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【HIDDEN WORLD】  作者: Meafuls CAT Studio@猫のような生き物
【スリープ郊外~旧街森林編】
21/25

第19話 理解の力

 森林を荒らす狂気と従兎じゅうとの決意。



“旧街森林”


 人知れない森の奥地にて、森林の広場では、激しい音と共に土煙が舞っていた。


「”壌土竜(つちもぐら)”!」


 グリルニードが前方へ手を(かざ)す。

 根っこのような形状の巨大な土の柱が、弧を描くように左正面から突き刺す勢いで迫り、ナナは左側へ跳ぶことでそれを回避。土の柱は跳んだナナの右側を列車の如く通過していき、右後方の地面を捉え、先端諸共、音を(ともな)って砕け割れる。


 続け様に、グリルニードがもう一方の手を(かざ)す。

 待機していた二本目の土の柱が、今度はナナの右正面より迫り、ナナは地面へ着地したタイミングで剣を構えると、一刀両断──先端を切り落とすかたちで、土の柱を無効化した。


 ナナとグリルニードが睨み合う。

 辺りは、すっかり土砂が剝き出しになっており、若草が生え揃っていた面影は(すで)にない。加えて、戦いの荒々しさか、砕けた土砂に始まり頭を()がれた土塊──(いびつ)に盛り上がった大地と、人間の浅ましき欲のぞんざいを物語っていた。


 まだまだこれからだ、と言いたげにグリルニードが笑みを浮かべ、ナナが真剣な表情で対峙する。




 ……………




 一方、同所──。

 ルナが前方へ向けて、勢いよく右拳を放った。


 対するは、青色の衣服に身を包んだ弟──ポップ。

 放たれた拳を右へ体を()らし、避け、同時に、ルナの上段を狙って回し蹴りを打つ。


 しかし、ルナは左腕を使い、危なげなくそれを防御。

 その体勢を維持したまま、互いに数秒、睨み合うが、すぐに弾くことで戦闘を続行する。


 ルナが右拳、左足での蹴りと怒涛(どとう)の攻めを見せ、ポップはそれを、少し押され気味ながらも最低限の動きを意識して避けていくなか、(かわ)された蹴りの勢いを利用して、ルナがコマのように軽く一回転──。


「はあっ!」


 その後に放たれた振り向き様の左拳を寸前のところで回避し、ポップはルナの攻撃範囲から僅かに離れた。


 真剣な表情のルナと、それに加えて冷や汗を垂らすポップ──。


「っ──はあぁあ!」


 歯を食いしばり、今度は自分の番だ、と言わんばかりに駆ける勢いを乗せて右拳を放つが、放つと同時にルナの姿が視界から消える。


「…………!」


 ポップはそれに、驚きの表情を浮かべたのも(つか)の間、右正面より飛んできた蹴りに、これまた寸前のところで気がつき、後ろへ体を()らしながら、思わず後方へ飛び退()いた。

 自身の横まで退いてきたポップを見て、今度は兄──ロップがルナへ仕掛ける。


 眼前まで駆けると共に、ルナの上半身へ目掛けて、斬るような水平の蹴りを放ち、ルナは(かが)むことでそれを回避。

 重い風圧を頭上に感じながらも、彼女は臆することなく、立ち上がる勢いを乗せて反撃の拳を伸ばすが、ロップは左腕を使い、弾くかたちで拳の軌道を()らし、それを合図としたように、ルナとロップの拳のぶつけ合いが始まった。


 どちらが(こう)(ぼう)になるでもなく、その場で互いに拳を放ち、互いに防ぎ、互いに避けていく。

 そして、不意に、拳に意識を集中させているルナの隙を狙い、ロップが右足を振り上げようとするが、それを読んでいたのか、はたまたは、ただの反射神経か、ロップの足が蹴りとなる前に、ルナの左足が彼の右足を阻止した。


 無理矢理、抑えられた足に、さすがのロップも僅かに驚きを見せ、その隙を狙って、ルナが右拳のストレートを放つ。

 一度、崩されてしまったペース──ロップは冷や汗を垂らしながらも、顔を横へ傾けることで、なんとかそれを避けるが、拳を思わず目で追ってしまったのが良くなかったのか、引き戻される拳と入れ替わるかのように伸ばされた、弾丸のような蹴りがロップの胸部を捉える。


 ロップはそれを、胸の前で両腕を交差させるかたちで防ぐが、素早く重い蹴りに、ズザァァァ、と数センチ後方へ弾き押される。


 二対一という数の有利を活用しないのは、兄弟のポリシーか──(ある)いは、相手への慈悲か敬意か──それとも単純に、女の子相手に攻め切れていないだけなのか──その心境までは分からないが、弾かれた兄と交代するかのように、再びポップが拳を構えながら向かってくるのを視認したルナは、自身も拳を構え、迎え撃つと──。


「「はあぁぁぁあ!!」」


 広場の中心地にて、少年少女の幼きも雄姿を(まと)った拳が衝突した。






…………………………






“旧街森林 樹海”


 打って変わり、静かな対局となったチロットとマグル。

 森の(さら)なる奥地にて、木々たちは静寂を(もっ)て彼らを(いざな)うが、チロットとマグルは微動だにせず、目を()らさず、ただ互いの敵のみを見据えていた。


 チロットの矛に力が籠る。

 瞬間──マグルが物凄い勢いで間合いを詰めてきた。


「…………!」


 相変わらず、滑空するかのような特攻と共に掲げた刃が光り、チロットは横へ体を()らし、振り下ろされる剣を避ける。

 しかし、マグルは隙も余裕も与えず、身を()らすチロットを追っては瞬時に間合いを詰め、剣を縦へ──横へ──斜めへと振り、木陰の中を()(くぐ)りながら追い詰めにかかった。


 チロットは、そんな斬撃の乱れ撃ちの中を器用に避け続けてはいるが、一撃でも受ければ致命傷は(まぬが)れない攻撃に、緊張の汗を垂らす。

 同時に、時折、脳内へ──『槍で受けろ』という囁きが聞こえてくるが、今までの情景や経験をもとに『こいつの剣は受けてはいけない』という理性でそれを抑えつけると、ただただ避けに徹した。


 だが、ここは木々が生い茂る森の中。相手の動きを見続けながら後ろへ退いていては、そのうち──と言うまでもなく、チロットの背に樹木が立ちはだかる。

 ドン、と背をつき、寄り掛かるかたちでガビガビとした幹を確認したのも(つか)の間、眼前まで迫ったマグルの横切りがチロットを襲った。


 瞬間、チロットは伏せるようにそれを避け、同時にふと、背後の樹木へ目を向けると、樹木は切り株だけを残すかたちで見事に切断。斬撃より滑るかのように分離を果たし、壮大な木の葉の音を(ともな)って、枝をほかの木々へぶつけ、へし折りながら倒れていった。


 一太刀で樹木を伏す一撃に、チロットは冷や汗を垂らしながらも、(なか)ば呆然としたように見詰め──ハッ、とすると同時に、続けて迫るマグルの斬り下ろしを跳んで回避する。

 咄嗟(とっさ)の判断だったが、そのままマグルを飛び越えたことにより、マグルの背後を位置取ることに成功。勢いを乗せて、長槍の先で突き刺しにかかった。


 しかし、マグルは振り向き様に、剣の斬り上げでそれを受け止め、案の定、チロットが押し弾かれる。

 靴底で地面を滑り、攻撃は失敗したが、マグルの連続攻撃はひと時止んだ。


 これをチャンスと見て、チロットが槍を構える。

 空いた距離を助走として利用すると、マグルへと向かって正面から突っ込んでいき、刃を突き放った。


「”槍錐(やりきり)”!」


 迫ってくる槍を、マグルが再び剣で受け止める。

 直後、凄まじい衝突音が森へ響き渡り、刃同士がカチャカチャと震えた。


 歯を食いしばりながら力を込めているチロットに対して、マグルの顔には余裕が張り付いている。

 やはり、刃同士の衝突では、この男に勝ち目はないのか──しかし、チロットは不意に気がつく。


 確かに、マグルは冷や汗ひとつ、垂らしてはおらず、明らかに余裕そうではあるが、今までのような笑みは浮かんではいない。

 同時に、刃同士が震えるほど、お互いに力を込め合っているはずなのに、マグルがこちらをすぐに弾き返さないでいる。


 ──まさか、弾き返せないのか……?


 いや、そもそも、マグルの剣が異常に重いのは、決まって攻めのときだけだった。

 ナナも含め、マグルへ攻撃を仕掛けるタイミングが中々なかったがゆえに気がつけなかったが、もしかしたら、守りはそれほど得意ではないのかもしない。


─────


 刃を弾き、相手の力を利用して距離を取る。


─────


 今までは、奴の剣をどう受けるかばかりを考えていたが、こちらの攻めが通じるのであれば、勝算は十分にある。

 攻撃は最大の防御。まさに今が、その時だ。相手に剣を振らせる暇を与えないように、攻め続ければ、(ある)いは──。


 しかし、そんなチロットの思考を読んだのか、再びマグルの表情に嫌な笑みが張り付いた。


「……なるほど。正直、なめてたよ。まさか、お前のようなガキがあんな重い攻撃を持っているとは、思ってもみなかった。」


 あくまで、遊び半分。チロットを全くの戦力として見ていなかった、といった様子で語るが、逆を言えば、今、戦力として数えられてしまったということ。

 

 マグルの(まと)う空気が僅かに変わり、その剣先が真下を向いた。


「ならば、オレもそろそろ本気を出そうか。」


 共に、そう言い放ち、柄を中心に、剣先が横から上へと昇る。

 ぼやけるかのように、剣の残像が二重、三重と見え、消え──ナナさんを斬った時のと同じ技だ、とチロットが察したと同時に、剣先が真上にて停止した。


「──”アイソレーション”……!」


 瞬間──マグルが目を見開き、口角を吊り上げ、狂気の表情でチロットへ迫る。

 いつの間にか一重へ戻っている刃を真上へ掲げるかのように振り上げ、そのままチロットの脳天へ目掛けて振り下ろした。


 チロットは反射的に、それを槍で受け止めようとするが、『受け止めてはいけない』という理性が働いたおかげか、寸前のところで後方へ跳び、剣の射程から素早く離れることで回避行動を取る。

 しかし、回避する過程で、マントに何かが引っかかったかのような違和感を覚え、ふと、自身の左側へ目を向けると、なんと、丁度、左脇腹辺りに位置するマントの一部に、鋭い切れ目が入っていた。


 あの時と同じ──左脇腹。


 体自体は斬られてはいないため、無傷だが、上から振り下ろした剣に対して横から来る謎の斬撃に、チロットは気味悪さを感じ、冷や汗が頬を伝う。


 対して、マグルの笑みと攻撃は途切れない。


「まだまだぁ!!」


 迫る斬撃は角度を変え、振り上げ振り下ろし──振り上げ振り下ろし、を繰り返すが、斬撃は毎回、振り下ろされた剣とは全く別の方向から飛んでくる。

 そのため、チロットは槍で受けることなく避け続けるが、飛んでくる斬撃の方向が分からないがために、衣服やマントに斬撃が(かす)り、終いには、肌も数ヶ所、撫でるように切り傷が付けられていた。


 そうして──。


「はぁ……はぁ……はぁ……。」


 数回に及ぶ斬撃の果て、チロットは息を切らし、それを見たマグルが嘲笑(ちょうしょう)を浮かべた。


「相手にならねぇとは、このことだ。お前じゃ、あのガラス野郎の足しにもなりゃしねぇ。」


 ガラス野郎──ナナのことだろう。

 あの人に及ばないことなんて、自分が一番分かっている。だからこそ、チロットはその言葉で、ギュッ、と手に力を込めていた。


「いい加減、諦めたらどうだ……? どれだけ逃げようとも、命令を受けたからには確実にテメェを殺す。だから……もう抗うんじゃねぇよ。」


 そう。逃げているだけじゃ、勝てない。相手は、自分を殺す気なんだ。


 今までは、逃げる選択肢があったから逃げてきた。だが、今回ばかりは、そうはいかない。

 どれだけ逃げようとも、奴はチロットの息の根が止まる、その瞬間まで、いつまでも追ってくるだろう。


 ならば──生きるためには、今までのように逃げているだけじゃ、足りない。

 抗うことを諦めないのであれば、奴を()()()()()、この戦いに勝つしかないんだ。


 チロットが槍を構える。


「──ナナさんやルナに(かな)わないことなんて、自分が一番分かっている。だからこそ、僕はその強さに憧れて、お二人の傭兵になったんだ。」


 息を整えながら、ゆっくりと言葉を──想いを紡いでいく。


「こんな所で死んでちゃ、その責務を全うできない。僕は、あの人たち専属の傭兵なんだ……! ふたりの邪魔になるものは、たとえ命に代えても排除する……! それが──僕の選んだ道なんだ!」


 自分に言い聞かせるかのように言い切り、改めて、マグルへ相対した。


 ──もう逃げない……! 恐怖からも……! 戦いからも……!!


 自分の後ろには、あのふたりが付いているんだ。恐れるものは何もない。


 マグルが眉間へシワを寄せる。


「はぁ? 何言ってんだぁ?」


 言葉しか聞いていないマグルには、チロットの決意も心情も分からない。もちろん、その過去も──。

 だが、別に解らせる必要はない。大事なのは、ここで勝つこと。それだけだ。


 結果を掴むための言霊とばかりに、チロットが強気の笑みを浮かべると、ここに宣言した。


「僕の実力がナナさんたちに及ばなくたって──お前くらいになら勝てる……!」


 その言葉に、マグルは一瞬、笑みを消す。

 だがすぐに、若気の至りと結論づけたのか、呆れたように笑みを引き戻すと、ゆっくりと口を開いた。


「……甘く見られたもんだぜ。いや──別に甘く見ているわけじゃねぇか。そうでもしねぇと、お前に生きる道がねぇだけか。」


 やれやれ、と肩を(すく)ませ、勝手に納得を見せるマグル。

 そんな態度に、チロットは気を引き締め──それに応えるかのように、マグルが眼光を強くする。


()()()()()に勝てなきゃ、お前はここで死ぬだけだもんなぁ……?」


 そう。口先だけの問答なんていらない。勝てるかどうかは結果が決めること。勝てなければ、死ぬだけだ。


 剣を下げながら余裕を(もっ)(たたず)むマグルを視界に入れ、チロットが腰を低くすると共に駆け出すと──。


「あの子を助けるためにも、ナナさんたちの邪魔はさせない……! 僕がここで──お前を仕留める!!」


 矛の先を真っ直ぐに向けて、一直線に距離を詰め、笑みを浮かべるマグルの胴体へ目掛けて──。


「──”槍錐(やりきり)”!」


 矢の如く、槍を突き刺した。

 同時に、マグルの鳩尾(みぞおち)より背へ向けて、刃が貫通し──。


「…………!」


 ──居ない……!


 今、一瞬、マグルの胴体を貫通させたかのようにも見えたが、まるで空気に溶けるように消えると、次の瞬間には誰も居なかった。


 ──敵は一体どこへ……?


 しかし、そんなことを考える間もなく、勢いよく腕を突き伸ばしているチロットの左から──。




「──残念。外れだ。」




 笑みを含んだ声が囁かれたかと思えば、驚愕に目を見開くチロットへ目掛けて、掲げられた刃が振り下ろされた。






…………………………






“旧街森林 広場”


 再び、森林の広場にて、ルナとポップは依然(いぜん)、激しい格闘戦を繰り広げていた。


 ルナの蹴りを避け──ポップの拳を避け──ルナの拳を防ぎ──ポップの蹴りを防ぎ──拳と拳が衝突する。

 お互いに、グググッ……と右拳を抑え合い、相殺(そうさい)するが、ポップが「はっ!」と左拳を伸ばすことで、ルナがそれを避け、拳同士の鍔迫(つばぜ)り合いを解除する。


 だが、避けるだけで終わらないのがルナの強み。

 ルナはポップの拳を飛び越えるかのように真上へ跳ぶと、そのままポップの後方へ着地。振り向くポップへ向けて、上段回し蹴りを放ち、ポップはギリギリのところで顔を()らすことにより避けるが、靴の先端が僅かに髪へ(かす)る。


 身を退くポップ。しかし、冷や汗を垂らしながらも、すぐにルナへと向かって駆け出した。


「うぉぉおお!」


 子どもらしく雄叫びを上げながら、迫るポップにルナは無言で拳を構え、迎え撃つ。

 そして、なんの警戒もなしにやってきたポップを攻撃範囲に捉えると、ルナはその場から、勢いよく正拳突きを放った。


 しかし瞬間、ルナの目の前から、ポップが姿を消す。

 まさか、あのルナが追えない速度で避けたのか、垣間見えた才能に少しの驚きを見せるが、ポップはルナの足元へ。恐らくは、(かが)んで避けたのだろうが、その動きが素早かったことに変わりはない。


 同時に、意表からか、腕を伸ばし隙の生まれたルナへ、ポップが足払いをかけ、ルナがバランスを崩したのを見計らって──。


「えいっ!」


 なんと、まさかの頭突きがルナのお腹を捉えた。


 現代でいう、不等号を合わせたかのような表情で、妙な戦法を取るポップ。

 弾き飛ばされたルナがお腹を押さえながら、よろよろと立ち上がり、なぜだか攻撃を放ったポップ自身も頭を押さえると、同時に涙目の顔を上げ、一言──。


「「いった~い。」」

「何やってんだお前ら。」


 なぜか、痛み分けとなった状況に、ロップが冷や汗を垂らしながら、冷静にツッコんでいた。






…………………………






“旧街森林 樹海”


 深い深い、森林の奥──。木陰の隙間から木漏れ日が差し、大自然が生い茂る木々の間で、ポタポタと血液が(したた)り落ちる。


「はぁ……はぁ……うっ……。」


 血で(にじ)んだ左肩を押さえ、チロットは痛みに歯を食いしばりながらも、前方の悪意へ向けて鋭い睨みを返していた。

 もはや言わずもがな。直前のマグルの斬撃により、チロットは左肩を大きく損傷──血が流れ出るほどの大出血を(ともな)っていた。


 その前方で、(いや)しき口角が三日月型に迫り上がり、生え揃った白歯(しらは)が浮かぶ。


「いい反応だなぁ。まともに受けていたら、今頃、左肩はなかったぞ……?」


 傷を負った彼の睨みの先に居るのは、もちろんマグル。不穏な言葉を述べ、血の付いた剣の角度を変えてチロットを映す。

 それにチロットは、己を切り裂いた凶器へ思わず目を向けると、直前のことを思い出していた。


 そう、あの時、チロットは剣が振られた瞬間に、僅かに身を退くことで──といっても、ほぼ反射的な反応だったが、咄嗟(とっさ)の判断で致命傷を(まぬが)れていたのだ。

 しかし、意表を突いての至近距離での斬撃──。回避行動を取ったとはいえ、届いた刃は深く鋭く、チロットは肩を犠牲にするかたちとなってしまった。


 瞬時の判断が命を救いはしたが、痛々しく血を流すチロットを見て、マグルがほくそ笑む。


「だが、それだけの傷を負っちゃ、もう勝負はついたようなもんだろ。手負いの”兎”を狩ることほど楽なことはない。」


 もはや、自ら手を下さなくとも、放っておくだけで勝手に失血死まで至り兼ねない現状に、マグルは勝利を確信した様子で(わら)った。


 実際、息も絶え絶え。痛みと血の欠乏で視界もぼやけ始めている。

 しかし、何がおかしいのか──チロットはそんな状態にもかかわらず、口元を緩ませ、ヘラッ、と小さく笑みを浮かべると、強気の表情を(もっ)て相手の確信を打ち消した。


「”兎”を──あまり甘く見ないほうがいいよ……!」


 痛みの表情を(こら)えながら、強がっているようにも見えるが、その真っ直ぐな黒柿色の瞳は凛々しくマグルを捉えている。

 肩を切られたくらいで、チロットの決意は折れない──。


 一方でマグルは、その言葉の意味が分からなかったのか、呆れたように片眉を吊り上げていた。


「あっそ。じゃ、さっさと息の根を止めてやらなきゃな。」


 片手で持った剣は構えず、切先を下へ向けたままだが、数回にわたり対峙してきたおかげか、僅かな挙動でマグルが戦闘態勢に入ったのが分かる。


 血は止まらないし、痛みも引かない。だが──逃げるわけにはいかない。

 チロットが槍を構えた。


「今、楽にしてやるからよぉ……。そこを動くんじゃねぇぞ……! クソガキがぁあ!!」


 怒号のような声と共に、マグルが矢の如く突っ込んできた。

 一瞬にして眼前にまで迫り、瞳と刃を光らせるが、対したチロットがその場で槍を横()ぎすると、マグルは素早く地面を蹴り、横()ぎ諸共チロットを飛び越え、背後へ。そのまま空中にて身を(ひるがえ)し、追って振り返るチロットへ目掛けて剣を振り下ろし──チロットは槍の柄でそれを受け止める。


 鍔迫(つばぜ)り合いは短く、ひと際、重い一撃を有しているマグルがチロットを弾き飛ばし、地面を滑らせ距離を取らせる。

 同時に土を蹴り返し、再び己から距離を詰めると──。


「”アイソレーション”!」


 傷に衝撃が響き、動きが鈍っているチロットへ目掛け、刃を振り上げた。


 瞬間、チロットは頭上へ掲げられる剣を見詰め──同時に、今までの経験が頭をよぎった。




 あの剣は──本当に()()()来るのか……?




 マグルの太刀筋は奇妙──いや、異常と言ってもいい。


 当たり前のように、本能は()()()来る剣を避けようとするが、このまま、それに従っていいものなのか。非常識な太刀筋に対して、常識で当たっていいものなのか。




 ──いや、考えるな。”見る”んだ。




 人は一度思い込むと、その後の展開を勝手に作り上げ、結末に無理矢理、繋げてしまう。

 剣を振り上げた瞬間、人の脳は『上から来る』と決めつけるため、最悪、振り下ろす動作を目で追えなくとも、避けるという結果に移すことができる。


 (ぞく)にそれを──『予想』と呼ぶ。


 普段の生活の中、動体視力だけで生きている人間は少ないものだ。

 行動、動作、勉学に人間関係まで、人の人生には常に『予想』が付き(まと)い、同時に、倫理を持つ人間には必要不可欠な要素といえる。


 しかし、ときに、その『予想』があらぬ『思い込み』となって、人間の思考や真実を(かす)ませることがある。

 だからこそ、たまには考えるだけではなく、口だけではなく、その場に立って、目で見て、経験して、『予想』ではなく『理解』に変えることも、人の人生には必要なことなのだろう。


 今回のこれも、遠からず近からず──似たようなものだ。


 振り上げられたからこそ、意識せずに上から来ると思い込んでいたが、実際のところ、振り下ろす動作を()()()()()()わけじゃない。

 当然だ。いちいち全ての動作を目で追っていては、キリがない。最低限の動きで相手の行動を『予想』することも、立派な戦術だ。


 だが、今回に関しては『理解』しなければいけない。そんな気がしたのだ。


 その瞬間──マグルの剣が振り下ろされ、チロットはそれを目で追った。ただただ追った。


 避けることもなく──集中して──自身へ斬り下ろされる、その瞬間まで──。最後まで。


 恐怖を(こら)えながら、それでも、ひと時も目を()らすことなく──目視し続けた。


(…………!)




 ──消えた……!




 マグルの剣が──いや、マグルの腕ごと、チロットの目線ギリギリのところで消えた……!


 チロットが目だけを動かす。




 ──凶器は一体どこへ……?




「…………!」


 その時、剣を追っていたチロットの目の端に、左より迫る斬撃が映った。

 寸前のところで後ろへ飛び退()き、マグルと距離を取るかたちでそれを回避する。




 ──もう少しだったのに……!




 チロットが悔しそうに歯を食いしばる。


 結論から言うと、剣が腕ごと消えたところまでは確認できたが、肝心の()()()()()()()()が確認し切れなかった。

 しかし、初めて目視できた、太刀筋が消える瞬間。実際、今回の回避は()()で済んでいる。


 同時に、マグルの剣技の正体──。それを理解しつつあった。


 休息している時間はない。マグルが剣を構え、迫ってくる。


「いい加減、くたばりやがれぇ!!」


 (たの)しんでいるのか怒っているのかは分からないが、気迫は凄まじいマグルの攻め。隙もなく間合いを詰め、再度、振り上げられた刃に、チロットは意識を集中させた。

 今度こそ……! という思いを込めて──マグルの剣を目で追いかける。


 出だしは順調、先程どおり。一度、見たおかげか、少し冷静に事を見定める。


 チロットの目前にまで刃が迫り──そして、視界外へ。

 一瞬の動作だったが、冷静さが与えられたチロットの瞳はそれを見逃さず、遂に、曰くある太刀筋がその目に捉えられた。

 

 上から振り下ろされた剣に対して、チロットが長槍を()()持っていったかと思えば、直後──。




 ──ガキィィィン!!!




 という鋭い音と共に、マグルの剣がチロットの構えた長槍に受け止められた。


「…………!」


 僅かに目を見開くマグル。(たが)えた刃はチロットの左脇腹を位置取り、マグルの放った剣は上からではなく、なぜか横から来ているのが分かる。

 しかし、今回、チロットはそれを見事に見切り、同時に、納得したかのような笑みが浮かんだ。


「──なるほどね。」


 その囁きと表情に、マグルは思わず、チロットから思いっきり飛び退()くと、距離を取った。

 初めて、その横向き楕円型の顔に一粒の汗が浮き出る。


 今になって突然、なぜ受け止められたのか──警戒したかのように沈黙を選ぶマグルへ向けて、チロットが答え合わせとばかりに口を開いた。


「つまりは”アイソレーション”──。まるで”分離”させたかのように、体の一部だけを高速で動かす技術。お前の技は──その応用だよね……?」


 マグルが口を閉ざし、チロットが透かさず続ける。


「体を固定したまま、腕だけを瞬時に動かすことで、相手に太刀筋の変動を気づかせない。どころか、まるで別角度から斬られたような錯覚さえも与えることができる。」


 答え合わせはこうだ。マグルは剣を振り下ろした瞬間、相手に届く寸前のところで腕だけを高速に──()つ、瞬時に動かすことで、直前に太刀筋を変更。縦切りから横切りへと移行させ、防御とは正反対の角度から斬りつけていたのだ。

 しかも、何が厄介か──一番は、その”移行速度”だ。


 ナナの時を思い返しても、常人には追えない速度の動作──。結果、太刀筋の侵入角度が変わっていたことにすら気がつけず、まるで、振り下ろした方向とは全く別の角度から斬られたような錯覚を与えられていた。

 チロットの肩を切り裂く直前に、彼の槍を避けたのも、この技術の応用。胴体を固定したまま、足だけで回避を行うことで、相手の脳へ『敵は動いていない』という錯覚を与え、確実に避け切るまで『避けた事実』を伝えない。その結果、攻撃を放った相手の隙を作り、一気に致命となる死角へ回り込んだのだ。


 同時に、それを成していたのは特殊な魔法などではなく、マグルの並外れた技術と筋力であったということが判る。


「今思えば不思議だった。どうしてわざわざ、こっちの目を集めるかのように剣を真上へ掲げていたのか……。お前ほどの実力があれば、そんな大袈裟な動作は必要ないはずなのに──。」


 どことなく気づいていた者も多いかもしれないが、マグルの予備動作は露骨に目立っていた印象だ。こちらの視線を集めるかのように天へ切先を掲げ、これも決まって毎回、どの場面でも真っ正面から斬りかかってきている。

 回避の後のカウンターなどを除いては、その手段を選ばない性格に反して、マグルの攻めには不意打ちが少ない。


 だが、所詮(しょせん)はそれも、ひとつの画策だったということにチロットは気がついた。


「でも、分かったんだ。それは、相手の視野を狭くするための行為だったんだね。目立たせるように真上へ剣を掲げれば、嫌でも人の注意はそこへ向く。そうすることで、より意識外からの攻撃が可能になり、自分の動きも悟らせづらくすることができる。」


 常に正面から攻めてきたのも、()えて、相手の意識を己の剣へ向けさせるため。偽りの太刀筋を囮とし、本来の攻撃先から目を離させることで、攻撃の成功率と、その後の困惑と戸惑いに繋げていたのだ。


 体験と根拠のもと、全ての推理を披露し切ったチロットが強気に問いただす。


「これが、お前の”剣技”の正体だ!」


 声を響かせ、終始、黙っていたマグルに突きつけた。

 (すで)に、その表情に驚きはなく、とはいえ、笑みも浮かんではいないが、真顔で(たたず)むマグルは否定を見せない。


 恐らくは、一言一句、図星であろう。だからこそ、マグルは剣を止められたのだ。


 (しばら)くして──前方にて不快な笑みが浮かんだ。


「ヘッヘッヘッ……! なるほど。これは驚いた。まさか、オレの剣技に気がつくとは──こんな経験は久しぶりだぜ。」


 抵抗も見せず、マグルは笑いながら認め始め、厭味(いやみ)たらしく称賛を送る。


「そんな傷を負いながら、よくもまぁ、見極められたもんだ。死に際の掉尾(とうび)というやつか。実にくだらねぇ……!」


 しかし、その中でも不機嫌に声を発し、相反した笑顔にチロットは槍を向け、身構えた。


「だが、今更、気づいたところで何ができる……! もう、かなりの血を流したはずだぜ……? その深手で、あとどれくらい立っていられるかな……?」


 傷を負ってから、それなりの時間が経っている。その間も、血液は徐々に体外へ流れ出て、その寿命を刻一刻と削っていた。

 どれだけ痛みに耐えられても、気合だけで血は止められない。二割失って意識障害──三割も失えば、有無を言わせず死に至る。


 ──時間は限られていた。


「…………。」


 焦りからか、顔を強張らせながら槍を構えるチロットを見て、マグルがほくそ笑む。


「まぁ、そう焦るな。心配しなくても、失血なんかで殺しやしねぇよ。気が済むまで切り刻んでやる……! 精々、あの世への土産話にでもするんだなぁ……!!」


 最終戦とばかりに戦闘態勢へ入るマグルに対して、チロットも最後の覚悟を決めた。


「いえ……! しっかりとこの世での戦果にします……!」


「言ってろ!!」


 マグルが物凄い勢いで迫ってくる。

 同時にチロットは、その場で膝を曲げると──。


「”(うさぎ)()び”!」


 瞬間的に、真上、上空へ跳躍した。


 マグルの剣が空中を空振り、立ち止まってチロットを探す。


「……! なんだ……! 上か!」


 一瞬、チロットを見失っていたのも僅か、すぐに真上を見上げれば、生い茂る木々の隙間より差した木漏れ日を全身で受けている、チロットの姿を確認する。

 凄まじい跳躍力だが、所詮(しょせん)は翼を持たない人間の悪足掻(わるあが)き。地に足を付けられない状況での行動範囲には限りがある、ということを知っていたマグルは、思わず両口端を吊り上げていた。


「無駄なことを……! そんな攻撃で、このオレが──。」


 しかし、その時、不意にマグルの左脚へ、ズキリとした痛みが走った。

 それにマグルは、思わず顔を(しか)めさせ、自身の左脚へ目を向ける。


(チッ……。こんな時に、あの時の傷が……。)


 今になって、ナナとの戦闘で負った切り傷が痛みを持ち、マグルは(しばら)く視点を下げていたが、すぐに、ゆっくりと顔を持ち上げると、その表情には──今まで以上に吊り上がった笑みが張り付いていた。


 マグルがチロットへ目掛けて跳躍する。

 そして、己も空中にて、跳んだ勢いのまま剣を構えると──。


「宙へ跳んだからといって何ができる! そんなに空が好きなら、望みどおり、空中にて真っ二つにしてやるよ!!」


 叫びを散らしながら、下方よりチロットへと迫っていった。


 それを確認したチロットは、浮いた宙にて柄を強く握ると、一言──。


「──お前はまだ、僕の能力を知らないでしょ……?」


 不敵に呟き、迫るマグルがそれに反応する。


「何を訳の分からんことを……!」


 相手の能力を見破ったチロットに対して、マグルはチロットの能力を知らない。

 今のチロットとマグルとの大きな差は、()()()()()()か、()()()()()か、だ。


 同時にそれが、予想外の決着を誘発することも──(ある)いは、ときに命運を左右することも──。


 チロットの跳躍は思いのほか高く、刃を交えるには、まだ距離がある。

 しかし、そんな距離もあと数秒もあれば、一瞬で縮まることだろう。


 もはや空中にて、勢いを失ったチロットに避ける(すべ)はない。

 距離を詰めれば己の勝ち──。ただの強がりにしか聞こえない言葉に、マグルは笑みを隠さないが──それに対してチロットは、マグルへ向けて体を前傾させると、大気を勢いよく蹴り放った。


「”翔兎(かけうさぎ)”!」


 瞬間、チロットの体が再び勢いを取り戻したかと思えば、下方より跳んでくるマグルへ己からも高速で向かっていく。

 まるで、宙を翔ける鳥のように、自身へ目掛け滑空して迫るチロットに、マグルは目を丸くすると──。


「なに……! 空中で折り返した……!?」


 驚愕の声を上げ──驚きからか、僅かに隙が生まれたその胸部へ目掛けて、チロットが槍を振りかぶると、強い意志の渇望を(もっ)て、刃を一閃させた。


「”(うさぎ)()り”!」


 瞬間──野太い悲鳴が響き渡り、すれ違い背中合わせとなった上空で、マグルが血を散らし斬られる。


「ぐはぁあ……!!」


 共に、数滴の吐血。白目を剥き、入れ替わるかのように木漏れ日に晒されたマグルは、天を(あお)ぐように剣を手放した。


(ば、バカな……! このオレが……こんなガキに……!!)


 同時に、意識も手放し、チロットが瑠璃色のマントをはためかせながら着地した数秒後に、その後方にて、マグルも勢いよく地面へ落下する。

 完全に意識はなく、仰向けに倒れているその姿を遠目で確認したチロットは、胸を撫で下ろすと、ひと息ついた。


「はぁ……はぁ……。な、なんとか勝てた……。」


 しかし、悠長(ゆうちょう)にしている暇はない。今、倒したのは、所詮(しょせん)は部下のひとりだ。

 自分の守るべき相手──ナナたちが、それよりも厄介な敵と戦っていることを考えると、専属の傭兵として、自分だけが休息を取るわけにはいかなかった。


「そ、それよりも、早くナナさんたちの所へ戻らないと……! うっ……!」


 だが、左肩の傷がそれをさせてはくれない。このまま行って、足手(まと)いになるのはおろか、血を失い死んでしまっては元も子もない。


 何より、これは傲慢だけど──自分もあの人たちの隣で、生きて旅を続けたいから──。


「……やっぱり、先に止血くらいはしておくべきかな……。で、でも、ナナさんたちが心配だし……。うぅ、どうしよう……。」


 何はともあれ、森の中での一騎討ちは、チロットが勝利を収める結果となった。




………to be continued………




───hidden world story───

 卑しき焦茶色は兎に狩られる──。

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