第38話 変化の有無
どれだけ下り坂の洞窟を歩いただろうか。中腹にあった入口から、地下に入り込んでいるんじゃないかと思うほどの距離。広くない空間は自力で歩くしかなくて、何度目かの休憩中。
「にしても、まだアンタがここにいるなんて正直意外だったわ」
「? どうしてですか」
「だってマナミ、リュミエルから帰る方法を教えられたんでしょ?」
ディノクスさんの言葉に眉をさげて笑う。
彼もリュミエルさんからたくさん頼まれていたのだから、疑問に思うのは当たり前だった。
「はい。……でも、私やっぱりこの世界やここにいる魔獣たちが好きなんです。もっといろんな子たちを見たいし、彼らと仲良く……私だけじゃなくて、たくさんの人と仲良くする彼らが見たい」
そのために出来ることはやりたいんです。
ディノクスさんは私の言葉に目を丸くしてから、おかしそうに笑い出す。
「……っはは、たしかにアンタしか出来ないわね。知識もだけれど、魔獣に懐かれるなんてふつうありえないもの。最初にあった時よりずっと成長したみたいだし」
でもいいの? とディノクスさんが言葉を続ける。いったい何がでしょうか?
「別にアンタ、騎士団の所属ってわけじゃないんでしょ? 今まではリュミエルが保護したからってことであそこ住まいだったけど……すみかとか仕事のアテとかあるの?」
「……、……っ! 考えていませんでした……」
そうだ。この世界で生きていくのならそう言ったことも考えないといけません。いつまでも甘えてばかりでは……リュミエルさんはさておき、メッドさんに叱られてしまいます。
「あいかわらずこう! って決まったら他を見ないのね、アンタ」
「返す言葉もないです……」
「別に怒っちゃいないわよ。……ふぅん、でもせっかくだし、行くとこないならうちに来なさいよ」
「え?」
うつむきかけていた顔をあげれば、ディノクスさんの美しい笑みと視線があった。
「騎士団に来るのは対人間も含めた討伐やら物騒な依頼ばっかりだし。宮廷は組織が縦割りだけど、その分魔獣絡みのことだけに注力できるわよ」
「偏見渦巻く中で、自分の庇護下に入るかどうかも定かでないところに彼女を勧誘するつもりか」
ヒースさんの投げかけが聞こえてくる。ディノクスさんもそれには強く反論することはなく、肩をすくめるだけでした。
「そのリスクはあるのよね。アタシとリュミエルの太鼓判を押せば嫌がらせするようなバカはいないと思うけど」
「信頼できん」
「アンタからの信頼なんて求めてないけど⁉︎ 言っとくけど来たいっていっても仏頂面を置ける場所とかないから」
「結構だ」
二人の会話に割って入っていいものか、見守っていて大丈夫か。
私の戸惑いに気がついてくれた二人が腰を浮かせた。
「……ひとまず出立だ。今回の件を解決せねばどうしようもないわけだし」
「むかつくけどそれには同意ね」
休憩を終えて歩き出した中、先導して危険がないかを探ってくれるヒースさんの後方で声をひそめてディノクスさんへと話しかける。
「ディノクスさん、さっきの件ですが……」
「ん? ああ、別におべっかとか軽口じゃなくてアタシとしては本気で取ってもらって構わないわよ」
「そ、それはありがたい話なんですが……!」
本当に。リュミエルさんもディノクスさんも、私なんかにかけるには不相応なほどに嬉しい言葉をくれる。
ただ、それとは別に懸念もあって。
「ヒースさんはダメっていうのは」
「別にそれも深い意味はないわよ。単にあの男の能力は騎士寄りだから今の方が仕事があるだろうし、アタシが個人的に気に食わないってだけで」
「あはは……偏見とかじゃないなら、いいんですけど」
今更魔獣や魔族について否やを唱える人でもないと思っているからそれも良いのです、ただ。
「……ヒースさんとしては、どっちの方が良いんでしょうか?」
「は? 何が言いたいのかわかんないんだけど」
「すっ、すみません……。……ええと、その」
以前より成長したと言われたけれど、やっぱり言葉にして伝えることは苦手です。それを察しているのか、特に急かすこともなく、ただ歩きながらこちらの様子を伺うディノクスさん。
「……私は、ヒースさんに幸せになってほしいと思ってます。でも、私の幸せばっかりヒースさんが祈ってしまっていては、ヒースさん自身の幸せを探すのに、足手まといになるんじゃないかなって」
「…………」
ディノクスさんの方をまともに見ることが出来ず、足元と先を行くヒースさんの背中を交互に見ます。
「もしディノクスさんがお邪魔じゃないなら、距離を置くのも一つの選択肢かと思って……元の世界と違って、たまにでしたら会えるわけですし」
「やっぱりさっきの提案前言撤回していい?」
「えっ!?」
まさかここまで一瞬で話が変わるなんて思っていなくて、思わずディノクスさんの方をみてしまう。何か不快にさせるようなことを言ってしまったでしょうか……。
「はぁ……あのねぇ、避難所扱いされるのはアタシもいい気はしないの。分かる?」
「う」
「理由を逃げにしない。幸せがどうこうっていうならちゃんと話し合いなさい」
「ご、ごめんなさ……」
「おい、マナミに何をしている」
私たちのやり取りに気がついたのでしょう。先を歩いていたヒースさんがこちらに向かってくる。ディノクスさんもそれに負けじと近づいていき、おもむろに額を大きくヒースさんの頭にぶつけた。
「……っ!?」
「うっさいわね! アンタらの痴情のもつれに巻き込まれるこっちの身にもなんなさいよ!!」
ほら、魔力反応的にもうすぐ目的地よ!
そういって私たちを押しのける勢いで奥へと進んでいくディノクスさんを、呆然と眺めて見送った私たちは、思わず顔を見合わせてしまったのでした。




