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第34話 夜半の決意

 ヒースさんの動揺はきっと覚めていないことでしょう。けれども今の私に、彼が落ち着くのを待つという選択肢はありませんでした。


「ヒースさん。さっきの話は本当ですか。私が帰るのには代償が必要で、それは命をかけることになって。……その代償を、ヒースさんが払おうとしていたって」


 真夜中の屋内で大声を出すものではないと、頭ではわかっています。でも内心は今にも叫んで腕を振り回したい気持ちでいっぱいでした。


「マナミ……いったいいつから、話を」

「答えてください」


 重ねて涙のあふれる眼で睨みつければ、押し黙った後に彼の首が縦に振られる。


「……事実だ。だが、それはお前が気に病むことではない。俺はただ、お前に幸せになってほしいだけで」

「それなら!」


 耐え切れずあげた声は、悲鳴にも似ていた。

 大声を上げ慣れてない喉はひっくり返りながらも、必死に言葉を紡いだ。


「ならどうして、一緒に生きるという選択肢を入れてくれないんですか! 」

「ッ、」


 感情のままにこぶしで彼の胸を叩いた。鎧を外しても私より一回り以上大きく屈強な体は、それでも私の駄々に小さく揺らぐ。


「私に、人に幻滅してしまったのなら、っ、何も言えません、っけど! そうでないのなら……どうして、」

「……マナミ」


 衣擦れの音が聞こえる。ヒースさんの胸元に顔をうずめた私は、ややしてから彼の手がゆっくりと、私の背中をさすっていることに気がついた。


「分からないんだ」

「何がですか」

「マナミが仮に残るとして、その隣に俺がいて。……それで、お前を幸せに出来るかが、分からない」


 相変わらず視界はぼやけていたけれど、見上げた先で黒がこちらを向いていることは分かった。


「お前に、幸せになってほしい。……それはずっと昔から叶えたい俺の願いだった。マナミが元の世界に帰ることが幸せなら、話は早かった。そのために必要な魔力も、俺にはある。だが、そうでないのなら」


 ヒースさんの喉の奥で小さな唸り声が聞こえる。


「……騎士団の者は信頼できる。それは、確かだ。だが吸精鬼(ヴァンプメア)に続き檎母龍(ロゼリアドラゴン)とその影響が人の心に影を落としている中で、俺がそこにいれば余計な負担をみんなに。……お前にかけることになる」


 苦しめるために共にいたいわけじゃないと、黒い髪が左右に揺れる。


「だから……」

「見くびらないでください!」


 彼の言葉が続くよりも先に大声をあげる。


「私がここに残るとしたら、誰かに幸せにしてほしいからじゃありません! 不幸から逃げるためでもありません! 私自身がやりたいと願うことをはたすためです!」


「……ッ!」

「それなら、だ」


 ヒースさんが息を飲むのと同時に、割り入るように聞こえてきた凛とした声。


 振り返ればリュミエルさんの翠の瞳がこちらを見据えてくる。明晰なエメラルドは普段の穏やかさは微塵もなく、ただこちらを裁定せんと射ぬいてきた。

 それでも今だけは、その瞳に臆さない。


「改めて問おう、君の願いはなんだい」

「──可能性を掴みたいんです、少しでも多くの命を救うための」


 元の世界でも方法を探せば見つけられるかもしれない。

 それでも今、私がその可能性を掴みたいと、そのために出来ることが見つけられるのはきっとここだ。


「無理かもしれなくても、偏見があると分かってても、それでも動けば救えるかもしれない命を見過ごしたくない! ヒースさんも、他の魔獣たちも、救える方法があるのなら……あがきたいんです」


 分かっていた、私があの時に飛び出さなければこの世界に来ることはなかった。その時の無謀な想いとこれは何ら変わっていない。

 今の私は過去の無知を自覚した。変えられない(もの)があることを知った。それでもなお、その願いは譲れない。


 たとえ目の前に立つ男が神さまだとしても。──魔獣と対立する精霊の王さまだとしても。その一線は、願いだけは譲れなかった。



「……この世界の精霊と魔獣、そして人の在り方にはまだ壁がある。俺は騎士として、同じように人と精霊を害する恐れがあるものは見逃せない」

「だとしても、何もせずに見ていたくありません」

「…………そうか。了解した」


 花の咲く様な、美しい笑みだった。

 ほころんだ表情になったリュミエルさんは、改めて居住まいをただす。



「ならば、あらためて君に一つ頼みがある。倉越(くらこし)真奈美(まなみ)さん。……かの偉大なるロゼリアドラゴン、その系譜を守るために君の力を貸してくれ」

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