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真知子の青春  作者: ロッドユール
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見た目地獄

 お釈迦様曰く、人間には、三つの欲望があるのだという。

 快楽、生存、そして、消滅。人間は、生きたいと同時に消えたいという欲望がある。

 死、それは恐怖であるのと同時に欲望でもある。


 私のやっていることは死の真似事。死はやっぱり恐ろしかった。

 私は、羨ましかった。自殺を遂げられた者たちを羨ましく思った。玲子さんもあの子も逝ったのだ。逝けたのだ。あっちの世界に、あちら側の世界に――。


 生きるって、なんて悲しいんだろう。何でこんなに悲しいんだろう。生きるって――、人って――、なんて悲しいんだろう。


 もう生きなくていい、そんな解放と快楽に身を任せたい。

 

 私は欲望に導かれる。死という欲望。それは、甘美な響きを持って私を誘う。

 死はもはや、私の中で望むものではなく、導かれていくもの――、欲望のままに流れていく先だった。


 生まれついてほぼ決まっている生まれついてのちょっとした目鼻の形と位置の違い。バランス。そのミリの世界のただそれだけで、天と地ほども人間としての価値と扱われ方の違う世界。そんな世界に私は生きている。


 ――子どもの時にテレビで見たあの輝くステージに憧れて、でも、私がそこに立つことはないのだと知ったあの日――、私はあちら側の人間じゃないと知ったあの日――


「私はあの人みたいにきれいじゃない」

 テレビや雑誌、ネットに広告、身近な子たち、世にある美しい子たちを見る度に私は劣等感に傷ついた。かわいい子たちと自分を比べて、どれほどに自分のこの容姿を呪っただろうか。


 私は私を愛したくない。こんな醜い私を愛したくない。


 でも、鏡は私のすべてを映してしまう。醜さも汚さも見たくない自分も何もかも――。


「・・・」

 目の前の鏡に私の姿が映っていた。醜く、どうしようもなく馬鹿で愚かでダメな人間が映っている。

 この醜い自分が許せなかった。

 この鏡の中の私が私に堪らない不快と苦痛と、そして、絶望を強いてくる。


 私は豚だ。醜い豚野郎だ。


 私は罪人。醜いという罪人。だから、私は私を罰する。だから、今日も私は私を切り刻む。


 私は怯えている。醜い自分に怯えている。もしかしたら私は世界一醜いんじゃないか。みんな私のことを笑っているんじゃないか。いや、笑っている。みんな私を見て笑っている。そんな確信が私をいつも取り巻いている。

「私は世界一醜い。誰よりも醜い」

 そんな恐怖が私を襲う。私は頭を抱える。何もかもが不安で怖かった。

「恐い怖い怖い」

 醜い自分が怖かった。気が狂いそうに怖かった。 


 人の視線はすべてを見抜いてしまう。私の弱さも醜さもすべてを見抜いてしまう。

 私を見ている視線がすべて私を否定している気がした。

「そんなことない、そんなことない」

 頭でいくら否定してもどうしようもなかった。それは私の背後から、強迫神経症のように、いつも私に迫って来る――。


 あの時、私が食べ吐きを覚え、痩せて、そのことを私が同級生たちから称賛され褒められて有頂天になっていたあの時、彼女たちは私を、しかし、違う目で見ていた。


 嫉妬、妬み、そして、憎しみ――


 友だちの振りをして、仲よく群れて、明るく笑い合う。それは儀式であり、礼儀であり、侵してはいけない絶対。でも、本当はみんなこっそりお互いを覗き見し、観察し、比べ、評価し合っている。常に他人と比べて自分の立ち位置を確認し、そこから、落ちないように、そこから少しでもよく分からない序列の上に行けるように、不安に常に苛まれながら、自分の見た目がどう評価され、どの立ち位置か常に怯えている。

 見た目のちょっとした良し悪しで、差別し、見下し、疎外し、優越し、そして、堪らなく嫉妬する。流行りの顔にいかに乗れているかでランク分けされ、目に見えない絶対的な階級に押し込められる。そんな異常な世界の常識に習い性になっている現代の若者の中を生きてきた私にもその価値観は心の芯にまで染みついていた。

 そして、みんな知っていた。この価値観が、大人になってもずっと終わりなく続くということを――。社会に出てからも、どこに行っても、どこまで行っても、何をやっても、その価値観は絶対永遠不変なのだと――。

 

 決して逃れられない美しさという絶対的な価値観を必死で追いかけるこの訳の分からない、そして、終わりのない戦いの中を、魂を削って争っていく人生を、何とか生き残ろうと、でも、そこから逃げ出したいともがきながら、結局その中に絡めとられ、みんな疲弊し、堪らなく傷ついていく。

 でも、やめられない。それは絶対にやめられない戦い。下りることのできない逃れられない戦い。


 無限にかわいい自分を追いかけて、髪の先から爪の先まで微に入り細に入り、徹底的におしゃれして、高いブランドの服や装飾で着飾って、顔を整形し、さらに画像や動画を修正し、もはや、現実にはあり得ない、自然には存在しない、堪らなく不自然でファンタージーでフィクションな、実際に生きる現実の人間とはかけ離れた世界の美しさまでをも求め彷徨っていることにすら気づかなくて、まったく別の次元の世界に行ってしまった私たちはいったいどこまで行くというのか。あり得もしない美しさを求めたその果てしない果ての先にいったい何があるというのか。そもそも、その先に、ゴールはあるのか。幸せなんてあるのか。今が幸せじゃないのに、本当にこの道の先に幸せなんかあるのか。


 ――見た目、見た目、見た目、私たちはどれだけ美しくならなければならないのか。どこまでかわいくならなければならないのか。どこまできれいにならなければ認めてもらえないのか。どれだけ自分を磨かなければ許してもらえないのか。見た目、見た目、見た目、見た目地獄。地獄――


「ここは地獄だ」

 ここは地獄だ。私はうずくまり頭を抱える。

「ここは地獄だ」


 もう私を見ないで。こんな地獄はもういい。もういい。私を見ないで。私を見ないで。醜い私をこれ以上見ないで――。


 いつの間にか身についた卑屈な笑顔をふりまきながら、私は、そんな価値観の中をボロボロになりながら生きてきた。

 醜さという誰にも許されない世界を、私は、私を傷つけながら生きてきた。

 でも、逃れられない。大嫌いなのに、そんなの嫌なのに、この価値観の世界からは逃れられない。どんなに抜け出したくても絶対に抜け出せない。自分も気づけば他人を見た目の美しさだけで見ている。ランクづけしている。自分と比べている。

 

 どれだけの美しさを手に入れたら、私たちは解放されるのだろうか――。どれだけの完璧な美しさを手に入れたら、私たちは幸福になれるのだろうか――。この不毛な出口のない不安と争いの戦いから――、抜け出せるのだろうか――。


 いつの間に痩せた人間だけが美しくなったのか、二重瞼の人間だけが美しくなったのか、色の白い人間だけが美しくなったのか、いつの間にそんな世界になってしまったのか。 

 痩せれば痩せるほど、目が大きければ大きいほど、かわいければかわいいほど価値があって、その価値から否定されてしまえば、私はすべてを否定され壊れてしまうから、だから、だから、どうしてもそこにしがみつかなきゃいけなくて――、だから、私はでも壊れてしまう――。

 

 何でこんなことになってしまたの?いったい、誰が悪いの。なんでこんな世の中になってしまったの?いったい誰がこんな風にしてしまったの?

 

「死ね。この世のすべて死ね」

 もういい。こんな世の中もういい。


「もう疲れたよ・・。本当に疲れた・・」

 もういい。もういい。もうたくさんだ。私は、ベッドに身を投げ、すべてに弛緩し脱力する。


「・・・」

 天井を見つめ、考えても考えても、絶望的なことしか頭に浮かばなかった。希望なんか何もなかった。

「死」

 もう、私の頭は、そんなことしか考えられなくなっていた。

 

「いつか・・」

 いつの日か、こんな私の、こんな醜い私のままで、こんな醜くどうしようもないダメな私のままで、それでも生きていてもいいと思えるそんな時が来るのだろうか。

 何もかもに疲れ、諦めきった頭で私は考える。


 私の人生に、そんな時が来るのだろうか・・。

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