しかったのか。こちらを見ずに死刑宣告はされた。
「森の開拓には大型魔獣を撃退する為に千人単位の騎士団と木々を伐採し、食料を自給する為の人員も必要となります。また、森を切り開くだけでなく、その後につながる行動をしておかなければ土地が広がるだけで終わってしまいます。それなのに、僅か十名と傭兵でどうにかしろと?」
腹が立ち、思わず十歳とは思えない言い方でヨハンソンに聞き返す。いや、家を追い出されるのならどうでも良いか。そう開き直る。
すると、ヨハンソンは目を丸く見開いて驚いたが、すぐに顔を紅潮させて怒気を放ち始めた。
「なんだ、その言い方は? 貴様には我が伯爵家の役に立とうという気概はないのか。森の開拓という大役を担い、見事にそれを果たすことで伯爵家は大きく飛躍するだろう。その大任を……」
「たった十人と傭兵でそれが出来るというなら、そんな簡単な事業を放ってこられた我が伯爵家の当主は無能しかいなかったということですね」
「な……っ」
ケンカ腰で反射的に言い返し、ヨハンソンが鼻白む。その表情を見て、やり過ぎたと反省した。相手は仮にも実父であり、上級貴族の当主なのだ。無礼極まりない発言である。
「……言い過ぎました。申し訳ありません。それでは、明日の出発に備えて準備に向かいます。傭兵には心当たりがありますので、こちらで声を掛けさせていただきます。それでは」
あまり余計なことは言わない方が良いだろう。そう思い、最低限のことだけ伝えて退室する。部屋を出る時にヨハンソンルームから何か声が聞こえた気がしたが、もう気にすることも無かった。
外で待っていたイリーニャが少し不安そうな顔をしていたが、気にせず声を掛けて歩き出す。
「あまり時間がないんだけど、今日中にオロフさん達に連絡とれるかな?」
「え? あ、ちょっと確認をしてみます。今日も魔獣退治ですか?」
その質問に、自嘲気味に笑いながら首を左右に振った。
「いや、それが北部の森の開拓をすることになってさ。傭兵を雇えるらしいから、知っている人が良いかなーって」
そう告げると、イリーニャの息を呑む声が聞こえた。立ち止まって振り返ると、顔面蒼白になったイリーニャの姿が目に入る。
「そ、それは……その……」
言い淀むイリーニャに苦笑し、頷いて答える。
「家から出て行けってことだろうね」
そう口にした瞬間、イリーニャが涙目で怒鳴った。
「そんな! あんまりです……!」
悲しんでいるのか、激怒しているのか。どちらにしても、こんなに感情を露わにしたイリーニャの姿は初めて見た気がした。
「ありがとう」
それだけしか言葉が出てこなかった。だが、本当に敵ばかりの中でイリーニャの気持ちは嬉しかった。
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