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第9話 獣の正体

 真っ赤な夕焼けが部屋を照らし出す夕暮れ時、リュミエル=クアンタールは執務室にいた。

 殺風景な部屋は必要最低限の物しか置かれておらず、家具も質素なものだ。しいて特徴的なものと言えばペンや文鎮を彩る翡翠くらいだろう。


 城から来た報告を副官であるメッドから聞きながらペンを走らせていたところで、ノックなしに扉が開く音に二人は視線を入り口へと向けた。


「お、ヒース。無事に戻ってきたか。街を襲ったっていう天馬(スカイヒプ)は見つかったか?」

「その件で報告だ。魔力構成が同じ天馬(スカイヒプ)が属する群れを発見。……同行者であるマナミの助言と協力のもと、天馬(スカイヒプ)黎属(れいぞく)に成功した」

「は……!? 野生の魔獣を黎属だと!?」


 半歩脇に下がり報告を聞いていたメッドが驚愕で瞳を見開く。ヒースは短く頷いて正面からリュミエルを見据えた。


「さらにその際、黎属前の天馬(スカイヒプ)も彼女に対しては警戒を解き懐く様子が見られた。……そうなることを予期していたのか? リュミエル」


 ありえないと口の中でだけつぶやくメッドをよそに、ヒースの赤い瞳は冴え冴えとリュミエルを射抜いている。けれどもそれを受けた金髪の男は飄々とした笑みを崩すことなく首を傾げた。


「そこまでいい形に動くとはさすがの俺も思っていなかったさ。ただ、元の世界に戻るまでこの世界のことを何も知らないわけにはいかなかっただろう? 丁度手近な任務があったから任せただけで」


 流れる水のようによどみない言葉を静かに聞いていたヒースは、次いでメッドを見る。「二人だけにしてもらえるか」という端的な要請を聞いたメッドは眉を大きくしかめたものの、リュミエルを一瞥してすぐに扉へと無言で向かった。


 ばたんと意図的に大きく音を立てて閉められた部屋の中、二人の男が向かい合う。絨毯を踏みしめながらヒースは大きく数歩、リュミエルに近づいた。


「分かる嘘は辞めろ。推測は出来ていたはずだ。()()()()()()()()()()()()()()なのだから」


 みしりと床がきしむ音がする。すらりとした足は次第に巨大化し、黒曜の毛皮をまとわりつかせる。夕日に照らされた二人の男の影の内一方が肥大化し、翼が生え、腕が前足となり床につく。


 そこに現れたのは鎧のような重厚な毛皮をまとった鷲獅子(グリフォン)


 かつてこの国で四大魔族としておそれられた一柱であり、対外的には目の前に立つ男、リュミエル=クアンタールが打ち倒したとされている存在。くちばしが開かれると、人のヒースの声よりもくぐもった、金切り音交じりの声が聞こえてくる。


「マナミをここで保護することとしたのは俺への抑止力のためか? あるいは……力を見抜いた上で彼女を利用する所存だったか?」


 だとするならばお前の期待通りになったわけだ。そういいながら前脚を机の上に乗せて翼を広げる。さほど広くない室内の半分をその巨体と翼が覆い隠すが、グリフォンに光を遮られ見下ろされたリュミエルの笑みは変わらない。


「利用だなんて言い方は失礼だな。彼女の自由意思を封じた覚えはないよ」

「どうだかな。……貴様ならば彼女をすぐさま元の世界に送り返すことも可能だろうに。あるいはその程度の力すら、貴様を信捧する精霊たちは与えられないか」

「そんなことを言っていいのかい? マナさんが帰ったら一番ショックを受けるのはヒースだろうに」


 音を立てて鳴るくちばしの動作が一瞬止まったことが、リュミエルとしては可笑しくてたまらなかった。鉤爪が喉元へと向けられるのも構わず、むしろ差し出すように顎だけを上に向けた。


「お前が今こうして騎士団に所属している理由は俺だって分かっている。俺との戦いの最中でお前を手当してくれたあの子を探して、借りを返すためだろう?」

「…………否定はしない」


 人間にとって魔獣は忌むべきもので、魔獣にとっても、人間はいむべきものだ。それは理屈ではなく魔力と本能に刻まれたものだった。

 それでも、あの少女が駆け寄って怪我を手当てするためにこちらを一喝した時に、他の人間に感じていた嫌悪を微塵も感じなかった。


「あの時お前はそのまま意識を失い姿を消してしまった少女への想いから翼を収めた。だから俺は黎属(れいぞく)をして人に混ざるならば、彼女を探すために手を貸すと約束した。今の状態がそれに反しているか?」

「…………いいや」


 ヒースの否定の言葉にリュミエルの笑みが深まる。グリフォンと化した男はなお焔に似た瞳を向けていた。


「俺はね、ヒース。マナさんに手を差し伸べられて翼を収めたお前の姿を見て、ひとつの可能性を視たんだ。人と魔獣、全てではなくとももっと距離を縮められるんじゃないかってね」

「……人が魔獣をいいように操る、ではなくてか」

「かつての黎属(れいぞく)の呪文はそうだった。だがお前や今回の天馬(スカイヒプ)にかけたものはお前たちの意志をしばってはいないだろう?」


 嘴がカチカチとなる。()()()黎属の術式には強い副作用による精神の抑制が混ざっており、それによって魔獣の敵意を弱めた上で少しずつ馴化をさせるものだった。自らをはじめとした四大魔族ほどの力を持つ存在から人間への嫌悪を廃すほどの力はない。それは術式を識ったヒースにも分かっていた。

 だが、今自らがかけられている。そして風哭きの林で天馬がかけられていた術式は全く異なる。魔力の性質を変えながら感情や思考に影響はせず、本能的な嫌悪だけを取り払うものだった。魔獣個々の在り方は尊重しているもの。


 その一件に敬意を表したからこそ、同じ騎士団に所属して彼の下に就くこととなったのだから。


「……これから彼女をどうするつもりだ」

「前に言ったとおり、帰ることを望む意思があるなら宮廷魔導師に繋ぐつもりだよ。俺一人で彼女を返すとなると少し懸念があるからね」

「……」

「それ以外に関しては、彼女がどうしたいか次第かな。騎士団に馴染むことを望むのか、これまで通り動物の世話をしていくのか。あるいは他にしたいことを見つけるか」


 グリフォンの翼が大きくはためく。壁に映る影が一度全面を黒で覆ったかと思えば、巨大な獣の姿は消えて二人の人間がそこには立っていた。


「……彼女の意思を尊重するというならば俺が言うことはない。だが忘れるな。人は皆お前のように頑強ではないと」

「ならヒースが守ってあげればいい。お前がここにいるのは、そのためだろう?」

「お前と言う()()を測るためでもあるが……まあいい。手当の借りは返すさ」


 それだけを告げれば、もう用はないと言うようにヒースは部屋を後にする。

 彼の在室中一度も手放さなかった翡翠が嵌ったペンで、リュミエルは紙の端にメモを書きつけた。


「……まったく、アイツも素直じゃないな。まだ無自覚って言った方がいいのかもしれないけど」


 心配性の副官が戻ってくる前に、今後の人員配置の検討とうまい言い訳を考えておこう。獣の残り香を感じさせない執務室で、ペンが走る音だけが響いた。

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