第18章 作戦B、決行
ウビークエが、甘い匂いを見失ってしまった。
相変わらず回廊は続いていた。
同じ扉が並び、永遠に続いていた。
扉には、ただ番号が張られているだけだった。
一つずつカウントアップする部屋番号とバーコード。
他には、何も書かれていない。
この中から、パイロやパテシエ、コックを探すには、扉を一個一個確認するしかないようだ。
時間が係りすぎる。孫の代までかかりそうだ。
みんな頭を悩ませた時にウビークエが作戦Bを提案した。
その作戦は、度胸が必要だと言う。
作戦Bってなんだ?そもそも、作戦なんかあったのか?
作戦Bってことは、作戦Aがあったのか?
作戦CもDもその他もあるのか?真琴は、頭を悩ましていた。
「ちょっと待て。作戦Aってなんだ?」
「今までの行動が、作戦Aだ。名付けて、なりすまし作戦だ」
ウビークエが、当然と言う感じで言った。
「なりすまし……、作戦Bってのはなんだ」
響介は、納得がいかない。
「言っていいのか?」
オピフが、不安な顔でウビークエを見た。
どうぞとウビークエ。
オピフが、右手の拳を口にあて、軽い咳払いをしながら、真琴たちの顔を眺める。
右手の拳を降ろし、両手を腰に回した。
首を回したり、背伸びを繰り返したりと落ち着かない。
真琴たちの目がオピフに集中する。
やっと、オピフが声を上げた。
「えーと、作戦Bというのは・・・・・・、えーと、作戦Bは・・・・・・、何だっけ」
オピフがウビークエに助けを求めた。
なんだよとざわつく真琴たちを横目にウビークエが話す。
「おいらとオピフは、こんな事があると思って、ずーっと考えていたんだ」
と、言って自分の頭を指さす。
「だから、作戦Bって何だよ」今度は、真琴がシビレを切らした。
ウビークエは、右手の人差し指を立て、口に当てる。どうやら、静かにということらしい。
真琴たちは、じっとウビークエを見た。
ウビークエは深呼吸をすると語り始めた。
「作戦Bは、名付けてオトリ作戦である」
どうだと真琴たちを見渡す。
何が、名付けてだ。そのままじゃないかと真琴たちを呆れさせた。
ウビークエは、そんな事はお構いなしに説明する。
「この中の一人の仮装をやめて、この塔への侵入者になって捕まってもらう。捕まえてから、奴らはどうすると思う?」
「どこかに連れて行くだろうな」
「どこへ連れて行くの?」
「牢屋とか……」
「その牢屋には、他に誰がいると思う?」
「前に捕まった侵入者・・・・・・」
「その侵入者って、この塔以外から来た人だよね」
「そこに、コックもパテシエも居るって言いたいのか?」
ウビークエが、コクッと頷く。
確かに、このまま、扉を開け続けるよりマシだ。
真琴たちは、仕方ないと作戦Bを実行することにした。
「それしかないかぁ。で・・・・・・、誰がやるんだぁ?」
真琴が声を上げる。
ウビークエが、ポケットかの中に手を入れガサゴソと何か探している。
あったとポケットから取り出したのは、長さ十センチ程の数本のヒモだった。
オピフから、赤色のフエルトペンを受け取り、ヒモに細工している。
そして、ウビークエが五本のヒモを握った拳を突き出した。
「クジだ。この中に一本だけ、先っぽが赤い。それが当たりだ」
ほらと真琴の目の前に突き出した。
「俺から?」
”くじ”か。
真琴は、”くじ”が苦手だった。当たったことがないのである。
クリスマス会や誕生会のビンゴとか、駄菓子屋、アイスの棒など、当たったことがない。
いつも当たらないだろうなと心の隅に泡の様に浮かんでくる。
その度に、いや、今度は、今度こそ当たるに違いないと思ったが、叶うことはなかった。
くじ運がないのである。一種のコンプレックスになっていた。
当たる当たらないは、確率の問題で自分の能力が劣っている訳では決してないと自分に言い聞かせるが、何回も当たりを引いている人をみると正直、羨んでしまう。
人は運を持っていて、色々な場面でその運を使っているらしい。
運の量は決まっていて、ちょっとした賭け事に勝っても運が使われるらしい。
ということは、真琴には運が丸ごと残っていることになる。
本当に必要な時に、運を使ってやるとと心に誓った。
待てよ。
今回は、当たりを引いたの者がオトリだ。当たらなければいいのだ。
と、いう事は、はずれを引けば良いのだ。
くじ運の無い私にとっては、むしろラッキーだと言えないか。
よし、引いてやる。絶対、はずれを引いてやる。
周りを見渡すと早く引けとみんなの視線が痛かった。
俺のくじ運の無さを見せてやると、真琴が力いっぱいヒモ引いた。
「当たりっ!」
ヒモの先が赤い。
真琴は、なんでこんな時に当たるんだと唖然としていた。
その隙にウビークエは、残りのヒモを遠くに投げ捨てた。
それに気が付いた真琴が、何をしているとウビークエの腕を掴んだ。
「何って?もう、当たりが出たから捨てたんだ」
顎を突き出してウビークエが言う。
響介や絢音がニヤつく。
「やられたね、兄さん」と、オピフが真琴の肩をポンと叩いた。
真琴は言葉を失った。
「ところで、作戦CやDは、あるのか?」と、あきらめて気を取り戻した真琴が訊いた。
「そんなものはないよ」
ウビークエが、当然と言う様に言った。
真琴は、オピフが作ってくれたロボットのボディを身体から外していた。
ウビークエが提案した”オトリ作戦”、確かに今は、これしか方法が無いようだ。
それにしても、ウビークエのくじ引きにまんまと引っ掛かってしまった。
ウビークエは、意外と頭がいいようだ。
真琴は、ウビークエを甘く見ていたことが、ちょっとだけ悔しかった。
「脱いだよ、どうする?」
と、真琴が言った時、ガラガラと金属の転がる音がした。
音のする方を見ると、響介と絢音も着ていたロボットのボディを外していた。
真琴は、その様子を見て唖然していた。
くじで負けたのは、俺じゃなかったけ?と、響介の顔を見る。
すると、付き合うよと、響介が微笑んだ。
真琴は、やっぱりいい奴らなんだなと改めて思った。
真琴たち三人が、ロボットのボディを脱ぎ捨て、準備が出来たとウビークエを見た。
ウビークエは、頷いて深呼吸すると、大きな声で叫んだ。
「あっ、人間だぁ!人間がいるぞぉぉぉ!」
回廊を行き交う住人の様子を伺う。
誰もこちらを見ない。相変わらず、スマホを見ながら歩くのをやめない。
真琴たちは、しばらく住人を固唾を飲んで見守る。
やはり、何も起こらない。
ウベークエは、コロニクスがくれた翻訳機を口に当てると、叫んだ。
「あっ、人間だぁ!人間がいるぞぉぉぉ!」
翻訳機から、ファックスの通信音みたいな音が流れる。
住人が一斉に止まった。
ずーっとスマホを見ている。五秒くらい経っただろか、住人は動きを止めた。
「止まったぁ」
真琴たちは、静まり返った回廊を見守る。
ずらぁっと並んだ住人がいる。人形の様に動かない。
まるで、古代中国の兵馬俑の遺跡に迷う込んだようだ。
静まり返る回廊。時が止まる。
ここは、真琴たちが、最初に入った部屋。
そう、浮浪者が円柱の水槽に入っていた部屋だ。
ピーヒョロヒョウと翻訳された音が部屋中に響いた。
その中の一つの円柱に動きがあった。
液体が抜かれ、浮浪者の身体に付いていたケーブルが、一本一本外れていく。
浮浪者の身体の支えが外された。
円柱の中の液体が抜かれる。
腹式呼吸をしている様に、胸が腹が規則的に膨れる。
ゆっくりと目が開いた。
あの時と同じ、ギラギラとした全ての者を威嚇する目だ。
違うのは、服を身に着けていない事。
汚れたコート、ジーンズ、手に巻かれた白いバンテージはない。
髪や髭は、あの時と同じだった。
円柱の透明な容器が外されると、部屋から出た。
回廊に出る。
浮浪者は、左右を確認する。
真琴たちの居る方に顔が向けられる。
次に身体が向けられる。
ゆっくりと歩き始める。少しふら付いている。
そのふら付きが修正され、動きが安定していく。
その場で学習している。
段々と走り始める。
スピードが上がり、歩幅も広がる。
真琴たちの方に進んで行く。
「何か来る」真琴が呟きながら回廊の先を見つめる。
真琴たちの身体は、何かに反応している。
これから起こることに身体が準備を始めているみたいだ。
じーっと耳を澄ます。
何だろう、気の圧力を感じる。空気の振動が感じる。
床からドンドンと言う規則正しい重たい振動が感じられる。
回廊の先で、住人が蹴散らされているのが見える。
こちらに近づいてくる。
大きな者が住人を倒している。
長い髪を振り乱し、ハルクの様な筋肉質の肩が、胸が、二の腕が見える。
真琴は、刺すような視線を捉えた。
「ヤツだ・・・・・・、ヤツが来る!」
思わず真琴は、響介と絢音に目をやる。
響介と絢音の目は、既に準備は出来ているという目だ。
真琴は再び回廊の先を見つめた。
浮浪者との闘いを思い出す。
全く歯が立たなかった。
捕まれ軽々と投げ飛ばされた。
そして、絢音と響介は命をなくした。
勝てるだろうか?
真琴たちの心の隅に小さな疑問が湧き出ようとしている。
戦う前から負けてはいけない。
真琴は、気を取り戻す。
この緊張感が、真琴たちの心を繋ぐ。それぞれの声が聞こえる。
これがテレパシーなのか。
「大丈夫だ。爺さんが言ってたろ、俺たちは強くなったって」
「お前たちは、強い!」
真琴たちは顔を見渡す。今のは誰?
「出来ないと言う思い込みを捨てろ。俺と戦った時の様に」
コロニクスだ。真琴たちの頭の中に入って来る声は、コロニクスの声だった。
テレパシーってやつのように。
真琴たちは、急に心強く感じていた。
俺たちは負けない!負ける気がしない!
浮浪者がどんどんと近づいてくる。
ダムから放流された水の様に、回廊の壁を床を空気を通じて、真琴たちに押し寄せてくる。
真琴たちは、腰を落とし浮浪者に備える。
「待ってたぜ」と、響介。
真琴たちの目は、浮浪者にロックオンしていた。
回廊の奥から浮浪者が近づいてくる。
真琴たちの数十メートル手前で立ち止まった。
真琴たちは浮浪者から目を離さない。
近くで見ると、やはりデカい。
機械であるのに野獣の様な殺気に満ちている。
真琴たちの頭の中で、老人との会話が思い出されていた。
「お前たちに力を与えよう。
お前たちは強くなった。強くなったと思い込みなさい。
ここは、お前たちの居た世界とは違う。
私の夢の中に迷い込んだと思いなさい。
出来ないのは、お前たちが”出来ない”と言う思い込みのせいだ」
「俺たちに出来ないことはない!」真琴が叫んでいた。
響介、絢音も頷く。
真琴たちは、じりじりと浮浪者との距離を詰めていく。
その頃、ウビークエとオピフは、回廊の柱に影に身を潜めていた。
オピフが何やら、パッドの画面を見ている。
それは、あの部屋に紛れ込んだ時の写真だった。
あの部屋とは、浮浪者が作られていた部屋だ。
オピフは、浮浪者の骨格の写真を拡大して、夢中で何かを探している。
ウビークエは、見守る事しかできない。
オピフの邪魔をさせないように。
「でかいヤツと戦う時は、倒して戦えってプロレスで言ってた!」
響介が前に出る。
浮浪者のパンチが、響介を襲う。
見える、パンチが見える。響介は次から次と繰り出されるパンチを避け、距離を詰める。
浮浪者の手前でジャンプした。
浮浪者は思わず、響介を見上げる。
その時、響介の両膝は浮浪者の顎を、両手の拳は浮浪者の頭に振り下ろされていた。
鈍い音と浮浪者の骨格を覆っていた皮膚が削げ、銀色の頭蓋骨があらわになった。
それと同時に、絢音と真琴は、浮浪者の足元に滑り込み、膝裏に回し蹴りを見舞った。
膝からくの字に曲がり、力余って膝から下が吹っ飛んでいった。
浮浪者は膝から下が無い状態になったが、太い腕が響介を掴もうとしていた。
響介は、その場でくるっと後転し銀色の頭蓋骨に踵落としを見舞った。
浮浪者は、ゆっくりと後ろに倒れていったが、体制を整え、残った腕で真琴たちを襲う。
その腕を真琴と絢音が、腕引き逆十字で腕を殺しにいったが、浮浪者は倒れない。
響介が、一旦、浮浪者から離れ助走し頭蓋骨にドロップキックを見舞う。
ゆっくりとゆっくりと浮浪者が倒れる。
腕は、ガッチリと真琴と絢音に抑えられている。
だが、浮浪者の足掻きは止まらない。
その時、オピフが浮浪者に駆け寄った。
ウビークエが声を上げる暇も無かった。オピフは頭蓋骨まで走っていき、鼻の下の小さなくぼみに細いドライバーを差し込んだ。
あっという間に、浮浪者の動きが止まった。
「ここが、スイッチだ」
オピフが、立ち上がった。
やれやれと、真琴たちが浮浪者から離れる。
自然と握手し、お互いをたたえ合う。
やった、やれたじゃないか。あの時とは大違いだ。
僕らは強い。本当に強い。
真琴たちは抱き合った。
「オピフ、すごいじゃないか」響介が、オピフの肩を叩いた。
「オピフ、天才」と、笑った。
真琴は、じっと回廊の先を見ている。
浮浪者は一体ではない。あの部屋で何十体もの浮浪者を見たではないか。
来るかもしれない。
果てない戦いになるかもしれないと、警戒を緩めてはいけないと思っていた。
「あっ」ウビークエが何か思いついたようだ。
ウビークエが、翻訳機を口に当てた。
「私たちは、侵入者を捕まえた。どうしたらいい?」
翻訳機から大きな音が流れる。
すると、いつの間にか住人が現れ、浮浪者が現れる前と変わらなくなった。
何もなかった様に、行きかう住人。
変わっことは、槍を持った門番のようなロボットがやってきた。
ウビークエと何やら話している。
「連行先を案内すると言ってる」
真琴たちは、その門番ロボットの後を付いて行った。




