第13章 パイロが知ってる
暗い部屋の中、響介がソファに座っていた。
絢音が、そっと響介の横に立つと響介がどうぞと席を開けてくれた。
「まだ、起きていたの?」
「ああ、なんとなく」
「真琴は?」
「とても疲れてるみたい、ぐっすり眠ってるわ」
「そうか……」
その時、コロニクスが人間の姿で部屋に訪れた。
ソファの二人に気付いて立ち止まり、話しかけるタイミングを計っていた。
それに気づいた響介がコロニクスに声をかけた。
「なんでしょうか?コロニクス」
絢音もコロニクスに顔を向けた。
「いや、今、大丈夫かな?」
コロニクスは二人の顔を交互に見て様子を伺った。
「大丈夫です。何か?」
コロニクスは、響介に視線を写した。
「僕?僕に用ですか?」
「ああ、オムネ城から荷物が届いている。デカいので、バルコニーに置いてある」
「オムネ城から・・・・・・」
「それでは、失礼する」コロニクスは、静かに部屋から立ち去った。
「何かしら?」
「行ってみよう」
響介と絢音はバルコニーに向かった。
「ピアノだ!」
響介は、ピアノに駆け寄った。絢音も付いて行った。
響介は、ピアノを一回りすると、早速、ウオーミングアップを始めた。
静かな夜にピアノの音が響き渡る。
「どうしたの?これ」
「音楽室でピアノを弾いていたら、運んでくれるってさ」
「よかったわね」
「うん、最高!」
響介は鍵盤から目を離さない。
「なんか懐かしいね」
「ああ、幼稚園の時、いつも隣で聴いてくれたよね。絢音が居ると安心するんだ」
絢音は、バルコニーの端まで行って、夜空を眺める。
ここでは、街は全て塔の中にあるので明りが外に漏れない。
そのため、空に光る星は鮮明に見える。
遥か遠くまで広がって行く宇宙の壮大さが伝わってくる。
ずーっと見ていると宇宙に吸い込まれて登って行くように感じる。
ただ、大きな月が煌々とバルコニーを照らしていた。
自ら、発しない光。
太陽の光に照らされ、反射して周りを照らす。
自分を主張しないのに、誰かの力で柔らかく輝いている。
そんな控えめの美しさに心を奪われていた。
「綺麗な月だね」
響介の声で、目が覚めた。
「ええ、キレイ」
絢音は、これは月ではないのにと思ったが、言うのをやめおいた。
絢音は、思わず微笑んでいた。
”綺麗な月ですね”は、愛の告白に使われた言葉だと思い出したからだ。
この遠回しな言い方が、やはり月なのだろうと。
「あなたと・・・・・・」と、絢音が言いかけた時、響介は曲を弾き始めた。
月の光。
白と黒の鍵盤の上を長い綺麗な指が躍っている。
この男は、なんて綺麗な横顔をしているのだろうと見とれてしまう。
見ているだけで幸せを感じる。
幸せが来ると……。
そう、この曲を駅で聴いている時、アイツにあったんだ。
あの浮浪者に。
その時の光景が蘇ってくる。
突然、ピアノの音が止まった。
響介が、ピアノの前で固まっている。
「手、手が・・・・・・」
響介は、絢音を見上げる。
絢音は、響介の手を探した。
そして、はっと息を飲んだ。鍵盤の上の響助の手が透けていた。
絢音は、思わず響介の頭を抱いていた。
「大丈夫、大丈夫……」
絢音は、自分の手も透けているのに気づいていた。
しばらくの間、そうしていた。
響介の為に。そして、自分の為に。
「絢音、もう大丈夫だ」
響介が絢音を見上げる。
絢音は響介の横に座って、絢音の手を取った。
絢音を手の優しく撫ぜていた。綾音の手も少し透けていた。
「時間切れかな。爺さんが言ってた、生まれ変わるって」
絢音も思い出していた。
「そうだ。段々身体が透けてきて、やがて・・・・・・」
その先は言わなかった。言いたくなかった。
「真琴を戻さないと……、爺さんが頼むって……」
二人は、寄り添って部屋に戻っていった。
眠れぬ夜は続いた。
結局、絢音と響介の二人は、眠れなかった。
真琴は、戦争のことが頭から離れずに、情報を集めにオムネ城に向かった。
絢音と響介は、真琴を元の世界へ戻す方法を聞き出すことにした。
最初に会ったのはコロニクスだった。
「どう、楽しんでる?ここ最高だろ」
以前、会った時とは別で攻撃ではなかった。
質問してみても、「そんなの知らねぇ」と答えが返ってきた。
次の会ったのは、ウルペースだった。
相変わらず妖艶な雰囲気を作り出していた。
絢音が、心配そうに響介の顔を伺っていた。
響介は、いつものクールな顔だったが、「ピアノ、素敵だったわ」と言うウルペースの言葉に耐えきらずに照れ笑いをしていた。
ウルペースは、睨んでいる絢音に気付いて、話を逸らした。
「ごめんなさい。私はよく知らないの。グベルナに訊いてみたら。メトセラと庭園にいるわ」
と、扉の前に二人を案内し、ブツブツと何か唱えると、扉が開いた。
ウルペースのどうぞと手で合図に従い、庭園に出た。
いい天気だ。庭園からさらに再生の塔エスピラールが真上へと伸びている。
響介は、エスピラールの根元に駆け寄り、塔を撫ぜた。
後から、絢音が続いた。
「爺さん、この上が出口だって言ってなかった?」
響介がエスピラールを見上げながら、独り言のように言った。
「そうよ。でも、それだけ。どうやって行くだとか、上に上がってそれから何をしていいものやら」
その時、グベルナとメトセラが、二人を見つけてやってきていた。
「元気かな?」
最初に声をかけたのは、メトセラだった。
響介と絢音は、軽く頭を下げ挨拶をした。
「教えてほしいことがあるのです。真琴を元の世界に戻す方法を知りませんか?」
響介が問いかけた。
グベルナが、響介と絢音を見回した。
「そうか、君たちの時間がないらしいな。場所はこの上だと知っている」
グベルナが、エスピラールの壁をペタペタと叩いた。
「だが・・・・・・」
「だが?」
「もう、ずーっと前のことで、忘れてしまった。直近で携わった者は・・・・・・」
「……パイロじゃないですか?」と、メトセラ。
「そう、そうだ。パイロだ。本好きだから、図書館に居るはずだ」
「パイロと言うのは?」
「図書館のアルクが教えてくれるよ。これ食べる?」
と言って、籠に入って真っ赤なベリーを差し出した。
受け取った絢音がすっぱいと顔をゆがめる。
グベルナとメトセラが、目を合わせて笑った。
「メトセラが、育て方を教えてくれたんだ。さすが、樹の王だな」
絢音と響介は、「それは良かったですね」と笑顔をかえすとオムネ城の図書館へ向かった。
グベルナとメトセラが二人を見送った。
図書館で、真琴を見つけた。
真琴は、「よっ」と右手を上げた。
絢音と響介は、真琴を元世界へ戻す方法を探している話をした。
真琴は、心配かけてすまないと頭を下げた。
もう亡くなったと言われた二人には、相談できなかった。
自分だけ、元の世界に戻りたいなんて言えなかった。
言ったとしても、この二人は快く答えてくれるのは知っているが、自分が心苦しくなるからだった。
真琴に庭園で訊いた話をした。
真琴たちは、図書室中を図書館長のアルクを探した。
すると、奥で難しい顔をしているアルクを見つけた。
真琴たちが近づいていくと、それに気づいたアルクが、老眼鏡を外して手を上げた。
「どうも、この歳になると字が見えなくてな。医者に見せても、年のせいだと言われるだけだ」
アルクはそう言うと、背伸びをし腰をトントンと叩いた。
真琴たちは、”パイロ”を知らないかと尋ねた。
「パイロ?そういえば、最近、見ないな。何か用事が?」
アルクにこの世界に来た経緯を話した。
「そうだな……。ヤツなら、知っているな。だけど・・・・・・」
「だけど?」
「行方不明なんだ。何処へ行ったかさっぱりだ。パイロが予約した本がきたから取りに来るようにって伝えたかったんだけど、見つからないんだ」
図書館長のアルクは、本の整理をしながら話した。
「最後に見たのは、オクルスと一緒だったって、聞いた」
「オクルスって、銀の塔の弁当箱みたいな」
アルクは思わず手を止め、絢音の顔を見た。
「銀の塔に居るのかもしれない」
アルクは腰に手をあて、伸びをした。
「パイロって、どんな人ですか?」
「猫のような犬のような恰好をしている。小さく赤子のようにも見える。
なぜか、おしゃぶりをしている。お気に入りらしい……」
次々とパイロの容姿について話した。
「こんなですか?」
真琴が、話を聞きながら似顔絵を描いていた。
「そうそう、うまいもんだな。アハハ、これは傑作だ!」
アルクが感心して、笑いながら似顔絵を持ち上げた。
「それでは、これを手掛かりに探してきます」
「逢ったら、本が届いてるって伝えてください。あ、それと・・・・・・。今度、私の似顔絵も書いてください」
真琴たちは、笑顔で答えて図書室を出た。




