第24章 エスピラール
「分かった?」
パイロが真琴の顔を見つめた。
真琴は、うんうんと頷いた。
パイロの力で、真琴は、絢音と響介の世界を見ることができた。
このパイロの力を感じることは、特別の事だった。
人の繋がり、運命と言われる絆を体験したことになる。
これが、銀の創造主が恐れる力なのか?
「これで、君たちをエスピラールに招待する準備が出来た。いつでも行けるよ」
と言うと、ベンチの上で倒れるように眠ってしまった。
「疲れているのよ、少し、休ませてあげて」と、ウルペースが、パイロに上着をかけた。
絢音と響介は、照れくさそうに見つめ合っていた。
真琴は、ノウムの話の最後にグベルナに言われたことを考えていた。
「真琴……爺は、このメッセージを持っていけということかもな……」
そう、言っていた。
僕だけが、元の世界に行ける。
人間が間違った方へ行かないように、伝えなければいけないのか?
僕は、何ができるのだろう?
ここで見たことは、僕の頭の中に残る。
それが、僕に影響を与え、言葉や絵や歌や映像となり、ほかの人に影響を与える。
何気ない僕の一言が、誰かの何かのきっかけになる。
それが、何を生み出す元となるかは、分からない。
ちょっとした行動、仕草やつぶやきが、それを見ていた人にあるモノを気づかせて、とんでもないものを発明すつかもしれない。
頭の中にある宇宙が、解放されるきっかけとなるのだ。
一人ひとりが発信者となる。それは、本当に小さなことかもしれない。
自分が発する冗談やつぶやきは、ほかの人には、すばらしいモノかもしれない。
誰一人、無駄な人間はいないのだ。
偶然はない、全ては必然なのだ。
人間のほかの動物にはない能力。
それは、信じること。
そのきっかけを種を人間が信じた時に、すばらしい能力が発揮される。
種は夢となり、多くの人間を動かすだろう。
その為に、僕は、絶対に元の世界に戻ろう。
「考え事か?」
響介が真琴に声をかけた。絢音も一緒だ。
二人は、真琴の横に腰かけた。
「どこかに行っていたような気がするよ。天国って花畑だって聞いたことがある。そんな感じだった」
「そうだな、綺麗だったよ、二人とも」
「えっ、見ていたのか?」と響介と絢音は顔を見合わせ、頬を染めていた。
「パイロにみせて貰ったんだ」
「そうか……、パイロってすげぇな」
「ああ」
「パイロが、目を覚ましたら、エスピラールに上るそうだ。いよいよだな」
響介は、真琴の肩に手を置いた。
真琴は、なんて言っていいか困っていた。自分だけが元の世界に戻るのだ。この二人を置いて。
「僕たちのことは、気にするなよ。すぐに追いかけるからさ」真琴が頷く。
「戻ったら、私たちの両親に心配ないって伝えてよ」
絢音の声が、震えていた。
これだけは、真琴に伝えておきたかったといつ消えてしまうかもしれない手を見つめていた。
響介がそんな絢音に気付いて、見つめる絢音の手にそっと手を添えた。
それに気づいた絢音は、響介の瞳を見つめた。
「わかっているよ」真琴たちは、抱き合ってお互いの感触を確かめた。
その時、寝ていたパイロが伸びをしていた。どうやら、目が覚めたようだ。
上半身を起こし、目を擦って周りを見渡している。
自分にかかっていた上着をウルペースに返している。
そして、真琴たちの方を見て手を振った。
「出かけようか」パイロの大きな声だった。
真琴たちは、パイロの方に駆けて行った。
白い塔の庭園にそれは、大きな螺旋を描きながらはるか天へとそびえたつ、エスピラール。
真琴たちは、その元に居た。
「そうだ、これを持っていて」
パイロは、真琴に手渡した。それは、鍵だった。
「屋上の鍵だ。屋上の扉は、君が開けないとならない」
そうなのかと、真琴は鍵を胸のポケットにしまった。
真琴は、エスピラールに触れた。温かく柔らかかった。何でできているか分からなかった。
「壁に触れながら、一周する」
真琴たちは、パイロの後に続いた。
その時、真琴は、誰かに呼ばれたような気がしたので、左右を確認したが分からなかった。
また、声がしたようなので、塔を見上げた。
真琴は、何か黒いものが見えたような気がした。
窓から下を見る人のように見えたが、よく分からなかった。
前に進もうとした時に、何かが足に触れたので見てみると、パイロに貰った鍵だった。
あわてて胸のポケットを触る。鍵がない。落としたのか?
真琴は、鍵を拾った。
踏んでしまったのか、鍵に土が付いていた。土を払いポケットに入れなおした。
真琴たちは、エスピラールに触りながら、一周した。
一つの継ぎ目も見当たらない不思議な塔だった。
”入口がない”
パイロが、急に立ち止まった。
「ここだな」と言い、コンコンと軽くノックすると切れ目が出来、光が漏れる。
人が通れるほどに切れめが開くと「どうぞ」とパイロが手で中へと促す。
真琴たちは、キョロキョロしながら中へと入る。
パイロが入ると、ゆっくりと切れめが閉じられた。
エスピラールの中を明るかった。
上を見ると巻貝の中に入ってしまったように、螺旋階段が気の遠くなる程、天に続いていた。
所どころに窓のような開口部が設けられていた。
「これを上るんだ」と、パイロが先頭に階段を上った。
しばらく、上がると小さな窓を見つけた。
真琴は、窓に向かって階段を駆け登った。
窓は、丁度、真琴の顔の高さにあり、両手の親指と中指で作った輪と同じくらいの大きさだった。
窓を覗き下をみると真琴たちがさっきまでいた広場が見えた。
真琴は、また、階段を上がっていった。すると、また、窓があった。
何周かに一つ、窓があるらしい。上に行くほど窓が段々大きくなっているような気がした。
いや、気のせいじゃない大きくなっている。
真琴は、何回目かの窓の前に立つと窓から顔を出してみた。
心地よい風が髪を撫ぜた。真琴は深呼吸をして、下を見た。
(高いな。あれ)
真琴は、塔の根元に誰かいるのを見つけた。
「おおーい、おおーい、ここだよ」
真琴は出来る限りの声で叫んでみた。
下の人は、きょろきょろと左右を見ると、また、塔を触りはじめた。
その時だった、窓の外に何か飛んでいた。
すごい速さで、向かってくる。
「あれは?」
目を凝らして見る。それは、バルバルスだった。羽が生えている。
「バルバルスだ!」
真琴たちは、窓の外を見た。
その時、真琴は窓に近づきすぎた。
胸のポケットに入れていた鍵を外へ落としてしまった。
「あっ」真琴は、鍵を目で追った。
下に居る人の近くに落ちて行った。
「おーい。鍵を拾ってくれ!」
下の人が気付いたらしく、顔を上げた。
その顔を見て、真琴は、びっくりして目が離せなかった。
(僕だ……)
その時、真琴は、後ろに引っ張られ階段に尻餅をついた。
引っ張っていたのは、パイロだった。
「あぶない!エスピラールの外に出るんじゃない。バルバルスに捕まる。中に居れば、奴らは手出しできない」
確かに、羽の付いたバルバルスは、エスピラールに近づけなかった。
バリアでも張っているように、一定の距離から近づいてはいない。
「鍵を、鍵を落としたんだ」真琴は、パイロに訴えた。
「何を言ってる。鍵は君が持っている、上へ登ろう」
真琴は、胸のポケットに手を当て取り出してみると土がついた鍵だった。
「さあ、行こう」と、パイロ。
真琴は、みんなに続いて階段を上った。
エスピラールの単調な階段を昇って行く、もう、どのくらい上ったのか分からない。
どこまで続くのだろう?
右、左と交互に足を階段に乗せていく、単純な行為を繰り返す。
段々と頭がはっきいりしなくなってくるのは気のせいだろうか?
夢の中に落ち込んでいきそうな感覚。
目が覚めた時に、朝なのか夕方なのかわからない感じだ。
響介は、不思議なことに気付いていた。
なぜか昔の事を思い出す。
映画館のスクリーンに映し出されるように見えるのだ。
ここは、どこだ?
草原が広がる。たぶん、川の近くの草原だ。そんな気がする。
僕は、虫かごと虫網を持っている。
草原の中の道を歩く。
歩く度に、その道を小さな黒いものが避けていく。
走り寄って、逃げて行く何かを確かめると、バッタだった。
小さなバッタだ。
その群れが、黒く道を覆い、近づくと逃げて行くのだ。
都会では、決して見ることができない光景だ。
ここは、キャンプ場だ。
家族で来たあのキャンプ場だ。
振り向くと、父さんが手を振っている。
僕は、父さんの方に駆けよる。
父さんは、草原を指さすと、草原に入っていった。
すると、草原から何か飛んだ。
結構大きな何かだ。僕の掌くらいの大きさだ。
それは、羽を広げ飛んでいる。羽音が聞こえる。
しかし、それほど早くはない。
「トノサマバッタだ」
父さんが叫んで、「行くぞ」と僕の顔を見て草原の中に入って行った。
僕は、父さんを追いかける。
トノサマバッタが着地するところを目がけて走る。
父さんが着地地点に着いた時、また、トノサマバッタが飛び跳ねた。
父さんは、それを追いかける。
トノサマバッタ大きいので、見失うことはない。
近づくとバッタは再び飛び立つ。
バッタは、飛べる回数が決まっているらしい。
自分の全長の何十倍の遠くへ飛ぶのだから、とてつもないエネルギーを使う事だろう。
父さんは、飛ばなくなったバッタを虫網で捕まる。
僕は、虫かごの蓋を開ける。父さんがバッタを虫かごに入れる。
僕は、素早く蓋を閉める。逃がさないように。
虫かごを見つめる。
大きいトノサマバッタだ。トノサマバッタの王様だ。
僕は、笑って父さんを見る。父さんも笑っている。
僕は、虫かごを持って、後ろから歩いてくる母さんの所へ、虫かごを高く上げて走って行く。
「お母さん、お母さん、バッタだよ。トノサマバッタだよ」
「大きいね」母さんは虫かごを覗き込んで呟くと、よくやったねと頭を撫ぜてくれた。
うれしい。この喜びを忘れていた。
響介の目頭が熱く感じた。
「……ねえ、訊いてる?」絢音の声だった。響介は、我に返った。
「あ、ごめん。聞いてなかった……」
絢音は、響介の顔を覗きこむ。
「もしかして、昔こと考えない?浮かんでこない?走馬灯の様にさ」
「私たち、生まれ変わる準備に入っている?よく、死ぬ時て、今までの事が浮かんでくるっていうじゃない」
「そうなのかな」と、響介。
「私は、雪が降ってるところが浮かんできたの。はじめて、雪だるまを作ったの。母さんと父さんと。
ああ、雪だるまじゃないか……。雪ウサギ。丸くてかわいい雪ウサギ」
絢音が、目に手を当てる。
「上手に出来たねって、褒めてくれたの」
響介には、絢音が、笑っているようにも泣いているようにも見えた。
「手も透けてくるの」
絢音は、手をかざす。
「たまに、手がね薄く見えるの……だんだん、何も感じなくなるのかな」
絢音はまだ、手をじっっと眺める。
「ねぇ、手を繋ごうか」響介の顔を見つめる。
「幼稚園の時のお散歩の様に、手を繋ごう。お願い」
響介は、右手を差し出した。
「ありがと」
絢音は、響助の手に自分の手を乗せた。
まだ、感じることができる。
お互いの体温を感じることが、まだ出来ていて、うれしかった。
「また、きっと会えるさ」響介が呟く。
「本当に?」
「僕が、探しに行くよ」
「絶対、見つけてよ」
「こうしていけば、大丈夫さ」
響介は、掌を合わせ五本の指を絡ませた。
絢音が、頷いた。




