赤色のそら
「空が落ちてくる」という状況は、実際にはありえない。
一般定義として空は、地面と逆のベクトルに存在する領域であり、その空中間。地上から見上げたときに頭上に広がる空間を、空という。
しかし、僕は今、残念なことに『例外』と出くわした。
一切の驚愕を以って、それに対する感情は他にない。ただ驚きがあり、急激に時間が緩慢になったよう。
恐らくそれは、僕以外も同じ、否、その事実に気付いてすらいない。誰も皆、躓かないように足元ばかり見ている。だから気付かない。
緩慢な時間も、刹那的に貼り付いた驚愕も、落ちてくる空も、僕しか気付いていない。僕しか知らない。
そして、空の落ちる速度は、止める術のないほどに速い。落下をただ、見ているだけ。本当はここで、何かしらの感情が起こるのだろう。なぜかという疑問、不条理への憤怒、生き方への後悔。何らかは感じるのだろう。
だが、僕のこころには、何もなかった。
強いて言えば、傍観者でありたかった。その様子を眺めるだけで、それで十分だ。
その僕の欲求を遮る存在は、ここにはない。周囲は何も気付いていないのだから。
僕は望み通り、その瞬間まで傍観者であった。何もせず見ていて、これからは見ないふりをする。
辺りが空の様子に気付いた時には、もう、空は落ち切っていた。もう、何もかも終わってしまったのに、今更気付いて騒ぎ立てる。
普段、騒がしいのは嫌いだ。だが、その時だけは周囲の音が気にならなかった。聴覚が次第に僕の中から離れていく感じ。耳はそのような状態なのに、他はやけに先鋭化していく。
目は見たくない光景を見せる。鼻は不快な匂いを感知する。口は乾燥し要らぬ要求をする。身体はどうしてか小刻みに震えていた。
僕だけは、その状況を目の前にして微動もできなかった。驚いたためではない。むしろ逆だ。――この未来を予想していたために、動けないのだ。
落ちてきた空はもうバラバラで、誰もが眺めてしまうほどの、透き通るような美しさは残っていない。いや、目の前にある空は青空ではなく夕焼け空。また違った美しさもあるのかもしれない。
だが、少なくとも僕は分からなかった。真っ赤になった夕焼け空に、終わってしまう未練と寂しさが、今になって思われた。
しかし、時間は戻らない。空は夕焼けに照らされた、赤い海に沈んだ。そしてもう、二度と同じ空を見られることはなかった。
――クラスメイトの高山空は、今日、自殺した。