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最終話 はじめましてのあなた

 バタバタとはじめた新生活は、けれども一度はじまれば意外としっかり回るものだ。

 元々騎士団からも近い場所。気軽に遊びに行っていいと皆さんからも言ってもらえていたから、数日に一度の頻度で顔を出していた。その度に天馬の世話をしたり、騎士団の皆さんとご飯を食べたり、時には街の人から来た魔獣関連の相談の手伝いをして。


 だから、十日近く向こうに足を運ばなかったのははじめてのことでした。その理由である目の前の卵を見つめます。テーブルに置かれた籠の上、クッションに包まれた卵は心臓の脈動のように揺れている、それに合わせて私の身体も左右に揺れた。


「はぁ……なんかドキドキしてきました。本当にもうすぐ、檎娘龍(ロゼリアドラゴン)が孵るんですよね?」

「ああ。魔力の反応を見るに、いつ目覚めてもおかしくない」


 十日ほど前から思念での会話ができなくなった娘龍。ヒースさんが言うには魔力が外界に馴染もうとしている影響で体力を使って眠りについているのだろうという話でした。


「リュミエルから書状(スクロール)は預かってきた」

「ありがとうございます。もうディノクスさんにも黎属(れいぞく)してもらっているし大丈夫だと思いたいのですが……」

「魔力がここでまた変わるからな。念には念を入れたほうがいい」


 そう口にするヒースさんも、けれども表情は柔らかなものでした。もうすぐ生まれると聞いて、暖かな毛布やおもちゃを作れそうな布や綿。寝床を作るかもと木材、そのほか色々なものを買い揃えていたのですから。

 それは私も同じですけれど。


「なんだか、ドキドキしてきました。待ち遠しいけどちょっと怖いと言いますか……」

「怖い?」

「はい、だって私たちの決めた名前を、ロゼリアドラゴンさんが気に入らなかったら困るじゃないですか」


 言葉を紡ぐことが下手な私たちが、生まれ落ちるこの日のためにいくつも候補を選び、ようやく決めていました。

 けれども決まった頃にはもう殻の中から思念がこぼれることはなくなっていて。目覚めるその時のお預けとなっていたのです。


「……それは、そうだが」

「そんな方じゃないって分かってても緊張します。ヒースさんの名前は、どうやってつけたんですか?」


 そういえば、と聞いたことがなかった彼の由来を聞けば、幾度かのまばたきの後に視線が泳ぐ。


「たしか……俺の時はリュミエルがいくつか候補を出して、選んだな」

「リュミエルさんが?」

「ああ。おそらくはその場の思いつきだと思う」


 どんな候補をあげたのでしょうか。そう疑問に思う私の胸中をくみとったようにヒースさんが指を折っていく。


「カディス、エアディ、リオール、ニック、トンヌラ、クディル……後いくつかあったか」

「よく覚えていますね!?」

「……実のところ、当時の俺はどれでもよかった。挙げられたリストの一番上を指しただけだ」

 

 ヒースさんは眉をさげて打ち明け話をこぼす。娘龍の名を決めるために、参考としてリストをまた見せてもらったから憶えているだけだと。


「あいつ自身もその場に浮かんだ名前を書き連ねただけと言っていた。だから少しだけ、後悔してる。名というものを俺もよく考えて選ぶべきだったのかもしれないと」

「そうですか? それでも……私はヒースさんの名前、すてきだと思います」


 それは名前ではなく、彼が彼だからだろうけれど。思ったままを伝えれば、彼の瞳が泳ぐ。


「……マナミがそう思ってくれてるなら、それで十分だ」


 ヒースさんのまなざしと言葉に頬が熱くなる。うぅ、どうしてでしょう。ヒースさんに最近見つめられるとそれだけで恥ずかしくなってしまうのは。


「……ナミ、マナミ」


 ヒースさん自身にそんなつもりはないと分かってるつもりなのに……。


「マナミ、聞こえているか?」

「っ!? ひゃい!」

「あれを」

「あれ……ですか?」


 突如耳元で聞こえた声に大きく肩が跳ねる。慌ててヒースさんを振り返れば、彼の指は一点を指し示していた。

 変わらぬ調子で揺れ続けていた卵は動きを止めていた。そのことに先ほど飛び跳ねた心臓が一気に縮み上がりそうになったけれど、かすかな何かが砕かれる音と、楕円からわずかに覗く白い欠片に、一気に全身に力がこもった。


「あっ、生まれる……!」


 ────部屋に眩い闇が満ちた。

 正しくはそれは、一挙に魔力が放出されたのをヒースさんが咄嗟に庇ってくれたのだけれど。


「………………ぷぁ」


 何も見えない視界の中、小さく聞こえてきたかん高い鳴き声に顔をあげる。

 寝台の上、自らがこもっていた卵の殻をついばんだ檎娘龍(ロゼリアドラゴン)が口をもごつかせている姿を見て、視界が再び、今度は涙で見えなくなってきた。


『……ふむ、これが外の世界か。で、だ。マナミ。(わらわ)の名はもう考えてくれているのだろうな?』

「…………ッ! もちろんです!」


 万感の想いを込めて抱き上げたその体は、驚くほどに軽いのに重量を感じた。頬にこれまで以上に熱い雫が溢れるのを自覚しながら、腕の中の命を寿くように、彼女の名を呼んだ。


「生まれてきてくれてありがとうございます。────」

最後まで読み進めてくださりありがとうございます。これでマナミがルーンティナで生きるまでの話は終わりとなります

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― 新着の感想 ―
おもしろくて一気読みでした!番外編などぜひぜひよろしくお願いします。まだまだ続きが読みたいです
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