第9話 古城攻城作戦
暴君が住み着きし居城──古城跡地へ。
“アップル”
「それじゃあ! お城跡地へ──!」
「あ、ちょっと待って! そういえば、ひとつ気になることがあるのです……。」
意気揚々と古城跡地へ向かおうとするルナを制止して、エリンがナナへ向き直った。
それを聞き、ルナは古城跡地へ向かおうと歩き出した姿勢のまま止まり、エリンへ不思議そうな顔を向ける。
同様に、ナナも同じような顔をするなか、エリンは何か考え込むかのような表情を浮かべると、その『気になること』を話し始めた。
「実は、スタンと一緒に居た人たちのことなんですが……何か、違和感があったんですよ。」
「違和感……?」
依然、疑問符を浮かべながら訊き返すナナに、エリンは頷き続ける。
「はい。なんというか……若い人ばかりだったんですよ。しかも、武器の扱いにも慣れていないような感じでした。」
エリンの言う「スタンと一緒に居た人たち」とは、スタンがこの村にやってくると共に引き連れてきた、ほか大人数のこと。今までの話を聞くに、スタンを今回の件の主犯とするならば、恐らく、そいつらはスタンの部下といったところだろう。
しかし、エリンはその部下であろう者たちに違和感を覚えていたという話だ。
ナナを目を真っ直ぐと見ながら真剣な様子で話すエリンに、ナナも真剣に考え込む。
「若い……新米ばかりを集めているってことですかね……?」
正直、若者ばかりであること自体は特に不自然ではない。しかし、村を武力で支配しようという者が、果たして、武器の扱いにも慣れていないような新米をわざわざ集め、部下にするだろうか。
エリンの違和感から照らし合わせ、仮に新米ばかりを集めているのだとしたら、確かに少し不自然かもしれない。
だが、さすがのエリンもそこまでは分からないようで、ナナの言葉に悩むように首を傾げていた。
「どうでしょう……?」
同時にそう呟くエリンに、ルナも釣られたように首を傾げる。
加えて、エリンが更に違和感を話す。
「あと、これは私の勘違いかもしれないのですが、スタンの命令を受けてこの村の食料を回収している時、なぜかとても暗い表情をしていたように思えるんです。あんな表情をする人たちが、食料を進んで奪うとは……。」
「思えない」と言いたいのか、エリンはそこで言葉を止めた。
事の真偽は定かではないが、被害者であるはずのエリンがそう感じたのであれば、一概にただの勘違いとはいえないのかもしれない。
しかし、ここで考えていても仕方がないのもまた事実。何はともあれ──行ってみるしかないだろう。
諸悪の根源が住み着く──”古城跡地”へ──。
「じゃあ! 今度こそ、お城跡地へ──!」
「まぁ、待てって。」
ひと通りエリンが話し終えたのを確認した後、再びルナが元気良く古城跡地へ向かおうとするが、今度はナナがそれを制止した。
「えー! 今度は何ー?」
対してルナは、何度も自分の行動を止められ、少しだけ不機嫌そうな表情になりながら、じっとりとした目をナナへ向ける。
むー、と言いたげな表情を向けられながらも、ナナはそれに冷静に返した。
「行くのはいいが、せめて夜にしよう。敵陣へ真っ昼間から真っ正面に行くのは得策じゃない。攻城作戦は、闇に紛れてってのが定石だろ?」
山越盗賊団の時と同様、今回も相手は大人数だ。ならば、少しでも無駄な接敵を避け、諸悪の根源であるスタンだけをピンポイントに狙いたい。
できるだけ慎重に──安全にを目指すのなら、気が緩みがち且つ、敵の目を欺ける闇が広がる、夜中が打って付けだろう。
それに、昨日の夜から山越盗賊団との戦闘に加え、少量の夜寝から起床し今日の午前中はずっと歩き通しだったため、少し休息を取りたいとも思っていた。これから激しい戦いが予想されるのなら、なおさら、少しでも英気を養っておきたい。
ナナの提案に対しルナは、少し悩むような姿勢を取りながらも──。
「うーん……。まぁ、ナナがそう言うなら、そうするよ。」
意外にも、すんなりと受け入れてくれる。
たまに見せるルナの大人な対応に、ナナは意外そうにしつつも少しだけ意地悪な笑みを浮かべると、今まで振り回されてきた仕返しとばかりに呟いた。
「おっ、意外と物分かりいいな。」
「僕をなんだと思ってるのさ!」
対して、ナナに若干の弄られを受けたルナは、少しムッとしながらも明るくナナへ抗議する。
ナナはそんなルナとのやり取りに、ひと時の和みを噛み締めた。
山越盗賊団の時との一番の違いは、明らかな戦闘が目的だということ。あの時は不可抗力の戦闘だった。
もちろん、話し合いか何かで解決できるのであれば、それに越したことはないのだが、果たして、そんなに上手くいくだろうか。正直、今までの話を聞くに期待はできない。
冷静に考えれば、今ナナたちは、とんでもない喧嘩を吹っかけようとしているのかもしれない。
思わず、遠くの地よりこちらを睨むかのように佇む古城跡地を、ナナは遠目で見据えた。
…………………………
“古城跡地”
ここは、アップル村外れ──南の高台より佇む”古城跡地”──。
洋風といった佇まいの色褪せた煉瓦材質で形成された古城だが、所々寂れ、酷く廃れている。
古城のほかにも崩れ切った煉瓦の残骸も辺りに転がっており、かつてこの地に文明があったことを示していた。
そして、本城──古城跡地内部──。
外装もそうだったが、内装も色褪せた煉瓦材質で、これといった色がない。家具や装飾品も一切無く、四方に見えるのは煉瓦の壁だけだ。
唯一、壁掛けの燭台のみが外側廊下に点々と付けられてはいるが、埃が溜まり火は灯っておらず、昼間にもかかわらず古城内はうっすら暗い。その代わりに、ガラスの無いアーチ状の吹き抜け窓から差し込む日の光が古城内を照らしていた。
古城内部は外側をぐるっと一周するかたちで廊下が伸びており、外側廊下に囲まれるかたちで内側に部屋が存在している。
その中でも、ひと際大きな入口を開いた、扉の無い大広間があった。
しかし、その広間もやはり廃れており、無駄に広いだけで中には何も無い。ただ、壁に模様のようなものが彫られていたり、柱の残骸のような物や絨毯の切れ端のような物が傍に転がっているのを見るに、ここはかつて玉座の間だったと考えられる。
栄えた文明も時代の流れや争い──または、災害により、いつの日か滅んでいく。
そんな残酷で、どこか儚い想いを感じさせてくれる遺産の中心に──おおよそ、この場には似つかわしくない、悪意の笑みを浮かべる男の姿があった。
玉座の間の最奥に唯一、残っている、欠けた玉座へ偉そうに腰掛ける男──。
その姿は、ギリギリまで切ったかのような暗い紫色の短髪に、暗がりを睨みつける鋭い目。鍛え上げられた体格のいい体つきに、肌を隠す暗い色合いの獣皮素材の服。肩には鉄の肩当てを着けており、肘や膝の関節部分にも鉄の防具を着けていた。
そして、玉座に大股で腰掛ける男は、肘掛けに左腕を立て頬杖をつきながら、右手に持っていた皮のままの梨に齧りつく。
シャキシャキと爽快な音を奏でながら咀嚼するが、それに反し、男はどこか不満げな表情を浮かべると、気怠げに呟いた。
「あーあ……。ここの梨も食い飽きてきたなぁ……。」
不満そうに言いながらも再び梨に齧りつき、肘を突きながら更に言葉を漏らす。
「奪えるもんだけ奪って、この村ともおさらばするか……?」
男──もとい、”スタン”はそう呟くと、暗がりの広間を睨むように、不敵に笑みを浮かべた。
…………………………
それから、時間は過ぎ、時刻は月が昇る時間帯へ──。
ここは、アップル村の外れの地。少し先の高台の上に古城跡地の姿が見える。
丁度、その真上に月が位置しており、古城を淡く照らしていた。
そんな古城を草むらの影より身を潜め窺っているのは、同じく淡い月明かりに照らされたナナとルナ。
というよりは、ナナが一方的に古城を警戒しているといったほうが正しいか、ルナはナナの後ろからじっとりした目を向け、どこか退屈そうな表情を浮かべていた。
「……こんなにコソコソしなくてもいいんじゃない……?」
同時にそう呟き、暇と言いたげにナナを催促する。
対してナナは、依然じっくりと古城を窺いながら、小さくそれに返す。
「……念には念をだ。」
しかし、それ聞いたルナは、むー、と頬を膨らませると、退屈が爆発したというように声を張り上げた。
「もう! 今から! あそこに居るやつをやっつけに行くんだよ!」
眉を逆ハの字にしながら、両拳でぎゅっ、と小さなガッツポーズのようなものを作り、ナナへ訴えかける。
ナナはその声に、少し困ったように振り返ると、落ち着けよと言いたげに優しく冷静に言った。
「だけど、わざわざ全ての敵と戦う必要はないだろ……?」
正論を突かれ、ルナは萎むように拳を下げ、同時に強気な逆ハの字の眉もハの字へと下がる。
しかし、すぐに何かを思いついたのか、ピコン、と電球が灯ったかのように明るい表情を浮かべると、とあることを提案してきた。
「あ! だったらこうしよ!」
数分後──。
月明かりがふたりの姿を映し照らす──。
「……! そんなことしたら、お前に負担が……!」
「いいのっ! そのほうが、お互いにメリットでしょ?」
ルナの提案を聞いたナナが少し焦ったかのように声を上げる。一方で、ルナはそれに笑顔で対応していた。
素早く返されたルナの言葉に、ナナは焦りが拭えていない顔で冷や汗混じりに呟く。
「いや……お前にメリットないだろ……。」
ルナ側にメリットがないという指摘にも、ルナはのんびりと明るく返してくる。
「そんなことないよ〜。今は体を動かしたい気分だし、梨の安否も気になるし!」
「安否って……。」
独特な言い回しに気抜けしそうになるが、とにかくルナはやる気らしい。今にも走り出していきそうな表情だ。ここ数日関わってきてなんとなく察してはいたが、ルナは一度言い出したら聞かないタイプだろう。
それに、確かにルナの方法でいけばメリットは大きい。こんな身を犠牲にするようなやり方……正直、あまり気乗りはしないが……。
「……分かった。それでいこう。」
頭を抱えたくなるのを抑えたふうに、ナナはルナの提案を仕方なく了承する。
「よし!」
その了承を受けたルナは、自分自身に気合いを入れるようにひと声を上げた。
相変わらず、危険知らずといったふうにやる気満々の様子のルナに、ナナは「こっちの心配も知らないで……」といったように溜め息を吐くと、加えて、ルナに釘を刺す。
「ただし! ……無茶はするなよ。」
しかし、最後のほうにかけて少し小声気味になってしまうナナの言葉に、ルナはきょとんとした顔をするが、すぐに、いつもどおりの明るい表情を浮かべると──。
「うん!」
と、頷いた。
…………………………
“古城跡地”
月に照らされし古城跡地──。
淡く照らされ悠々と佇む古城跡地は、騒ぎを知らず闇夜の海に静寂を以て浮かぶ。
しかし、そんな古城跡地の外壁が、突如、オレンジ色の炎と共に爆破された。
優雅と儚さから一変、騒々しく炎と煙を吹き出す古城は、その爆音により、古城に住み着く全ての者たちに危機を知らせる。
「なんだ!」
もちろん、爆発による爆音は古城最奥の玉座の間にも響き渡り、スタンも思わず玉座から立ち上がりながら、誰も居ない空間へ向かって声を上げていた。
すると、そこへ丁度、外側廊下より慌ただしく駆けてくる足音が近づいてきたかと思えば、玉座の間の入口前へ、軽い武装をした若い青年が息を切らしながら現れる。
青年は薄暗の中のスタンと目を合わせるなり、焦りの表情を浮かばせると──。
「た、大変です! 侵入者です!」
そう報告をする。
対して、その報告を聞いたスタンは、焦りの表情を浮かばせている青年に反し、落ち着いた表情で眉をひそめると、睨むように呟いた。
「なんだと……? あの村に戦えるような人間が居たとは思えないが……。」
スタンの脳裏へ真っ先に思い浮かんだのは、村人による反旗の翻し。しかし、あの村にそんな大胆な行動を取れるような人間が居ないことは、既に把握していたはずだ。
予想外の事態に数秒考え込むスタンだったが、考えても仕方がないことを悟ったのか、すぐに表情を切り替え、青年へ改めて問いかける。
「……まぁいい。侵入者は何人だ。」
古城の主として、侵入してきた敵の情報を冷静に求めるスタンの問いかけに対し、青年は頬に一粒の汗を伝わらせると、真剣な眼差しを向け答えた。
「一人です……!」
敵はたった一人。あの爆音と青年の緊迫した表情から、敵は一体どんな大所帯を引き連れ侵入してきたのかと思い警戒していたのだが、あまりに危機感のなさ過ぎる数字に拍子抜けする。
そして、同時に、この全ての状況にバカにさえもされているかのように感じたスタンは、警戒を色濃く見せる青年へ、ふざけているのかと言いたげに眉をピクつかせた。
「一人だと……! だったらくだらねぇ報告に時間使ってねぇで、テメェらだけでさっさと処理しねぇか! こういうときくらい役に立ってみせろ!」
余計な警戒をしてしまったと、報告してきた青年にまるで八つ当たりをするかのように声を荒げる。
対して、それを受けた青年は、スタンから視線を逸らすように少し俯くと、どこかやるせない表情で「はい……」とだけ小さく返事をし、そのまま黙って走り去っていく。
それを見届けた後、スタンは呆れたように鼻を鳴らしながら、再び玉座へドスンと腰掛けると──。
「全く……役立たずの外界人(がいかいにん)が。」
ひとり、舌打ち混じりに不機嫌な声を漏らした。
……………
同時刻──。
月明かりが差し込む外側廊下にて、駆ける足音がひとつ──。そして、それを追う足音が数十──。
吹き抜け窓から差し込む月明かりが柱のように伸びた光を等間隔に作り、駆け抜けるそれぞれの足は影と光を交互に進む。
そんななか、追われているほう──一人側の足が突如止まると、追ってきているほうへ勢いよく振り返った。
そして、立ち止まった相手へ狙いを定めるかのように、それぞれの武器を構え勢いよく向かってくる数十人へ向けて、重ね合わせた両手のひらを見せつけるかのように前へ伸ばすと、外側廊下に高い声が響き渡る。
「”星炎”!」
唐突な宣言と共に暗がりの廊下で立ち止まった少女の手のひらから放たれたのは、廊下を包み込む勢いで広がる鮮やかなオレンジ色の炎。広がりながらもその勢いは凄まじく、まるで噴火直後の爆炎のように向かってくる者たちへ襲いかかる。
「「「…………!」」」
放たれた炎により、まるで昼間のように明るく照らされ、追ってきていた者たちは軽い武装をした、比較的若い者たちだということが判ったが、それも一瞬──回避する暇も与えることなく、炎は驚愕に顔を染める若者たちを呑み込み、その勢いと熱で吹き飛ばした。
敵を見事に焼き払った炎は、事を終えると共に消失。余波として残った小さな炎が廊下の端をチリチリと焼き、再び静寂を取り戻した廊下の中心に月明かりが差し込む。
そんな月明かりに照らされた小さな影──炎を放ったその姿は、桜色の髪や衣服が鮮やかな赤色に染まったルナだった。
……………
一方、突然の侵入者──ルナにより穴が開けられた古城の外壁付近では、それによって生じた炎を鎮火するため、スタンの部下である若者兵の一部が消火作業に回っていた。
「水の魔法を使えるやつは消火にあたれ!」
指示を飛ばす声と共にバタバタと騒がしい足音が響き、ある者は消火作業、ある者は侵入者を抑えるため、夜中にもかかわらず古城内の守備が慌ただしく稼働する。
……………
そして、その頃──慌ただしい西側に反し、静寂と薄暗に包まれた東側廊下にて、吹き抜け窓から侵入を試みる、もう一人の侵入者の姿があった。
それは、暗がりに身を包みながらも、どこか月夜の淡い景色を思わせる紺色の髪をした青年──ナナ。壁と同素材で造られた煉瓦の窓枠を乗り越え、古城内部へ侵入する。
辺りは静かで、見張りどころか人の気配すらも感じさせない。恐らく、派手に暴れている侵入者──ルナを抑えるため、人員が全て西側に回っているからだろう。おかげでナナは、誰にも気づかれることなく侵入することができた。
しかし、これは断じて偶然などではない。驚くことに、この結果が起こり得る作戦を提案したのは、ほかでもないルナなのだ。
そう──あの時、月明かりのもと、ルナが提案してきた作戦こそがこれだ。
ルナが派手に突入することにより敵の気を引きつけ、その間に、ナナは裏から気づかれることなく侵入する。それにより、ナナは余計な敵と接敵することなく、元凶であるスタンのもとへ余裕を以て行けるというものだった。
しかし、言い方を変えれば、この作戦はルナを囮にしているも同然。ナナが当初、この作戦に乗り気ではなかったのは、そのためだ。
しかも、ルナはある程度敵の気を引いた後、梨の安否(?)を確認──その後、ナナと合流し、自身もスタンと戦うつもりだというから驚きだ。
静寂に包まれた東側廊下だが、耳を澄まさずとも、暫く歩けば西側から爆発音が聞こえてくる。
(……いい感じに敵を引きつけられているようだな。)
現状をおさらいする。
現在ナナは、外側廊下──東側より北上するかたちで北正面入口付近へ向かっている。一方でルナは、北正面入口より北西側の外壁に穴を開け侵入。一部の若者兵は付近の消火作業にあたり、侵入したルナは外側廊下──西側から南側へ向け反時計回りに駆け抜け、大半の若者兵はそれを追っていく。
ルナのおかげで敵の気配は全くといっていいほどなく、敵陣にもかかわらず驚くほど静かだ。天井の隙間から差し込む月明かりも相まって、古風で穏やかな夜を演出させる。
そんななかでもナナは、暗闇に眼を凝らす夜行動物のように、ひとり鋭く目を光らせながら、敵の気配や音に耳を傾け、慎重に──且つ大胆に外側廊下を歩き進んでいった。
(気をつけろよ……ルナ──。)
……………
場所は戻り、再び西側サイド──爆音と共に爆炎が舞っている外側廊下にて、ルナを追っていた若者兵たちは冷や汗を垂らしながら、思わず立ち止まっていた。
「どんなもんだ!」
その目線の先には、炎によるオレンジ色の明かりに照らされ、得意げな表情で鼻を鳴らすルナの姿。
若者たちは、そんなルナと炎の熱に圧倒されるかのように、ルナと適度な距離を保ち警戒──というより、どこか怖気づいたように固まっていた。
「あ、あんな魔法を使うやつに、俺たちが勝てるわけない……。」
「子どもなのに、なんて強さだ……。」
各々が呟き、武器を構えながらも誰も攻めようとはしない。完全な防衛の姿勢。まるで、敷かれた一本の線を越えないようにしているかのように横へ広がり、そんな最前線の後ろにも、まばらに位置取った若者兵が集まっている。
数では間違いなく圧倒──しかし、肝心な士気が足りない。
一方で当のルナは、そんな若者兵たちの慄きよりも、若者兵が向けてきた、とある呟きに反応し声を上げていた。
「子どもじゃないよ! 多分、君たちと同じくらいの年だよ!」
反論するかのように少し前のめりに言うルナだが、その言い方もどこか子どもっぽい。
事実、若者兵たちの大半は二十歳前後と思われ、実際の年で見ればそこまでルナと年の差はないのだが、残念ながらその事実を伝える術をルナは持たない。加えて、当初出会ったナナが5歳以上読み違えたほど、ルナは実年齢よりも幼く見える。そのため、根拠も全くといっていいほどなく、ルナの反論を聞いた若者兵たちは慄きが拭えていないなかでも、疑うようにじっとりとした目を向けると──。
「「「……嘘つけ。」」」
口を合わせ呟いた。
その謎に揃った呟きに、ルナが驚きを混じえた表情で返す。
「嘘じゃないよ! なんでみんな口を揃えて言うの!?」
だが、その時──ルナの背後より刃が光った。
「…………!」
それと共にルナは気配を察知すると、振り向くと同時に上方からの刃による突き刺しを横跳びで回避する。
「危なっ!」
瞬間の判断──。寸分でも遅れていたら致命傷は免れなかった一撃に、ルナも思わず目を丸くし声を漏らす。見れば、先程までルナが立っていた煉瓦材質の床に、長槍が突き刺さっていた。
ふわっ、と宙を舞い、なんとか回避したルナは床に着地。それと同時に、槍を突き刺すと共に地へ足をつける人影へ、抗議するかのように声を上げる。
「危ないじゃんか!」
怒りを感じさせないルナの注意のような言葉に、人影も突き刺した槍を床から引き抜き持ち直すと、その言葉に対して返答を返してきた。
「……危ないのは君でしょ。散々炎をばら撒いておいて……。」
ルナの注意に反し冷静なトーンで返ってきたその声は、まだどこか幼さが残った少年の声──。
よく見ると、背丈もルナとあまり変わりないように見えるが、先端に刃を携えた長槍は、その背よりも丈があるのが分かる。
そして、差し込む月明かりが彼の姿を照らし映した──。
その姿は、ナナより少し明るい紺色のボタン付き長袖シャツに、膝上辺りまで丈のある亜麻色の半ズボン。その上からは、水色の縁取り模様が施された瑠璃色の長いマントを羽織っており、どことなく兵士のようなものを連想させるが、背丈が足りていないのか、少し大きめにも見える。
加え、そのマントの背には、片耳を折った二羽の兎が槍を持ちながら対面し、互いの槍を上方で交差させているような、水色で描かれたシルエットようなデザインが同色の丸で囲まれ、何かの標章のように施されている。
頭には、頭の脳天の部分を包み隠すかのような瑠璃色の手拭いが巻かれており、左側頭部に結び目。手拭いには、兎の耳と丸い二つの目のような模様が濃いめ青で描かれており、手拭いからはみ出たルナより少し短い程度の長めのオレンジ色の髪により、鮮やかな彩りが加えられている。
顔は少し中性的……というより、子どもっぽいというべきだろうか。まだ幼さが感じられるその瞳は、オレンジ色が混じった黒色の瞳をしていた。
背丈はルナより少し高いくらいであまり差はなく、見た目だけでいえばルナと同じくらいの年齢──もしくは、少し年上と見える。だが、実年齢でいえば恐らくルナのほうが年上だろう。
悪行を熟す暴君の部下にはどこか似つかわしくない風貌の少年だが、木製の柄の先端に刃が付いた素朴な槍は、侵入した敵を討つべく、ギラギラと月明かりを反射している。
そして、それに同調するかのように、光を持った血気ある瞳をルナへ向けると、改めて槍を構え、どこか正義感を感じさせる表情で相対した。
「これ以上暴れるなら、僕が相手になってやる……!」
……………
薄暗と静寂に包まれた外側廊下──。吹き抜け窓から月明かりと夜風が流れ込み、ただひとり歩くナナに吹きつける。
どこまでもどこまでも──ゆったりと湾曲に伸びた殺風景な煉瓦景色──。この後に訪れる何かを悟ったかのように、遠くに響く爆音が暗闇へ溶けていく。
すると、そんな時、ふと、少し先まで広がっている内側の外壁に、大きな口を開いた扉の無い入口が見えてきた。
今までとは違う巨大な入口の登場に、ナナも一層警戒を固め近づいていく。
幅、約二メートル。高さ、約四メートル。ぽっかりと開いた入口の先は、更なる暗闇へと続いている。
部屋の全体どころか、一寸先も闇ばかり。足元すらも辛うじてといった暗さに、思わず慎重になってしまうナナだが、このまま立ち止まっていても状況は変わらないことを悟ったのか、ナナはひと呼吸置くと、暗闇に包まれたその中へと足を踏み入れた。
「…………。」
足を踏み出すたび、不気味なくらい静まり返った空間に自身の足音が響く。暗闇のおかげで視覚が全く利いていないせいか、自分の足音が妙に谺しているように感じてしまう。
そして、何歩か歩き、少し目が慣れてきた頃──ナナは不意に立ち止まった。
その理由は──人の気配──。
ナナが前方の暗闇を睨みつけるかのように目を凝らすと、同時に、正面方向から低い溜め息混じりのような声が聞こえてきた。
「あ〜あ……。ほんっとうに使えねぇな。」
気怠そうに言いながらも、どこか圧と悪意を乗せた声質に、ナナは剣の柄にそっと手を添え警戒する。
「侵入者がここまで来ちまってるじゃねぇか、バカ共がよ。」
暗闇の空間に響く、愚痴のようなその言葉──。
「なぁ……? おい……。」
それと同時に、ヒビ割れた天井の隙間から月明かりが差し込み、部屋内の暗闇が淡く晴れていくと共に声の主の全貌を照らし映す。
「侵入者よぉ……。」
月夜の紺と闇夜の紫──。
互いに対する相手の姿を認識しながら、玉座に腰掛けた男は不敵な笑みを浮かべ、ナナを出迎えた。
………to be continued………
───hidden world story───
月と炎と寂夜の対峙。