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第36話 夜明けの対話(メッド視点)

 部屋の内部がほのかな光で満ちるが、魔法感知の警報らしき音は鳴らない。メッドは深々とため息を吐いて扉を開けた。

 ──どんな仕組みかは知らないが、どうせ奴の仕業だろう。


「リュミエル、……ん? あの二人はどうした」

「や、メッド。二人なら檎娘龍(ロゼリアドラゴン)黎属(れいぞく)と対話に向かったよ」

「はぁ!?」


 開幕何を言い出すんだこいつは。否、無茶を言い出すのは今更だが。思わず額に手を当てる。……あの二人がかのドラゴンの終わりに心を痛めていたことは外野ながら理解している。だがこの筋書きは。


「……おい、リュミエル。まさかヒースを拾った時点でこうなることを予期していたとは言わないよな?」

「あはは。無茶を言わないでくれよ。二年前にあいつと約束をした時に、ここまで良い形に進むとは思ってなかったさ」

「どうだか」


 二年前のことが頭をよぎる。ぼろぼろになって意識だけは僅かにあったリュミエルを連れて帰ったヒース。

 寡黙な男ではあったが、リュミエルの傷を労わる様子は嘘ではなかった。そうでなければメッドは決して、騎士となった彼を認めなかっただろう。


「本当さ。……期待をするようになったのは、マナさんがここに来てからだ。魔獣や魔族をただ排除するだけでない道があるんじゃないかってね」


 リュミエルの言葉はいつもより抑揚がなく、改めて彼の顔を見て息をのむ。表情こそ笑みを浮かべていたが、その顔色は真っ青だった。


「っ、おい。今の魔法で魔力をどれだけ消耗したんだ。精霊と契約しているお前が……」

「……あー、岩山に二人同時転送はさすがにね、ちょっと疲れた」


 その場にしゃがみ込みそうになった男を慌てて支え、近くの椅子に座らせる。……先日の傷も癒えきっていないのに、無茶ばかりする男だ。


「見逃してやりはしたが、ここいらで一度養生しろ、リュミエル」

「言われずとも、今回の件についてはもうマナミさんたちに託したからね。ちょっと休ませてもらうさ」

「……」

「メッド?」


 押し黙ったこちらを察するようにリュミエルのなめらかな舌も止まる。


「マナミに託したから休む、か。ならいいが……彼女が帰ることをあの時点で望んでいたらどうするつもりだったんだ」

「……あー……」


 こちらの問いかけに分かりやすくリュミエルの目が泳いだ。当たり前だがごまかしてやるつもりはない。睨みつけてやればややして観念したように肩をすくめられた。


「……彼女が願うのに無理強いはできないだろう。ヒースの魔力を代償にちゃんと帰していたよ」

「黎属は」

「俺が出来るわけないだろう。母龍(せんだい)(ほふ)った張本人だ。……マナさんを帰して、ヒースが消えるのを見送ってから責任を持って再封印に向かったさ」


 ……そうなれば、今とは比べ物にならない負担をこの男は負っていたに違いない。だというのにそのリスクを告げることなく、彼らの自由意志に任せていたのだから。


「……救いようのない秘密主義め。お前がそんなだから周囲がいつまでも巣立たないんだと自覚したらどうだ」

「あっははは! これでもお前や騎士団の皆には頼ってるつもりなんだけどなぁ」


 空笑いに顔を思い切りしかめた。

 ……結局のところこいつと周囲にある力の差こそが問題だとは分かっている。精霊に愛されたもの、ソルディアの傑物。


「いっそのこと、お前が最初から全てを焼け野原にした方が早かったんじゃないか」


 精霊に選ばれてすらいない自分ではその荷を共に背負えない。八つ当たりめいた無茶を口にすれば、目を丸くした男が耐えきれずに笑いをこぼした。


「ッ、はは! それも確かに方法の一つだし、それを俺が選んでも称賛されても恨まれることはなかっただろう」

「なら……」

「でもな、メッド」


 秘密の話をするように、声をひそめてリュミエルは笑う。


「ここだけの話、俺は精霊のことは大嫌いなんだ」

「…………は?」


 衝撃の言葉に思考が全て吹き飛ぶ。だというのにその元凶はとっておきのいたずらが成功したように口角を緩めた。


「彼らが命令……託宣(クエスト)として告げたことは無論果たすし、国や民を守ることは騎士としての俺の役割だ。だが、魔族や魔獣が精霊と異なる存在だからという理由で排除されるのは、いやだ」


 ──ようは俺の、ささやかな反抗さ。

 この国で誰よりも精霊に愛されているはずの男の打ち明け話にめまいがしてきた。


「大丈夫か? メッド」

「……お前がなぜヒースを気に入ったか分かった気がした。それにマナミも」

「言っておくとコマ扱いはしてないぜ」

「分かっている。……羨ましかったのだろう? 彼らが」


 珍しく目を丸くするリュミエルに、一本取り返せた心地になる。


「そうかな。……そうかもな。だからこそ、あの二人には頑張ってほしいと思っているよ」

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