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第2話 はじめまして不思議世界

 ──詳しいことは分からないながらも、青年の説明で少しずつ状況を整理する。ここはルーンティナと呼ばれる国。女神ルナイアを信仰し精霊により魔法を授けられている民が住まう場所だという。

 彼らは国を守る使命を持つ魔法騎士団、その中隊に所属している人々。当然、得意不得意はあれど皆が魔法を使える。


「で、君はここから少し離れた、南の森で見つけたんだよ。傷だらけで倒れてる子をそのままにするのは騎士道精神にそぐわないだろ?」

「そうだったんですね。ありがとうございます」


 頭を下げて包帯が巻かれている腕に手を当てる。じわじわとした痛みはあるものの、動くのに支障はなさそうだった。……交通事故に遭ったと云うのに、この程度の傷で済んでいるのかという違和感は拭えないけれど。


「たしかに見たところは年若い娘のようだが……だからと言って他国のスパイでない保証はどこにもない。あるいは、人の姿を形だけまねる魔獣か」

「その思考は早計だろう、メッド」


 黒髪に赤い目をした青年が、抑揚の少ない声でなだめる。


「なんだヒース。お前とてここに来る前には渋い顔をしていただろう。我らが中隊長は早計が過ぎる。せめてその少女とやらの取り調べが終わってから赴くべきだ、と」

「……それはそう、だが」


 困惑しきった赤い瞳が再びこちらへと向けられる。が、私としてはそれよりも前で大きく腕を掲げた金髪の青年へと自然と目が向く。


「そういえば自己紹介をしてなかったね。俺がここの中隊長を任されているリュミエル=クアンタール。こっちの口うるさいのがメッド=アーノルドで、無口なのがヒース=ノークンだよ」

「スパイ疑惑のあるやつにのんきに自己紹介をするな!」


 きらり、と輝くような眩い笑顔とぐっと上げた親指をセットに自己紹介をした金髪の青年がメッドと呼ばれていた青年に小気味よい音ではたかれた。


「…………漫才?」

「漫才、とは?」

「あ、ええと……ボケをする人とツッコミをする人に分かれて会話をしてお客さんを笑わせるもので……」

「笑わせるつもりはないが!?」

「っ、すみません!」


 鋭いアメジストの瞳に胃がきゅっと縮みあがる。

 質問をした黒髪の……ヒースさんは僅かに眉を下げてから「メッド、声量を落とせ」とたしなめるような声をかけてくれた。


「そうだね、あまり怖い顔をしてたら話せるものも話せなくなるよ。円滑なコミュニケーションはまず自己紹介からってね。ということで、お嬢さんのお名前は?」

「口を挟むなリュミエル! 話がややこしくなる!!」

「く、倉越(くらこし)真奈美(まなみ)です」

「マナミさんか、じゃあマナさんだね。よろしく!」


 マイペースなリュミエルさんにあきれ果てたように顔を覆って深々とため息をメッドさんが吐き出した。ヒースさんも困惑したように私とリュミエルさんを見比べている。ひょっとしたら漫才とかではなくて、これが通常運転なのかもしれない。

 短い会話ではあるが、リュミエルさんが突拍子もない性格だということはすでに伺えていた。


「さっきマナさんの荷物を検分させてもらったんだけれど、結論から言えば君はこの世界とは別の所、異世界から来たって言うことかな?」


 そう、こんな感じのことをいきなり言い出しそうな……え?


「「ちょっと待ってください!!」」

 メッドさんと台詞が被った。

 間違ってはいない、間違ってはいないと思うんですけど。


「……どうしてその結論に至ったんだ」


 一拍遅れてしみじみとつぶやいたヒースさんの言葉に追従するように、こくこくと首振り人形のように上下に首を動かした。




  ──リュミエルさん曰く、私が異世界から来たのではないかという発想に至った理由は大きく三つあるとのこと。


 一、諸国の言葉は一通り読めるが、私の持っていた本の文字はそのどの中にも当てはまらなかった。他国からただ迷い込んだにしても違和感がある。

 二、衣服も他の持ち物も全く見たことが無いし、スパイがこんな格好をしていたら直ぐにバレるどころか逆に持ち物とかから情報を奪われるはず。

 三、なのに状況を上手く説明出来ないってことはありきたりな事情ではない。説明しても大凡こちらでは理解できないような出来事が起きているのでは。


 動揺していた私たちに近くの棚から取り出したマグカップにお茶を注ぎ入れ、瓶から金色の蜜をすくって入れながら説明をしてくれる。


「これ位情報が出揃っていれば異世界人の可能性という発想を、確信めいたレベルにまで引き上げられるよ。」


 からからと嗤う彼は愉しさを隠そうともしていない。そのまま差し出されたお茶に伸ばし返す手はない。その様子を見てまた小さく笑ったリュミエルさんは、三人分のカップをテーブルへと置いた。


 ──異世界から来た。私も信じきれてはいないけれど、そうでなければ説明がつかないとも思いはじめていた。

 まるでファンタジーの漫画に入り込んだような内観や服装──漫画やアニメで時折見るような、中世めいた雰囲気でありながらも意匠を凝らしたものたち。気を失う前に見たグリフォンの姿。そして先程から出てくる“魔法”という単語。

 そのどれも、私にとっては空想の世界の物だ。日本どころか地球上のどこにも存在しないものたち。そんなものが普通とされる世界に迷い込んでしまっている。他に可能性があると言うならば是非とも教えてほしいくらいだ。


 とはいえ、この世界の人であるリュミエルさんがその発想に至ることは普通ではない。先ほど声が揃ってしまったメッドさんなんて額に手を当てて深々とため息を吐きだしている。


「正気かリュミエル……いや、異世界とかいう与太についてはまだいい。仮定ではあるがすでにそういった存在がある可能性については王宮魔道士も含めて予想の段階ではあるが示唆をはじめている。だが、あくまで理論の段階だ。お前がいかに……いかに人間離れした力を持ち、精霊に選ばれた者のみが所属できる機関ソルディアに所属している者だとしても、それを万人にこの状況で信じさせられはしないだろう」


「それはスパイという点についても同じだろう? ルーンティナに於いて魔力を持たないで生まれた子どもはたとえ貧民層であろうとも届出をするのが決まりなんだからね。それは他国にも知られている」

「……」

「異国でも魔力持ちの子どもは普通に産まれている。わざわざ魔力を持たない人間をこの国へのスパイとして送り込むメリットについて、答えられるかい?」


 リュミエルさんが畳み掛けると、メッドさんは苦々しげに視線を逸らす。逸らすついでにこちらを睨みつけられたようで喉がひくりと震える。


「……大丈夫か」


 よほど私の顔は引きつっていたのだろう。部屋にいるもう一人、ヒースさんがベッドの傍らで膝をつき、こちらを覗き込んでくる。瞳の鋭さもその上にある眉も先ほどから変わらないけれども……心配してくれているのだろうか。


「え、ええと……スパイではないですし、リュミエルさんが言ってくださっていることが多分一番近いのではないかと思っているのですが……」

 まっすぐ見据えた赤い瞳に射抜かれそうになる。けれども私の言葉を否定もせず、そのまま顎を引いた仕草に合わせて自然と口が開かれる。


「……じゃあ、どうすれば私は元の世界に帰れるのでしょうか」


 口の中だけでつぶやいただけのつもりが、やけに大きく聞こえた。

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