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【HIDDEN WORLD】  作者: Meafuls CAT Studio@猫のような生き物
【スリープ郊外~旧街森林編】
22/25

第20話 前を見る力

 未来のために前を見据えるか──未来のために今を生きるか──。



“旧街森林”


 前方で不敵な笑みを浮かべ(たたず)むグリルニード。その視線を遮るかのように、無数の土の柱がナナへ伸びていく。

 (うね)る大蛇のように、荒れる海のように、ただ一人の人間を押し潰すため、迫る土塊をナナは軽やかに避け、(ある)いは、切り裂き、対抗する。


 そして、何本かの土の柱を(さば)いた後、再び迫る土の柱を避けながらグリルニードへ駆けていくと、傲慢なる大地の核へ目掛けて、剣を振るった。


「”撫譲(なでゆずり)”──!」


 対して、グリルニードは余裕たっぷりの表情で片手のひらを地面へ向けると──。


「”土壁(つちかべ)”……!」


 瞬間に迫り上がった分厚い土の壁に、ナナの剣が鈍く響きを籠らせた音で止められる。

 恐らくは、防御特化。(うね)る大地よりも頑丈な土の塊は、ナナの刃を通さない。


 同時に、土越しにグリルニードの笑みが浮かんだかと思えば、己の壁を貫くかたちで、根っこのような形状の土の柱が正面よりナナへ迫った。

 直前まで土の壁が視界を支配していたがために、目視した頃には土の柱の先端が眼前を位置取り、ナナは剣を正面へ持っていくと共に、直撃を防ぐ。


 主から距離を取れ、と言わんばかりに、突き刺す勢いでナナを後方へ押し退()け、しつこく伸び続ける土の柱にナナは苛立(いらだ)ったように歯を食いしばると、防いでいた剣に力を込め、縦に一閃──。閃刃(せんじん)が浮かび、土の柱は先端から百センチほどの所まで、縦に大きく切り裂かれる。


 詰めた間合いから、また逆戻り。まるで、(もてあそ)ぶかのように土砂を駆使してナナをあしらうグリルニードに、ナナは冷静ながらも睨みを利かせた表情で剣を構えていた。




 ……………




 チロットとマグルの決着がつく少し前──。ルナとポップ、そして、ロップとの戦いは依然(いぜん)、激しさを増していた。

 主に、ルナとポップが拳をぶつけ合い、ロップがそれを眺めている。


 小さくも素早く──力強く拳を放っては、それを避け、防ぎ、また放ち、ときには蹴りも交え、互いに大きな損傷を与えることもなく、拮抗(きっこう)した交戦を続けていた。

 しかし、気持ちルナが優勢か、放たれた蹴りにポップが身を退くことで距離を取り、透かさずルナへ拳を放つため、足を踏み出そうとするが、直後、突き出た小石につま先を引っ掛けてしまう。


「うわっ……!」


 それにより、ポップがバランスを崩し、思わず腕をぱたぱたと羽撃(はばた)かせながらも、なんとか姿勢を引き戻すことで転倒を回避する。

 やはり、外で遊ぶ際には足元に注意しなければならない、ということを、全、子どもたちに知らしめたところで、ポップがホッ……と胸を撫で下ろし──それを見たルナが思わず心配の声を上げる。


「だ、大丈夫……!?」


 先程まで殴り合っていただろ、という指摘はさておき、なぜか本気で慌てたような表情を浮かべるルナに、ポップも転倒間際の冷や汗を垂らしながらも、無事であるということを伝えるかのように、軽く笑みを浮かべてみせた。


「な、なんとか……。」


 さっきまでの気迫はどこへやら。まるで友人同士のように、「良かったぁ」などとふにゃふにゃ会話を交わす情景を見たロップが冷や汗混じりに指摘する。


「……子どもか。」

「「子どもだよ!!」」


 実際に子どもであるため、まさかの息の合った少年少女の反撃に、ロップの冷や汗が一つ増える。

 しかし、ふと思い返して気がついたのか、ルナが小さく訂正──。


「あ、僕はそうでもなかった。」

「「え……?」」


 ──何が……?

 ──どの辺が……?


 といったふうに困惑を見せる兄弟は、彼女が1()7()()であるということを知らない。


 ……………


 気を取り直して──戦闘を思い出したポップが露骨に冷や汗を垂らし始めると、歯を食いしばりながら警戒の表情でルナから身を退いた。


「くそぉ……中々やるな……!」

「僕、何もしてないよね……?」


 目を丸くさせながら首を(かし)げるルナを差し置き、ポップがロップと並ぶ。

 そして、何かを思い立ったのか、ポップは僅かに睨みを強くすると──。


「こうなったら──! 兄ちゃん! ちょっと待っててね!」


 兄に一言添え、唐突に、横方向へ走っていったかと思えば、そのまま森の茂みの中へ姿を消した。

 突然の戦線離脱か──首を(かし)げるルナへ、気にするなとばかりにロップが口を開く。


「本当に中々やるね。だったら──こういうのはどうかな……?」


 不敵に呟く言葉に、ルナが拳を構え、意識をロップへ移行させる。

 同時に、どこから取り出したのか、ふとロップの足元へ、直径、四十センチほどの木材で作られた、林檎型の彫刻が置かれた。


 ひと目で材質が木であると分かったのは、色が塗られていなかったから。

 木目を残しながらも、形、質感共に完璧な林檎を形容しており、とても人の手で作られたとは感じさせない。


 残すは仕上げだけ。職人の手にかかり、色さえ塗られてしまえば、本物と区別はつかなくなるだろう。


 しかし、問題は、そのような彫刻をなぜ今、取り出したのか。技術は素晴らしいものの、戦闘においてはなんの関係も役にも立ちそうにないが──振り上げたロップの右足が、後の答えを語った。


「──”キラーサッカー”!」


 瞬間、ロップがルナへ向けて、林檎型の彫刻を勢いよく蹴り飛ばした。

 予想外の攻撃方法と、まさかの遠距離砲に、ルナは僅かに目を見張るが、危なげなく、横跳びでそれを回避。真っ直ぐに空気を裂き、思いのほか剛速球で飛んできた木材林檎は、ルナの背後にある樹木を捉え、なんと、そのまま木の根元をへし折った。


 バキバキと、木材林檎に折り重なるかたちで木が倒れ、そんな様子を横目にルナが冷や汗を垂らす。

 まるで鉄球かの威力だが、それを軽々と蹴り飛ばしたところを見るに、金属ではありえない。つまり、この威力を成しているのは、彼の脚力ということになる。


 とても殺し合いとは思えないコミカルな戦法だが、あれを受けては、ひとたまりもないことだけは解る。

 (さら)なる木彫りの彫刻(くだもの)たちを用意するロップを見て、ルナが真剣な眼差しで構えた。


 ロップが足を振り上げ、蹴り放つ。


「”キラーサッカー”!」


 次々と蹴り飛ばされる、数多の果実。ブドウやメロン、ミカンやマンゴーに続き、中にはバナナのような変化球も交え、色の着いていない木材質の果物がルナを討ちにかかる。

 しかし、意思の乗った拳や蹴りとは違い、今回のは、ただの有機物質。弾道より体を()らすだけで避けることは可能なため、ルナは慌てることなく、冷静に左右へ跳び、避けていく。


 ルナを討ち漏らした色のない果物たちは、葉を貫通し、枝を砕き、樹皮を削り、終いには先程同様、樹木を丸々一本へし折り、その倒木からも避けることを余儀なくされたルナは、大きく横へ跳んで地面へ着地した。

 その後、ふと、足元へ転がってきた木材林檎のひとつに目を向けると、やられっぱなしの仕返しとばかりに足を振り上げ──。


「こんな林檎──美味しくないよ!」


 ロップへ目掛けて、木材林檎を勢いよく蹴り返した。


 自分の蹴りと(たが)わない速度で飛んでくる林檎に、ロップは僅かに意表を突かれるが、自身も横へ跳ぶことでそれを回避。着地と同時に、やはり侮りがたいと存在だと、ルナへ警戒の目を送っていた。


「お待たせー!」


 そんな時、森の茂みからポップが威勢よく飛び出してくる。

 一体、何をしていたのか──。ふと目を向ければ、考えるまでもない答えが、その手に──いや、足にあった。


 四つの小さな車輪で地面に着地したかと思えば、そのまま滑るように高速で移動を開始。車輪の上には平たく縦長の板が繋げられ、その上に彼──ポップは両足を乗せ、バランスを取りながらも身を任せるかのように風を切り、颯爽と走らせていた。


 それを見たルナが目を輝かせる。


「うわぁー! かっこいい!」


 少年のような眼差しに捉えられたのは、()()()()()()()。なんとポップは、水色であしらわれたスケートボードに乗って現れたのだ。

 車や自動二輪車も普及していない、この世界──やはり、動力を必要としないスケートボードですら珍しい物なのか、憧れの光に包まれているルナへ目掛けて、ポップがボードの勢いを加速させたまま、突っ込んだ。


「──”キラーボード”!」


 瞬間、ルナはスケートボードに乗ったポップを横跳びで回避。勢い余ったボードを慣れたように操作して、折り返しを狙うポップにルナが目を輝かせたまま、無邪気に声をかける。


「凄いね、それ! なんて乗り物?」


 悪気のない質問に、ポップも自慢げに答えてくれる。


「これはボク専用のスケートボードだよ! 今からこれを使って、君のことを()き殺してあげるよ!」


 強気の眼差しを向けながら、幼い顔で物騒なことを言うポップ。ルナは完全に魅了されているため、気づいてはいないが、水色に(いろど)られた板は木材使用──その縁には、銀の光沢を残した金属が施されている。

 そのままでも十分に殴打武器。そこに、(さら)なる車輪(ウィール)による加速とポップ自身の体重を乗せてしまえば、「()き殺す」という言葉も伊達(だて)ではなくなってくる。


 ポップが片足を地面へ添え、ルナを見据えながら漕ぎ出す姿勢を取った。


「”第一風速魔法だいいちふうそくまほう”──”鳴風(なきかぜ)”!」


 同時に、何か詠唱のようなものを放ったかと思えば、彼を後押しするかのように吹いた風がボードの初速を手助けし、僅かひと漕ぎで最高速度に乗った。

 突進兵器と化したスケートボードがルナへ迫る。


「”キラーボード”!」


 寸前のところでルナが回避。金属の縁取りが桜色の衣服を擦り、破けることはなかったが、摩擦により、ほんのり温かくなっているのが分かる。

 真っ正面から突っ込んでくるものに対して、完全回避ができなかったところを見るに、そう何度も避けられるものではないということを、ルナは心の中で悟っていた。


 しかし、己への危機感よりも憧れが(まさ)ったのか、ロップの隣に停車するポップへ、ルナが感激したように声を上げる。


「凄い凄い! 本当に凄いよ! いいなぁ~。僕も乗せてよ!」


 曇りなく褒められる言葉に、ポップも悪い気はしていないのか、嬉しそうに笑みを浮かべながらも、少し残念そうな表情でそれに返した。


「えっと~……貸してあげたいのは山々なんだけど、敵には貸してあげられないんだ……。」


 心底、真っ当なことを本当に残念そうに言い、最後に「ごめんね」と付け加えることでルナの願い出をやんわりと断る。

 それにルナは、「え~!?」と落胆と驚愕を(あら)わに、なぜ貸してもらえると思っていたのかは謎だが、(もっと)も過ぎる言葉に諦めざるを得ない。


 仕方ない、と気持ちを切り替え、改めて、拳を握り直すルナを見て、ポップも漕ぐ姿勢で構えた。


「行くよ……!」


 ポップの言葉に、ルナが真剣な表情で応える。

 車輪(ウィール)の滑る音が再戦の合図となった。


「”キラーボード”!」


 先程の風魔法を活用し、再び一気に速度を乗せるポップとボード。構えるルナへ()き殺す勢いで向かっていくが、ルナはその場で足を伸ばすと、右足上段の蹴りでそれを迎え撃つ。

 しかし、その動きに気がついたポップは目前のところで進路を変更することで、ルナの蹴りを避け、横から後ろへと、カラカラと車輪(ウィール)を巧みに操作しながら、(またた)く間にルナの背後から突っ込んだ。


 ルナはそれも横跳びで回避するが、着地と同時に、ポップは(すで)に攻撃範囲外へ。格闘であるルナの弱点を突くかのように、ある程度の距離を維持したまま、ポップはルナの周りをグルグルと回っている。

 それはまるで、獲物の隙を狙う(しゃち)のように──。


 ルナはできるだけ動かないようにしながら、視界内に入ればそれを目で追い、視界外に隠れれば音を頼りに位置を把握していく。

 そうして、数秒の膠着(こうちゃく)の末、ここぞというタイミングでポップが仕掛けた。


 車輪(ウィール)を急速回転させ、ルナの横方向より迫っていったかと思えば、スケートボードの勢いを乗せたまま拳を放つ。

 気がついたルナが血気ある目を向けると同時に、彼の拳をスケートボードごと回避するが、ポップは素早くボードを(ひるがえ)し、着地した瞬間のルナへ再び迫った。


 怒涛(どとう)の連続突進。さすがに避け切れないと判断したルナは、素早く目を向けると、玉砕覚悟──迫りくる突進兵器へ目掛けて、拳を伸ばした。

 だが、相手は相打ちを望まなかったのか、寸前のところで、ポップがスケートボードの後方部分を足で叩くように蹴り上げると、なんと、ルナの拳どころかルナ自身を飛び越えるかたちで、スケートボードごと自身の体を浮かせた。


 僅か、一秒未満。驚きに目を見開くルナと、それを飛び越え避けたポップの視線が、上下にて交差する。


 瞬間に、ポップはルナの背後へ着地。同時に、そのままスケートボードの上で器用にバランスを取ると、振り返り様のルナへ目掛けて回し蹴りを放った。

 ルナはそれを身を低くすることで避け、カウンターとばかりに瞬時に左拳を伸ばすが、ポップは風魔法とひと漕ぎを利用して、ルナの眼前から素早く離脱する。


 そして、そのまま、勢いを加えてルナの死角へ車輪(ウィール)を走らせ、再び拳を構えると、目で追ったルナもポップを正面へ捉え、互いの拳が衝突した。

 加速させた勢いを乗せた拳に、ルナは歯を食いしばり──ポップもポップで、技術と魔法を乗せた拳に体ひとつで対抗してみせるルナへ、心の中で驚きを浮かべていた。


 ズラすように拳を()らし、ポップがルナとすれ違うかたちで後方へ流れ、ロップの隣に着くと共にスケートボードから足を降ろす。

 ルナもそれを肩越しに確認しながら、再び、ふたりの兄弟へ向き直った。


 ポップが兄へ報告をする。


「兄ちゃん! あの子、本当に強いよ……!」


 驚きと感心を交え、ルナへの脅威を(さら)に増幅させる弟だったが、わざわざ言葉にしなくても、しっかりと戦いの様子を見ていた兄には十分に伝わっていたのか、分析したロップが次なる戦法を匂わせた。


「みたいだね。それなら、今度は本気の攻撃で行くよ……!」


 目つきが変わったロップの手に、黒光りした球体が持たれる。

 特別な装飾は一切ない簡素な見た目だが、誰もが知り、そして、誰もが畏怖(いふ)するであろうそれに、ルナは警戒を強くした。


 黒く丸く光沢があり、先から縄のような導火線が一本──。そう。”爆弾”である。


 片手に二、三個乗せられるほどに小さい物だが、それゆえに、ロップの手には計、五つの爆弾が鎮座していた。


「”第一火炎魔法(だいいちかえんまほう)”──”灯火(ともしび)”……!」


 手袋越しのロップの右人差し指に火が灯る。

 攻撃に使用するには、あまりに小さな炎だが、不幸なことに、彼の左手には黒光りした火薬兵器があった。


 人差し指の先の火へ導火線を近づけ、不敵な笑みの眼前で、冷たい黒色の球体に弾けんばかりの命が宿る。

 同様に、手際よく全ての爆弾へ着火を果たすと、笑みと鋭い眼光の下──ロップは己の腕から解き放つかのように、ルナへ目掛けて爆弾をばら撒いた。


「”キラーボム”!」


 ぴゅ~う、などという効果音が聞こえてきそうなほどに、ゆったりと宙へ投げ出される五つの爆弾。そろぞれが適当な間隔と適当な角度を保持して、落下へ迫る。


 威力は抜群とはいえ、今までの技には遊び心があった。しかし、今回ばかりは遊びも慈悲もない、ただの破壊兵器の乱用。

 やはり、グリルニードへ従っているだけあって、彼らも極悪非道なのか、ここにきて(あら)わにする容赦のない戦法に、ルナは敵の本気を感じ取っていた。


 あの爆弾一つで、どれほどの威力があるのかは分からないが、爆弾というからには数メートルでは収まらないだろう。

 ゆえに、ルナは何かを覚悟したかのように歯を食いしばると、空中へ投げ出された爆弾へ目掛けて、自ら駆け寄った。


 何を血迷ったのか、火花がバチバチと導火線を削りながら、盛大な引火まで残り、数センチ。

 予想外の行動に、ロップが僅かに驚きを見せ、ポップが思わず声を上げる。


「わあ! 自分から近づいちゃダメだよ!」


 突拍子もない行動のせいか、なぜか敵に心配されるルナだったが、彼女は意に介さず、落下に迫る爆弾へ距離を詰めると、小さな跳躍と共に、それらを全て腕の中へと抱えた。

 誰が見ても自殺行為。(ある)いは、それ願望とも思える行動だが、ルナは着地と同時に、その懐──(いま)だに火が弾ける爆弾たちをひよこを抱き寄せるように両手で抱えると、それらを純白の魔法陣で覆った。


「”コピー&(アンド)テイク”──!」


 瞬間、ふと呟かれたかと思えば、ルナの鮮やかで柔らかな桜色の髪と服が、情熱と強い意志を(まと)った明るい赤色へと変化する。瞳は依然(いぜん)、変わらず、透き通った空色を保持したまま、腰に巻いたブランケットは黄色の配色からオレンジ色の配色へと移り変わった。


 熱と炎を僅かに(まと)い、突然、風貌と雰囲気が変わった少女に、兄弟たちは呆然とした状態でたじろぎ──不意にルナの足元へ、コロコロと黒い球状の物体が転がったのを目視する。

 それは、先程ロップがルナへ目掛けて投げ放った爆弾、五つ。いつの間にか、点火されていた火が綺麗さっぱり消えており、消沈とばかりに冷たい質感だけを残していた。


 ロップたちは気づいてはいないが、お察しのとおり、ルナは()()()()()()をコピー──吸収することで、爆弾の無力化を図り、ついでに、炎の性質を複製し模倣(もほう)──己の得意とするコピー魔法へ繋げ、炎の力をその身に宿したのだ。


 予想外、異常事態。爆弾などという殺傷力抜群の武器を使用してしまったがために、ルナの本気を誘ってしまったのか、まさに火付け役となったロップが「こんなはずではなかった」という具合に冷や汗を垂らす。


(え~と、あれぇ……? ()()()()()爆弾で脅かそうとしただけなんだけど……??)


 後悔、先に立たず。予定としては、パカッ、と弾けて旗が飛び出す演出に、少女の驚きの顔や頬を膨らませるような反応──(ある)いは、猫にマタタビの如く、奇抜なおもちゃに目を輝かせる反応などを期待していたのだが、予定どおり事を運ばせることは難しい。

 (もっと)も、今が戦闘の真っ只中であるということが一番の弊害である気もするが、その中で”爆弾”を選ぶ彼のセンスも中々のものといえよう。


 因みに、内容とは全く関係はないのだが、この『おもちゃ爆弾』は繰り返し使用可能な、ロップ手製のジョークグッズ。

 だが、そんなことを知る由もないルナに灯った本気は、もはや誰にも止めることはできないだろう。


 重ね合わせた両手のひらと、澄み渡り輝く空色の瞳が兄弟たちを捉える。


「に、兄ちゃん……。」


 明らかにまずい状況に、ポップが眉を下げながら兄の裾をきゅっ、と掴み、ロップは冷や汗と共に思わず片足を退かせていた。


 (おのの)きから固まってしまった少年たちへ、ルナが宣告の如く放つ。


「──”星炎(しょうえん)”!」


 直後、ルナの手のひらから溢れんばかりの炎が噴き出したかと思えば、身を寄せ合う兄弟たちを呑み込むかたちで、正面方向の草原(くさはら)諸共、勢いよく大気を吹き飛ばした。

 もはや、一種の爆発の如く。轟音を(ともな)って放たれた炎は巨大な雲のように広がり、辺りを熱とオレンジの明かりで染め上げていく。


 正面は炎一色。己の力に押されないようにしっかりと踏ん張りながら、ルナは目を()らすことなく、真剣な眼差しで真っ直ぐと前方を見据えていた。


 同時に、射線から身を()らすかのように、炎の中からロップが飛び出してくる。


「まじかよ……! あの子、めちゃくちゃ強いじゃん!」


 所々、鮮やかな青色の衣服と肌へ煤を付け、尋常ではない威力に(なか)ば、焦りが裏返った表情で笑う。

 続けて、ポップもスケートボードに乗りながら、同じく煤(まみ)れの状態で飛び出し、兄と危機感を共有した。


「兄ちゃん! ボクたちも本当に本気でやらないと、このままじゃ、やられちゃうよ!」


 着地と同時に、ロップもポップの言葉に応える。


「そうだね……! もう手段を選んでなんていられない……! 今度こそ、本当に本気で行くよ!」


 炎を収めるルナを脅威と見なし、ロップとポップはふたり揃って臨戦態勢に入った。

 あの凄まじき炎を見た日には、立ち止まって考えている暇などない。間を空けることなく、ロップがポップへ指示を飛ばす。


「ポップ! 前線は任せた!」


「うん! 任された!」


 鋭く見据えるルナへ向けて、ポップがスケートボードを走らせた。


「”キラー”──! “ボード”!!」


 戦闘続行。迫りくるボード乗りをルナは慣れたように回避し、後に、後方へ流れるポップへ素早く目を向けると、両腕を平行に伸ばした。


「”フレイムフロー”!」


 伸ばされた手のひらから炎の玉が連続で放たれる。

 ポップがボードを横へ走らせ、側面より飛んでくる炎の玉を蛇行を描き避けていく。


 近距離へ持っていきたいポップだが、ルナの炎がそれをさせない。


 一方で、ロップは再び、複数個の黒い球体を握り締めると──。


「今度のはおもちゃじゃなくて、()()の爆弾だよ……!」


 導火線へ手際よく着火させ、ルナへ目掛けて乱雑に放り投げた。


「”キラーボム”!」


 ルナの足元へ、カラコロと爆弾が転がり落ちる。

 ポップへ目を向けていたせいか、火花を散らす導火線は残り、数ミリ。ルナが爆弾へ目を落とすと同時に、一瞬の閃光が(ほとばし)り、その表情を覆ったかと思えば、二、三回に分けての壮大な爆音が響き渡った。共に、橙色(だいだいいろ)の炎と黒煙が辺りを隠し、熱風が風に乗って吹きつける。


 想像どおりの結果。僅かに想像を上回る威力。押し退()けられた熱風入りの大気に、ロップとポップの髪と衣服が揺れる。

 爆炎を介して、互いに反対側を位置取りつつも、恐らくは倒れていないルナを探して目を凝らした。


「…………!」


 瞬間、ルナが爆炎より飛び出してくる。

 頬へ煤を付け、拳を構えたルナに捉えられたのはロップ。


「はあぁあ!」


 爆発の勢いを利用したかのように宙を翔け、両腕で防御の姿勢を取るロップへぶつけた。


「っ……!」


 ただの拳に(まと)わりつく熱気と火炎。攻守のふたりを包むが如く小さな火の渦が飛び回り、僅かに衣服が焦げるかのような匂いと衝撃にロップは歯を食いしばる。


 反撃は許さない。そんな気迫を感じさせるルナの一撃に、踏み締めた足が数センチ後ろへ動き、弾き飛ばされるのも時間の問題──しかし、不意に、横方向から車輪(ウィール)を転がす音が近づいてきたかと思えば──。


「はあぁぁあ!」


 スケートボードに乗ったポップがルナへ目掛けて突っ込み、強制的に避けさせることで、ロップと距離を取らせた。

 弾かれた衝撃に身を()らしながらも、地面を踏み締めたロップが透かさず爆弾を構える。


「”キラーボム”!」


 共に、弧を描いてルナへ投擲(とうてき)され──弾いた衝撃を耐えたルナもそれを目視すると、片腕を勢いよく伸ばした。


「”フレイムフロー”!」


 瞬間、ロップの爆弾とルナの放った炎の玉が衝突。熱による引火を果たし、対するふたりの真ん中上空にて爆散する。

 遅れて衝撃風が吹きつけ、散った火の粉や黒煙がゆっくりと下降。


「…………。」


 幕を下ろすかのように、互いに交差する視線を遮った。


 少しの間を空け、ルナが爆炎を見据えながら、どう攻めるべきかを思考していた──その時──。


「──”キラーボード”!」


「…………!」


 不意に、煙の中からポップが飛び出してきたかと思えば、ルナへ目掛けて上方より、僅かに反ったスケートボードの先頭を向け、突っ込んだ。


「かはっ……!」


 遅れながらも有言実行。煙より(せば)まった視界に意表を突かれ、ポップの体重が乗ったスケートボードの前頭、縁──金属の縁取り部分がルナの腹部を遂に捉える。

 殺傷には至らなかったものの、言葉どおり『()く』ようにスケートボードで体当たりを仕掛け、人間の拳とは比べ物にならないほどの威力と衝撃に、開かれたルナの口から息が漏れる。


 お腹を押されているせいか、それに比例して顎を引くように顔が下を向き、毛先で目元を覆ったルナを眼前より確認したポップは、本意ではないといった様子で表情を暗くした。


「ごめんね……。これも仕事だから……。」


 せめて、痛めつけることなく一撃で──それゆえに、下手に手を抜かず走らせた攻撃は、ルナの意識を確実に奪ったことだろう。

 勝利と慈悲と、その二つが折り重なったがために、思わず緊張の糸を切らしかけるポップだが──しかし、不意に、目元を覆った毛先のもと、ルナが衝撃を(こら)えるかのように、ギリッ、と歯を食いしばったかと思えば、失った空気を取り戻すかのように息をスゥゥゥ、と吸い込み、共に顔を上げると──。


「──”火吹(ひふ)(えん)”!」


 まるで大道芸人が如く、尖らせた口よりポップへ向けて、火を吹いてみせた。


「熱っ……!」


 最初のような派手な炎ではないにしろ、至近距離による確実な燃焼は、確かな熱となって(まと)わりつき──ポップは腕で顔を守りながらも思わず身を退くと、慌ててスケートボードを後ろへ走らせ、ルナと距離を取った。

 体から僅かに灰色の煙を立ち昇らせ、その様子を見たロップが焦ったように声をかける。


「大丈夫か!? ポップ!」


「うん……! 平気……!」


 頬に付いた煤を(ぬぐ)いながら、警戒の表情でルナを見据えるポップの背と声に、ロップは一旦は安堵(あんど)する。


 同時に、スケートボードの圧迫より解放されたルナは、けほっけほっ、と軽く咳を払いながらも、強気の表情を崩さず(たたず)むと、再び拳を構えた。

 スケートボードに()かれてもなお、倒れるどころか士気すら下がる様子のないルナ。


「…………。」


 それに脅威を(いだ)いたか──はたまたは、下手に決意が固いがゆえに気絶もできず、ただ苦痛に耐えている姿を痛ましいと感じたのか──ロップは静かにルナを見据えると、真面目な表情で向き直った。


「……分かっているとは思うけど、おれたちは君を殺すよう命令を受けている。加えて、グリルニードさんは気が短い……。もう、これ以上、時間をかけるわけにはいかないんだ。」


 ショーの終幕か。どこか哀愁(あいしゅう)を感じさせる目を向けながら言い──ふと、自身の懐へ手を忍ばせたかと思えば、服の中から取り出したのは、一対の刃。両刃、対称に揃えられた、着飾りのない果物ナイフのような刃物を両片手に一本ずつ構え始める。

 もはや、コミカルさは完全に消え失せた。


 殺傷力抜群とはいえ、『爆弾』にはまだ、どこか人を惹きつける陽気さと派手さがあった。

 しかし、今度のは違う。特別な仕掛けもなく、目を惹く独創性もなく──あるのは冷たい銀の刃と、刺せば真っ赤な血へ染まる狂気だけ。


 ルナが警戒を(さら)に色濃く見せ──それを見たロップは、唯一、彼ららしさを残した水色の柄をギュッ、と握り締めると、最後の慈悲を(もっ)て、振り絞るかのような懇願の言葉を述べた。


「できることなら、無関係な君を傷つけたくはない。今、逃げてくれるのであれば、グリルニードさんに上手く誤魔化して、君だけは取り逃がしたことにしてあげるよ。だから、お願いだ……! ここで──身を退いてくれないか……?」


 ナイフを取り出したのは、一種の脅しか。これ以上は命の保証ができないと、平和的解決を望んでくれる。

 もちろん、戦わずに済むのであれば、それに越したことはない。だが、ルナには、それができない確固たる理由があった。


 瞳に決意を浮かべながらも、どこか悲しげに眉を下げたルナが言葉を返す。


「でも、そうしたら、君たちはあの子を連れていっちゃうでしょ……?」


「…………。」


 反論の余地がない、ただの事実に、ロップは気まずそうに目を()らした。

 嘘くらいつけばいいものを、根が真面目なのか、完全に言葉を見失う。


 やはり、目的が対立している以上、争いは()けられないと悟ったのか、とうに覚悟ができているルナを一瞥(いちべつ)すると、それに(なら)うように、自身の迷いをナイフの鋭利さを(もっ)て断ち切った。


「……そうだよね。今更、そんな虫のいい話……通じるわけないよね。これが……おれたちの選んだ道なんだ。ポップのためにも……引き返すわけにはいかない。」


 両手に(たずさ)えた一対の刃を構え、改めて、決着をつける覚悟を決める。


「女の子を痛めつけるのは心苦しいけど、仕事のためだ……! ──ポップっ!」


「う、うんっ……! ごめんね! 桜色のお姉ちゃん!」


 兄に(うなが)され、ポップも一対のナイフを構えた。


 ここの戦いも遂に終盤へ──。


「今度の今度こそ……! 本当に本当の──本気で行くよ……! 覚悟はいい……?!」


 ロップの言葉に、ルナは無言を(もっ)て応える。


 悪意なき四刃(よんは)の殺意が、炎を帯びた拳へ向けられた。






…………………………






“旧街森林 樹海”


 一方、場所は大きく変わり──ここは旧街森林の別所。

 見ただけでは、ナナたちの居る場所とそう違いはないように見えるが、何しろ、ここは森の中──ロップの放った爆弾の音が聞こえないほどに遠い場所であるとは、知る由もない。


 そよ風が木の葉をくすぐり、大自然へ乱雑に生え揃った樹木のもと、差した木漏れ日が静かに照らしたのは、無数の死体だった。

 どれもこれも、刃物で斬りつけられたかのような大きな切り傷が刻まれており、それらは数時間前よりマグルによって殲滅(せんめつ)された、例の軍隊であることが分かる。


 今更、この無残な光景を見せる意味はあるのか──しかし、そんななかでも、消えゆくような荒い息遣いが聞こえた。

 樹木のひとつへ背を預け、血(まみ)れのなかを薄墨色の外套(がいとう)を羽織り、座り込んでいる。


 傷が浅かったのか、運良く一命を取り留めた様子だが、止血する力も残っていないようで、血は流れっぱなし。

 虚ろな目で顔だけは空を(あお)ぎ、途切れ途切れな呼吸で酸素を確保。その眼前で、右羽にオレンジ文字で『T』と書かれた、暗い紫色の小さな蝙蝠(こうもり)が静かに羽撃(はばた)いていた。


 死へ迫る灯火のなか、ただひとり生き残った男は振り絞るかのように、蝙蝠(こうもり)へ向けて小さく声を発する。


「こ、こちら……OR-11(オリジン第十一)B1(ビーワン)偵察分隊……。謎の男の襲撃に遭い……部隊は私を除き……全滅……。」


 すると、その言葉に、蝙蝠(こうもり)が眼を灯りのように黄色く発光させると、慌てたかのような声が返ってきた。


『……! ようやく繋がったか……! こちらはOR-11(オリジン第十一)本隊! 今、救援に向かっているところだ! そちらの現在地は分かるか?』


「はぁ……はぁ……お、恐らくは……。」


 この蝙蝠(こうもり)は、連絡蝙蝠(れんらくこうもり)。僅かに残っていた力を振り絞り、本隊へ連絡を取ったのだろう。


『そうか……。とりあえずは、一人でも息のある者が居て良かった。──指示を頼む。』


「最終チェックポイントは……三十一番街道……南のV78地点……。そこから、東へ五分──北へ三分ほど行った場所にて襲撃に遭った……。それからは動いていない……。」


 軍隊のみで使われる用語か隠語か。素人には到底分からない位置の共有法だが、やはり、そこは軍人。蝙蝠(こうもり)を介した向こう側で、瞬時に情報が回される。


『……了解した。くそ……少し当てが外れたか……。──あっ、”隊長”!』


 同時に、蝙蝠(こうもり)の先で、人が入れ替わるかのような雑音が聞こえたかと思えば──。


『あー、こちら──”T4(テールフォー)”隊長の”ワンド”だ。』


 蝙蝠(こうもり)から発せられる声質が変わった。

 隊長と呼ばれているにしては、少し若い男性の声だが、その声を聞いた瀕死の男は(かしこ)まったかのように驚きを見せる。


「た、隊長……! っ──いててて……!」


 しかし、反射的の体を前のめりにしてしまったせいか、傷に痛みが走り、男は苦悶の表情を浮かべた。

 その反応に、隊長──”ワンド”と名乗った若い男は、冷静に部下を(なだ)めにかかる。


『無理はするな。さっき伝えたとおり、今そちらへ向かっている。できることなら、今日中にでも救出したいところなのだが、憎いことに、この森は広い──。』






─────






 視点が入れ替わり、土道を駆ける馬車の中──。


「──軍用の馬車を使っても、到着には数日、要するだろう。それまで──生き残ることはできるか……?」


 隊長の問いかけに、蝙蝠(こうもり)からは弱々しい声が返ってくる。


『ぜ、善処します……。』


 決して、前向きな答えではなかったが、悲観的な答えでもなかったがために、隊長はその言葉に満足げな反応を見せていた。


「十分だ。我々も全力を(もっ)てそちらへ向かうが、こればっかりは君の気力次第──何がなんでも生き延びるんだ……!」


 冷静ながらも、どこか熱い激励(げきれい)に、男は「はい……」と小さく返事を返す。






─────






 しかし、同時に、申し訳なさも湧いたのか、兵士の男は樹木に背を預けると、木漏れ日へ躍った塵のもと、僅かに下を向き呟いた。


「すみません……。私のせいで、隊長の手を(わずら)わせることになってしまって……。それに……部隊全滅の件も……。」


 己の失態のせいで、本隊にまで迷惑をかけてしまい、加えて、多くの命も失われてしまったと、取り返しのつかない事態に謝罪を述べる。

 だが、蝙蝠(こうもり)は表情ひとつ変えず──もちろん、その奥の隊長も冷静に事を受け止めると、余計な卑下(ひげ)だと打ち消した。


『バカを言うな。どれも君一人の責任ではない。しかし、それでも、どうしても謝罪をしたいと言うのであれば、まずは生きてからだ。お前が死んだら、先に逝った者たちの勇姿を誰が伝えるんだ……?』


 その言葉に、兵士の男の顔がほんの少し上を向く。満月のように眼を輝かせる蝙蝠(こうもり)と目が合った。


『余計なことは考えるな。今は生きることだけに集中しろ。じきに追いつく……!』


 励ましの言葉を最後に、通話が一時、途切れる。

 返事を待たずして、軍隊らしく(せわ)しない会話だったが、通話を終えた兵士の男は痛みに虚ろな目を僅かに細めると──。


『──はい。もちろんです。』


 小さくも、確かな命として受け取った。






…………………………






“旧街森林 広場”


「はあぁあっ!」


 血気ある声と共に放たれたナイフの刺突。それをルナは、上半身を横へ()らすことで避け、唐紅(からくれない)の髪とオレンジの配色を持つブランケットが大気に揺れる。

 続けて、もう片方のナイフで斬り上げ、引き戻して斬り下ろし、斜め切りからの横切りを左右交互に放ち、全て避けられながらも、ロップは刃物の圧でルナを押していく。


 拳の間合いを保ち、身を退きながらも最低限の動きで回避していくルナ。

 そんな彼女を狙って、左ナイフの刺突の後に、ロップが意識外から水平の蹴りを放つが、ルナは危なげなく後ろへ跳ぶことにより避けていった。


 ルナとロップの間に少しの距離が開く。それを見計らったかのように、今度はルナの左横より車輪(ウィール)の音が近づくと──。


「はあぁあ!」


 スケートボードの勢いを利用したポップが急速に迫り、そのままルナへ斬りかかった。

 だが、ルナはそれも避けることにより、勢い余ったスケートボードとポップがルナを越え、通過。交差点にて、地面と平行するかのような薄い閃刃(せんじん)が空気を裂く。


 ポップが視界から消えたタイミングで、再び、ロップがルナへ迫った。

 一対のナイフによる交互の連斬(れんざん)。まさにそれは、曲芸の如く、華麗ながらも素早く隙を感じさせない動きであった。


 しかし、ここで、ふと違和感。いくら、刃物を(たずさ)えたとはいえ、今までロップの動きに付いてこれていた──いや(むし)ろ、それ以上の動きを見せていたルナが、一切の反撃をしていなかった。

 ナイフを相手に臆しているのか──しかし、その表情は真剣ながらも冷静。拳を放つこともなく、炎を放つこともなく、ただ避けに徹している。


 ルナが反撃をしない理由は、彼らの行動に対して、訊きたいことがあったから。

 真剣な目を浮かべ、乱れる斬撃の中、ルナが問いかけた。


「どうして、そこまでしてでも戦うの……? 君たちもお金が欲しいの……?!」


 年下の少女の辛辣(しんらつ)な問いかけに、ロップの動きがほんの僅かに緩慢になる。

 だが、支障をきたすほどの減速ではないのか、ロップは何かを(こら)えるかのように歯を食いしばると、無駄な思考ごとルナを切り払うかのように勢いよく答えを返した。


「お金……? ああ、そうだよ……! そのために仕事をしてるんだ……! お金がなきゃ、この世界じゃ生きていけないからなっ!」


 近距離より迫りくる突き刺しや斬り下ろしを大きく避け、また距離が空いたタイミングを見計らってポップがスケートボードを走らせる。

 突進と共に振られるナイフの刃、一往復──計、二回の攻撃を回避したルナへ、ロップが距離を縮めた。


 再び振られるナイフの演舞。避けながら、ルナが問いかけを続ける。


「でも、あいつらが悪いことしてるって気づいてるよね……!? 本当に、自分たちのやっていることが正しいことだと思って行動しているの!?」


 ルナは決して、彼らの行動を(とが)めているわけではない。彼らの行動と意思が、本当に一致しているのかを確かめているのだ。

 拳を交え、会話を交わした今なら分かる。彼らからは、グリルニードやマグルほどの悪意を感じない。しかしながら、その代わりというように、それ以上の必死さが(にじ)み出ていた。


 一体、何が、彼らをそこまで突き動かすのか──。


 やはり、ルナの問いかけにどこか、ロップはナイフを振る動きを鈍くさせると、僅かに下を向くことにより目元を毛先で隠しながら、奥歯で食いしばり──。


「そんなの、気づいてない……。気づいてないよ……!! 何が正しいのかなんて、分かんないよ!!」


 ナイフを勢いよく振り下ろし、己が(いだ)いた疑心ごと、空間を断ち切った。






──────────






 ロップとポップ、二人の兄弟は、幼い頃より両親を亡くしていた。


 元より、他人との親交が浅い家系──親を失った彼らを引き取ってくれる者も居らず、ロップとポップはその時から、二人きりで生きることを()いられていた。


 初めは、果物や山菜を採っては飢えを(しの)ぎ、両親の遺した家を住居に、一見は何不自由のない生活をしていたかに思われたが、そのうち、土地代の滞納を理由に、兄弟は早くにして強制退去を受ける。


 住み慣れた場所を追われ、そんな彼らが次に目指したのは、『安定した生活』だった。

 そのために必要なものは、衣食住──。そして、それを持続させるための”お金”である。


 幸いなことに、元々、生まれ育った家が山や林に囲まれた場所であったため、山菜や果物の知識が幼い頃より養われており、最悪、食には困らないだろう。

 しかしながら、住居ばかりは己たちで建てられるわけではない。加えて、山菜や果物だけでは栄養も偏り、味覚的な意味でも肉や魚が恋しくなる。


 やはり、安定した住まいを得るためには、最低限のお金が必要だった。

 彼らは手始めに、依頼案内所に貼り出されていた”採取依頼”を請け負った。


 ──結果は大成功に終わった。


 初めて、自らの手でお金を稼いだのだ。


 それから、彼らは成功体験に取り憑かれたかのように、兄弟二人っきりによる、依頼を(こな)す生活が始まった。

 そして、これもまた幸いなことに──彼らには卓越した才能があった。


 町の外へ出れば、必ずと言っていいほどに出会うのが、”魔物”。彼らにも、もちろん、魔物と対峙する日が訪れた。

 低レベルの魔物が相手ではあったが、彼らの目を見張る身体能力──柔軟な体遣い──独創的な戦略。彼らは幼くして、たった二人で魔物を殺した。


 それから、彼らは主に”魔物討伐”の依頼を請け負うようになり、その奇抜な見た目や戦い方が目を惹き、一部からは、”稼ぎ屋”──”曲芸兄弟”の通称で知られることになった。


 しかし、それでも、所詮(しょせん)は幼き少年の身、ふたつ。『安定した生活』を維持するのは、簡単なことではなかった。

 多少、名が知れ渡っても、精々倒せる魔物のレベルは『低』から『中』。収入もそれに(ともな)って、低額を維持している。


 加えて、洗練された”魔物狩り”とは違い、ロップとポップの戦法は真っ正面からのぶつかり合い。当然、そんな戦い方をしていては、怪我をすることも多かった。

 どちらかが怪我を負えば、常にもう片方が付きっきりになるため、傷が治るまで収入は途切れ、治療費や薬代も発生してしまうがために、イタチごっこのような生活が続いていた。


 だがそれでも、なんとか二人三脚で助け合いながら、そんな生活を続けては数年後──今から約1年前。


 怪我を負う頻度も少なくなり、この生活にもすっかり慣れてきた頃──彼らのもとに、ある勧誘が届いた。






 送付元は、正規ギルド──”フォレストハント”──。






 その名に、彼らは大いに喜んだ。

 何しろ、この国に点在する、数少ない”正規ギルド”の正式な勧誘状であったからだ。


 これほど有名な組織に就ければ、もう不安定な生活を送る必要はなくなる。『安定した生活』を遂に得られるのだと、心の底から喜んだ。






 ──これでもう、()()()に貧しい想いをさせずに済む。






 ──これでもう、()()()に負担をかけずに済む。






 彼らは意気揚々と、フォレストハントと面会を果たし、無事、組織の一員として認めてもらうことができた。


 人生、山あり谷ありの日々ではあったけど、ここまで頑張ってきて良かった。報われた。


 晴れて、彼らの立派な”正規ギルド”としての輝かしい人生が幕を開けるのだと──。






 ──この時までは、そう思っていた。






 フォレストハントに所属してから数ヶ月──意外にも、仕事内容に今までと大した違いはなかった。

 ギルド側の考慮か、慣れ親しんだ討伐依頼や採取依頼を主に回してくれて、仕事に不自由はない。


 加えて、正規ギルドというだけあってか、給与も安定を維持。仕事中に負った怪我なども、(ぞく)にいう労災というかたちで、基本、無償で手当てを施してくれる。


 ──仕事に不満はなかった。






 そう。()()()()()仕事には──。






 正直、心のどこかで気づいていたのかもしれない。


 倉庫にあった怪しい武器。見たこともない書類や依頼書。弱り切った生物。檻に入れられた魔物。不穏な通話のやり取り。本能的な嫌悪(けんお)を感じさせる客人。時折感じる、年の離れた同僚の怪訝(けげん)な目。重い空気。


 極めつきは、何を入れていたのかも分からない、大量の縦長の麻袋。土(まみ)れ。けれど中は空っぽ。自分たちなら、ふたり揃って中に入れてしまう。

 何か変な匂いがした。生物(なまもの)が腐ったかのような。同時に悪寒も走った。






 ──気づいたら、目を()らし、逃げるようにその場から立ち去っていた。






 何を考えた……? まさか、”正規ギルド”が実は”悪党”の集団だった、なんて考えたか……?


 証拠はあるのか……? ただの憶測だろう……? 何を根拠にそう思った……? 説明なんて(いく)らでもつく。


 それなのに、『かもしれない』というだけで、今の『安定した生活』を棒に振るのか……?


 ここを辞めれば、また不安定な生活に逆戻りだ。最悪、自分はいいかもしれないが、もう片方(きょうだい)はどう思うかな……?


 悲しむだろうな……? 辛いだろうな……?






 ──お前の傲慢で、また兄弟(あいつ)を不幸にするのか……?






 事実、彼らのもとには違法な仕事が回ってきたことも、そういった話を聞かされたこともなかった。


 ただの憶測……。そう。憶測なのだ。


 かといって、その憶測を披露することはできない。

 このギルドの(おさ)──グリルニードにはもちろん、同僚にも問いただすことはできないだろう。


 そんなことをしても、相手が認めるわけはない。いや、認めないだけなら、まだマシだ。

 最悪な結末を考えるなら、一生の監禁か労働か──(ある)いは、口封じに消されるか──。


 どちらにしろ、()けたい末路だ。

 

 何より、自分の兄弟にそんな危険を冒させるわけにはいかなかった。




 知らなければいい。いや、実際、知らないんだ。


 深入りしなければ、今の『安定』を維持できる。






 ──兄弟を、守れる。






 彼ら兄弟は、現実から目を()らした。






──────────






 そして、現在──。


 今回の、ピピ拉致依頼がグリルニードにとって大きな意味のある依頼だったのか、グリルニードは初めて、違法な依頼にロップとポップを駆り出した。


 依頼内容だけを偽って──。


 当初、ロップとポップは今回の依頼を、本当に『盗みを働いた少年を捕まえる』依頼だと聞かされていた。

 しかし、予期せぬ不手際か。皆も知ってのとおり、ナナたちによってグリルニードの目的が明かされ、そこで初めて、ロップとポップもグリルニードの本当の目的と、フォレストハントの正体を知ったのだ。




 だが、それにしては、おかしな情景がひとつ──。そんなロップは、ルナへ目掛けて激しくナイフを振っていた。


 それはなぜか。理由は簡単。






 彼らは真実を知った今も──現実から目を()らしているから──。






 もはや彼らには、何が正しいことなのか分からないのだろう。

 長く感じていた疑心から目を()らし、真実から目を(つむ)り、知らないふりを続けることで、自分たちの居場所と生活を守ってきたのだ。


 それが今更、自身たちの(いだ)いてきた疑心が本当であった、なんてことを聞かされた日には、若き少年たちの思考など、簡単に溶け崩れる。

 だから、これは一種の防衛反応に近いのだろう。


 彼らは、考えることをやめた。


 一番の目的──最優先の目的である、『安定した生活』と、その中の笑顔を守る──ただ、それだけを見据えて──。






 ──ほか全てから、目を()らすことを選んだのだ。






 物理的にのみ、前を見据えて、ロップとポップがナイフを振るう。

 余計な思考を切り裂くように、何も考えられないように。




 ただ乱雑に──ナイフを振り続けた。




 分からない。分かりたくない。大事なのは、今ある仕事を完遂し、兄弟のために、生活を安定させることのみ。


 だから、何も分からないほうが──。


「──分からなくてもっ!!」


「────!」


 不意に、ロップとポップの思考を遮るように、その脳内へルナの声が響いた。

 一瞬、驚きから目を見開いた兄弟へ──主に、間近に居るロップへルナが声を届かせる。


「分からなくても、前を見続けなくちゃいけないんだ……! 君たちに何があったのかは分からないけど、目を()らし続けた先に──。」






 《──楽しい生活なんて絶対にやってこないよ!!》






 その言葉に、ポップがスケートボードの動きを止め、固まり──ロップのナイフを動かす腕に、明らかな戸惑いが見られた。

 しかし、こちらも頑固。己を無理矢理、突き動かすかのように、ロップがナイフの柄を強く握ると、余計なお世話とばかりに声を荒げながら、刃の連続斬りを続行させた。


「っ──お前に何が分かるんだ!! 今を生きられなきゃ、先も何もないだろっ!!」


 しぶとく、こび付いた盲目な意志に、さすがのルナも僅かに冷や汗を垂らし、同時に、ほんの少しの疲れが垣間見える。

 避けに徹し続けた弊害か、そんな隙を狙ったかのように、ロップが(さら)に言葉を返すと──。


「どうせ君の仲間だって、グリルニードさんたちに殺されるんだ!! 初めから、おれたちのような子どもに選択なんてないんだよ!!!」


 その心の叫びのままに勢いを乗せ、ルナへ目掛けて右手のナイフを突き出した。


 瞬間、何やら鈍い感触と共に、ロップのナイフがルナの腹部辺りで停止する。

 突然終わる激しい攻防。ナイフを突き出した姿勢のまま、ロップは止まり、その対する間にて、血がポタポタと(したた)り落ちた。


 それを見て、ロップ、ポップ共に驚愕したような表情を浮かべ、感情のままに刺してしまったことに後悔がやってきたのか──いや、彼らの表情は、そんな自責の念から来るものではなかった。


「っ……。」


 なんとルナは、突き出されたナイフの()()()()を──素手の右手で()()()受け止めていたのだ。


 力強く握り締め、刃を覆った白く小さな手から溢れるように血液が流れ出る。

 ポタポタ、と持続的に鮮血が地面へ沈み、まさかの防御法に、ナイフを放った張本人が一番の驚きを見せ、これも根が善人であるがゆえなのか、下手に引き抜くことができないでいた。


 しかし、当のルナは痛みよりも、彼らを利用した『闇』への怒りと己の意志に歯を食いしばると──。


「痛くても……苦しくても……僕は自分の考えを貫き通す……!! せっかくナナが庇ってくれたんだ……! だったら僕が、君たちの悪い感情を──! 正規ギルド(あいつら)ごと”正面”からへし折ってやる!!」


 心から前を見据え、自らの左拳へ炎を(まと)わせる。

 毛先から覗かせた空色の瞳を勢いよく向けると共に、驚きから硬直しているロップへ左足を踏み出すと──。


「”フレイムバースト”!!」


 ロップの青色の服の上から、その腹部へ目掛けて、炎を(まと)わせた拳をぶつけた。


「がはっ……!」


 数滴の吐血。共に、ルナの拳により後方へ吹き飛ばされ、僅かに炎に(まと)わりつかれながら、ロップの背が地面へ伏す。

 白銀の輝きを放つナイフが時間差で地面へ落ち、血で汚れたもう一方のナイフをルナが手放す。


 対して、その情景を(しばら)(ほう)けたように眺めていたポップは、倒れたロップを一瞥(いちべつ)すると共にハッとしたような表情を浮かべると、怒りと焦りの形相でルナを睨んだ。


「おまえ……! よくも兄ちゃんを……!!」


 そして、まるで馬を叩くかのようにスケートボードの後方部を勢いよく蹴り上げると、両手にナイフを構え、浮き上がった空中にて上方から、ルナを狙った。

 刃先が太陽光に光り、ルナは一歩も退くことなく、それを静かに見据える。同時に、なんの前触れもなく、突如、全身に炎を(まと)い始めると、自身の姿を燃焼で包み隠した。


 突然の発火模様に、ポップは僅かに戸惑いを見せるが、抗う暇も与えることなく、ルナは火だるまとなった状態のまま、ポップへ目掛けて飛び上がる。

 そして、そこに縦回転も加え、炎の車輪となったルナが空中のポップへ突っ込むと──。


「”火炎車輪(かえんしゃりん)”!」


 全身を使い、高速回転を乗せた体当たりと熱で、ポップを宙より吹き飛ばした。


「あ゛……はっ……!」


 炎が全身へ(まと)わりつき、衝撃で気絶を(きっ)したポップの両手からナイフが投げ出される。

 

 そうして、こちらも背中より地面へ落下。それと共にルナも着地を果たし、時間差で、スケートボードと二本のナイフが軽い音を鳴らし、地面へ跳ねた。


「…………。」


 戦闘を終えたルナから剥がれ落ちるかのように、唐紅(からくれない)が大気へ溶けていく。


 桜色の髪を風に揺らし、熱くも切ない戦いは、本当の意味で正面を見据えた、ルナの勝利で幕を下ろした。




………to be continued………




───hidden world story───

 人の生き方に、間違いも正解もあるのだろうか──?


 だが、少なくとも──己が意志でないものは、己にとっての正解ではないのだろう。

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