第24話 対話:鎧鷲獅子
目の前に現れた、私の身長の倍以上の背丈がある黒いグリフォン。鉛色の羽毛でおおわれた翼は片翼だけが広げられている。以前出会った彼と全く同じ姿で、けれどもあの時の警戒した眼差しとは異なる、澄んだルビーがまっすぐこちらを見据えていた。
「…………ヒースさんが……グリフォン……?」
「──そうだ。この国では四大魔族とも呼ばれている。精霊や人とは異なる体系で存在する……騎士団の異分子だ」
彼らしくない笑い──後から考えればこれはきっと自嘲だった──混じりの声を聞いて、けれども私はその意図を理解するよりも飛びつく勢いで近づいた。
「!?!?」
「えっ……じゃあヒースさんがあの時のグリフォンってことで……怪我! 怪我はもう大丈夫なんですか!?」
以前傷跡のあった箇所を見れば、すでにその痕跡は他よりわずかに短い毛しかない。無事に完治している様子に大きく息を吐き出した。
「良かった……もうすっかり治ってますね」
手当てをするだけして、その後どうなったかが分からなかった。会いたいと話を騎士団で出した時に聞いた話から口にすることは憚られていたけれど……ずっと心配だったのだと、ここに来て真奈美は強く自覚した。
「……驚かないのか。俺の正体を聞いて」
嘴から零れてきた言葉に一度瞳を瞬かせてからはっとなる。
「す、すみません! あの時怪我をしてた子だと思ったらいても経っても……! い、いえ、ヒースさんは私よりも年上の男性なので子と呼ぶのが間違ってるのは分かってるんですが!!」
混乱交じりの剣幕に、私を包み込んでいた翼が一度揺らめいた。けれどもルビーの瞳は、ゆっくりと細まっていく。その輝きを見てようやく、私も息をつくことが出来た。
「……全く驚いていないっていったら、嘘になると思います。でも、ずっと疑問だったことが分かったのでほっとしている……の方が強いかもしれません」
「疑問、か?」
「はい。先ほど言った恩というのも、どうしてヒースさんがそんなに優しかったのかも。……二年前というのはちょっと不思議ですけれど」
小さくはにかめば、「それについては、俺にも何故だか分からん」とヒースさんが返事をする。人であった時よりもずっと低い声だけれど、普段のヒースさんと同じ安心感がそこにはあった。
「だが、リュミエルはその時俺の手当てをしたお前を探す協力を申し出た。……奴の思惑は分からん。だがお前という人間を探すのならば人間の社会が最適というのは分かったから、奴の提案に乗った。騎士団に俺が所属しているのはそういう理由だ」
「そうだったんですね……ありがとうございます」
「礼は不要だ。……俺も、決してあそこでの日々を厭ってはいないしな」
言葉を一度区切ったヒースさんは、そのまま体を地に伏せるように下ろす。翼も畳んだ姿は先ほどよりぐっと小さくなったが、それでも私の身長くらいはあった。
「魔獣は皆、多かれ少なかれ四大魔族の影響下にある。それは黎属を果たした俺相手でも同じだ。竜たちが俺や、俺に乗る者を傷つける恐れはない」
紅眼がこちらへと向けられた。
「俺の背に乗れ、マナミ。俺と共にある限りお前に傷一つつけさせはしない」
◇ ◆ ◇
山の至近、岩肌の凹凸まで見える距離を私たちは飛ぶ。
岩陰に混ざりながらも目を凝らせばドラゴンに似た姿を多く見かけた。けれども王都上空に存在していた彼らとは異なり、私たちを明らかに視界に入れても翼を広げず、大きなあくびをしている姿もある。
「……本当に、こっちを気にしませんね」
「彼らは魔力に敏感だ。精霊や人の帯びた魔力を見つけるや否や襲いかかってくる。……だが、俺は魔力の質をゆがめているとはいえ魔族のままだし、お前は魔力を持たぬ異世界の人だ」
赤褐色のドラゴン……王都上空を飛んでいたのと同じ種族のそれを翼蜥蜴と騎士団の人たちは呼んでいた。ワニに似た顔は細長く、黄色い瞳が印象的な小柄な一体がばさりと飛び上がる。こちらに焦点を当てながらも、どちらかというと好奇心にその瞳は彩られているように見えた。
「……敵意はなさそうだな。ちょうどいい、黎属を試そう。ディノクスから預かった書状は持っているか?」
「は、はい!」
ヒースさんの言葉にカバンを開けば、そこには十数枚ほどの筒が入っている。その内の一つを取り出して蓋を開ければ、翼蜥蜴の瞳が先ほどよりも鋭い眼光をこちらに向けた。
「えっ、あれっ。あの子、もしかしてこっちを睨みつけていませんか?」
「……書状に込められた魔力に反応しているのだろう。この距離なら向こうからの攻撃は避けられるが、今のままでは近づくことは難しい」
「ど、どうしましょう。止めて上に行きますか……?」
筒のふたを閉じれば、それだけで大きな口を開けて威嚇していた翼蜥蜴の口も同じ動きをした。当面の危険は脱したが、黄色い竜の瞳はまだこちらを見ている。
「……こことは別の懸念がある。黎属の術式はリュミエルが構築したものとはいえ、奴自身がその書状に魔力を込めたわけではない」
「ええと、でもディノクスさんは宮廷魔導師なんですよね?」
なら考案者本人でなくとも、信頼は置けるのではないか。そう尋ねるとグリフォンは私が揺れぬよう注意を払いながらも首を横に振る。
「この国で魔法の腕前において、リュミエル以上の者はいないだろう。だから一度、檎母龍に遭遇する前に試せれば……と思ったのだが」
「ギャァ!」
翼を大きく翻し、竜は私たちの周りを大きく旋回する。好奇からか、警戒からか、偶々かは分からない。
──ひとつだけ分かることは、どちらにしてもこの子をどうにかしない限り、上に昇るのは難しいということだ。




