第25話 共生:翼蜥蜴
「ギャウ!ギャァ!」
私たちの周りを旋回する翼蜥蜴は、幸いなことにこちらに向けて威嚇を示すようなことはない。とはいえ、今筒を開けばまた先ほどの焼き直しになるのは想像に難くなかった。
「……さすがにこの状態で黎属の魔力を使用するのはマナミが危険だ。振り切ることに注力するか」
「で、でも……!」
目的の檎母龍前に術式を試しておきたいのは私もそうだ。少しでも多くのドラゴンたちを味方につけられないかと、ディノクスさんに出発前の短時間で十何枚もの書状を用意してもらったのだから。
「……ヒースさん。山のどこかに着陸できますか?」
「可能だが……本気か?」
口調こそ厳しいものの、響きは穏やかだ。だから私も、その声に臆することなく頷いた。
「はい。飛んでいる状態では距離の調整は難しいですし……ならいっそ、もっと近づいてから使ってみます。火を噴いたり噛みつく子だとしても、それこそ乗ってしまえればすぐには動けないでしょうし」
「危険だ」
「ここに来た時点で、多少の危険は覚悟してます」
「…………」
翼が空を捉えた音が響いたかと思えば、グリフォンの毛におおわれ柔らかそうな足が山の中腹に降り立った。翼蜥蜴も後を追うように砂埃を立てて着陸する。
「ぐるる……キュイ? グル」
首を前後に揺らしながら、私とヒースさんを交互に見る蜥蜴は、こうして改めてみると愛嬌を感じさせる。手のひらを上にして差し出してみると、鼻先を近づけてぴすぴすと鳴らした。
「攻撃の意思がないのは幸いだな。……やはり、お前には何か不思議な力があるのかもしれない」
「ど、どうでしょう……」
でも、これなら何とかなりそうだ。動物と関わるときにこちらが焦ってしまっては、それが彼らにも伝わってしまう。時間がないのは分かっていても、おろそかにはできない。
深く深呼吸をして、真剣なまなざしで向き合った。
◇ ◆ ◇
結論から言えば、翼蜥蜴にも問題なく黎属術式は効果があったようだ。……ようだ、というのは私とヒースさんの二人だけなので、他の魔力を持っている人が実際に対面しなければ効果が分からない。
「だが、魔力の質は間違いなく変わっている。問題はないだろう」
「なら良かったです……!」
「ぎゃう!」
擦り寄ってくる翼蜥蜴の肌を撫でてあげると、ひんやりとしたなめらかな感触が伝わってくる。
「ふふ、すごい懐っこい子ですね」
「……、もともと好奇心旺盛なのだろう。今もこちらに山に訪れた理由を尋ねている」
「そうなんですか?」
そういえばと思い出す。ヒースさんは魔獣の言葉が分かるのだ。正体を聞いた今では納得だが。
「ええと、ロゼリアドラゴンさんや他の竜がどこにいるかは聞けそうですか?」
「……、……。檎母龍は山頂に、他の竜族は階級ごとに山の各所にいるらしい」
「階級、ですか?」
「ああ。竜種は他の魔獣と異なり階級を重んじるからな。今回の件も、上位の竜種を押さえられれば対処できるはずだ」
岩肌が先ほどより明るく見えた気がした。それならば。
「じゃあ、上の方に進んで他のドラゴンさんを何頭か黎属できれば……!」
「理想的ではある。だが問題はその前にリュミエルたちが動かないか……」
『あー、あー。マナミさーん、ヒース、聞こえるかい?』
「びゃっ!?」
「リュミエル!?」
唐突に聞こえてきた声に悲鳴を上げる。慌てて周囲を見渡すが、人の形をしているのは私一人。そばにいるのはヒースさんとワイバーンだけだった。
「えっ、もしかしてこの子、リュミエルさんっていうオチですか!?」
『あっははは。この子ってひょっとして今マナさんの傍にある魔力反応のこと?』
「……マナミ。これはリュミエルの魔法だ。俺たちの鼓膜そばの空気を揺らしている」
「そんなことも出来るんですか!?」
魔法ってすごい。リュミエルだけだ。
そんなやり取りをかわしていれば、咳払いの真似をした声が聞こえてきた。
『こほんこほん。まあそんなことが出来ている通り、君たちが今どこにいるのかは俺も把握している』
その言葉に息を飲む。けれども私たちが声を発するよりも先んじて『ああ、違う違う』といつもの朗らかな調子が続いた。
『問答無用で今から帰れと言うつもりはないよ。ディノクスの奴に吹き込まれたんだろ?』
「ち、違います。私たちが選んだんです!」
「……分かっているだろう、リュミエル。俺とて同胞が無為にお前に殺されることは防ぎたい」
『もちろん理解している。だが同時に俺の立場もお前たちは理解しているだろう? どんな理由があろうとも、人と精霊に害を成す可能性がある限りは放置できない』
カチカチとヒースさんが嘴を鳴らす。
『その通りだよ。だから条件がある。夜明けまでにお前たち二人が説得と黎属を果たし、彼らが人間に牙を向けないと約束できれば、殲滅の必要なしと王に報告する』
「…………それは」
「本当ですか!?」
『あくまで牙を向けなければ、だ。無論黎属が果たせなければ不可能だし、果たせたとしても智に気高き竜の母が頷くかは君たちの説得次第だ』
普段の明るさを保ちながらも抑揚の少ない声。これはきっと唯一のチャンスだ。未だ嘴を鳴らし終えないヒースさんをわずかに見てから、「……分かりました」と深く頷いた。




