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【HIDDEN WORLD】  作者: Meafuls CAT Studio@猫のような生き物
【旅の始まり〜出会い編】
7/25

第5話 二人旅

 一人から二人へ。



“草原”


 若葉亭でのやり取りから翌日──ナナとルナは日の出と共に、フレッシュリーフの町を旅立った。

 昨日と変わらない穏やかな日のもと、再びふたりは海原の如く広がる大草原を進み、ルナの家があるという”アップル”を目指す。


 そんななか、ルナは昨日にも増して意気揚々と喋りを連ねていた。


「──でね! 僕の村は自然豊かでね! 大きな梨園があるんだよ!」


 今までのような静かな旅路(たびじ)とは違う、明るく愉快な門出──。


「僕、そこの梨が大好きなんだ! 甘くて美味しいんだよ! あ、でも、好きな物はほかにもあってね──。」


 ナナはそれを横に感じつつ、正面を向きしっかりと草道を踏み締めながらも、思わず顔を(ほころ)ばせていた。


 ……………


 今、ナナたちが居るのは、フレッシュリーフから見て西側の草原地帯。

 因みに、昨日、ナナとルナが出会ったのは、その真逆──東側の草原地帯を越えた所に位置する、東の森林地帯だ。つまり、昨日の行動だけでいえば、ナナとルナはずっと西へ向かって進んできたことになる。


 そして、今回、向かっている”アップル”という村も、この草原地帯より(さら)に西へ行った所に位置している。


 しかし、ナナは基本的に、フレッシュリーフを中心として東側と南側のみを転々としていた。

 そのため、フレッシュリーフから見て西側の地へはほとんど行ったことがなかったゆえに、ナナはアップルという村の存在を知らなければ、西側の地は完全な未踏の地ということになる。


 もちろん、アップルまでの行き方も知らないので、ナナはルナの足取りに合わせながら隣を歩むかたちとなっていた。


「──で! そこには、おっきな木があって──!」


 そして、先程からルナは、間を余すことなくずっと喋り続けている。


 まだ今日という日が始まったばかりの朝早く。いくら元気が有り余っているとはいえ、さすがに数十分もひとりで喋り続けているルナに、ナナも思わず聞きに回るのをやめ、横目を向け声をかける。


「しかし、ルナ。お前よく喋るな。」


 一連のルナに対する、単純で率直な投げかけ。そこに嫌悪(けんお)感や嫌味は一切ない、ちょっとした話題作りのつもりだったが、それを聞いたルナはハッとした表情を浮かべると、連ねていた言葉を止め、ばつが悪そうにナナから視線を()らした。


「ご、ごめん! 僕ばっかり喋っちゃって……!」


 慌てた声でそう謝り、第一印象を良く見せようと張り切り過ぎた、面接中の就活生のように、後悔の表情で目を泳がせている。

 そんなルナの様子を横目で見たナナは、慌てることなく冷静に言葉を返した。


「いや、別にいいんだよ。(むし)ろ、賑やかでいいと思うぞ。」


 自分のことなのに、なぜか他人事のようにそう言うのは、ナナなりの照れ隠しである。

 こうして、誰かと横並びで歩くのだって、ナナにとっては数年振り。ほぼ一方的に話を聞いているだけとはいえ、久しぶりの情景に『楽しい』と感じている自分が居るのは確かだった。


 だが、それを面と向かって言うのはさすがに気恥ずかしいので、表情や言葉には出さない。

 しかし、ルナはナナの言葉に安堵(あんど)したようで、ホッとした様子で胸を撫で下ろしていた。


「そ、それなら良かった。」


 天真爛漫(てんしんらんまん)なだけのように見えて、意外と人にも気を遣えるルナの一面を知り、そういう部分はやっぱり17歳なんだな──などとナナが思っていると、正面を向いたまま微笑みを浮かべるルナの顔が横目に映る。


 やはり、なんだかんだ言って、この子には笑顔が一番似合っている──しかし、そんなナナの考えとは裏腹に、ルナはその笑みに少し切ないものを含ませていた。


「僕は……物心ついた頃から、ひとりの時が多かったから……。」


 突然のらしからぬ呟きに、ナナはちらりとルナへ目を向ける。

 その言葉は、ひとりの時が多かったがゆえに、誰かと話せることが嬉しくて、ついたくさん喋ってしまった、とルナなりに言い訳をしているようにも聞こえた。


 沈みゆく顔に冗談などではないことを理解したナナは、少し表情を固めながらも、冷静に言葉を投げかける。


「家族……とかは……?」


 野暮な質問かもしれないが、ナナが最初に思い浮かんだ疑問がそれだった。なぜなら、ナナ自身、家族を失ったがゆえにひとりというものを体験していたからだ。

 

 しかし──いや、やはりというべきか、ナナの投げかけを聞いたルナは切ない笑みを崩すと、少し(うつむ)いた。


「……分からない……。」


 そして、小さく呟いたその言葉は、随分とパッとしないもの。

 予想に反した曖昧な答えに、ナナも返す言葉が見つからず、僅かに黙り込む。


 ()()でも()()()でもない──「()()()()()」という答え。

 その言葉の真意を探る手もナナにはあったのだが、ナナは()えてそれをしなかった。彼女の心の奥深くに手を伸ばすには、まだ関わった時期が浅過ぎる……そう思ったからだ。


 ナナが返す言葉を見つけられずにいると、ルナが気を利かせたように笑顔を向けた。


「でもね……村の人たちはみんな優しいよ! ナナも優しいし!」


 ふわっ、と桜色の髪を揺らし、向けられる笑顔は満面の笑みに違いはない。だが、その笑みはどこか、内の寂しさを隠すための取り繕った笑顔にも感じてしまう。


 その笑顔にナナは、こんな幼い少女──いや、実際にはそこまで幼くない少女だが、自分よりも年下の少女を慰めることもできず、(むし)ろ、気を遣わせてしまったことに若干の不甲斐なさと、彼女のことを何も知らないままに、ただ能天気や呑気だと思っていたことへの申し訳なさを感じていた。

 彼女の言葉の真意までは分からないが、()()()で生きている虚しさなんて、自分が一番理解していたはずだ。


 ナナは自分に対してもあまり感傷的にならないため、そこまで虚しさを感じていたわけではないが、ルナもそうだとは限らない。少なくとも、先程の言葉や表情を見るに、ルナは()()()()()()ことに相当な悲しみを覚えていたと見て取れる。


 あまり感傷的にならないとはいえ、ナナもその感情が理解できないわけではなかった。いや(むし)ろ、人並みよりは理解している。


 この世界には数多と人間が存在しているが、この世界に自分のことを知っている人間は一人も居ない。ゆえに、見える孤独。

 友人や家族と会話を交わしている者を見るたびに、自分は孤独だと理解してしまう。突き付けられてしまう。


 そんな生き方が当たり前──とうに慣れてしまっている自分はまだいいが、ルナのような若く明るく純粋な子が、自分と同じ想いを(いだ)きながらこの世界を生きていた可能性を考えると、なんだか少し()(たま)れない気持ちになってくる。


 そのなかでも、明るく振る舞おうと徹してくれる彼女の笑顔に、ナナができることは──不器用なりにも、その心に寄り添うことだけ。


「……そうか。俺も似たようなものだから、気持ちは解らなくもないよ。」


 相変わらず、感情を一切乗せていないかのような呟きだが、その言葉は決して、嘘や偽り、上辺だけの言葉ではない。()()()()()()という境遇は、ナナも同じだ。


 平坦な呟きの中でも、ルナはそれをしっかりと感じ取ったようで、少し考え込むかのように顔を上げると──。


「そっか……。じゃあ、ナナも嬉しい?」


 無垢な微笑みを浮かべながらナナを見詰め、そう問いかけた。


 自分と同じ気持ち──すなわち『嬉しい』という気持ちを、自分と似たような境遇にあったと述べた目の前の彼と共有したいがゆえに、澄み渡る空色の瞳に僅かな期待を灯して、その言葉を待ち望んだ。

 

 ルナの心に寄り添うことを決めた以上、この無垢な瞳に灯った期待の輝きを邪険にするわけにはいかない。答える以外の道はないことを悟ったナナは、少しだけ気恥ずかしそうに視線を()らし──。


「う……。ま、まぁ……そうだな……。」


 小さくそう呟いた。


 その反応に満足したのか、ルナは嬉しそうにニコニコ微笑んでいた。




 そうして、また(しばら)く歩いた頃──。


「あ! そうだ! さっきは僕ばっかり喋っちゃったし、今度はナナのことも教えてよ!」


「え? 俺のこと?」


「うん!」


 ルナの唐突な振りに少し意表を突かれるナナだが、別に隠すような身の上でもないので、どう話すかを少し考えた後、とりあえず、10年前に起きたことや文明社会のこと、そして、この世界でどんな生活をしていたのかを簡単に話した。


 すると、それを聞き終わるや否や、ルナがまた切ない表情を浮かべる。


「そんなことがあったんだね……。ごめん、訊いちゃって……。」


 先程のように視線を落としながらそう呟くルナに、ナナは気にしていないとばかりに顔を向ける。


「いや、いいよ。もう過去のことだし。それに、お前が謝る理由はないだろ……?」


「……うん。」


 自分のことのように感傷してくれるルナをできるだけ優しく(なだ)めるナナだが、ルナは依然(いぜん)、申し訳なさそうに(うつむ)いていた。


 そんなルナを見たナナは、あまり自分の身の上話を誰かへ気軽に話すのはやめておいたほうがいいな、と新たに考える。

 同時に、また彼女にこんな表情をさせてしまったことに申し訳なさを覚え、互いの間になんともいえない沈黙が流れた。


 お互いに軽い身の上話をしただけなのに、なぜか漂う物悲しい空気。自分たちに明るい過去がもっとあれば、もしくは、暗い過去に塗り替えられてさえいなければ、こうはならなかった、と互いに自分自身を責めながらも、なんとか明るい話題を模索する。


 そんななか、ルナは今までの物悲しい空気や暗い考えを振り払うかのように、頭をふるふると振ると、改まったかのように強気な表情で正面を見据えた。


「そっかぁ……。ナナの世界には、僕たちの知らないような技術があったんだね……!」


 自分に言い聞かせるかのように、ぎゅっ、と両手でガッツポーズのようなものを作り、なんとか明るい空気に変えようと、できるだけポジティブな言葉を並べる。


「こんぴゅーたー……? とか……。すまほ……? とか……。なんか凄そうだね!」


 少し大袈裟にそう話すルナの口振りに、明らかに話題を変えようとしてくれているのが目に分かる。

 そんなルナの親切心を無駄にしないよう、ナナも余計なことは言わず、話題に乗っかった。


「いやまぁ、俺も10年前は子どもだったし、詳しくは分からないんだけどな。」


 当時、小学生だったナナに、文明社会の全てを把握することはかなり難しく、あまり詳しく説明することはできなかったが、なんとなく空気が(ほころ)ぶのを感じる。

 それに合わせてルナも明るい調子を取り戻したのか、不意に、何かを思いついたかのようにハッとした表情を浮かべた。


「あ! でも、”車”はあるよ!」


「……? そうなのか?」


 明るい声でそう言うルナに、ナナは疑問の表情でルナを見返し、軽く首を(かし)げる。


 この世界に”車”がある──。


 ナナがこの世界に来てから10年。あんな鉄の塊が走っている光景なんて、一度も見たことがなければ、そういったことを聞いたこともなかった。

 あの文明の利器が、この自然溢れる世界で颯爽と駆け抜けている情景に、なんだか少し世界観に似合わないなぁ……などとナナが思っていると、ルナが自身満々の様子で口を開いた。


「”馬車”でしょ!」


 しかし、ルナが言ったそれは、ナナが想像していたような車ではなかった。


「あ……それは……ちょっと違うかな……?」


 子どものような勘違いに少し微笑ましく思いながらも、苦笑い気味に優しく否定する。


 確かに”車”という字は付いているが、ナナが想像していたのは()()()であり、馬が引く()()とは似て非なる物だ。

 (もっと)も、文明社会を知らないルナが車と聞いて馬車を思い浮かべるのは、至極当然のことだろう。ナナもこの世界の乗り物と訊かれれば、迷わず馬車を思い浮かべる。そのため、別に勘違いしたルナを強く(とが)める理由はなかった。




 そんな、(あい)があれば()もあるようなやり取りを交わしながら、ふたりはアップルを目指し、ひた歩く。

 進むにつれ、草原地帯から森林地帯へと変わっていき、途中、巨大なトカゲや巨大な蛙といった風貌の魔物と出会(でくわ)しながらも、ふたりは難なくそれを倒しては先へ進んでいった。


 そうして──気づいた頃には日が落ち始め、世界に夕刻が訪れる。

 ルナが夕焼け空を見上げた。


「今日中には着かないかなぁ……。」


「そうか。だったら仕方ない。今夜は野宿だな。」


 アップルまでの行き方を知っているのはルナだけだ。ゆえに、ルナがそう言うのであれば、ナナはそれに従い行動するまで。


 今夜は野宿である──。






…………………………






“渓谷”


 日が暮れ──夜。


 ナナたちが居るのは、山々に囲まれた渓谷地帯。しかし、一概に渓谷地帯といっても、その幅は何キロ先と続いている、谷間の巨大森林地帯である。

 ふたりは、そんな森林地帯の森の中、闇に溶け込む木々に囲まれながら、魔物対策と凍え対策に焚き火を焚いていた。


「よし! この子たちを焼いて食べよう!」


 そんななか、ルナがジャン! と見せびらかしたのは、道中で倒した何匹かの魔物たち。

 どいつもこいつも一メートルは優に超える、トカゲや蛙といった風貌の巨大な魔物だ。


 魔物一匹でも大人何人分か……見ているだけで胃が重たくなってくる。


「全部食べるのか……?」

「食べれるだけ!」

「お、おう……。」


 ……………


 辺りで適当に見つけた木の幹を横に倒し、それを椅子として座る。

 前にはパチパチと音を鳴らす焚き火があり、その焚き火に添えるようにして地面へ突き刺した、複数本の串刺し魔物肉が焼かれている。


 肉が焼かれる音と、なんともいえない香ばしい香りに、先程の胃が重たくなる感覚を忘れ、動物的な食欲が湧いて出てくる。

 それはルナも同じのようで、待ち切れない様子で串焼きの肉を見詰めていた。


「もう焼けたかな?」


 問うてくるルナへ、ナナは少しだけ呆れた目を向けながら返す。


「まだ焼き始めてから、一分も経ってないぞ……?」


 しかし、それを聞いてもなお、ルナの体は吸い寄せられるかのように、串焼きの肉へ徐々に前屈(まえかが)みになっていく。


「まだかな……!」


「……まだ。」


 数秒経たずして、またすぐにそう訊いてくるルナへ、ナナは犬に「待て」を言うかのように一言でルナを制止しようと試みるが、その視線はもう、串焼きの肉に釘付けだ。


 再びルナが問うた。


「まだかな!」

「もう好きなタイミングで食べてくれ……。」


 諦めた。


 ……………


 しかし、その後、なんとか肉が焼けるまで我慢することができたルナ。肉にいい感じの焼き色が付き始め、遂に食べ頃である。


「それじゃあ──。」


 それを見て、早速ルナが「いただきます!」と串焼きの肉へ手を伸ばす。






─────






 ──はぁ……はぁ……だ、誰か……!






─────






 だが、その時──丁度、ルナが串焼きを手に取るのと同時に、ナナが森の中へ目を凝らし始めた。

 それは、警戒の目。森の奥からこちらへと向かってくる何かの気配──。


 ルナもそれを感じ取ったようで、串焼きを持ちながらも、ナナが目を向けているのと同じ方向の森の中へ、不思議そうに目を向けている。


 そうして──ナナが剣の柄へ手を添えようとした時──警戒の目を向けていた森の中から、人影が飛び出した。


「はぁ……はぁ……。」


 飛び出してきたのは、若い青年。青年は肩で息をしながら膝に手を当て、汗をびっしょりとかいている。


「…………。」


 剣を引き抜きはしなかったものの、ナナは、突然飛び出してきた謎の青年を警戒し、その隣では、ルナが呑気に串焼きの肉を頬張っている。


 だが、青年は、そんなナナにも臆さず、バッ、と勢いよく顔を上げると──。


「た、助けてください!」


 同じく、勢いよくそう声を上げた。

 訴えてくる青年の目は、疲労と怯えを感じさせる。


 となれば、()()()()()()()というのは、少し語弊があったかもしれない。

 青年は(すで)に、それ以外の何かに臆していたのだから……。


「助けて……?」


 ナナが青年へ、警戒と困惑を込め、問い返す。

 ルナも、その言葉に不思議そうに首を(かし)げながらも、串焼きの肉を食べる手や口は止めない。


 冷静や呑気といった雰囲気のナナたちに反して、青年は焦り散らかしながら言葉を連ねた。


「僕の仲間が……! 盗賊が……! 武器も()られて──!」


「分かったから、一回、落ち着け。」


 その様子に、さすがにナナも一旦警戒を解き、青年を落ち着かせにかかる。


 ……………


「ふぅ……。ありがとうございます。落ち着きました。」


 落ち着きを取り戻した青年は、先程と打って変わり丁寧な口調で礼を言う。

 ナナたちはそんな青年をもうひとつの木の幹に座らせ、とりあえず事情を訊くことにした。


「で、一体どうしたの?」


 まず、そう切り出したのはルナ。串焼きの肉を食べ続けているため、口をもぐもぐと動かしながら問いかける。

 対して青年は、その前にまずは自己紹介と口を開いた。


「えっと、僕は”ニロ”っていいます。」




“ニロ”

 若者冒険者。草木のような緑色の髪をした、良く言えば気の優しそうな、悪く言えば気の弱そうな青年。




「……とりあえず、僕もお肉頂いてもいいですか?」

「落ち着き過ぎだろ。」


 呆れ顔のナナを横に、ルナが焚き火に刺してあった串焼き肉の一本をニロへ渡す。

 ニロはそれを受け取ると同時に、ありがとうございます、と軽く会釈をする。


 そして──串焼きを受け取ったニロは正面を向き直すと、貰った串焼きの肉を食べ始めるわけでもなく、少し(うつむ)いた。


「僕は……僕を含めた四人パーティーで、旅をしていたんです。」


 唐突にだが、事情を話し始めたと解釈したナナとルナは、黙ってその続きの言葉を待った。


「そして、今日も暗くなってきたので、お二人みたく焚き火を焚いて、この森の中、野宿をしようと準備していたのですが……突然──”盗賊”たちが現れて、僕たちの持つお金や食料、武器までをも奪おうとしてきたんです。」


 盗賊──という名の略奪者に遭遇したと語るニロは、話すうちにその情景を思い出したのか、段々と表情が暗いものになっていく。


「僕たちは当然、抵抗しました。しかし、相手は圧倒的な数……。しかも、僕たちもまだ旅を始めたばかりです。到底、(かな)うはずもなかった……。」


 突然訪れた集団の恐怖と、何もできなかった自分の無力さを悲嘆に語る。


「……そのうち、抵抗した僕たちを好ましく思わなかったのか……僕たちはそのまま、盗賊たちのアジトまで連れていかれたんです。」


 終始、暗い表情で語ったニロに、なんとなくの事情は把握できた。しかし、最後の言葉に違和感を感じたナナが、不意に眉をひそめる。


「なら、なんでお前はここに居るんだ……?」


 ナナのその疑問もそのはず。ニロの話が全て真実なのであれば、盗賊に連れていかれたはずのニロがこの場に居るのはおかしい。話と矛盾が生じてしまう。


 だが、ナナの疑問にニロは、(さら)に表情を暗くして続けた。


「……隙を見て逃げてきたんです。仲間たちに……必ず助けに戻ると言い残し……。」


 悔しさからか、串焼きを握っていないほうの手で握り拳を作る。

 そして、再び懇願の表情をナナたちへ向けると──。


「だから、お願いです! 助けてください! でなければ、町まで戻って”ギルド”にでも……!」


 仲間の助けを求め必死に声を上げるが、そんなニロの言葉を遮るように、ナナが冷静に口を挟んだ。


「町まで戻るのは無理だぞ。一日はかかる。」


 少し冷たくも思える言い方だが、その言葉自体は本当である。


 現にナナたちは、フレッシュリーフの町を朝早くから旅立ち、()()()()()ここまで歩いてきた。少なくとも町へ助けを呼びに行き、ここまで往復最短距離で戻ってくるまででも、徒歩で進めば最低で”二日”──走りや馬車を利用したとしても、一日以上はかかってしまうだろう。

 その間、ニロの言葉が本当なら、盗賊たちはニロの仲間たちをいかようにもできる。こうしている間にも、(すで)に手遅れの事態に陥っているかもしれない。


 ナナの言葉により現実を改めて突き付けられたニロは、すっ……と強張っていたような表情筋が死に、諦めたかのような顔で視線を落とした。


「そう……ですよね……。」


 小さく呟くニロを見て、ナナも本意ではないといった表情で黙り込む。


 恐らく、ニロも頭の中では分かっていた。冷静に考えれば、こんな森の奥深く──助けを呼びに行けるような場所もなければ、人も居ない。

 しかし、人が居るはずもない森の中を当てもなく彷徨(さまよ)い駆けたのは、全て仲間たちのため。ほんの少しの──僅かな希望と奇跡を期待し、見つかるはずもない光を探した。


 そんななか、たまたまナナたちの居る焚き火の光を見つけ、居るはずのない人間──ナナたちに出会ってしまった。だから、つい希望に(すが)るように声を上げ、無理な助けを求めてしまった。無いと分かっている希望を見てしまったのだ。






 ──最初から全て、”無意味”だと分かっていたのに──。






 その表情から希望が失くなっていくニロを見て、ナナもどうすることもできないといったふうに(まぶた)を伏せようとした時──不意に隣から、こくん、と肉を飲み込む音がした。


 そして、ナナが目を向けるよりも先に──。


「じゃあ! 僕たちが助けてあげようよ!」


 突然ルナが、今までの明るい声質と一切変わりのない、元気な声でそう言った。

 その言葉に、ニロの表情に希望が戻る。


「ほ、本当ですか!?」


 救世主へ送るかのような眼差しでルナを見詰め、期待の声を上げるニロだが、それに反し、ナナは驚きで思わず、喉に空気を詰まらせそうになった。


「ちょっと待て、ルナ! 相手は盗賊だぞ? たった三人で何ができる……!」


 慌てた様子でルナへそう言う理由は簡単だ。ニロの話を思い出すに、相手は数十人。四人居たパーティーが為す(すべ)もなく捕まったのだ。

 のに対し、今回はそれよりも少ない三人。しかも、武器も()られたと言っていたので、ニロに関しては恐らく丸腰だろう。


 つまり、実質の戦力はナナとルナの二人だけということになる。たった二人だけで盗賊という団体を相手にするのは、いくらなんでも無謀な考えだった。


「でも! このまま見過ごすことなんてできないよ! それに、この辺りで助けを呼びに行ける町もないんでしょ?」


 しかし、ルナは強気の表情の中にも真剣な眼差しを浮かべ、ナナをそう説得にかかる。


「う……だけど……。」


 自身が述べた言葉を追及され、ナナは思わず口籠った。


 確かに自分が言ったとおり、この辺りには助けを呼びに行けるような町もなければ、場所も時間もない。大自然の中、自分たち以外の人を探すのも相当無理があるだろう。

 かといって、ここで彼を見捨てしまっては、きっと今後の寝つきも悪くなる。


 そして、何より──無垢な純粋さを混えた真剣な眼差しで訴えてくる、ルナの空色の瞳──。


 普通、こんな目を向けられたらなおさら、この子を盗賊のもとになんて行かせたくないと思うものだが、ルナ本人は逆の意味で訴えてきている。

 それも──たとえ、()()()であろうと助けに行く……! と言わんばかりに。


 自身がひとりで居たことや、似たようなナナの境遇に、あんなにも心を痛めていたのに、そこまでしてでも誰かを()()()()のか。

 自身が傷ついてでも誰かを助けたいと願う、彼女のお人好しともいえる過剰な優しさ。いや、純粋ゆえの澄み切った優しさというべきだろうか。


 ──そんなルナの想いをここで邪険にしたやつに、自身の生きる目的だの意味だのを語る資格はあるのか……?


 ナナはルナの悲しみに触れた。ルナはナナの境遇を知った。

 そして、互いに心の痛みを理解した。


 彼女をここでまた()()()にして──ましてや死なせてしまったりした日には、ルナと過ごした昨日や今日という日が、”無意味”なものなってしまう気がする。

 それと同時に、ルナに同行し、ルナと共にアップルへ行くという小さな”目的”が途絶えてしまう──。


 ナナは再び、ルナの瞳を見詰め返した。

 その空色の瞳に一切の曇りはない。気持ちに変わりはないようだ。真っ直ぐにナナを見詰めている。


 そんなルナの様子を確認したナナは、軽く(まぶた)を伏せると──諦めたかのように溜め息を吐いた。


「はぁ……仕方ない……。分かったよ。」


 溜め息と共に呟かれた言葉は、ルナへの了承の言葉。ルナの真っ直ぐな眼差しに、ナナが折れたのだ。

 その言葉にルナの表情がパァと明るくなり、ニロも驚きと感激を混じえた表情で頭を下げる。


「……! ありがとうございます!」


 希望に満ちた表情で礼を述べるニロと、自分の意見が承認され嬉しそうな笑みを浮かべているルナ。希望を持ったことは良いことだが、少しフワフワしかけている場の空気に、ナナが加えて、釘を刺した。


「ただし! 隙を見てニロの仲間を助けるだけだからな。できるだけ気づかれないように行動するぞ。」


「うん! 分かった!」


「はい!」


 隠密行動を(うなが)すナナに、ルナとニロも快く了承する。


 幸いなことに、今は夜中だ。わざわざ真っ正面から盗賊と相対する理由はない。

 闇夜に紛れ、人知れずニロの仲間たちを助け出す──それが、今回の作戦全てである。


 だが、ナナもルナに同行し始めてから昨日と今日で、まさかこんな事態に巻き込まれることなど想定しているはずはない。

 また違った意味の溜め息を吐きそうになるのを(こら)え、後悔で気が変わらないうちに、ナナはとりあえず、敵となる”盗賊”の情報収集をすることにした。


「……ところで、その盗賊っていうのは、一体どんな奴らなんだ?」


 例の盗賊と相対したであろうニロへ問いかける。

 すると、それを聞いたニロはナナへ真剣な眼差しを向けると──そのまま口を大きく開け──。


 ──手に持っていた串焼きの肉に(かぶ)りついた。


(このタイミングで食べるんだな……。)


 謎なタイミングで肉を食べ始めるニロに、ナナは呆れ混じりに冷や汗を垂らす。

 そんなナナを前に、ニロは咀嚼(そしゃく)と同時進行に口を開いた。


「ふあいひんほほあはひへ──。」

「別に食べてもいいが……飲み込んでから喋ってくれ……。」


 不器用なのか天然なのかは分からないが、悪気なく素でやってそうな表情に、ナナは呆れを通り越して困ったように指摘する。

 その指摘を受け、ニロは口の中の肉をしっかりと咀嚼(そしゃく)すると共に飲み込むと、再び先程同様、どこか緊張も混じえた真剣な眼差しをナナへ向け、自身の発しようとしているその言葉を警戒するかのように、ナナの質問に対し、ゆっくりとしつつもしっかりとした口調で答えた。


「最近この辺りで、若者相手に略奪を繰り返す──”山越盗賊団(やまごえとうぞくだん)”です……!」






…………………………






“山越盗賊団アジト”


 ナナたちが野宿している場所からそう遠くはない地──同じ渓谷地帯のとある開けた地に、複数の(いろ)()せたテントがまばらに張られていた。

 それと共に、複数本の固定松明も点々と立てられており、この辺り一帯の夜の闇を淡く照らしてる。


 松明の明かりを辿っていくと見えるのは、テントらの奥にある断崖絶壁の岩壁。そこに開いている巨大な洞穴は鬼の住処を思わせる。

 両端に立つ固定松明の灯りが入口を淡く照らすことにより、ぽっかりと開いた洞穴の不気味さを(さら)に際立たせていた。




 洞穴の内部は薄暗い自然由来の洞窟。縦横の幅、五メートルは超える巨大な洞穴だが、意外にも奥行きは五十メートルとない。


 そんな、短くも巨大な洞穴の中に、タッタッタッ、と足音が響く──。


「お頭!」


 足音を響かせ駆けてくるのは、荒い質感の茶色地の服を一枚(まと)った、荒くれ風貌の男。同時に荒っぽく声も響かせ、洞穴の中に騒々しい音が(こだま)する。

 その声に、まるで洞穴からの威圧というような返答があった。


「あぁん……?」


 低く唸るような返事だが、その声は、洞穴の全ての壁に弾かれ響き渡る。

 そして、唸り声の主は、慌ただしく駆けてきた男をそのまま()()()()()


 そう。暗がりの洞穴に居るそいつは──山のような大男。獣のような毛深い衣服を身に(まと)っており、その模様はさながら、洞穴の奥に潜む巨大な熊を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 そんな大男の前では、駆けてきた男も小動物のように小さく見えた。


 駆けてきた男──もとい、盗賊の男は大男の前で立ち止まると、その威圧的な体格を前に、(なか)ば緊張した様子で素早く口を開く。


「ど、どうやら、先程捕まえた獲物の一匹が逃げたようで……!」


 仲間内だからこそ伝わるような簡単な報告だが、恐らく、逃げ出したという()()のことを報告しているのだろう。

 (はた)から見たら、かなりの失態ともいえる報告だが、その報告を聞いた大男は意外にも冷静に口を開いた。


「放っておけ。奪えるもんは奪ってある。」


 冷静というより、少し面倒くさがっているような返しにも見えるが、それを聞いた盗賊の男は安心したのか、ならばといったふうに続けて問いかける。


「では、あの三人は……?」


 その問いかけに、大男は例の三人を思い浮かべるかのように少し考え込んだ。


「そうだな……。……ひとりまだ、剣を持っているやつが居ただろ……?」


「あぁ、男のほうのガキですか。」


 問い返し、(さら)に返ってきた合いの手のような言葉に、大男は何かを決めたかのように洞穴の暗がりを睨む。


「あいつが一番歯向かってきたからなぁ……。いい機会だ。まだこの世の怖さも知らねぇガキに、恐怖というものを教えてやろう……!!」


「分かりやした!」


 咆哮のような大男の言葉を受け、盗賊の男も悪い笑みを零し、洞穴を後に駆け戻っていく。


 ……………


 後、ひとり洞穴の中、残った大男は鎮座の如く、悪気(あっき)を含んだ薄暗に包まれながら、不敵に笑みを浮かべていた。




………to be continued………




───hidden world story───

 若葉を摘み取る獣たち。

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