第39話 対話:檎娘龍
「……──ここね。魔力の反応が一番色濃いのは」
ディノクスさんが足を止めて見上げた先に視線を向ける。
そこには赤い、宝石のような卵型の存在があった。大きさは私の身体と同じくらいで、岩壁の合間で脈動するように仄かに光が明滅している。
「これは……」
「間違いない。檎娘龍の卵だろう」
手を伸ばしたヒースさんが卵の表面に触れる。
「|我が声通りて谺となさん《オウンヴィアエコーズ》」
甲高い音が空間に響く。それから反響が次第に低く、重なり合うように。
《……誰かと思えば、人に与する鎧鷲獅子。未だ孵化も果たしておらぬ妾に何の用だ》
聞こえてきた声は依然の母龍よりも高い響き。けれども同じだけの圧力がある。……否、それ以上かもしれない。ヒースさんに対して優しさがあったマザーと違い、彼女の声は警戒で満ちていた。
「……突然の来訪は謝罪しよう。娘よ。お前も四大の力を継ぐ者なら、知識として先代の結末と来訪の目的は理解しているだろう」
《先代の末路は理解しておる。だからこそ、そなたらがここに来た理由が分からぬというものよ。特異なる人の子、そなたは何故ここまで来た?》
「それは、人にもドラゴンにも死んでほしくないからで……」
《それはそなたの願いであろう。妾は違う》
マザーに告げた言葉を再び伝えようとするも、切って返される鋭さを持った言葉に頭が真っ白になる。
《そも、先代がそなたの言葉にうなずいたのはいとし子の顔を立てた故だ。だが、妾にそれを行う義理はない》
「…………だろうな」
溜め息混じりにヒースさんがそれを認める。……私たちが考える以上に、魔族と呼ばれる方々の生まれ変わる前後は複雑なようです。
「でも……それでは、檎娘龍さんはどうするつもりなのでしょうか?」
《知れたことよ、人の娘。そなたは我らの同胞が傷つくのが好ましくないと言うたな?》
卵の殻に阻まれて、娘龍の表情は私にはわかりません。
──けれども何故でしょうか。背筋を駆けあがるような感覚が湧き上がる。
《なれば、我らが人を滅ぼすまでのこと。妾や同胞を傷つける者を排除すれば、もう傷つく恐れなどなかろう?》
「……っ───!」
娘龍の言葉に息が止まる。
それはおかしいと、間違っていると言えればどれほど簡単な話だったか。誰かを殺すなんて、滅ぼすなんて間違っていると。
けれども否定することは出来ず、側にいるヒースさんが沈痛な面持ちで首を横に振る。
「……不可能だ。お前が人に牙を向くならば間違いなくリュミエルは黙っていない。先代と同じ道をたどるつもりか?」
《先代の一撃は彼女の魔力を込めている。いかに精霊からの恩寵があろうと魂を傷つけているはずだ。あとは妾や配下の者が精霊の住まう大樹を乗っ取れば、得るべき精霊の力を失った人間一人、おそるることはない》
彼女の言葉の意図は分からずとも、口をつぐんだヒースさんの表情を見ればそれが夢想ではないことはうかがえました。
「────アンタ、何ビビってんの?」
《…………何?》
煮えたぎるような緊張感を、怜悧な言葉が切り込んだ。言葉を紡いだディノクスさんは半歩前へと歩み出る。ヒースさんがわずかに身を固くしますが、それを意に介した様子もなくそのままディノクスさんは卵を見下ろす。
「あら、気を悪くしたならごめんなさいね。でもアタシには先代を殺したリュミエルのやつが怖いからその前に何とかします~って言ってる気がしたんだもの」
《脆き人間風情が、何を戯言を……》
「そうね。四大魔族なんてとんでもない存在からしたら脆いものに、アンタの先代は一撃で屠られた」
二人の会話を聞いていたヒースさんが、ゆっくりと瞳を丸くしていく。何かに気がついたようにしばたいたルビーは同じ系色の卵へと向けられた。
「……魔族が次代に生まれ変わるとき、かつてあった出来事を一部、記録として持ってはいるが。その仔細の把握や当時の感情までは分からない」
「あら、そうなの? ……だったらまだ卵の檎娘龍からしたら何も分からないままそんなとんでも人間がいることだけ知ってるわけだもの。ビビって当然ね」
《……忌々しい魔を持つ人風情が》
「ふぅん、黎属の効果も切れてるのかしら」
淡々と、まるで状況を検分するようなディノクスさんの言葉に再び心臓が縮み動く。……だが、今動かなければ何も解決しないことは私が一番分かっていた。
同じことの繰り返しにはしたくない。その想いが私に一歩を踏み出させる。先代の母龍にも先に問いかけておけば、悲劇を防げていたのではないかと夢想していた言葉を。
「聞かせてください。檎娘龍」
《………》
返事はない。けれどもここで臆するわけにもいかなかった。
「あなたが望んでいるのは……あなた自身の願いと呼べるものが、人という存在を滅ぼすことなのですか?」




