第42話 それからの話
さて、それからの話です。
「それで、こっちにマナミさんは残るんだよね。こんな風に暮らしたいとかの要望はあるのかな?」
「えっ、」
ヒースさんが二人をたしなめてくれて、一呼吸後に投げられた問いかけ。
「ん? 別にうちに残りたいっていうなら止めないけど。……いや、でもこういうのは役割として分けたほうがいいと思うんだ。うちは治安のためなら血を見ることも多い場所だからね」
「……はい。そのことはわかっています」
黎属は無事に果たせたとはいえ、魔獣や魔族に対する偏見が完全に消えたわけではありません。獣とは別の問題への対処だってあるでしょう。それに対して、私ができることはほとんどありません。
「でも、私が決めていいんですか?」
「残ることを決めたのは君だ。もちろん叶えられる範囲に限度はあるけど、こういう時は提案したほうがお得だよ」
あっけらかんと笑うリュミエルさんの後ろでメッドさんがため息をつくけれど、それを止めることはない。
それなら、と私は口を開きます。
「……専用の相談場所があったらなって思うんです。魔獣さんたちとの関わり方に悩んだ時に気軽に聞きに来れる場所が」
「ふむふむ、なるほど。……なら、ちょうどいい場所があるか」
そういって提案されたのは、お世話になっていた騎士団からほど近い一軒家。
歩いて騎士団の駐屯地にいけるので、何かあったらすぐに相談できる場所は、街からもそこまで遠くはありません。
「国の人たちもそれなりに行きやすいし、なにかあったらうちにも気軽に声をかけれるだろう? 」
「ちょっとリュミエル、それだと王都から遠いんだけど?」
「いいじゃん、ディノクスは必要があれば勝手に来るだろ」
「ま、それはそうだけど」
「あ、ありがとうございます……!」
本当に何から何までお世話になり通しだ。
深く頭を下げれば「いいのいいの。逆に俺たちも何かあったら気軽に遊びにいけていいしね」と軽く手を振られました。……相談じゃなくて遊びに、なんですね。
◇ ◆ ◇
それから一週間後。
私たちはリュミエルさんが紹介してくださった一軒家で荷ほどきをしていました。
こちらの世界に来てから得たものは少なくないけれど、一人での生活をはじめるならと餞別に皆さんからいただいたものであふれかえる室内。今日中に片づけるのは難しそうなほどに。
「……でも、ヒースさんは本当に良かったんですか?」
振り返った先にいるのは、同じように木箱に入れられている荷物を取り出して棚に並べていく黒髪の後ろ姿。振り返ったルビーの瞳が瞬かれた。
「何がだ」
「いえ、だって騎士団でのお仕事も続けられるのでしょう?」
私がこちらに移る時に、当たり前のようにリュミエルさんとヒースさんが「で、ヒースはどうするんだ?」「マナミについていく」「ん、分かった」とやり取りを交わしていたことを思い出す。
いえ、もちろんちゃんとその時に「マナさんはヒースと一緒でも平気? 多分女の子一人で暮らすよりは安心だと思うけど、一つ屋根の下がムリならちゃんと言ってくれよ?」と確認は取られたのですが!
「問題ない。ガウスのように外から通っている者も騎士団にはいる。それに、俺がいたほうが檎娘龍との意思疎通もしやすいと思うが」
「う……」
そう、ここにいるのは私とヒースさん、それに未だ卵の中に眠る檎娘龍の三名。
柔らかな布でくるんで、編みかごとクッションに乗せた卵がもぞりと揺れた。殻の中の彼女と言葉を交わすには、確かに私一人では出来ません。
《そうさな。妾が目覚める前に名を考えてくれるのだろう?》
「そ、れはそうなんですが……!」
二人で名前を考える約束なのだから、沢山話せるように近くにいた方がいい。……それは分かっていますけれど、恥ずかしいと思うのは私だけなのでしょうか。
「……無論。マナミが嫌だというなら無理強いはしない」
「っ、い、いえ。嫌なわけでは……!」
「だが、気になるのだろう?」
その言葉にもご、と口ごもる。
「……それは勿論。恩があるって話でしたけど、もう十分助けてもらいましたから」
慣れてきた騎士団から離れてここで生活をしてもらうのも、申し訳なさを感じる。
「こうして居場所や願いを見つけられたのは、ヒースさんがいたからですから」
「俺だけの力ではない。……力になるというのならよほどリュミエルさんの方が」
確かにリュミエルさんも不思議なほどに私に手を差し伸べてくれた。
「だからってヒースさんが力になってないなんて思いません。……私が心細い時にいつだってそばにいてくれた。だから恩返しだからって騎士団から移り住まなくても……」
「……違う」
十分助けられましたと言いかけた口を閉じる。なにが違うのかと見上げれば、口元をもごつかせながら眉を下げている彼の姿が目に入る。
「……以前途中になっていた、俺の幸せの話だ」
「え、」
「俺は、お前のそばにいたい。笑顔になっているのを誰よりも一番先に見たいし、苦しんだら悲しんでいるのなら力になりたい。……駄目だろうか」
「え、あ、あう、っその」
雪崩のような言葉に頭が一気に熱くなる。ようやく自分の願いを出せるようになってきた口もまともに働かなくなってしまった。
私の様子を見ていたヒースさんも、次第に目が見開かれていく。
「……マナミ、どうした? どこか調子が悪いのか」
「ちが、ええと、っその……」
「何か、俺にできることは……」
違うんです。本当になんでもないんです、ただ勝手に恥ずかしくなってしまっただけで。慌てて首を左右に振るけれど、それでヒースさんが納得するはずもなく、本格的に彼も手を彷徨わせはじめた。
「……っ、ええと、その」
「いえっ、ごめんなさ、ヒースさんのせいじゃ……」
「そんなことは……多分俺が原因で、っ、何かできることは……」
助けを求めるように、ヒースさんがその手を卵へとかざした。柔らかな光を放つ殻の奥から、娘龍の思念が聞こえてきた。
《……面白いな、そなたらは》




