第4話 若葉
旅路の出会い。
「えっ!? 17……!?」
歩きながら、不意にナナが驚愕したような声を上げた。
その声に、横並び歩いている桜色の少女が少々、不満そうな顔をする。
「えー、そんなに驚くことー?」
口を紡んだようにそう言い、じっとりとした横目を向けられ、ナナは慌てて我に返る。
「あ……いや、悪かった。」
軽く謝罪をし、今度は冷静を保ちつつ口を開いた。
「正直なことを言うと、12歳くらいかと思っていた。」
そう。17と驚いたのは、年齢の話だ。彼女──ルナは17歳だと言うのだ。
──まさかの俺と4歳違い……。
ナナが頭の中でまだ驚いているなか、ルナは自分の身長を見上げるようにして呟く。
「まぁ、仕方ないよ。僕、背小さいし。」
そこは意外と大人な対応だった。
……………
──しかし、それにしても、これで17か……。
身長的にも、見た目の幼さ加減からしても、正直、17歳には見えない。高く見積もっても、12か13というのが関の山だ。
17歳ということは、文明社会でいう高校生……くらいということになる。いくら高校生というものを体験していないナナでも、さすがに女子高生がどれほどの見た目なのかくらいは知っている。
この世界でも年頃の女性くらいは見たことがあるし、17歳と12歳の区別くらいはつく……はずだ。
いや、しかし……隣のルナを見ていると、段々とその考えも狂い始めてくる。
もしかしたら分かっていた気になっていただけで、実はズレていたのは俺のほうなのかもしれない──と自分を疑い始めたところで、ナナの抑えていた狂いが漏れた。
「俺は……世間知らずなのか……?」
「え!? どうしたのいきなり!?」
…………………………
“草原”
暫く歩くと、ふたりは森林地帯を抜け、草原地帯へと辿り着いた。
今日は非常に天気も良く、草原を駆け抜ける風が穏やかで心地良い。何時間と歩いていた疲れを優しく労ってくれる。
ナナはそんな草原地帯のある一方向を真っ直ぐに眺めると、ふと隣のルナへ向け口を開いた。
「このまま進むと、”フレッシュリーフ”という町に辿り着く。俺はそこに向かってるんだが……君はどうする?」
そう。当てもなく歩いていたように見えて、実はナナは、この草原地帯に存在するという町へと向かっていた。
そのため、成り行きか否か、あの森林地帯よりずっと付いてきているかたちとなっていたルナへ、念のため、そう尋ねたのだ。
この辺り一帯は特に自然界が支配しており、鬱陶しくも思えるほど悠々と大地や草原が広がっている。
大地を統治しているような大きな国もなければ、鬱蒼と広がる緑の大海にあるのは、孤島となった数村の村や町が少し。
ナナの向かっている”フレッシュリーフ”という町も、この草原地帯に存在する、ただひとつの町の名だ。
つまり、もし彼女も目的を持って付いてきていたのであれば、この草原地帯に到着した時点で、ナナの目指す町と同じ町を目指している可能性が高かった。
「そうなんだね! じゃあ、僕も付いていくよ!」
しかし、元気良く言うルナの言葉を聞くに、そういうわけでもなさそうだ。
一瞬も迷った素振りを見せることもなく、ほぼ即答する彼女の対応は、考えなしの超適当な発言にも聞こえる。
それを聞いたナナは「そんな適当でいいのか……?」とは思ったが、まぁ本人がいいのであれば、別にこちらがとやかく言う必要はないため、その発言は控えることにした。
見渡しのいい草原を横並びで歩くふたり──。
草原を駆け抜ける心地の良い風が、歩くふたりの髪と衣服を揺らす。
遠くのほうを見れば、動物を模したかのような姿をした、様々な魔物の姿が目に映る。
この辺りの魔物は割と温厚なため、こちらから近づいたり危害を加えたりしない限りは、あちらから襲ってくることは滅多にない。
魔物たちも皆、風を浴び心地良さそうだ。
「…………。」
ナナは改めて、隣を歩いている桜色の少女へ目を落とした。
あんな森の中に居たということは、彼女も魔物討伐かなんかをしていたのだろうか。
──それにしては、随分と自由行動をしていたようにも見えるが……。
しかし、能天気というかなんというか……見ず知らずの人間へ簡単に付いていく危機感のなさを、ナナは密かに心配──同時に警戒していた。
彼女はこれでも魔物を蹴り飛ばすほどの実力は持っている。
力ゆえの過信か──それとも、ただ本当に純粋なだけか──それとも──。
「うん?」
不意に、こちらへ向けて微笑みを浮かべながら首を傾げる、空色の瞳と目が合った。
そのため、ナナはそっぽを向くかのように正面を向き直す。
「いや、なんでも。」
素っ気なく呟き、同時に、助けてもらった相手へ疑いの目を向けるのは悪いと思い、このことを考えるのは一旦やめることとした。
そうして──草原地帯に入ってから暫く歩き、日が暮れてきた頃──遂にナナたちの行手に、薄明かりに照らされた目的の町が見えてきた。
夜になれば、この草原地帯にもより凶暴な魔物が起きてくる。なので、その前に着けそうで良かった、と少し肩の力を抜くのであった。
…………………………
「なんとか、夜になる前に着けたな。」
そう呟くナナの視線の先には、夕暮れに照らされた町並みと、賑わいを見せる数多の人々の姿があった。
“フレッシュリーフ”
東西南北を平原に囲まれた、この辺りでは一番の規模を持つ商業町。武器屋や魔法屋、酒場や依頼案内所など、様々の施設が充実している、若者冒険者の集う町。
さすがは冒険者が集う町。夕暮れ時のこの時間帯は、依頼などの仕事を終えたばかりの冒険者たちも集まり、特に賑わいを見せていた。
「おー!」
その賑わいに、ルナも額に手を翳し、街並みを見渡すように目を輝かせている。
(初めてこの町に来たのか……?)
少女の新鮮な反応に、ナナは心の中でそんな疑問を浮かべた。
町に辿り着いたナナは、颯爽と街並みを歩きながら、どこかへ一直線に向かっていく。
ルナは、その後を子犬のように付いていく。
そうして、数分──ふたりは、とある建物の前で足を止めた。
ルナが建物を見上げる。建物の看板には、”若葉依頼案内所”と書かれていた。
“若葉依頼案内所”
この町の依頼案内所。何かしら依頼をしたい者と、それを請け負いたい者を繋げるための仲介役場。そのほかにも、中には”若葉亭”という酒場もある。
若葉依頼案内所と書かれたその建物へ足を踏み入れるナナを見て、ルナも慌てて中に入る。
中に入ると、すぐに何個かに分かれた受付と、それに並ぶ複数の人間たちの姿が目に入ってきた。
が──ナナはそこには並ばず、受付の傍のほうへ歩いていくと、”若葉亭”と書かれた看板が立て掛けられている、とある店の入口へと足を運んでいった。
…………………………
“若葉亭”
「わぁー! 美味しそう!」
中に入って早々、ナナの後ろに付いていたルナがここでも、その空色の瞳を輝かせ、声を上げた。
ルナがそう声を上げた理由は単純明快。中に入った時から漂っている食の匂いと、食器の掻き込む音──。
ここは”若葉亭”──つまりは飲食店だ。
正確には酒場だが、多くの若者がこの町に立ち入るようになってからは、飲食店兼酒場として、改めて開業したという。
加えて、今は丁度、夕飯時である。
大勢の人間たちがそれぞれの机を囲み、仲間内と談笑等しながら宴のように食事をしているその光景は、この町に齎された繁栄の輝きと言っても過言ではないだろう。
そんななか、人々が掻き込む料理に見蕩れるかのように、ほけぇー、と佇んでいたルナ──ではなく、その隣に居たナナへ、唐突に声をかけた者が居た。
「よぉ! あんちゃん! どうだ、景気のほうは?」
野太く力強くも明るい声質の声に反応し、ナナはもちろん、ルナも目を向けた先は、カウンター席を挟んだ向こう側──定員のみが入ることが許された仕事場。そこには、体格のいい体つきに自信に満ちた表情を浮かべる、中年の男性店主が居た。
「”フロート”さん。」
目が合い、ナナが呟く。
“フロート”
この若葉亭──主に酒場側の男性店主。黒髪短髪で、自身も昔は冒険者だったらしく、とても体格のいい体つきをしているが、今は割といい年のおじさんである。
いつもひとりで行動しているナナに気を遣ってか、よく話しかけられるうちに妙な顔馴染みになった存在だ。
ナナがカウンター席へ近づく。
「まぁ、いつもどおりですよ。」
フロートの「景気のほうはどうだ?」といった投げかけに対して、相変わらずの起伏のない声で返すと、ナナはカウンター席の机の上へ、とある小さな包みを置いた。
それを見たフロートの目が輝く。
「お! 採ってきてくれたか! “グリンのお茶っ葉”!」
フロートは感激したようにそう言うと、置かれた小包を手に取った。
実は昨日、ナナはこのフロートの依頼を受け、とある植物の葉の採取──先程フロートが述べた、”グリンのお茶っ葉”という物を採取しに行っていたのだ。今日はその帰りであった。
フロートが小包を見詰めながら、心底嬉しそうな表情を浮かべる。
「いや〜、助かったよ。丁度、こいつを切らしちまっててな。」
笑みを浮かべながらそう言うフロートの姿に、なぜか、密輸業者の売人のような姿が頭をよぎる。
因みに、フロートの言い方や見た目のせいで誤解を招き兼ねないので、一応、言っておくが、別に危ない薬などではない。その名のとおり、お茶を作るための、ただのお茶っ葉である。
傍から見たら、麦酒のほうが映えそうの見た目だが、実はお茶のほうが好きだという。
「酒をつまみにしてこいつを飲むと最高なんだよ。」
「お茶飲みながら酒飲むのかよ……!」
酒も飲むらしい。
「あぁそうだ。依頼の報酬は既に払ってあるぞ。後で受付に行くといい。」
唐突に冷静になったフロートはそう言うと、受け取った小包を片手に背後の棚へ振り返った。一応、彼もまだ勤務中なのだ。
「ありがとうございます。」
仕事の邪魔にならない程度に、ナナが小さく礼を述べる。
すると、一連のやり取りに区切りがついたと察したのか、不意に、隣に居たルナが無垢な瞳でナナを見上げた。
「ねぇ! 何か食べてくの?」
背伸びをするかのようにナナへ問い、その空色の瞳をキラキラと輝かせているのを見るに、期待のみを限界まで膨らませているといった様子だ。
酒場には、どこか場違いな明るい声に、フロートが反応を示す。
「お! あんちゃん。誰だ、その子は? 妹さんか?」
棚を整理しながら顔だけ振り向き、興味津々の表情で訊いてくる。
それに対してナナは、謎に期待の目を向けられ、少し気まずげに口を開いた。
「あ、いえ、この子は……。リザードたちに襲われていたところを助けてくれたんですよ。」
「妹さん」という言葉を柔らかく否定しつつ、事の事情を説明する。
「僕はルナだよ!」
続くように、ルナも元気良く自己紹介。その子どものような元気良さに、フロートも思わず表情が綻んだ。
「おお! そうか! ルナか! お嬢ちゃんは強いんだな!」
まるで愛娘でも見るかのように口元を緩ませ、笑顔を見せる。
「えへへ。」
ルナも褒められて、分かりやすく喜んでいた。
だが、そんなやり取りも束の間、ふとフロートが物珍しそうな表情をナナへと向ける。
「しかし、あんちゃんが誰かに助けてもらうなんて珍しいな。」
その言葉は、一人でも生きていけるような強者へ向けられる感心の言葉であると同時に、今までほとんど誰とも関わってこなかったことを、遠回しに突きつけられる言葉だった。
ナナはそれに──言葉を返さなかった。
それを察したか否か、フロートが自分の職務を思い出したかのように、続けて口を開く。
「あぁそうだ。飯、食べてくだろ?」
「飯」という言葉に、ナナもここに来た第二の目的を思い出す。
「えぇ、もちろんですよ。」
もちろん食べていく、という旨を伝えつつ、カウンター席に座る。
それを真似るように、ルナもナナの隣の席へちょこんと座った。
思わぬ相席に、ナナがルナへ優しく確認する。
「えーと、君も食べていく?」
ルナはその言葉に、一瞬、頷こうとはしたが、不意にハッしたような表情を浮かべると、ナナから視線を逸らし俯いた。
「あ……でも、僕、お金持ってない……。」
希望から絶望。その空色の瞳が一気に悲しみへ堕ちる。
少女は食事処を目の前に、食べ物へありつけないという生き地獄を覚悟したことだろう。
だが、ナナからすれば、今のルナはさながら、水溜りで溺れる蟻と同じ。ナナは容易くそれを越え、ルナを軽く掬い上げてしまう。
「じゃあ……仕方ないから俺が奢って──。」
「ああ、いいっていいって! 今日は二人共、俺が奢ってやるよ!」
しかし、その前に、掘削機に乗ってやってきたフロートに、丸ごと掬い上げられてしまった。
──表現を戻そう。
それを聞いたナナが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「あ、いや、でも……。」
仮にも、客として食事を提供してもらう身だ。タダで貰うわけにはいかないと躊躇いを見せるが、当のフロートの笑顔は、拒否しても無駄と言っているようだった。
「……ご馳走になります。」
その様子に、ナナが折れる。
「ありがとう! おじさん!」
ナナの言葉に続くように、ルナも笑顔で礼を述べた。
……………
カウンターテーブルに取り皿やフォーク、食前の水などが順に並べられていく。
ナナが置かれた水を手に取り、待ち時間に呆けていると、不意に、壁に貼ってあった一枚の依頼書が目にとまった。
「危険……人物……討伐依頼……。」
依頼書に書いてある文字を所々、口に出して読んでいるうちに、気がついたフロートが作業をしながら横目を向けてくる。
「あ〜、そいつは、最近この辺りで暴れている”盗賊”だよ。」
「盗賊?」
フロートの言葉に、ナナはコップの水を片手に訊き返す。
それにフロートは、客に出す用の麦酒ジョッキを片手に続けた。
「あぁ。通称”山男”。この辺りでまだ新米の若いやつらをカモに略奪をする、たちの悪い奴さ。」
言いながら、シュッ、と巨大な樽に取り付けられた蛇口を下ろし、木製ジョッキに麦酒を注いでいく。
「へ〜……。」
しかし、ナナはあくまでそれを、たわいもない世間話の一貫として、特に気にとめることもなく、コップの水をひと口啜った。
暫くすると、ふたりのもとにも料理が提供される。
ルナが置かれた料理にパァと顔を明るくし、いただきますを言うと同時に本能に赴くまま食事を始めるなか、ナナはその横で、ふと店内を見渡した。
「相変わらず賑わってますね。」
ナナたちの居るカウンター席──酒場側は割と空いているものの、テーブル席はほとんどが満席だ。背後からの宴のような大声は、きっと店外にも響いていることだろう。
そんな、少し鬱陶しくも思える店内だが、フロートはそれに、なんだか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「あぁ、おかげ様でな。この辺りは魔物のレベルも低い。だから、あんちゃんたちみたいな若者が多いのさ。」
フロートの言葉に、ナナはもう一度、店内を見渡す。確かによく見ると、食事を摂っている半数以上が若者に見えた。
フロートが嬉しそうに続ける。
「若者が多いから、ほかの酒場と比べてむさ苦しくないのが、この若葉亭の特徴だな!」
ハッハッハッ、と豪快に笑い、自分の酒場を自慢げにそう話す。
そんなフロートと若者たちの笑い声に包まれながら、ナナとルナは食事を摂った。
特にルナなんかは、猫じゃらしへ必死にじゃれつく猫のように、料理にがっついていた。
「──ここに居る大半は、あんちゃんと同じ”外側世界”出身だろうよ。」
だが、今まで機嫌が良さげだったフロートが、ふと真面目な顔つきになる。
店内を遠目で見詰めながらそう呟く言葉と姿に、ナナも思わず真剣な目を向けた。
“アウターワールド”──。
この魔法世界の住人たちは皆、ナナたちの住んでいた文明社会を総じて、そう呼んでいる。
「これをあんちゃんに言ったら怒るかもしれんが──。」
真面目な表情のままナナへ向き直ると、フロートは想いを口に語り始める。
「この町は今でこそ、”フレッシュリーフ”と呼ばれ活気づいてはいるが、少し前までは名もない、ただの小さな商業町だった。だがしかし、10年前のあの事件以来、生き残った”アウターワールド”の住人たちが、住み場所や生き場所を得にこの町へやってくるようになった。この町は彼らに生きる術を教え、その対価として、彼らはこの町に繁栄を齎したんだ。」
いつになく真面目な声色で語るフロートに、ナナは口を挟まず聞き入った。
「だから、俺たちこの町の住人たちは、あんちゃんたちアウターワールドの住人たちがやってきたことに感謝しとるんだ。」
そして突然の──真剣な様子の感謝を受け、ナナは少し複雑な想いを浮かべる。
何せ、あの災害は数多の人々の命を奪い、文明を壊し、絶望を与え、全てを無に帰した厄災だったはずだ。もちろん、ナナもそれの被害者だ。
だが、その災害でこの魔法世界と文明社会が繋がったことにより、この町には人が集まるようになった。
文明社会から見て東西南北に分かれたとき、小さな村などを除いて、西側の地で一番近くにある町が、この町──”フレッシュリーフ”。
一番近いといっても、徒歩で行けば数十日以上はかかってしまうが、それでも、かなり近いほうだ。
あの災害で生き残った者には、東西南北の四方位に別れ、独立して生きる道と、その場に留まり救助を待つ道の、二つがあった。
半数はその場に留まることを選んだが、半数は独立する道を選んだ。
独立する道を選んだ者は、それぞれ好きな方位を選び、四方位に散った。
その中で、ナナを含め、”西側”を進むことを選んだ人々が最初に行き着いた町こそが、現在のフレッシュリーフなのだ。
いうなれば、フレッシュリーフの発展は、崩壊した文明社会の対価によるもの。あの災害が起き、人々が路頭に迷ったがゆえに、フレッシュリーフという近場の町に人々が集まった。
つまり、あの災害により文明社会が崩壊したからこそ、フレッシュリーフは繁栄することができたのだ。
しかし──だからといって、この町を恨むのは筋違いである。
少なくとも今は、この町も人々も平和だ。崩壊による絶望も連れてきてはいない。
それに、もし、この町がここになかったら、文明社会を失っていたナナたちは、もっと苦労を強いられていたことだろう。
それは、この酒場の雰囲気を見ても分かる。
小さくも質素だが、この温かな室内で腹を満たし、喉を潤し、騒ぐ光景は、当たり前にも当たり前ではなくなりかけた光景だ。
彼らは今日も明日も、この町のために依頼を熟し、この町のために食べて飲んで騒ぐだろう。それが──その情景こそが、この町への感謝と恩返しとなっている。
この町は──フレッシュリーフは、決して災害を利用し繁栄したのではない。互いへの感謝でこそ成り立ち、繁栄を得た町なのだ。
フロートが微笑みながら、店内を眺める。
「この情景は、あんちゃんたちが咲かせてくれた憩いの花だ。だからこそ、これからも、この情景と新たに芽吹く若い芽を大事にしていきたい。そのための、この──若葉亭なんだ。」
この町は”若葉”を育て、育った”若葉”はこの町に繁栄を齎した。
ゆえに──この町は”新緑の若葉”なのだ。
哀愁の雰囲気を感じ取ったのか、ルナも思わず食事の手を止め、ナナとフロートの顔を交互に見ながら、不思議そうに首を傾げていた。
……………
後、ナナとルナも食事を終える。
そんななか、ナナはなぜか、呆れたように隣人を見詰めていた。
「ルナ……。お前……食べ過ぎだろ……。」
その理由は、隣に居る少女──ルナの前のカウンターテーブルに置かれている空皿の数。量を見るに、間違いなくナナの数倍は食べていた。
「そうかなぁ……?」
しかし、当のルナは、まるで心当たりがないといったふうに首を傾げている。その表情を見るに、まだ余裕がありそうだ。
一体、あの小さな体のどこに入ったのか……。
ナナが困惑したように呆れていると、作業中のフロートがまた横目を向け、話しかけてきた。
「で、あんちゃんたち。これからどうするんだ? 旅にでも行くのか?」
「え?」
唐突に訊かれ、ナナは思わず呆けた声が出る。
その呆けた反応に、フロートも的が外れたように目を丸くした。
「なんだ? 違うのか。」
先程の発言にそれなりの自信があったのか、フロートは意外そうな笑みを浮かべながら、作業を継続させる。
「てっきりあんちゃんは、旅に出るための仲間でも探してるもんだと思ってたぜ。」
そして、続けて言われた言葉に、ナナはようやく、その言葉の真意を理解した。
この町は、若者冒険者が集う町であると同時に、まだ旅や魔物狩りに不慣れの初心者冒険者が、初心を脱するための拠点として利用する町でもある。
この辺りの魔物は然程強くないのはもちろん、どこの国の領土にも属していない分、割と自由が利く。
加えて、この世界は想像の数倍の広大さ、想像の数倍の過酷さを誇っている。その中で、若者たちは皆、様々な夢や目的を持っていた。
大きな国で優雅な生活をしたい。国に行き、より大きな依頼を熟したい。世界中を旅したい。自分のギルドを立ち上げたい。または加入したい。悪を正す仕事をしたい。最強の魔法使いになりたい。世界一の存在になりたい。
だが、どれも叶えるとなれば、それなりの”実力”が必要となってくる。
より大きな国へ近づけば、その分、危険な魔物が居る地帯へと足を踏み入れることになり、より大きく高額な依頼を受けるとなると、そういった魔物や危険地帯と必ず対面しなければならない。
悪を正すのも、世界最強を目指すのも、誰にも負けない実力や知識、数多の能力が必要となるだろう。
ゆえに、若者たちは皆、この町で実績を積む。そして、夢を追うため、町を出る。ときには、同じ志しを持った仲間を募り、世界を目指すのだ。
フロートから見れば、ナナも同じ若者。それに、ナナはもう10年もこの地に居る。
さすがに10年間、ナナと関わってきたわけではないが、フロートはナナの実力を十分なものだと感じていた。
そして、ナナが誰かと関わっているところを、今まで一度も見たことがない。
今日──ルナを連れてくるまでは──。
だから、フロートは、ナナが誰か信頼のできる仲間を探していたのではないか、と思っていたのだ。
そして、それが今日、遂に見つかったのではないか、と思い、先程のような言葉を投げかけたのだ。
しかし──ナナの考えは違っていた。
ナナは夢もおろか、特に生きる目的を持っていなかった。
別に『死にたい』とか、『生きたくない』とか、人生に絶望しているわけではない。
ただ、”理由”がないだけ。理由がないから、やる気がないだけ。やる気がないから、面倒なことはしたくない。だから、ナナはこの地から10年も離れることなく、誰かと関わることもなく、ただ適当に、なんとなくの人生を生きてきた。
大切な者だった血縁者や友人も、あの日に全員死んだ。全員死んだから、特に命を賭けて護るものもない。護るものもなければ、特に得たいものもない。
どうせ何をしようとも、何かを得ようとも、ナナを知っている人間なんて、この世界には一人も居ないのだから──。
今日、ルナと出会ったのも、たまたま。連れてきたわけではなく、実際には付いてきた、が正しいだろう。
しかし、フロートの言葉を全面的に否定してしまうと、ルナを拒絶していると誤解を招き兼ねない。そうなると、ルナにも申し訳ないので、ナナはフロートの言葉に対して濁しながら返した。
「いえ、だとしても、この子とは今日が初対面ですよ……?」
自分でも下手な逃げ方だな……などと思っていると、ナナは不意に、少し低い位置からの視線を感じ取る。
その視線を辿るかのように隣へ目線を下ろすと、なんともいえない表情でこちらを見上げている、空色の瞳と目が合った。
感情の見えない無垢な瞳に見詰められ、ナナは少し気まずさを覚える。
ルナは特に言葉を発してはこないが、その瞳はまるで、心の奥を見透かしているかのようで、ナナは思わず取って付けたかのような疑問を投げかけた。
「……そういえば、君はこれからどうするんだ?」
突然の投げかけに、空色の瞳が僅かにハッとする。そして、我に返ったかのように正面を向き直すと、ルナは床に届いていない足をぶらぶらと揺らし始めた。
「僕は明日、久しぶりに家へ帰るんだ〜。」
正面を向き、少し顔を上げながらそう呟く表情は、何かの情景を思い浮かべているかのようだ。
その呟きに、ナナとフロートの両方が反応する。
「家に……?」
「へ〜、どこなんだ?」
何気なく場所を問うフロートの質問に、ルナは足をぶらぶらと動かしたまま元気良く答えた。
「”アップル”だよ!」
「アップル……?」
しかし、それを聞いたナナが疑問ゆえに思わず復唱する。
ナナには聞き覚えのない名称だった。その単語で思いつくのは、あの赤い果物だけだ。
だが、そんなナナに反し、フロートはその名称の存在を知っていたようで──。
「アップルっていや、ここから更に西へ行った所にある村の名だな。」
記憶を探るように少し首を上げながらそう言うと、今度は考え込むかのような真剣な眼差しを浮かべた。
「確かあそこは──”梨”の名産地だ。」
「林檎じゃないのか……!」
フロートは至って真面目に言ったのであろうが、その真逆さをツッコまずにはいられなかった。
……………
夕飯時も過ぎたことにより、活気のあった店内からも徐々に人の姿が消えていく。
もうとっくに食事を終えていたナナとルナも、既にこの場に用はないはずなのだが、ナナはなんとなく、ここに残っていた。
ナナへずっと付いてきていたルナもここで消えるはずはなく、ナナの隣の席に依然座りながらも、少し退屈そうに足をぶらぶらと揺らしている。
会話は交わさないふたりに、フロートも余計な介入はしない。
なんともいえない無言の時間が流れ、全員が丁度、気まずさを感じた頃──不意に、ルナがナナへ顔を向け、ボソッ、と呟いた。
「……ナナも行く? 僕の村に。」
「……え?」
当然の呟きに、ナナは呆けた顔でルナを見返す。
すると、その言葉に、フロートが待ってましたと言わんばかりに口を挟んだ。
「いいんじゃんか、あんちゃん。どうせ、明日以降の依頼はまだ受けてないんだろう?」
なぜか当人よりもノリノリの様子のフロートに、ナナは無言の眼差しを向ける。
確かにフロートの言うとおり、明日以降の依頼はまだ受けてはいなかった。同時に、何か用事があるわけでもなければ、休暇を満喫するための計画が決まっているわけでもない。つまりは、予定がガラ空きということになる。
ナナは再び、ルナへ視線を戻すと、少し真面目な表情で考えた。
この10年間、ナナは特に目的もない人生を歩んできた。
別に、そのことに後悔はしていないが、時折り──生きている意味とはなんなのだろうか……という考えが頭をよぎることがある。
今後もずっと、何も得ることなく、何も失うことなく、ただ何もない人生を生きていくのだろうか。
確かに、今まで目的もない人生を歩んではきたが、目的を持ちたくないわけではなかった。
ただ、人生の先に何も見えてこなかっただけ──。
生きる意味が見えてこなかっただけ──。
いや──正確には、見つけようとしてこなかっただけだ。
文明社会が崩壊し、全てを失ったあの日より、ナナは人生をも、ある意味、捨てていたのだ。
しかし、この桜色の少女──ルナを見ていると、また少し違った考え方が湧き出てくる。
どうせ目的もなく生きているのなら、逆にもっと、気楽に生きてもいいんじゃないのか。
この呑気な雰囲気に当てられたかどうかは分からない。ただ、どうせ意味もなく依頼を熟しているだけの人生なのだから、もっと柔軟に、たまには気分転換に、行ったことのないような場所へ訪れるのもいいんじゃないのか。
それが結果的に、見えてこなかった──或いは、見つけようとしてこなかった目的を得る、切っ掛けになるかもしれない。
──彼女に同行することで、少しでも生きる意味が見えてくるのだろうか……。
「……そうだな。」
不意に、ルナへ向けていた真面目な表情が綻んだ。
そして、どのような答えが返ってくるのか、といったふうに緊張した様子だったルナの表情が、期待の表情へ変換されていくのを見届けながら──。
「それじゃ、同行させてもらおうかな。」
ルナへ向け、初めての微笑みを浮かべながら、そう言った。
それを聞いたルナも、覆い尽くすかのような満面の笑みで応える。
「うん! よろしく! ナナ!」
「あぁ、よろしく。ルナ。」
これから暫くの相方になる存在の名を、改めて互いに呼び合った。
芽生え始めた”若き芽”を目の前に、フロートも微笑みの表情でそれを見守る。
「若いやつはやっぱ、そうでなくちゃな。」
これから培い育っていく”若葉”のように──彼らの人生も日のもと照らされる、明るい未来を予感して──。
………to be continued………
───hidden world story───
大樹を夢見る幼芽の如く──若者たちは世界を目指す。




