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真知子の青春  作者: ロッドユール
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 鏡――

 そこに映る真実の自分を見てしまうのが恐い。だから、私はいつもそこから目を反らしてきた。


 美しくなりたいのに、私はどんどん醜くなっている。積み重なる手首の傷。異常に痩せていく体。荒む心。

 私はもう私をやめたい・・。


 痛み、痛み、痛み――、痛みだけが生きているという実感だった。

 私は今日もせっせと手首を切っていた。そうすることでしかもう私は、私を保てなかった。

「お前は死ねないよ」

 いつの間にか部屋の入口に立ち、そんな私を冷ややかに見つめる美由香が冷たく言った。

「・・・」

 美由香は見抜いている。

「・・・」

 私は見抜かれていた。

「うううっ」

 私は、カッターを投げ捨てると、泣いた。惨めだった。ただただ惨めだった。


「真紀・・」

 真紀は相変わらずその人格を失っていた。涎をたらし、目も虚ろで、目の前の現実をまったく見ていなかった。

 まるで、以前の真紀がこの世から消えてしまったみたいだった。真紀はいるのに、そこにいるのに、すぐ目の前にいるのに、私の知っている真紀はもうそこにはいなかった。

「真紀・・」

 真紀の何がいけなかったの?私には分からなかった。あの時の真紀のままで私はよかった。ちょっとおかしかったかもしれないけど、それが真紀だったし、私はそんな真紀が好きだった。

「・・・」

 この社会が求めるまともな人間を強制されるなら、私は壊れたままでいい。


 また新しい薬。次々と出てくる薬。

 薬、薬、薬――。

 でも、どんなにたくさんの薬を飲んでも、あるのは何も感じない空っぽな心だけだった。苦しみも悲しみも、喜びも、生きている感覚すらも何もない世界――。


「玲子さん・・」

 玲子さんに会いたかった。堪らなく会いたかった。

「玲子さん・・」

 玲子さんはいつもとてもいい匂いがした。そんな玲子さんに、抱きしめて欲しかった。おもいっきり、温かく、やさしく、こんな私を抱きしめて欲しかった。

 玲子さんの温かさに抱きしめられたなら、私は血の通った人間を取り戻せる気がした。


 死ぬために生きている――。誰だったか、そんなことを歌っていたのは・・。


 私の中で何かが切れた。私は衝動的に、今まで溜めに溜めておいたありとあらゆる薬をありったけお酒と一緒に一気に飲み込んだ。そこから何がどうなったのか、私の記憶は断片的になっていく。とにかく体が、痺れたように動かない。それだけは、おぼろな意識の中で、はっきりと覚えていた。


 気づくと私は、ベッドに寝かされ、医者や看護師たちに囲まれていた。そして、私は口の中に何か太いチューブのようなものを突っ込まれていた。それが胃の中にまで入っていく。

「うえええぇ」

 苦しかった。吐きたくても吐けない苦しみ。死ぬほど苦しかった。

「うえええ、うええええぇ」

 苦しい。堪らなく苦しい。

「うえええええ、うえええ」

 やめて、やめて、やめて、苦しい苦しい、でも、それは容赦なく私の中にゴリゴリと入ってくる。

「うえええ、うえええ」

「何バカなことしてんだ」

 医者が何か処置をしながら私に怒鳴るように言った。 

「うえええ」

 私は何も言えない。あまりの苦しさに私は暴れる。それを周囲の看護師たちが押さえつける。

「苦しいのは我慢しろ。これは罰だ」

 医者が処置をしながら、苦しみもがく私に怒鳴る。

「罰・・」

 私の何に対する罰なのか・・。私はこれまで散々苦しんだのではなかったのか・・。私には苦しみしかなかった。罰しかなかった。その私に何の罰なのか。あまりの理不尽に、私は何も考えられない。

 口にチューブが入っていて物理的に何も言えなかったのもあるが、この人に何を言っても、私の苦しみや悲しみは何も伝わらないんだろうなと、堪らない苦しみの中で、私は思った。結局、何も伝わらない。私の苦しみなんか誰にも分からない。何も分かってもらえない。悲しみとも諦めともつかない感情が肉体的苦しみとと共に私を覆っていた。

 私の目の横から、苦しみからなのか悲しみからなのか、涙が流れ落ちた。


「・・・」

 すべてが終わり、私はベッドに寝ていた。昨日のことが嘘だったみたいに世界は恐ろしく静かだった。

「・・・」

 何も考えられなかった。何を考えていいのかすらが分からなかった。

 でも、あの苦しみから生還し、不思議と妙に生きている実感があった。生と死は表裏一体なのだと、私はこの時知った。


 オーバードーズ騒ぎをやらかしてから、なんだか周囲の私を見る目が変わった気がした。病院の中でも私は、浮き、孤立していたが、それがさらに加速した気がした。

 結局、私はそんな存在。どこに行ってもうまくやっていけない。どこに行っても人から疎まれ嫌われてしまう。結局、私はそんな存在。どこに行っても、精神病院に来てでさえ、私はそんなどうしようもない存在だった。

 私は自分で自分に堪らなく絶望する。


「お母さま泣いてらっしゃったわよ」

 私の部屋に様子を見にやって来た看護婦さんが言った。自殺未遂をしたという報を聞いて飛んできた母は泣いていたという。医者に私の自殺未遂の経緯と説明を受けた母は号泣していたという。

 私はどれほど母を傷つけただろうか。心無い言葉をこれまで何度言っただろうか。最低なことを何度しただろうか。

 自分が受けた痛みを、そのまま自分よりも立場の弱い親にぶつけている自分がいる。私が受けたまったく同じ汚い言葉を私は両親に向かって吐いている。そのことに自分で気づきながら、でも、とめられなかった。

 容姿だけでなく、心まで醜くなってしまったそんな自分が増々嫌いになっていく。

 幼い頃、あんなにお父さんのこと好きだったのに。あんなにお母さんのこと好きだったのに。もうあの時の私はいない――。

 堪らない寂しさが私を襲う。私はもう何もかもを失ってしまったんだ。取り返しのつかない、今まで当たり前に与えられていた私の恵まれたものすらも私は失ってしまった。

 死んでしまいたかった。私は堪らなく死んでしまいたかった。


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