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第40話 共存:檎娘龍

「あなたが望んでいるのは……あなた自身の願いと呼べるものが、人という存在を滅ぼすことなのですか?」


 きっと、問いを投げかけているはずの私が一番悲鳴を上げて逃げ出したくなっている。根拠もない確信が胸を襲う。それでも息を一つ吸って、声を張ってみせた。自らの願望が乗っていることも自覚したまま。


「ただ、あなたやあなたの仲間を傷つけてほしくない。それだけですか?」


 ……だって、これで前者だと言われたら、私たちに取れることはない。先日の紅の光景が繰り返される。行う相手と血に濡れる人が変わるだけ。

 それでも目の前にいる未だ卵の彼女を信じたいと思うのは、私のエゴだ。


《願い、などと。おかしなことを聞くな》

「何もおかしくなんてないです。……本来、私はそれをあなたの先代に聞くべきでした」


 知っていればどうにかできた……なんて傲慢なことは断言できない。でもきっと、今のような悔い方はしていないはずだ。


「一方的に願いを聞いてもらうだけではダメだと思ったから。だから教えてほしいんです。檎娘龍(ロゼリアドラゴン)


 ──あなたの願いはなんですか?



 その問いかけに、すぐに答えは返ってこなかった。

 ずっと声がこだましていた空間が無音だけを反響させる。緊張はある。いつ恐怖でこの場から駆け出してもおかしくなかった。


 手が空を切り、視線を卵からわずかにそらす。私の視線に気がついたヒースさんが振り返り、卵に触れていない方の腕を伸ばして私の手を握りしめた。





《…………わからない》


 沈黙の末に聞こえてきたのは、か細い思念だった。

 もう少しの沈黙を重ねてから、途切れ途切れに娘龍の想いが伝わってくる。


《同胞は守りたい。それは妾の魔族としての誇りだ》

《人間はおぞましい。それは魔として生まれた者の本能だ》

《だが……それらすべてを排した、ただの妾としての願いが、分からぬ》


「そんなの分からなくて当たり前じゃないの?」


 割って入ったのはディノクスさんの声だ。腕組みをしながらもあっけらかんと言い放つ。


「だってアンタ、まだ生まれてすらいないもの。これから見つけていきゃいいのよ」

《……見つける》


 殻の中の光が一度明滅をした。


《……鎧鷲獅子(アウラグリフォン)、そんなものを妾が、我らが本当に見つけられると思うか?》

「かつての俺なら……不可能だと返していたかもしれない。彼女たちに会う前の俺ならば」


 だが今は違う、と彼は首を横に振る。


「お前が見つけたいと探すのなら、きっと。……もしかしたらそう思うことそのものが、願いになるかもしれないが」

《…………ふむ。ならば》


 意味ありげな沈黙が再びよぎる。けれどもいつしか私の足の震えは治まっていた。


(わらわ)妾自身(わらわじしん)を試金石といたそう。鎧鷲獅子(アウラグリフォン)

「……ヒースだ」

《人のように個の名をつけたのだな》

「幾代廻ろうと、ここにいる俺は俺だけだから」

《なるほどな。ならばヒース、そしてそこの娘よ》

「ひゃ、ひゃい」


 相変わらず突然呼ばれるのに声がひっくり返るけれど、深呼吸をして改めて名を告げる。


「真奈美、です。倉越(くらこし)真奈美(まなみ)

《マナミ。……そなたらに二つ、条件がある》

「あら。アタシはいいの?」

《精霊の傀儡(かいらい)を今の妾は信頼せん》


 苦い顔を隠さないディノクスさんの方を一瞬だけ見て慌てて目をそらす。


「それで、条件というのは」

《我は四大の誇りとして、我らが同胞が無為に傷つけられることは許せぬ。そうはならぬように取り計らえ》

「それならもうやってるわよ。マナミとヒースが書状(スクロール)黎属(れいぞく)してくれたおかげで話も通しやすかったわ」

《……思ったよりはやるのだな。傀儡》

「うっさいわね。それが継続できるかはアンタの態度次第ってこと忘れないでよね」


 ディノクスさんの鋭い眼光に心臓が何度目か分からなくなるほどに縮こまる。が、彼も私を見てすぐに両手を左右に振ってみせた。


「…ええと、それは私も是非と思っていますから。もちろんです。それでもう一つの条件は?」

《……が、……い?》

「え?」


 これまで明瞭に聞こえていた思念が突如ささやかなものになった。

 ヒースさんの手から放たれる光がひときわ輝きを増す。


「聴きとれん。もう一度言え」

《……名前が》

「名前?」


 未だ抑揚が薄く聞き取りにくいが、わずかに音が上がる。


《そうだ。妾たち魔族に名はない。種族名だけがあればよいのだから。だがそなたら人間は名を持つ。妾は母とは違う。妾だけの願いというのが気になる。……けれどもそんなもの、どうすれば手に入れられるかもわからぬ。ならば願いを持つ人というものを知るしかなかろう。その一環だ》


 急に速度を増した言葉をすべて一度に受け入れるのは困難だった。けれどもいく度も聴きとれた音を自分の中で繰り返して、うまく聴きとれなかったところは保管して。……それが全部終わってから、胸にじわじわと熱が昇ってきた。


「え、ええと……それは……」

《なんだ。妾の頼みなど聞けぬと?》

「ち、違います!だってそれって、ええと……私が、あなたに名前を付けていいんですか……⁉」


 小さい頃から動物が好きだった。

 捨てられた犬や傷ついた猫を拾っては親に怒られた思い出。

 家で飼う事は出来ないと分かってはいたものの、拾った動物を手当しては里親探しをして……でも、一時のことだと分かっていたから名前を付けたことなんてなかった。


《マナミだけではない。マナミとヒース、そなたら二人に課しておるのだ》

「……俺もか?」

《嫌だというのか?》

「いいや。……少し、時間をもらうかもしれないが」

《それくらいなら許してやろう。妾は寛大ゆえな》


 彼らの会話を聞きながら、私はこの場を飛び跳ねて踊りたいくらいの気持ちだった。


「頑張ります! 頑張って……ステキな名前を名付けますから!」

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