第6話 嘲謔の夜
いざ、獣たちのアジトへ。
“山越盗賊団アジト”
夜の暗闇を淡く照らす固定松明の火の灯り。それにより照らし出されるは、まばらに張られた複数の色褪せたテント──。
ここは──”山越盗賊団アジト”──。
森の中、開けた雑草原に、野営のようにテントと松明が等間隔に展開されている。
夜中のせいか、外に居る人影は最低限の見張りといった数人の男たちのみ。大半はテントの中で荒っぽい笑い声をくぐもらせ、一日の終わりと略奪の成功に祝していた。
「……意外と見張りが少ないな。」
そんな盗賊団の野営地より横合い、木々の間の草むらに身を潜め、様子を窺っていたナナが呟く。
それに並ぶように、ニロも草むらからひょっこり顔を覗かせ、盗賊団のアジトを見渡した。
ナナがニロへ、確認するかのように声をかける。
「それで、お前の仲間たちはどこに捕まってるんだ?」
張られているテントはどれもこれも、量産品といった、同じ素材で同じ色合いの、同じ作りのテントだ。でなくとも、テントは透けているわけではないので、外からでは中の様子が分からない。
唯一、分かるのは、テントの隙間から零れる明暗加減による、中に灯りがついているか、いないかのみ。ゆえに、ニロの仲間たちがどこに囚われているのかが分からなかった。
だが、ニロは一度捕まった当事者だ。ナナの問いに、ニロはとある場所を指差した。
「あのテントの一番奥に……大きな洞穴が見えますよね……?」
小声で言い、彼が指差したのは、テント群の奥にそそり立つ岩壁──そこに開いていた巨大な洞穴。「あのテント」とは、どれのことか分からなかったが、幸い、洞穴の両端に固定松明の明かりがあったため、暗がりの中でも洞穴の存在を目視できる。
「あぁ。」
洞穴を確認したと相槌を打つナナに、ニロが続けた。
「あそこには、盗賊たちの”ボス”が居ます。そして──。」
小声で呟きながら、差した指をそのまま少し横へ動かす。
「──その横のほうにある”小さなテント”に、僕の仲間たちが捕まっているはずです。」
次に指したのは、テント群の中でもひと際小さなテント。ほかのテントに見張られるかのように、この野営地の中腹辺りにひっそりと張られていた。
ナナもそれを目視で確認する。
「なるほどな。」
同時に呟き、思っていたよりもザルな警備に、少し心を落ち着かせる。
ニロが逃げ出したのにもかかわらず、例のテントには見張りといった者は居ない。しかも、盗賊のボスが居るという洞穴とも距離が離れていた。
気づかれずに助け出す──それ自体は不可能ではなさそうだ。しかし、予期していた難関はやはりあった。
それは──。
「どうやってあそこまで行くの?」
ナナとニロの背後から問いかける、ルナの呟き、その言葉であった。
あのテントまで行くためには、少ないとはいえ、何人かの見張りを掻い潜り、何個かテントを経由しなければならない。決して遠くはないが、近くもない。見つかるリスクは十分にある。
尤も、ルナ自身はそこまで難しく考えて問うたわけではないようで、なぜかここまで持ってきていた串焼きの肉を頬張り、もぐもぐと呑気に口を動かしていた。
ナナはその呟きへ真面目に答えようとするが、背後から漂ってくる香ばしい香りに、思わず呆れた目を向ける。
「そうだなぁ……って、わざわざ持ってきたのか……。」
すると、呆れ冷や汗混じりにそう言うナナの顔を、ルナが真剣な眼差しで見詰め返した。
「もちろんだよ! 勿体ないじゃん!」
なぜか目を輝かせながら言い放つルナに、ナナは「そうですか……」といった表情で諦め、ニロも「大丈夫だろうか……」といった、少し心配を込めた表情を浮かべる。
決して嫌悪はしていない、寧ろ、和みを感じるルナの対応だが、緊張感なしといった様子が少し心配な二人。
表情と気持ちを切り替え、再びアジトを見据える。
「とにかく、慎重に行くことに越したことはない。」
どう行くかを考えるより、どう行っても慎重に行くということが大事である。
とにかく、行動あるのみ──。
……………
見回りの盗賊たちに見つからないよう、テントを背にしてできるだけ影を進む。
もちろん、物音や足音は絶対に立てられないので、慎重に、且つ迅速に進んでいく。
因みに、その過程で確認した見回りの盗賊は皆、洋刀や斧といった刃物を物騒にも剥き出しに背負い、或いは、腰に携えていた。
服装は茶色系統。肌寒い夜間にもかかわらず、基本的には薄着一枚の獣皮のような服装だ。まさに、自身は盗賊である、と身なりで語っている。
だが、眠たい時間帯のせいか、見回りの数はやはり少なく、ときにあくびをしたりと、だいぶ気が緩んでいる様子だった。
またひとつ、テントを背に経由する。
そんななか、不意にルナが、背にしていたテントの中を繋ぎ目から覗いた。
中に灯りはなく、人の気配もない。代わりに、大量の木箱らしき物が積まれているのが、外の松明のおかげでかろうじて見える。
人が居ないことを確認したルナは、このテントの中で一旦身を隠そうと、ナナとニロへ提案し、ふたりはそれに了承。素早く静かにテントの中へ入り込み、ルナとニロはひと休憩を兼ね奥へ──ナナはテント入口の隙間から外を警戒する。
「もう少しってところだな。」
外の様子を窺いながら呟く。アジトに潜入した地点から、残り半分といった距離まで来た。見張りの数は変わりないが、まだまだ気は抜けない。
そんな一方で、ルナは呑気にテント内を探索──いや、探検していた。
薄暗の中、あるのは木箱、木箱、木箱。恐らく、このテントは倉庫として扱われているのだろう。
ルナが木箱の中を覗く。
「お! これ林檎だ!」
木箱の中には、大量の林檎が敷き詰められていた。横のほうの袋にも、熟した果実が目一杯、詰められている。
倉庫の中でも、このテントは食料庫のようだ。
ガラスケースの中を見詰める少年のように、ルナが大量の林檎に目を輝かせていると、不意に──。
「みんな……大丈夫かな……。」
背後から、ニロの呟きが聞こえてきた。
その呟きに、ナナとルナの表情がほんの少し強張る。
彼本人からしたら、それだけが心配で堪らないことだろう。
仲間と別れてから数時間──仲間の身を案じ、助けを求め暗い森の中を駆け続けたことによる、心身の疲労は計り知れない。体が休息を求めても、心はそれを許してくれないのだ。
しかし──いや、だからこそ、ナナはただ真っ直ぐに外の様子を窺っていた。
今の自分にできることは、最悪の事態を防ぎ、いち早くニロの仲間を救い出すこと。ここで気を緩め、盗賊に見つかってしまっては、今までのニロの行いが全て無駄になってしまう。それだけは避けなければならない。ナナたちが最後の希望なのだ。
不意に、俯きがちに座り込んでいるニロへ、ルナが寄り添うように近づいた。
「きっと大丈夫だって! ねっ?」
ニロの目線まで腰を落とし、明るくも優しくニロを励ます。
その言葉にはなんの根拠もなかったが、この明かりのないテントの中で見せるルナの笑顔は、唯一の光となって、ニロの心を淡く照らした。
「……そうですね。」
力なくルナへ微笑み返しながらも、きっと大丈夫だ、と心に言い聞かせる。
そんな様子をちらりと見て、ナナも内心、微笑みを浮かべていた。
だが──和みの時間は長くは続かない。
ふと、外が騒がしくなるのを感じ、ナナがテントの外へ目線を戻す。
すると、その他のテントからぞろぞろと、盗賊の男たちが外へ出てきているのが見えた。
「……何事だ?」
ナナが疑問の声を漏らす。
その声を聞きつけ、ルナとニロもナナの背後まで寄っていくと、共に顔を覗かせ、テントの外へ目を向けた。
三人の目線の先には、わらわらと外へ出てきている数十人の盗賊たち。その数、ざっと五十人。これから祭りでも始めるかのように、皆、中央へ集まっている。
そして、それらと共に、ニロの仲間が捕まっているといっていた小さなテントからも、人が出てくるのが見えた。
出てきたのは、周りの盗賊たちとは随分と雰囲気の違う、旅路用の衣服といった服装に身を包んだ、若い青年一人と少女二人。しかし、三人共、自らの意志で出てきているというよりは、盗賊の男たちに連行され、無理矢理、連れてこられているといったふうだった。
少女二人は怯えきった表情。青年は怯えを隠しながら、周囲の盗賊たちを睨みつけている。
そんな三人を見て、ニロの目の色が変わった。
「……! みんな……!」
思わず叫びそうになるのを喉の奥で堪えるかのように、小さく声を発する。その様子から察するに、恐らく、あの三人がニロの仲間たちなのだろう。
「彼らが……。」
「…………。」
それを見たナナとルナも緊張を高め、今まで以上の真剣な眼差しで外の状況を見守る。
だが、その時、そんな緊張感を遮るように、突如、この野営地に大きな地響きが鳴り響いた。
地響きは、一回──二回と、間隔を空けながら、徐々に野営地中央へ近づいてくる。
音の鳴っている方向は──断崖絶壁の岩壁に開いていた、巨大な洞穴がある方向──。
何事かと思い、ナナたちが同時に目を向けると、そこには、おおよそ人間とは思えないほどの巨大な影を以て前進する、大男の姿があった。地響きの正体は、あの大男の足音により発せられたものだった。
人間とは思えない足音を渓谷に響かせながら、一歩一歩を踏み締めるように歩き、盗賊たちとナナたち三人のほうへ迫ってくる。
その模様はまるで、巨大な山が迫ってきているかのよう。
闇夜に影となって現れたそれは、山に潜む鬼を彷彿とさせ、近づく一歩に心なしか、この場に居る全員に息を呑むような空気が流れ込む。
そして、月と松明に照らされ、ようやく見え始めた、その姿は──言わずもがな、縦にも横にも広がった巨大な体。獣から剥ぎ取った皮をそのまま着たかのような、茶色く毛深い服。整えていない乱れた黒髪。露出させた腕や胸板といった褐色の肌は、異常なほどの筋肉質。
手には自身の体に合わせた巨大なハンマー──持ち手の棒は木製で、打撃部分は金属製。片側は潰す用に平たく、片側は鋭く尖っている。
全員がその姿に注目するなか、地鳴りと共にやってきた大男は、盗賊たちの前へ立ち塞がるかのように足を止めた。
それを見て、ルナが思わず目を丸くする。
「うわ……!? 大きい……!」
「あいつが……山越盗賊団のボス……!」
純粋に驚いているルナの隣では、ニロも警戒と恐怖を込め、冷や汗混じりに大男へ睨みを飛ばしている。
しかし、驚いているルナたちに反し、ナナだけは、何かを考えるかのように眉をひそめていた。
「あの顔……どこかで見たような……。」
そう。ナナはあの大男の顔に見覚えがあったのだ。それも、つい最近──。
だが、面識があるというわけではなく、知り合いという意味での見覚えでもない。どこかで、一方的に見た──という見覚えだ。
しかし、最近見たのであれば、あんな図体の人間をそう簡単に忘れるはずはない。
やはり、あの顔に、かすかな見覚えがあるのだ。
──────────
「──あ〜、そいつは、最近この辺りで暴れている”盗賊”だよ。」
盗賊──。
「──通称”山男”。この辺りでまだ新米の若いやつらをカモに略奪をする、たちの悪い奴さ。」
若者を狙う略奪──。
そして、”山男”──。
──山のように巨大な大男──。
──────────
ナナは不意に、あの時に聞いたフロートの言葉を思い出すと共に、ひとつのことに合点した。
「……そうか。思い出した。フロートさんの所で見た討伐依頼書。あいつがこの辺りで暴れている、”山男”ってやつか。」
同時に、その時に見た討伐依頼書に、あの大男の顔写真が載っていたことも思い出す。
照らし合わせられる今の状況と、大男の見て呉れを見ても、恐らく間違いない。
若者相手に略奪を繰り返す”山越盗賊団”──その”頭”──通称”山男”──。
その対象が──あの大男であった。
大男──もとい、”オオグマ”が盗賊たちの前で立ち止まると、盗賊の男たちはニロの仲間である青年少女たちを、オオグマの前へ差し出すように突き飛ばした。
「うわっ……!」
それにより、青年たちはバランスを崩し、地面へ膝をつく。
そして、ハッとしたかのように見上げると、自身たちを見下ろしているオオグマと目が合ってしまう。
「…………!」
少女二人が声も出ない怯えを見せ、周りの盗賊たちはそれ見て、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
に、対して、テントの中よりその様子を窺っていたナナは、この状況に頭を悩ませていた。
「まずいな……。助け出すチャンスが……。」
盗賊たちに気がつかれないようにニロの仲間を助け出すという目的が、限りなく不可能に近づいた。
ニロの仲間たちは盗賊たちのど真ん中。しかも、何が悲しいか、盗賊団のボスの目の前に突き出されてしまっている。
考え得る最悪の状況だ。
「ふぁ……どうしよう……!」
普段、呑気なルナも、さすがにこの状況の最悪さは理解している様子で、焦ったかのようにそんな声を漏らしていた。
「フハハハハ!」
すると、そんなナナたちを焦りを知ってか知らずか、突如、オオグマが重く低い声で笑い始めると、足元に居る青年たちを嘲笑の表情で見下ろした。
「全く……つくづく不運な奴らだなぁ。俺に歯向かったがゆえに、こんな目に遭うことになり……挙げ句の果てには、仲間に見捨てられた……! バカなガキ共だぜ!!」
オオグマが失笑と妖魔の如く表情で言い放つと、周りの盗賊たちも釣られて大声で笑い出す。
少女たちはそれに、今にも泣きそうな表情で俯く。
しかし、そんななかでも青年は、悔しさを怒りに換えたかのように、自身が腰へ携えていた剣を鞘から引き抜くと、両手で構え、オオグマへ刃先を向けた。
恐怖を隠すように歯を食いしばりながらオオグマを睨みつけてはいるが、剣を握る手は震えている。
少女二人が青年の後ろへ縮こまるように隠れ、恐怖の表情でオオグマを見上げる。
その恐怖と怯えを背中で感じた青年は、唯一の男として、ここで弱さを見せるわけにはいかない、と自身の震えを堪えるように強く剣を握り締めると、オオグマへ向け声を上げた。
「あ、あいつは……! 逃げたんじゃない……!」
「あ?」
予期せぬ小動物の反抗に、オオグマはその表情から笑みを消し、威圧的に青年を見下ろす。
「あいつは……助けを呼びに行ったのさ……!」
それでも青年は、恐怖を押し殺し、無理して強気の笑みを浮かべながら言い放つ。
せめて、仲間のことは──ニロのことはバカにはさせない。そして、何より──ニロのことを信じているから──。
だから、自分たちがこいつらに屈するわけにはいかない。ヤケでもいいから、恐怖を打ち破り、きっと来る助けを信じ、少しでも一矢報いるため、抗ってやると──。
「そうしたら……! お前らなんか──!!」
だが、言い終わる青年の言葉を待たずして、オオグマを含める盗賊たちが、またドッ、と笑った。
再び訪れる大人の嘲笑う声に、少女たちは更に怯え、一段と表情を暗くする。
青年も再び感じる恐怖感と、新たに顔を出す羞恥心により言葉に詰まったところで、ひと際低い声で笑っていたオオグマが、大きく口と目を見開いた。
「バカが!! この辺りに町なんざねーよ! こんな奥地に、誰が助けに来るっていうんだ!」
言い放った後も、オオグマを含めた盗賊らは大声で笑い続ける。
渓谷地帯に響き渡る嘲笑う声に、青年は言い返すこともできず、ただ悔しくて、ギュッ、と剣を握り締めた。
「…………。」
一方でナナたちは、それぞれ微妙に表情は異なるものの、無言でその様子を見詰めていた。
ただ、三人に共通していえることは、その表情には一切の笑みをも浮かべていなかったということ。
そうして、暫くの嘲謔の後、笑い終えたオオグマは落ち着きを取り戻すと──。
「まぁ、そんなことはいい。」
改まったかのようにそう呟き、再び青年たちを見下ろした。
青年は、そんなオオグマの挙動に身を退きたくなるのをなんとか歯を食いしばりながら抑え、オオグマを睨みつける。
だが、それが逆効果だったのか、オオグマは青年の表情を見るなり、不機嫌に入り組んだシワを顔へ寄せた。
「俺は、テメェのその生意気な面が気に入らねぇ……。世間知らずのガキが……! その身に俺の恐ろしさをたっぷりと教えてやる!!」
オオグマが声を上げ、その手に持っていた巨大なハンマーを構え始める。
「っ……!」
だが、その時、もう我慢の限界といったふうに、ニロが勢いよくテントから飛び出した。
「おい……! 待て……!」
それを見たナナは、反射的に小さく声を上げ、ニロを止めようとするが、既に手遅れ。
「誰だ!」
「お前は……!」
次々に盗賊たちがニロへ気がつき、目を向け声を上げ始める。
しかし、ニロはそんな盗賊たちにも臆さず──いや、半分は感情に支配されているゆえだが、迫真の表情で顔を上げると──。
「みんなを──返せ!!」
勢いよく、そう声を張った。
「あいつ……!」
「ニロ……!」
それを見たニロの仲間たちも、驚きの中に僅かな希望と期待を込めた表情を浮かべる。
対して、オオグマは先程の煽りの件もあってか、戻ってきたニロへ怒りの矛先を向けた。
「テメェ……わざわざ殺されに来たのか……!!」
しかし、その怒りの言葉にハッとしたのは、ニロの仲間たちのほう。一瞬でも浮かべた期待が、いかに浅はかなものだったのか理解してしまう。
周りには、五十人近くの鍛え上げられた肉体に、剣や斧といった刃物を持つ盗賊の大人たち。対し、ニロはたった一人。
そして、何より懸念すべきことは、彼も武器を奪られたままの丸腰であるということ。助けを呼べずひとりであるならば、武器も調達できていないことを意味する。
それは盗賊たちも悟ったようで、突然のニロの登場に少し驚かされはしたが、薄ら笑い浮かべると、各々の武器を構えながらニロを取り囲み始めた。
「へへ……丸腰で何ができる……!」
ニロはその言葉で、ようやく感情的な部分が消えたのか、今陥っている状況にハッとし、冷や汗を垂らしながら後退りをする。
それに合わせ、盗賊たちは武器を構えながら、ニロを追い込むように徐々に円を狭める。
そんな状況を遠目より観察していたオオグマも、瞬間的な怒りを忘れ、思わず口角を上げた。
「フハハハ! 精々見とくがいい。何もできず、無様に仲間が切り刻まれる様をな……!」
絶望を噛み締めろ、と言わんばかりに、ニロの仲間たちへ横目を向けながら言い放つ。
その言葉に、青年と少女たちは顔を青ざめさせた。
脳裏によぎるのは、オオグマの「殺されに来たのか……!」という言葉。
なんだかんだいって、殺される実感なんて中々湧かないものだ。しかし、それが自分ではなく、他人に変わったとき──三人称視点に変わったとき、自分のときよりも冷静に物事が見えてしまう。ゆえに、この後にどのようなことが起きようとも、あり得る事柄として受け入れやすい。
いや──今回の場合は、受け入れてしまう、といったほうが適切だろう。
自分が殺されるよりも、他人が殺されるほうが、事として受け入れやすい。受け入れてしまう。
だから、殺されるという絶望感に、今まで以上に拍車がかかってしまうのだ。
青年たちが絶望を感じ始めた頃、遂に一人の盗賊が痺れを切らし、ニロへ駆け出した。
「死ねぇ!!」
その言葉と共に向かってくる盗賊の狂気と、夜の暗がりに鈍く光る剣の刃に、ニロは更に一歩身を退くが、背中に弾力のある壁が当たる。テントの側面だ。
これ以上に身を退こうにも、既に両サイドには盗賊たち──背後にはテントの壁。もはや逃げ場はない。
そして、逃げ道を目で探しているなか、ハッとしたように前方へ目を向けたニロの瞳に、剣を振り上げる盗賊の男の顔が映る。
「…………!」
視線は自然に、そのまま振り上げられた凶器の剣へ。鈍い輝きを舐めるように、固定松明の淡いオレンジ色の明かりが刃に反射する。
瞬間──盗賊の剣がニロへ向け振り下ろされた。
咄嗟に目を瞑るニロ──。
思わず目を背ける少女たち──。
目を見開き固まる青年──。
……………
その瞬間に見えたのは、真っ赤な鮮血──。
──ではなく、ふわふわとした桜色──。
盗賊の手から離れた剣が宙を舞い、盗賊が後方へ倒れていく。
ドサッ、と地面に背を打ちつけ、宙を舞った剣がカシャン、と地面へ落下する。
覚悟した音とは違う聞き慣れない音に、ニロはそっと目を開ける。
すると、そこには、ニロを庇うように立つ桜色の少女──ルナの小さな背があった。
更にルナの前では、ニロへ斬りかかってきていたはずの盗賊が背中から仰向けに倒れ気絶し、周りの盗賊たちが驚きで固まっている。
盗賊たちは見ていた。盗賊の男がニロへ剣を振り下ろした瞬間、突然、テントから桜色の少女が飛び出し、ニロの前へ入り込むと同時に正面から盗賊の男を蹴り飛ばしたのだ。
もちろん、遠目からとはいえ、それを見ていたニロの仲間たちも呆然とした様子でその状況を見詰め──。
「なんだ……? あのガキは……。」
あのオオグマも、顔を顰めながらそんな声を漏らしている。
この場の全員が困惑、もしくは、驚きで固まっているなか、ルナは強気の笑みを浮かべると、盗賊たちに張り合うように声を上げた。
「さぁ! 僕が相手だ!」
ニロの前へ庇うように立ち塞がり、突然、相手をしてやると言い放つ謎の少女に、ほとんどの盗賊たちはまだ固まっているが、中には、その言葉に苛立ちを覚える者も居る。
ルナとニロの横から息を殺すように駆け出し、早急に始末してやる、と剣の刃を構え向かってくる。
しかし、次の瞬間、ルナたちがその盗賊の動きに気がつく前に、ドスッ、という鈍い音と共に、盗賊の足取りが止まった。
「がっ……!」
背後から首筋を強打され、倒れたのは、また盗賊のほう。ルナとニロがその音に気がつき、目を向けると、そこには、紺色の髪をした青年──ナナの姿があった。
下ろされた右手には、剣が仕舞われている状態の鞘が握られている。盗賊の首筋を鞘で殴り、気絶させたのだろう。
ナナはこの状況に溜め息をひとつ吐くと、やれやれと口を開いた。
「全く……気づかれずに助け出すって話だったのに……。ま、こうなったら仕方ないか。」
呟きながらルナの隣まで歩いていき、ルナと共にニロを庇うように立ち塞がる。
「ナナさん……! ルナさん……!」
それ見たニロは、ようやく自分がナナとルナに助けられたことを理解し、驚きと感激の表情をふたりの背へ送った。
しかし、それに反し、我に返った盗賊たちはナナたちを正しく敵と認識したようで、警戒と怒りの表情で、ニロを庇うナナとルナを取り囲み始める。
手を出してしまった以上、ただ助け出し逃げるということが容易くなくなった。
ナナは、この状況をできるだけ避けたかったのだが、こうなってしまった以上は仕方がない。
だが、決して簡単に突破できるような状況ではないのは確かだ。
しかし、ルナの表情は自信に満ち溢れている。まるで、この状況を突破できるような最高の策があるかのように──。
「……ルナ。なんかいい作戦でもあるのか?」
ふと、隣のルナへ問いかける。
敵陣のど真ん中へ飛び込んだんだ。やはり、それ相応の策があってこその、この表情──。
「ない!」
「ないのかよ!!」
──なかった。
が、ナナもルナの強気な表情を見たせいか、こんな状況にもかかわらず、強張った表情を緩ませるかのように強気の表情を浮かべながら盗賊たちを見据えた。
「じゃあ、なんとかして切り抜けるしかないな……!」
「うん!」
賛同し、拳を構えるルナに合わせて、ナナも鞘から剣を引き抜く。
敵と脅威は目の前に居る。考えている時間はない。
………to be continued………
───hidden world story───
嘲謔の夜に灯った光。




