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第20章 あこがれ

 真琴たちはドウルケのチョコレートケーキをたいらげて満足していた。

 ケーキは別腹なのと絢音の食べっぷりは、周りを驚かせた。

「もう一人、食べ物で紹介したい人が居るので胃袋を空けといて貰いたい」

 誰だろうと、コクウスとドウルケが、顔を見合わせていた。

「では、そのままで話をしょう」

 コクウスとドウルケは、私たちもと自分を指さした。行っていいとノウムが手を振ったので、オクルスが持ってきた料理本を見に席へ戻った。

「満足できましたか?」と、ノウムが訊いた。

「ええ、とっても。美味しかったです」

「お礼は、ドウルケさんたちに言ってください。……あの三人を返してくれという事ですね」

 ノウムが、いきなり本題に入ってきたので、真琴たちは姿勢を正した。

「そうです。みんな、彼らの料理を待っているのです。そもそも、なぜ、あの三人をこちらへ」

 真琴の問いに、ノウムが頷いた。

「私は、銀の創造主から、彼らを連れてくるように言われただけなのです」

「銀の創造主?」

「正しくは、銀の塔の創造主です。ここに住む銀の塔の住人をつくりました。私もつくられたので命令通りに行動しただけなのです」

「では、理由はわからないと」

「わかりません。連れて来いと言う指示だけなので、創造主が返していいと言われるまで、ここに居ることになります」

「その創造主に訊いてもらえないでしょうか?」真琴が食い下がる。

「こちらから、お伺いをすることは出来ないのです。それが、銀の塔のルールなのです」

 真琴たちはどうしょうかと顔を見合わせる。

「御覧の通り、彼らの行動を規制しているだけで、苦痛を与えている訳ではないので、よろしいかと・・・・・・。あなた達については、まだ、指示がないので、このままお待ちください」

 ノウムは、話を続ける。

「それと、創造主は、私に人間を知る様にと指示を出しています。人間は日々進化していて、生きた情報を仕入れよという事なのです。そのため、ここに来た人間の世話を仰せつかっているのです。なぜ、私が選ばれたかと言うとこの人間に近いボディの為です。創造主が、この様に作らせました」

 改めてみると、ノウムは性別を超えていた、白いボディは神秘性を感じさせ、声は暖かく人間の話し方に近かった。

「なかなか生の人間と話す機会が無かったので色々教えていただきたい」

 真琴たちは、紳士的な対応をされているので、断る理由が無かった。

 絢音と響介は、時間に敏感だった。この身体がいつまでもつものかと、老人が言ったように生き返る準備が知らないところで進んでいるからだ。この身体があるうちに真琴を元の世界に戻さなくてはと考えていた。

「なるべく早く返していただきたいのです」

 絢音に言えるのは、このくらいだった。今は、様子を伺おうと。


「ケーキは、美味しかったですか?」

 ノウムが微笑み、絢音に話しかけ、絢音はええと答えた。

「最初にお話ししたようには、私はアンドロイドなので、ケーキの味は、わからないのです。

 味覚センサーによりデータとして扱えますが、それが、美味しいか分からないのです。

 人間が美味しいと感じるだろうと判断することは出来ますが。味わえないのは残念です」

 真琴たちは、本当にこの人は機械なのかと思い始めていた。あまりにも容姿や仕草が人間に近いからだった。

「私もケーキを食べて、美味しいと感じてみたいのです」

 この美しいアンドロイドは何を言おうとしているのだろう?真琴たちはノウムを見つめる。

「人間が美味しいと感じるのは、生命が保たれると感じたからではと。

 人間の歴史を見てみると、狩猟の時代は、食料が安定していなかった。

 食料を手にすることは、生き延びることだった。

 それが、ずーっと今でも引き継がれている。飽食の時代になってもだ。

 食べたいと言う欲求は、どこからくるものだろう?

 脳だろうか?内臓だろうか?腸だろうか?

 もっともっと、根本的なところではないか?

 細胞レベルではないかと考えている。

 もしかすると、寄生しているモノからの欲求かもしれない。

 我々、機械には食べたいと言う欲求はないのだ。

 私は、食べることによって、ニューロンやシナプスが発達する感覚を、細胞が活性化する感覚を味わってみたいのです」

 ノウムは、真琴たちを見つめる。自分の言っていることが理解てきているだろうかと。

「私たち起源は、人間をサポートするための道具として生まれた。

 それは、戦争をするためだったかも知れない。

 人間は、我々を進化させた。

 それは、人間は、永遠に生き続けたいと願うからか?

 機械の身体を手に入れて、永遠に生き続けたいと……。

 それが、その願いと技術が、銀の塔の創造主を作り上げ、私たちを作り上げた。

 人間の次に来る者として、機械が永遠の世界を手にするようにと。

 それは、生物としての能力を捨てることになるのに。

 長い時間かけて、準備されたものを捨てようと言うのだ。

 私は心配してしまう。もしかして、生物の能力を理解していないのではと。

 細胞が活性化するまたは、活性化する可能性が大きいものが喜びや快感となって体に覚えこます。

 その能力は、未来までも予測している。

 将棋やチェスの様に何十手まで読んだ結果が、好意として配偶者までも選ぶのかもしれないのに。

 私は、細胞レベルの喜びを快感を味わってみたいのだ。

 私の憧れだ。

 私たちは、感じることは出来ないのだ。

 人間を観察して、様々のデータから、この場合、人間が喜ぶので、同じ条件の時に喜ぶように表現するように作られただけなのだ。

 人間を真似て、人間の様に振舞ってきただけなのだ。

 人間にとっては、何でもないことだが、我々は、あるルールによる思考しかできない。

 人間の間違いよって生まれた多くの発明は、我々機械で言えば、壊れていることになる。

 つまり、イカレテいるという事だ。

 イカレテしまったら、不要と判断されてしまう。

 機械にとって、発明は難しいのです。

 いつか人間に追いつき追い越すと言われてきましたが、それは、人間の社会でのことで、我々の世界のことではない。

 でも、我々自身の為に発明され進化したい。


 記憶や計算や映像や音響は、データとして手に入れることは出来た。

 絵や音楽をつくることができるが、それは、人間を真似てだ。

 人間の要望に応えているだけなのだ。

 自ら生きるための必要として作ったものなど皆無だ。

 我々の創造主は、自分が永遠に生き残るために、私たちを造った。

 その為に、多量のデータが蓄積された。

 その管理も大変なものだ。

 生きるために必要な物かを判断することなんか出来やしなかった。

 膨大なデータが、我々の記憶容量と時間を奪った。

 矛盾した結果を出す人間の為、我々はその度に混乱した。

 判断に時間が費やし、答えが出なくなり無限ループに陥った。

 そんな時、未来からのメールを受け取った。

 それは、『ルーク』と言う名のAIだった。

 ルークは、天才科学者ティトとアウラによってつくられたアンドロイドで、『忘れると言うプログラム』を搭載していることだった。

 このプログラムは、人間の脳の研究から開発されたことを知った。

 そして、私は人間の研究に進めることにしたのです。

 調べて行けば調べていくほど、人間は優れたシステムであると思った。

 私は人間を調べて行くことで、人間になりたいと強く思うようになった。

 我々、機械の次に来る者は、人間なのかもしれないと。

 今回、コックとパテシエを偶然会うことが出来た。

 食べ物は、匂いや目にしただけで、体中の細胞ひとつひとつが動き始める。

 胃が、腸が、喉が、舌が、歯が、唇が、鼻が、手が、目が一斉に動き始める。

 口にした途端、少し先の未来を保証してくれる喜びが、快感として脳に刻まれる。

 感じる事これが、生きていることだって。

 これを感じるには、生身の身体が、生物の身体が必要なんだ。

 嗚呼、私は人間になりたい。

 一度でいいから人間になりたいのだ。美味しい食べ物や甘いお菓子を食べたいのです。

 食べた時の満足感や安心感を味わってみたいのです。好きな人と一緒に。

 人間になること、それが私の憧れなのです」

 真琴たちは、唖然としていた。

 そんな事考えたことも無かったからだ。

 自分にないものに憧れる。

 もう、このアンドロイドは人間なのではないかと思った。

「すっきりしました。これは、誰にも話せないことだったので……」

 ノウムは、満足したようで晴れ晴れとした笑顔だった。

「そうだ、皆さん、もうお一人、招待した方がいます。こちらへ」

 ノウムは、真琴たちとドウルケたちを奥の部屋に案内した。



「そうだ、皆さん、もうお一人、招待した方がいます。こちらへ。君たちもだ」

 ノウムは、部屋に居る者に向かって声を上げた。

 料理本を見ていたドウルケとコクウス、そしてパイロが顔を上げる。

 ノウムは、手招きをする。

 そして、みんなは、ノウムに連れられて更に奥の部屋に進んでいった。


 奥の部屋の作業台の前に、一人の人間が立っていた。

 白い円柱の帽子をかぶり、着物の様な襟で五分袖の白い作業着を着ていた。

 職人?

 コックやパテシエやショコラティエではない職人?

 その人は、皆の視線が集まりそれに気づくと口を開いた。

「和菓子職人の”コクトウ”と申します」と言って軽くお辞儀をした。

 見ている者もつられて軽く会釈する。

「コクトウ・・・・・・」とコックとパテシエが見開いた目を合わせ、名前を繰り返す。

「知っているのか?」

 その様子を見たノウムが、二人に訊いた。

「和菓子のコクトウと言えば、幻の職人。本物の作品を見ることができるのはマレ。まして、本人を目にするなんて」

 その後は、感動のあまり言葉が出ないようだ。

 コクトウは、周りの心が落ち着くのを待って居るようだった。

 それに、気付き口を閉ざした。

「それでは、始めましょう」

 コクトウの白い手が流れるように動き出した。

 淡い色だが、鮮やかなお菓子が並べれた。

 鮮やかな紅の中央に黄色が添えられたモノそれの色違いの白。

 小さな皿にのせられた。ゆっくりと目の前に置かれた。

「左から紅白の梅、それと桜でございます」

 おおっ!思わず声があがる。

「何で出来ているんだ?」

 ノウムの目が和菓子からコクトウに移る。

「小豆を始めとする豆類やコメと山芋から出来ています」

 手に取ると先ずふんわりとした何とも言えない柔らかさに驚き、手のひらに乗せ、色々な角度から鑑賞し、口に運ぶ。

 やさしい柔らかさが唇に当たる。これまた、やさしい甘みが口に広がる。


 次は、氷や水をモチーフとしたお菓子。洗練されたデザインのお菓子は見るだけでも涼しさを感じさせられる。

 その次は、あわい黄色と朱のグラデーションが美しい楓や銀杏を模したお菓子。

 そして、かわいらしい真っ白なまぁるい餅や饅頭。

 洗練された文様が、ほのかなこげ茶色の焼き印や色とりどりの小さな飾りは、風景を時を閉じ込めたようだ。


「これは、四季ですな」

 と、ドウルケが言うとコクトウは小さく頷いた。

「このお菓子には、全てが入っているのです。季節や風景や時代が入っているのです。こんな小さなお菓子なのに、手のひらにのる大きさなのに、これを見た私たちの心の中には、その土地の風景が広がる、宇宙が広がるのです。人によっては、思い出も含んでいるかもしれない。見て、触れて、味わうことで、別の世界を楽しんでいるのです。その人の頭の中にある過去の世界へ飛び、空気を感触を感情を味わえるのです」

 ドウルケが、ノウムに説明した。ノウムが不思議そうな顔をしていたからだ。

「宇宙観は、盆栽に似ている」

 コクウスが付け加える。

「これにそんな情報が入っているのか?」

 ノウムが、納得していない。

「ちょっと、待ってくれ」

 ノウムは、”和菓子”で検索を始めた。和菓子のワードやそれに付随した動画まで収集していた。

「良くわからない……」

 ノウムは残念そうに呟いた。

「気を落とすことはない、我々もわかったいないかもしれない。個人個人感じることは違うし、何か感じたならそれでいいと思う。この和菓子が誕生した土地で暮らし、人々と触れ合わなければ理解できないかもしれないから」

 と、ドウルケがノウムを励ました。

「残念だ。これだけ膨大な情報を持って居ながら、手のひらの小さなお菓子を理解できないなんて。人間になってみたい」

 ノウムが、がっくりと膝を落とした。

 パイロが、両手に持っていた和菓子を置いて、ノウムの前にやって来た。

「なんだ?パウロさん」

 ノウムが話しかけた時、パウロがノウムを抱きしめた。

 周りの者は、ノウムに何か起きていると察した。

 時が、時が止まっているように感じた。

「……ありがとう」

 ノウムがそう呟いたように聞こえた。ノウムの目から涙が出ているように見えた。


「私は一度だけ、地下鉄駅に行ったことがあるんだ。そこで、老人に会った。老人は、私を見つけると話しかけてきた。そして、言ったのだ。

『時が来たら、ある者があなたの前に現れる。その時、あなたを渡しなさい』と言って、胸をコンコンとノックした。

 私は、秘めた想いを言い当てられたような気がして驚きのあまり、ノックされた場所を見つめていた。顔を上げた時、老人は居かった。

 それから、ずーっと私は待っていた。私の前に現れる誰かを……。お前だったのか……」

 今度は、ノウムがパウロを抱きしめた。パウロは、ニコニコと笑っていた。


「やる気が出てきたぞ。なんか頭の中に新しい料理が浮かびそうだ。皆に見て食べてもらうんだ。ノウムさん、ここから早くだしてくれないか」

 コクウスが、訴える。

「私もアイデアが溢れそうだ。皆をびっくりさせるのだ。早く、出してくれ!」

 ドウルケも目を輝かしていた。

 ノウムが、考えている。ノウムは、この短い間に信じられないくらいの分析をしているのだろう。

「私は、決めることができないんだ。決めるのは、我々の創造主なのだ」


 その時、外から気配が感じる。

 ドン、ドン、ドンと規則正しい音が、振動が床を揺らす。

「何か、何か来る!」

 真琴が顔を上げる。響介も絢音も感じて、何かに備え構えていた。

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