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【HIDDEN WORLD】  作者: Meafuls CAT Studio@猫のような生き物
【スリープ郊外~旧街森林編】
16/24

第14話 岩石の羽撃き

 岩山に吹き荒れる死闘──。



“ロック山脈”


 岩山にて、突如、姿を現した巨大怪鳥に、ナナたちは驚き見上げる。

 バサリ、という重い羽音と共に吹き下ろす、一定間隔の風。自身を浮かすためだけの羽撃(はばた)きで、こちらの体が吹き飛びそうになる。


「こ、こいつが……! “岩石大鷲”……!」


 驚愕を崩さず、チロットが言葉を漏らす。共に、ナナもそれに同調した。


「あぁ……間違いなさそうだな。」


 声は冷静。顔には冷や汗。見上げた視線は空中の獣へ。


 鷲のような容姿に、岩石を(まと)ったかのような体表。奇々怪々な鳴き声。

 安直だが、岩石大鷲──その名が表すものと特徴が一致する。


 依頼書に書かれていた内容を思い返しても、恐らく間違いないだろう。


 ただ、唯一、想定外だったのは、その()()()だ。確かに、依頼書には巨大とも書かれていたが、こちらの予想の範疇(はんちゅう)を超えていた。魔物とはいえ、()という規格を優に超えている。

 まさに、先程チロットが言ったとおり、その姿はまるで、伝説上の怪物──”ワイバーン”を彷彿(ほうふつ)とさせた。


 チロットが僅かにたじろぎながら、一歩身を退くようにして問いかける。


「ど、どうします……?」


 誰に問うわけでもなく──いや、実際はナナへ向けて問いかけたのだろうが、圧倒的な害敵を目前として目を()らせないがゆえに、空間へ溶かすように呟いた。

 しかし、驚愕と共に岩石大鷲から目を()らせないのは、ナナも同じこと。


「どうするって……。」


 規格外の敵の大きさに、判断力も鈍ってしまう。


 魔物とはいえ、相手は野生の獣だ。下手な言動は興奮を誘い兼ねない。

 生物の本能とでもいう牽制(けんせい)の硬直は必然、獲物として真上を取られてしまった以上、できるだけ岩石大鷲を刺激しないようにしたいところなのだが、このまま無抵抗な獲物をアピールしていては、結局は狩られてしまうことに変わりはないだろう。


 ゆえに、警戒しながらも次に起こすべき一手を模索するナナたちだったが、不意に、血気ある声が岩石大鷲へ向けて放たれた。


「鳥! 僕たちが相手になってやる!」

「「煽るな!!」」


 この状況下でまさかの挑発。一連の膠着(こうちゃく)状態を無に帰すかのようなルナのひと声に、ナナとチロットの言葉が思わず重なった。

 (もっと)も、『相手になってやる』ことに変わりはないため、全く問題はない発言なのだが、せっかく慎重に事を進めようとしていたのに、わざわざ敵を怒らせるな、とナナとチロットは思う。


 もちろん、魔物相手に言葉が通じるとは思えない。しかし、刺激するような大声や態度を示せば、魔物でも本能的に敵意を感知してしまうだろう。


 岩石大鷲が大気へ声を震わせた。


『クワカアァァ!!』


 言葉が通じないとはいえ、やはりルナの挑発に反応してしまったのか、岩石大鷲は空中よりナナたち三人を見下ろすと、たがが外れたかのように一気に滑空を始める。


 目的は──ナナたちへ目掛けた特攻だ。


「…………!」


 今まで、互いの牽制(けんせい)のために空いていた距離が急激に縮まり、岩石大鷲が目前にまで迫る。

 ただでさえ、先程まで緊迫による硬直時間があったのだ。咄嗟(とっさ)の特攻にナナたちの反応が遅れてしまう。


 翼を広げれば数十メートルはくだらない巨体からの突撃──今更、回避行動を取っても間に合わないだろう。

 しかし、間に合わないながらも濃く覆う影から逃れようと駆け出すルナたちの中心で──ナナが地へ向け手を伏した。


「──”(いわ)ガラス”!」


 瞬間──ナナを中心としてナナたち三人の目の前に、まるで氷山の一角のような形状のガラスの塊が岩地から迫り上がるように(そび)えると、滑空すると共に振り下ろした岩石大鷲の両鉤爪を受け止めた。

 直後、耳を(つんざ)くような──巨大な金属同士が衝突したかのような音が岩山に響き渡り、ガラスの向こう側で一瞬の衝撃風が吹き荒れる。


 突然のことだが、状況把握は一瞬──ルナとチロットは山のように(そび)えるガラスの塊と、それに阻まれている岩石大鷲を驚愕したように確認すると共に、素早くナナへ目を向ける。


「ナナ……!」


「ナナさん……!」


 まさかのまさか。岩石大鷲の攻撃を止めたことによる驚きはもちろん、瞬間的に、ナナのガラスにより守られたことを理解するが、細かいことは後といったふうに、ナナがガラス越しの岩石大鷲を見据えながら声を上げた。


「今のうちに、一旦離れろ……!」


 危機迫るような鋭い目つきと、食いしばりによる横顔。共に流れる冷や汗に、ただならぬものを感じたルナとチロットは指示に従う。


「うん……!」


「はい……!」


 頷き、ナナを残し左右へ()けていく。


 あの常軌を(いっ)した巨大な怪鳥の滑空を受け止めたガラスの強度は相変わらず、こちらも常軌を(いっ)した能力といえるが、岩石大鷲も怪物の一角、獲物との間に迫り上がった透明な塊を両足の鉤爪で捉えたまま、憎き障壁といったように掴んでいる。


 そして、時は数秒と経たず、なんと、その頑丈さが売りともいえるガラスの塊に、地を裂くようなヒビが走った。


「…………。」


 怪物的力を持った人間の数多の攻撃を防いできたガラスだが、”本物”の怪物を前には、それも意味を成さないのか──ナナは冷静に事を見届けながらも、吹いた汗が頬を伝っていく。

 しかし、その汗は、ガラスにヒビを入れられたことによる驚愕からくるものではない。一度に大量の魔力を消費したことによる、疲労からくるものだった。


 基本、人が扱う魔法というものは、己の体内に貯蔵されている魔力により発せられるもの。魔法を使えば、少なからず魔力が消費される。

 つまり、運動や代謝によって消費される生理的エネルギーや水分と同様、魔法も使えば使うほど、その分、体内の魔力が消耗され、脱水症状や栄養失調、酸欠のような身体的疲労に陥る。


 今回、ナナは、巨体を持つ岩石大鷲の攻撃を防ぐために、その分、巨大なガラスの塊を魔法として、大量の魔力を消費して生み出した。

 特に、形状を考えずに生み出す『”(いわ)ガラス”』は、強固なガラスを塊として瞬時に生み出せる分、魔力の燃費が非常に悪い。


 もちろん、その分、質量が多く頑丈というメリットもあるが、それを込みしてもやはり燃費が悪いため、あまり多用はしたくない技なのだが、ナナはそれを一度に、しかも、大量の質量として生み出したがために、持久走後のようなドッとした疲労を体感することとなった。


 だが、仮に燃費が悪いとしても、あの頑丈なガラスを塊として生み出す技だ。以前、四メートルは超すであろう大男の巨大なハンマーをヒビひとつなく防ぎ止めたのも、このガラスの塊だ。

 防御として利用すれば、ナナの技の中でも上位を争うほどの鉄壁度を誇っている。


 しかし──。


「──さすがに限界だな。」


 ナナがそう呟くとおり、無慈悲にも、そんな強固なガラスの塊でさえ、岩石大鷲は鉤爪を尖らせたその両足で、体重を乗せ押さえつける力だけで、ガラスにヒビを広げていく。

 そして、遂には、まさにただのガラスを砕くかのように、岩石大鷲はいとも簡単に、己を阻んでいたガラスの塊を粉砕した。


 同時に、勢いの余った岩石大鷲の両足がナナへ目掛け振り下ろされるが、ナナは素早く左側へ跳ぶことにより射程から離れ、勢いの乗った両足は獲物が居なくなった岩山の地面を砕く。


 ナナを捉え損ねたとはいえ、その衝撃は災害レベル。

 ガラスを砕いた時のように、砕けた岩肌が連鎖を起こし、岩崩(いわなだ)れとなって足場が崩れ落ちていく。


 ここは山岳。全ての足場が失くなったら最後──翼を持たない人の子は地へ叩きつけられることだろう。


 着地したナナが、そんな岩石大鷲と崩れ落ちる岩地を見て、呟いた。


「中々の……いや、かなりの強敵だな。」


 相手は魔物。待ったはない。どの道、奴を倒すことを目的して、この険しい岩山を登ってきたのだから、もはや考える必要はないだろう。

 このまま、あの岩石の怪鳥に暴れられたら、足場ごと滑落死は(まぬが)れない。


 ゆえに──全員の心が決まった。




 ──ここで、岩石大鷲を討伐する……!!




 これも、魔物と共に生きてきた彼らの(さが)なのだろう。()しくも、意見を交わさずとも次に起こすべき思考と行動が一致する。


 見据えるナナの視線の先には岩石大鷲──共に、まずはそれに向けて駆けるルナの姿が映った。

 攻撃を仕掛けたことにより低空を位置取った岩石大鷲の右側面から距離を詰め、大きくジャンプすると共に「てや!」と腹部へ目掛け蹴りを入れる。


 しかし、その名に恥じない、まさに()()()()。蹴りにより響いた鈍い音とは反して、ダメージはほぼないと言っても過言ではないだろう。


「かった〜い!」


 ゆえに、弾かれるように地面へ着地したルナも、感心したようにそんな声を漏らす。


 だが、効かぬ攻撃も鬱陶(うっとう)しい蚊の如し──岩石大鷲が反撃とばかりに足を構えると、着地したルナへ目掛けて、まるで虫を踏み潰すかのように右足を振り下ろした。

 それにより、再び地面が砕かれ(へこ)み、巨大な足回りに石煙が漂う。


 共に、ルナの姿が見えなくなり、ナナは咄嗟(とっさ)に身を案ずるが、一瞬の案じも(つか)の間、ルナが石煙を裂きながら、その灰色の煙のもと跳び出してくる。

 岩石大鷲の一撃は避けていたようだ。




 ルナの無事を確認した後、今度はナナが鞘から剣を引き抜くと、チロットと共に岩石大鷲へ向けて駆け出した。

 翼を羽撃(はばた)かせながら、迎え撃つかのように宙で停滞している岩石大鷲の正面から左右へ別れ、互いに側面へ回り込む。


 そして、ナナは剣を──チロットは長槍を構え、駆けた勢いのまま岩石大鷲の腹部へ目掛けて跳ぶと、その巨体へ向かって刃を振るった。


 タイミングはほぼ同時。左右より降りかかった斬撃が岩石大鷲の両腹部を襲う。

 だが、刃を振り切ると同時に手へと伝わる、ガリッ、といった衝撃。まさに、岩肌を無理矢理(こす)ったかのような感触に、ナナたちは刃を振るった部位へ目を向ける。


 すると、そこには、一筋の痕のようなものが残っているだけで、岩石大鷲の体表には目立ったような外傷はできていなかった。


「なんて硬さだ……!」


 刃すら通さない強固な外殻に、ナナは失速した空中で冷や汗混じりに眉をひそめ、反対側の側面でも同様に、チロットも驚いたような表情を浮かべる。


 そして瞬間──落下途中のナナへ目掛け、岩石の翼が振り下ろされた。


「…………!」


 咄嗟(とっさ)のことに目を見張るナナだが、空中のため、回避行動を取れるはずもない。

 ただの羽撃(はばた)きによる翼の上下運転──。その振り下ろす動作で、ナナはまるでハエ叩きかの如く空中で撃ち落とされ、目で追い切れないほどの急降下の後、岩地へ叩きつけられる。


「ぐっ……!」


 背から叩きつけられ、僅かに地面が(えぐ)れるほどの衝撃に、ナナは苦悶の表情で歯を食いしばる。


「ナナ!」


 それを見て、ルナが思わず憂慮(ゆうりょ)の声を上げる。




 一方で、チロットは再び槍を構えながら駆け出し、今度は岩石大鷲の正面──顔面へと向かって跳ぶと、ナナの(かたき)と言わんばかりに斬りかかった。


 だが、やはり──。


「ダメか……!」


 顔回りも岩石並みの強度。槍を振り切り、僅かに痕を残せても、直接的なダメージを与えるには程遠い。


 共に、悔しそうに歯を食いしばるチロットの姿が、岩石大鷲の灰色の眼に捉えられる。

 攻撃のためとはいえ、岩石大鷲の正面を位置取ったのはまずかった。


 チロットも瞬間、それを察するが、ナナの時と同様、空中に跳んだチロットに回避する(すべ)などない。

 岩石大鷲が少し頭を引くような動作をしたかと思えば、刹那(せつな)──そのまま目の前のチロットへ目掛け、頭突きをするかのように勢いよく眉間をぶつけた。


 その巨大さゆえに、ただの頭突きがチロットの全身を捉え、衝撃は投石兵器の如し。


「くっ……!」


 到底、個人が受けていい攻撃の域を超えており、対したチロットは長槍の柄で受け、なんとか直撃は(まぬが)れたものの、寸分も緩ませることができなかった衝撃に吹き飛ばされ、そのまま隆起した岩肌の側面へ叩きつけられてしまう。


「チロ!」


 次々と撃ち落とされる仲間たちを前に、ルナの憂慮(ゆうりょ)も一層響く。




 しかし、そんななかでもナナは、軽く頭を押さえながら立ち上がると、素早く岩石大鷲から距離を取った。

 そして、空の支配者が誰であるかを言わしめるかのように羽撃(はばた)き、見下ろしてくる岩石大鷲を改めて見据える。


 低空飛行で停滞しているとはいえ、宙での戦いでは明らかに岩石大鷲のほうに分がある。何せ、こちらには翼がない。跳んで攻撃を仕掛けるのでは、また返り討ちにされ兼ねないだろう。

 でなくとも、あの頑丈過ぎる体──宙でなくとも突破することは容易ではない。




 ならば──こちらも得意分野で攻めるまで──。




 (おもむろ)に、ナナが切先を岩石大鷲のほうへ向けると、先程、岩石大鷲によって砕かれたガラス片たちが、パキパキと音を鳴らしながら宙へ浮き始めた。

 細かく(いびつ)──統率のない形は、断面より鋭利な刃となり、それぞれが独創的な牙となる。


 黄色(おうしょく)の瞳で岩石大鷲を捉え、切先を真っ直ぐに向けたまま、ナナが呟いた。


「──”シャードカッター”。」


 その瞬間、宙に浮いたガラスの破片たちが、まるで銃弾の如く、岩石大鷲へ向けて放たれる。

 キラキラと光を反射させ、輝く星々を連想させたのも(つか)の間──岩石大鷲の胸部から腹部へ目掛け命中。


『クアァァ!!』


 謎めいた細かい衝撃に、岩石大鷲が不快そうな鳴き声を上げる。


 だが、結論から言えば、岩石大鷲の体にガラスの破片が刺さることはなかった。

 隙間なく岩石の体表──数多と放たれたガラス片は、弾かれ岩地へ突き刺さる。


「これでもダメか。」


 細か過ぎたゆえの威力不足だったのか、それとも、もはやナナのガラスでは突破できない強度なのか──いずれにせよ、砕かれたガラスの再利用技では効かないと判断したナナは、次なる一手を講ずる。


 だが、その時──。


『クワカァカアァ!!』


 岩石大鷲が大気を震わせる鳴き声と共に翼を広げると、先程の仕返しと言わんばかりに、その工具を彷彿(ほうふつ)とさせる鋭く尖った(くちばし)を向けながら、ナナへ目掛けて一気に滑空を始めた。


「…………!」


 目的は(くちばし)による()()き。しかし、実際はそんな可愛げがあるものではなく、直撃すれば串刺しによる即死は(まぬが)れないだろう。

 ゆえに、ナナは急いだように左側へ跳び、岩石大鷲の滑空射線から素早く離れるが──直後、岩石大鷲の(くちばし)により、先程までナナが立っていた岩地が勢いよく砕かれた。


 まるで柔らかい土砂を(えぐ)るかのように、いとも簡単に岩地を砕いた岩石大鷲は、(つつ)いた(くちばし)を引き抜くと共に、横目で避けたナナを睨みつける。

 そして、すぐさまに体を上昇させると、今度は鉤爪を(たずさ)えた巨大な左足をナナへと伸ばした。


 巨体とは思えない素早い身の(ひるがえ)しに、回避が間に合わなかったナナは、咄嗟(とっさ)に剣の刃──全面で足を受けるが、まるで掘削機に呑まれるかのように、地面を靴底で削りながら後方へ押され続ける。


「く……くっ……!」


 奥歯で食いしばり、衝撃を抑えようと(こら)えるが、勢いは一向に緩まない。まさに、力の差は蟻と象のそれ。このままでは、岩山に叩きつけられるか、突き落とされるか、握り潰されるかの三択だ。


 どうしようもないことに抗い続けているなか──だが、不意に、そんなナナの後方辺りから、誰かが駆けてくるような音が聞こえると共にすれ違い、一瞬映った桜色の姿が岩石大鷲の顔へ目掛けて跳躍すると──。


「ナナを──離せ!!」


 勢いの籠った声と同時に、岩石大鷲の灰色の眼に蹴りが入れられた。


『カアァ!!』


 全身を岩石に包んだ岩石大鷲だが、さすがに眼への一撃は効いたのか、僅かに足の勢いが弱まる。

 その隙を狙い、ナナは岩石大鷲の足から逃れることに成功。蹴りを入れたルナと散るように着地し、流れるように、怯んでいる怪鳥へ切先を向けた。


「”ガラスピア”!」


 すると、今度は、ナナを中心として周囲に、槍のような形状のガラスが複数本生成され、共にそれを、岩石大鷲へ放った。

 放たれたガラスの槍は、人が扱う槍と同等の大きさ。その模様はまるで、無数の投擲(とうてき)槍の如く──いや、少し大型の矢の如く。


 撃ち放たれたガラスの槍は、かつての狩猟を彷彿(ほうふつ)とさせるように、宙に羽撃(はばた)く岩石の獣に直撃した。


『クワアァア!!』


 数本は外れ、多くは弾かれ──だが、また数本は、その胸部へ突き刺さる。

 遂に、岩石の体表を貫いた。


 やはり、力を一点に集束させるにおいて、槍の形状は秀逸。弾かれた槍でさえ、命中した体の表面をボロボロと削っている。


 そう──()()()()()のだ。


 槍が当たり──(ある)いは、突き刺さった箇所から、岩石大鷲の体表を覆っていたと思われる灰色の角岩のような物が、ボロボロと剥がれ落ちているのだ。


 それを見たナナが、咄嗟(とっさ)に眉をひそめる。


(あれは──。)


 だが、共に、背後から小石が崩れるような音が聞こえ、ナナは目尻を向けるように僅かに振り向いた。


「あいたたた……。」


 見れば、軽く頭を押さえながら立ち上がる、チロットの姿があった。

 そんなチロットの姿を確認したナナは、岩石大鷲へ目線を戻しながら──。


「大丈夫か……? チロ。」


 と、声をかけ、チロットは苦笑い気味にそれに答える。


「な、なんとか……。」


 ふたり揃い、そこにルナも合流したところで、再び視線を岩石大鷲へと向ける。


 岩石大鷲は上昇──高度を上げる。


 それを見上げながらチロットが呟いた。


「本当に頑丈な体ですね……。」


 打撃も刃も通らない強度は共通認識。守りも攻めも秀逸な岩石の鎧を前に、討伐は困難を極めている。

 だが、為せば成るこの世の掟──。どんなものにも必ず(もろ)い部分はあるといったふうに見上げると、ナナは岩石大鷲の砕けた胸部へ目を向けながら、ある憶測を立てた。


「あぁ……。だが、さっき攻撃した時、あいつの体から岩のような物が剥がれ落ちた。恐らくだが、あいつは硬質な外殻を鎧のように(まと)っているんだろう。」


 攻撃で剥がれ落ちたということは、それは体表とは別──独立した物質である可能性が高い。

 (もっと)も、そうでなくとも、あの邪魔な鎧を剥がすことができるというのあれば、考え得る勝算はある。


「なるほど……。だったら、その岩を全て剥がしてしまえば、ダメージを与えられるようになるかもしれませんね。」


 岩石が身を守るための鎧ならば、内側は生身の肉体だ。ゆえに、チロットは納得した様子で言葉を発するが、あくまでそれは、ただの憶測に過ぎない。()()()()()、そこに肉体があって当然というだけの話で、もしかしたら、体の内部までが岩石のような強靭な作りになっているかもしれない。

 しかし、ほかに戦法が思いつかないのも事実。ものは試し。攻撃が通るかどうかなんぞ、鎧を剥がして直接確かめてみればいいだけの話だ。


「あぁ。だが、わざわざ全ての岩を剥がしてやる必要はない。どこか一部に攻撃を集中させ、その部分の岩さえ剥がし切ってしまえば、攻撃が通るかどうかは確認できる。」


 言いながら、ナナは次なる戦法を共有するかのようにチロットと目を合わせると、互いに頷き合う。

 共に、それを片耳で聞いていたルナも改めて気合いを入れると、岩石大鷲へ向けて宣戦布告するかのように声を上げた。


「だったら、攻撃あるのみだ!」


 だが──勝機を見据え始めたナナたちよりも先に、岩石大鷲が動き出す。

 ナナたちから(さら)に距離を取るように上昇し、一度空で大きく旋回したかと思えば、再びナナたちへ向けて、まるで落下してくるかのように急降下を始めた。


「来るよ……!」


 それを見て、思わず真剣な表情で注意を(うなが)すルナと共に、三人は冷や汗を垂らしながら、僅かに距離を取り合う。

 一遍(いっぺん)にやられることだけは()けたいところなのだが、残念ながら、岩石大鷲のほうが早かった。一気に影が広がり、三人を覆うと共に翼を羽撃(はばた)かせ、急降下による勢いを殺し真上を位置取る。




 一瞬で──距離を詰められた。




 輝いた(くちばし)に目が移り、嫌な予感が走ったのも(つか)の間──。


『クカアッ!!』


 驚愕に目を見開く三人の頭上から、(くちばし)による連続(つつ)きが放たれた。

 目にも止まらぬ速さで首だけを動かすように、秒で数十回にも及ぶ(つつ)き。


 さながら、巨大な(くちばし)による雨霰(あめあられ)──。


 ナナたちはそれを、各々散るように跳び、攻撃範囲から素早く離れたことで、なんとか回避するが、跳んだ空中──砕け飛び散る石の残骸と舞う石煙に煽られながら、冷や汗混じりに言葉を漏らす。


「このまま暴れられたら、本格的に足場が失くなるぞ……!」


「てか! 山が崩れちゃうよ!」


 ナナとルナが言い、予測着地点ですら連鎖を起こし崩れていく。


 そんななかでも地に着地した後は、粉々になった岩の残骸を伝い、安定した岩地に足を置いた。


 攻撃を止めた岩石大鷲が翼を羽撃(はばた)かせる。


『クワカァカカアァ!!』


 近距離による羽撃(はばた)き──その風に、思わず腕で顔を覆う。


 そして、また少し距離を空けるように上昇し、宙で滞空を始めた岩石大鷲をナナたちは恨めしそうに見上げた。

 これ以上、時間はかけられない。全員が、そう思った。


「……早めに勝負を決めたほうが良さそうですね。」


 (おもむろ)に、チロットが槍の柄を強く握る。

 共に、まるでこれから決着をつけるかのような呟きに、ナナは無言の眼差しを──ルナは不思議そうな目を向けた。


 もちろん、早めに決着をつけたいのは山々なのだが、それが簡単にできているのであれば、ここまで苦戦はしていない。

 何を思ってそう呟き、槍を握り締めたのかは分からないが、ただ──彼の声質と表情からは、真っ直ぐな決意と意志のようなものが感じられる。


 決して、自棄による特攻を図ろうとしているわけではない。

 空を支配する怪鳥を血気ある瞳で見据えているその表情は、さながら、獲物を狙う小さき肉食動物のそれだ。


 山風に(なび)いた瑠璃色のマントがはたはたと音を鳴らし、槍を構えたチロットは僅かに腰を(かが)めると、宣言するように言った。


「お役に立てるかは分かりませんが、僕もお二人の傭兵として……! 全力で戦わせていただきます!」


 そして、ほんの少しの橙色(だいだいいろ)が混じった、その黒色の瞳で岩石大鷲を捉えると──。


「”(うさぎ)()び”──!」


 瞬間的に、チロットが真上、上空に跳躍した。


「…………!」


 一瞬で、岩石大鷲と同じ高さまで跳び上がった、その卓越した跳躍力に、ナナは遅れて見上げ驚愕し、ルナも驚きと感激が入り混じった表情で目を丸くする。


「…………。」


 空中で、チロットと岩石大鷲が睨み合う。


 しかし、同じ高さまで跳び上がったとはいえ、まだ岩石大鷲とは横方向に距離があった。

 跳躍した勢いも死に、翼を持たない人間の無駄な足掻(あが)きといったふうに、徐々に体が重力に引っ張られ始めるが、チロットはそんな空中のなか、少し体を前傾させると、両足を揃え、大気を勢いよく蹴り放つ。


「──”翔兎(かけうさぎ)”!」


 すると、今度は、まるで見えない壁を蹴ったかのように空中で折り返し、岩石大鷲へ目掛けて一直線に滑翔(かっしょう)を始めた。


「空中を──蹴り返した……!?」


 先程、空高く跳び上がった脚力を使い、空中を──大気を蹴って勢いをつけたと思われる戦法に、ナナは依然(いぜん)、驚いた表情のままチロットを見上げ、ルナも──。


「チロ、凄い!」


 曲芸ショーに目を輝かせる子どものような表情で、歓声を上げる。


 勢いがついたチロットは、そのまま岩石大鷲の胸部へと向かって飛んでいき、もはや、自分自身でも止めることができないといった勢いだが、チロットは構わず、目前に迫る岩石大鷲を鋭く見据えると、大きく槍を振りかぶった。


「”(うさぎ)()り”!」


 瞬間──振られた斬撃より横向きの一閃──チロットが岩石大鷲の後方へ流れると共に、その岩石模様の胸部が勢いよく斬られた。


『カカアァ!?』


 岩石大鷲が困惑と刺痛に似た痛みに鳴き声を上げる。

 斬られた胸部から岩石が崩れ落ち、数滴の血が宙に散る。


「おー!」


 それを見たルナが口をおの字に開けながら、感心するように驚くと共に、チロットはバサッ、とマントをはためかせ、そのまま岩石大鷲の後方辺りに着地した。


 凄まじい身体能力と槍(さば)き。忘れかけていたが、彼はこれでも、この年で傭兵を(こな)していた子だ。

 肩書きと実力は比例している。


『クワカァカアァァ!!』


 だが、感心している暇はない。

 今の一撃で、胸部の岩も相当剥がれ落ちたが、まだ、致命傷を与えるには至っていない。


 自身の(まと)っていた鎧が崩れると共に、岩石大鷲の堪忍袋の緒も緩み始めたといったところだろう。


 不意に、ルナが自身の胸の前で、ぎゅっ、と握り拳を作った。


「凄いね、チロ! よーし、僕も負けてられないよ!」


 チロットの勇姿に感化されたのか、気合いを入れるように明るい声を上げ始めるルナ。その表情を見るに、恐らく、これから本領を発揮するといったところだろう。

 しかし、ナナはふと、今この状況におけるルナの能力について、ひとつ、気になったことを尋ねてみた。


「そういえば、ルナ。今回は、”コピー”できそうな物が周りに無いんじゃないのか?」


 ルナの得意とするコピー魔法は、物質であれでなんであれ、まずは実際に吸収し、その性質を己に定着させるところから始まる。

 定着さえさせてしまえば、後は己の魔力でその性質を模倣(もほう)──いわゆるコピーを行い、ルナは定着させた性質と同じ性質を持った魔法を自在に(まと)うことができるようになる。


 しかし、性質を吸収しているとはいえ、実際に使用する魔法はルナの魔力から放たれるもの。ほかの魔法と同様、使用すれば消耗、体力的にも疲労が生じる。

 そのため、永続的に性質をコピーし続けることは不可能であり、魔力を消耗し切るか、(ある)いは、己の意志によって、コピー状態は必ず解除される。


 ゆえに、戦闘終了時、毎回ルナの姿が戻っていたのは、無駄な消耗を()けるための行為といえる。


 そして、もうひとつ。一度コピーを解除してしまうと、たとえ同じ性質を持った物質であれ、必ず再び、直接の吸収を行い、自身の魔力に定着させる作業が必要となる。


 これらを踏まえて、ナナの素朴な疑問に話を戻すが、ここは植物すら生えない殺風景の岩山だ。ルナの得意とするコピー魔法が、果たして、どこまでの物をコピーできるのかは分からないが、今まで使用してきた炎はもちろん、ぱっと見、周りにはコピーできそうな物は何も無い。

 魔法を使わなくとも十分に強いルナだが、岩石大鷲の硬い外殻に、打撃技もかなり相性が悪いだろう。


 気合いが入っているのはいいことだが、本領を発揮しようにも、そもそも発揮しようがないのではないか、とナナは少し心配になったのだが、ルナは強気の表情で向き直ると、良い笑顔で言った。


「それなら大丈夫だよ!」


 軽く返された、問題ないといった発言を前に不思議そうにするナナへ向けて、ルナは「見てて!」いったような表情を浮かべると、とある岩塊の前まで歩を進め始める。


 それは、薄灰色の砕けた岩石──。


 そう。ナナやチロットの攻撃によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。


 一見するだけでは、ほかの岩となんら変わりない灰色の塊だが、ルナはこの岩の塊に何か特別なものを感じたのか、(おもむろ)に、両手を(かざ)し始める。


 ナナは依然(いぜん)、不思議そうな表情を浮かべながらも、「見てて!」と目配せされたことを守るかのように、そんなルナの背を黙って見守った。


 刹那(せつな)──(かざ)したルナの両手のひらと岩石の間に白く輝く魔法陣が展開されたかと思えば、ルナが宣言するかのように言い放つ。


「”コピー&(アンド)テイク”!」


 すると、展開された魔法陣へ岩石が光となるように吸い込まれると共に、魔法陣が茶色の発光のもと消失すると、ルナの腰に巻かれていた黄色い縞々(しましま)模様のブランケットが、チョコレートのような色合いの岩石模様へと変化した。服の背には、大きなチョコレート色の二重六角形が一つ──真ん中に浮かび、胸部には、同じくチョコレート色の小さな六角形が袈裟懸(けさが)け向きに四つ連なり、歪な二本の太線に挟まれるかたちで描かれる。三日月模様もチョコレート色へと変わり、袖口にも六角形を主体とした岩石模様が描かれる。

 そして、丸みを帯びた八枚花弁が愛らしい、これまたチョコレート色の花型の髪留めにより、桜色の髪の右サイドに小さな一つ結びが作られると、ルナの変化ともいえるコピーが完了した。


 堂々とした(たたず)まい──その背を見届けたナナは、初見の変身模様に感想を呟く。


「……初めて見たけど、見た目変わるんだな。」


 初めてにしては薄い反応。その平坦な目は、感心しているのか無関心なのか、どちらの感情なのか全く読み取れない。


『クアァァ!!』


 不意に、岩石大鷲が鳴き声を上げる。

 見た目が変わったルナに危機感を(いだ)いたのか、チロットの攻撃に怒りを覚えたのか、一直線に、ルナへ目掛けて滑空を始めた。


 防衛は不可能。本来なら、今すぐにでも回避すべき特攻だが、対したルナは臆することなく、(むし)ろ「待ってました!」と言わんばかりの強気の表情で、その正面へと立ち塞がると、自身の腰に巻いていた岩石模様のブランケットを左腰の結び目から、するすると(ほど)き始める。

 そして、片側へできるだけ長く伸ばすように、帯状に伸びたブランケットの端を両手でしっかりと握ると、腰を少し落とし、上半身を右へ捻るようにブランケットを大きく振りかぶった。


「行くよー! 鳥!」


 バット──(ある)いは、巨大な大鎌を振りかぶるかのように構え、伸びたブランケットは血気ある瞳で岩石大鷲を見据えるルナの後方から流れるように、山風に煽られながら、はたはたとはためいている。


 対して、滑空する岩石大鷲の勢いも増していく。(くちばし)を鋭く尖らせ、押し退()けられた大気が先陣を切って吹きつける。


 対地と対空──。互いに矛を向け、迫り縮まる距離のなか──しかし、ルナは距離が縮まり切る前に、その空色の瞳で岩石大鷲を自身の射程に捉えると、大きく構え風に(なび)いていたブランケットを、岩石大鷲へ向けて横からぶつけるかのように、勢いよく振った。


「”ベンドロック”!」


 瞬間──迫りくる岩石大鷲へブランケットが鞭のように激突すると、凄まじい衝突音と共に岩石大鷲が大きく傾いた。

 勢いは失速。ブランケットに()ぎ倒されたかのように、岩石の怪鳥は空中にてバランスを失う。


 間違いなく、この戦闘で一番の衝撃と威力。

 ブランケットが激突した側面から、衝撃を可視化させたかのように岩石の外殻が割れ、広がり崩れ落ちていく。


 その異常なる威力に、ナナとチロットは声が出ない驚愕と共に目と口を見開いていた。

 何せ、あの斬っても切れない不動の巨大怪鳥を力技で傾かせたのだ。三人の中で一番小柄であり、しかも、唯一の女の子から放たれた一撃とは、到底思えない。


 そして、岩石大鷲を()ぎ払ったブランケット──。見る限りでは、あれもただの細長いブランケットにしか見えない。

 散った岩石の破片と共に、今も風に煽られ、ひらひらと(なび)いているそれは、とても岩石大鷲を押し退()けられるほどの重量を持っているとは思えなかった。


 しかし、あのブランケットが岩石大鷲へぶつかった時は、それこそ、まさに岩石の塊同士が激突したかのような音と衝撃を放っていた。

 まるで、()()()()()、ブランケットが岩石の塊になっていたかのように──。


『ク……クカァ……!』


 浮かんだ瓦礫の山のように、岩石大鷲がボロボロと体の岩を落としながら翼を羽撃(はばた)かせる。

 今の一撃が相当効いたのか、鳴き声による気迫も半減。飛行力も低下したようで、鉤爪が地面に接触しそうなほど、高度が低い。


 何より、岩石大鷲の胸部を中心として、剥がれ落ちた外殻の隙間から、その岩よりも(さら)に薄い灰色の羽毛のような物が見え始めていた。


 ようやく見えた()()()()()()に、ナナが好機を見据える。


 ──もうひと押しだ……!


 剣の柄を力強く握ると共に、岩石大鷲へ向けて駆け出した。

 正面より──ただ一直線に──最短距離で間合いを詰める。


『クカアァ!』


 対して、地面ギリギリを維持している岩石大鷲は、今までの激しい攻めとは違い、迫ってくるナナへ近寄るなと言いたげに足を伸ばし、踏み潰しにかかるが、ナナは岩石大鷲の胸部へ向かって跳ぶと共にそれを回避。避けられた巨大な足は岩地を捉え、弱っているとはいえ軽く地面を粉砕する。


 しかし、どんな強力な攻撃も当たらなければ意味はない。それを教えるかのように、ナナが跳んだ勢いを乗せながら剣を構えると、(もろ)く砕けた岩石の胸部へ、刃を一閃させた。


「”撫譲(なでゆずり)”!」


 瞬間、ナナの放った斜め斬りにより、岩石大鷲の胸部の岩が(さら)に崩される。

 砕けた岩石の破片と僅かな血が宙に散り、薄灰色の体毛が大きく(あら)わとなった。


 剣を振り切った体勢のまま、落下途中の空中でそれを確認するナナと同時に、チロットが希望の声を上げる。


「やった……! これでもう、かなりの攻撃が通ったはず……!」


 攻撃を終えたナナが地面に着地する。

 岩石大鷲が空中で身悶(みもだ)え、勝利を目前とする情景にルナとチロットが満ちた表情を浮かべるが──だが、その時──。


『カァカアァァァア!!!』


 唐突に、岩石大鷲が怒り狂ったかのような大声を上げた。

 耳を(つんざ)くような鳴き声が岩山に(こだま)し、ルナとチロットは思わず両手で耳を覆う。


 そして、ナナたちの散々の攻撃により、その薄灰色の体毛を露出させた胸部を隠すこともなく、ナナへ目掛け両鉤爪を構えると、まるで我を忘れたかのように急滑空を始めた。

 もはや、死なば諸共といった勢い。このまま勢いに任せて突っ込めば、岩場ごと完全粉砕は必至──ナナたちはもちろん、岩石大鷲自身もただでは済まないだろう。


 ゆえに、(たたず)むナナへ向け、二人の若い声が響き渡される。


「ナナさん! 逃げてください!」


「危ないっ!」


 必死な様子で声を張り上げるのは、チロットとルナ。

 できるだけ遠くへと、避難を(うなが)す声は横方向より飛んでくる。


「…………。」


 声は届いた。しかし、そんなふたりの声に反し、ナナは呑気とも思えるほど、ゆっくりとした動作で岩石大鷲へ目を向けると、(おもむろ)に、自身の剣を構えた。


『クワカァカアァ!!』


 大きく(くちばし)を開き、迫りくるは追い詰められし巨大怪鳥──。捨て身の特攻は最速の勢い──。鉤爪の威力はガラスの塊を(もっ)て体験済み──。


 どうあっても、人間が止められるような攻撃とは思えないのだが、ナナは不動──一歩も退くことなく、向かってくる岩石大鷲をただ静かに見据えると、()()()のように、対象方向へ向けて剣を斜めに振り下ろした。


「──”白半月(はくはんげつ)”!」


 すると、その瞬間、勢いよく(くう)へ振り下ろした太刀筋に沿うように、まるでラメが入ったかのような白く輝く三日月型の斬撃が放たれる。

 キラキラと光を乱反射させながら、太刀筋を具現化させたのような半透明の飛ぶ斬撃は、岩石大鷲の懐へ目掛けて高速で飛翔(ひしょう)すると共に、その灰色の眼に一瞬の戸惑いを映し出したのも(つか)の間──岩石大鷲の胸部に白い輝きのもと、閃刃(せんじん)(ほとばし)った。


『クワカアァッ!!!』


 同時に響く、鋭い切り裂き音と甲高い悲鳴。

 巨体が空中より(さら)に浮き上がり、散った岩石と体毛──そして、弧を描くように舞った血液も一緒に、勢いのみを残した岩石大鷲の体がナナの頭上を通過していく。


 岩石の羽撃(はばた)きは動きを止め、飛行力を失くした巨体は大気を押し退()けながら、驚愕するルナとチロットの目に見届けられる。

 そして、そのままナナの背後にある岩場へと突っ込むと、ぞんざいな音を響かせながら墜落を(きっ)した。


「…………。」


 返ってきた大気と僅かな石煙に髪を揺らし、岩石大鷲が墜落したことを体で感じ取ったナナは、剣を振り切った体勢から直り、背後へ振り返ると共に自らの刃を左腰の鞘へと差し戻す。


 一方で、数秒、驚きから呆気に取られたように固まっていたルナとチロットは、ナナの動作を見てハッとしたような表情を浮かべると、慌てたように、はたまたは、感激したようにナナへ駆け寄った。


「ナナー!」


「ナナさん!」


 呼びかけられ、ナナが声に気がつき、目を向けるのと同時にふたりが合流する。

 そして、合流した後、元の姿に戻っていたルナが墜落した岩石大鷲へ目を落とすと、確認するように呟いた。


「た、倒したの?」


 これだけの巨体に、斬っても殴っても動じなかった岩山の怪物だ。チロットとルナから、あれだけの攻撃を受けてもなお、最後にはナナへ目掛けて突っ込んでいく、あのけたたましい情景を見た日には、本当に倒したのかと疑いたくなる気持ちも解る。

 ゆえに、ナナもすぐには答えず、ルナと同じように倒れた岩石大鷲へ目を向け、睨むように観察するが、(すで)に灰色の眼は白く濁り、その悠々(ゆうゆう)と大空を()き分けていた翼すらも、ピクリと動かさない。


 恐らくは、最後に放ったナナの一撃──あれが致命傷となったのだろう。


 弱い攻撃であれ強い攻撃であれ、今までの攻撃は全て、岩石大鷲の(まと)っていた岩石の鎧に防がれ、肉体へのダメージを限りなく軽減させられていた。

 だが、ルナとチロットがその邪魔な鎧を崩したことによって、最後の最後にナナの刃が”本体”へ届いたのだ。


 常軌を(いっ)したと思われていた巨大な怪物ですら、大きな外傷と失血を前には命を散らす。

 規格外の存在に忘れていたが、どんなに化け物じみていても、所詮(しょせん)は同じ、”生物”なのだ。(むし)ろ、これで倒れないはずがなかった。


「倒した……みたいだな。」


 (しばら)くの観察の末、そう結論づけるナナの言葉を勝利の合図とするように、ルナとチロットはそれぞれ緊張を解くと──。


「やったー!」


「よ、良かったぁ〜……。」


 全身で喜びを表現する元気な声と、胸を撫で下ろしたようなホッとした声が、岩山に零されるのであった。




………to be continued………




───hidden world story───

 岩山の怪鳥、地に落ちる。

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