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閑話 回想:鷲獅子の誕生

 魔族の死は人や魔獣の死とは異なる。

 ただ一代だけ存在しながらも『族』と呼ばれるのは、命一つを連綿とつなぐから。


 ヒース=ノークンと今は名乗る鎧鷲獅子(アウラグリフォン)が誕生したのは、封印の中でだった。先代が死した魔力を封じられたからだと教えてくれたのが、共に封印されていた檎母龍(ロゼリアドラゴン)だった。



 ──憎き精霊と、それを信奉する人間のせいだ。我らがかような場所に閉じ込められているのは。

 ──新たなる鎧鷲獅子(アウラグリフォン)よ。お前はまだ精霊や人と遭遇したことがないから分からぬだろう。あれがどれほど我らの魂に刻まれた、おぞましき存在か。

 ──だが、いずれ知るだろう。この忌々しき封印が解かれたその時に。


 マザーは恐ろしくも優しかった。だから彼女が言うならと信じて疑わなかった。



 * * *



 封印が解かれたのは何の前置きもなく。老齢の大樹が絡みあう森林の中に気がつけば立っていた。


 封印から解放されてはじめて知ったのは、世界とはこんなに色があるということ。周囲を取り囲む緑も、空を染める青も、その中に流れる白も知識でこそ知っていたのに。喉の奥からせりあがるものを飲みこんだ。深い緑の奥からこちらへと近づいてくる気配に気がついていたからだ。


 背筋を這う魔力は、それが我らではなく精霊に依って立つ者だと告げていた。ほどなくして現れた金色の男、自身よりもいく回りも小さな体をしていた。


「はじめまして、鎧鷲獅子(アウラグリフォン)。俺はこの国、ルーンティナで魔法騎士団の小隊長を務めているリュミエル・クアンタールだ」

「……その名を吾に告げることになんの意味がある」


 まさか目の前にうかうかと現れて見逃されると思っているのか。威嚇も込めて嘴を鳴らせば、左右ちぐはぐな表情をされる。


「何がおかしい」

「いや、ちょっと予想外の反応だったからね。……そうか、君はひょっとして封印される前には生まれていなかったのかな?」

「だとしたら、何だ」


 問いと共に吐き出した光を容易に避ける男。……常人ではなさそうだ。人というものを知識でしか知らないが、そこいらの命ならば避けることもできないはずの速度だったはずだ。


「いやあ、事情を知らないのなら話し合いで解決できないかと思ったんだけど」

愚弄(ぐろう)するな。吾とて誇り高き四大魔族。精霊どものしもべの手を取る理由がどこにある」

「そっか。なら……仕方ないか」


 その言葉を皮切りに、戦いがはじまる。

 リュミエルと名乗った男は妙な戦い方をする男だった。決して致命的な一撃を与えず、こちらが与えた傷よりもわずかに深い傷を与えてくる。


「……っ、人というのは、魔力だけでなく性根も捻じ曲がっておるのだな。貴様の腕前なら一撃でこちらを倒せるだろうに」

「おや、お褒めにあずかり光栄だね。……お前たち魔族は滅ぼしたところで魔力が残っていれば堂々巡りだろう? ならある程度無力化さえできればいいかと思って」

「なに?」


 戦い方だけでなく、その瞳も妙な男だった。

 マザーいわく、人というものは精霊を盲目に信じ、魔族や魔獣に対して嫌悪や恐怖を強く抱いていると。だがその男の翠の瞳にはこちらへの負の感情は見当たらなかった、こうして刃と牙を交わしているときでさえ。


 だが、実力は確かだ。

 知識や本能はあろうと雛に等しいヒースが魔力を消耗させられて地に伏せるのは、さほどの時間を必要としなかった。


「さて、……見たところまだその牙で誰も傷つけてはいないんだろう。降伏しないか? 人里離れた場所で人間に手を出さないと約束するなら、見逃してもいい」

「……っ……!」


 人間風情が、舐めるな。

 そう吼え立てようとしたところで、腕に鋭い痛みが走る。苦痛に嘴を噛みしめたのと同時に、騎士とは別の方向に何かが転がり落ちてきた気配を感じ取った。




 そこにいたのはずいぶんと華奢な──リュミエルと同じ人の形をした、彼よりも二回りは小柄な存在。魔力の欠片もなく、腕を振るうだけで倒れそうな姿。

 だというのに。


 ──血……!? 怪我してるの!?

 ──そんな怪我で無理しちゃダメ!!

 ──待ってね……今治療するから……


 自分よりも圧倒的にか弱い存在が、当たり前のようにこちらに手を差し伸べてくるのにヒースは本当に分からなくなってしまった。

 彼らが本当に、魂に刻まれるほどのおぞましさを持っているものなのか。


 困惑のまま華奢な腕が自らの腕に包帯を巻いていくのを呆然と眺める。包帯を巻き終わったところで嘴を開きかけたところで、突如、こつぜんとその姿が消えてしまった。


「……っ!? 消えた……!」

「──あの格好、ひょっとして異世界から来たのか」


 剣を鞘に納める音を立てながら、先ほどまで争っていた騎士がこちらへ近寄る。なにを言っているのか分からないが、この騎士には何やら心当たりがあるようだ。


「……うん、おそらくはこの世界に定着できるかどうかの瀬戸際なんだろう。悪いが、一旦休戦にさせてくれるかな?」

「……休戦にして、それでどうするつもりだ」

「世界のはざまにちょっと行って、さっきの子を助けてくるよ」

「は……、」

「完全に安定してこっちの世界に再度現れるには間が空くだろうけど、そうでもしないと消えちゃう可能性が高いからね。……止めるかい?」


 こちらの想像を軽々超えることを言いだす人に呆気にとられる間もなく、緑の目を持つ騎士は再び剣の柄に手をかける。だがそれを見ながらも、思考を占めていたのは目の前の騎士よりもずっと力ないはずの、人。


「好きにしろ。それが終わったら容赦はしない」

「あはは、手加減はしてくれたら嬉しいな」


 もう一人助けたい人もいるし、そもそもあそこに行くだけで間違いなくただじゃすまないからね。


 当然のように言ってのける騎士は、けれども歩みを止める気はなさそうだ。

 ならばと、鳴らした嘴を再び開く。


「二つ、貴様が条件を果たすときまでは停戦をしてやろう」

「願ってもないね。条件は?」

「一つ、不用意に我らの同胞を損なわないこと」

「わお、思った以上に停戦期間を長くしてくれそうだ。もう一つは?」


 破顔する男に鼻を鳴らす。これから利用してやろうと思っているものに対して、随分とのんきなものだ。


「……あのか弱きものに借りを作ったままでは、四大魔族の名が泣く。故に、あれにはいずれ借りを返さねばならない。そのために貴様を利用させろ」


 一つの瞬きののち、耐え切れないように騎士は噴き出す。不快なことだ。翼をはためかせて威嚇すれば、悪い悪いと笑いは深くなる。そうする間にも、彼の足元に浮かんでいた魔法陣はさらに色濃く光を発していく。


「それくらいならお安い御用だ。──そうだね、あとで俺が戻ってきたら、一つの術式からプレゼントしよう。人との一歩を踏み出した君が、二歩目も歩めるための」

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