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真知子の青春  作者: ロッドユール
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現実逃避

 ――私はただ愛されたかっただけだった。みんなに必要としてもらいたかった。それだけだった。私はただそれだけだった――


 私なんかよりも大変な経験をしている子はいる。私なんかよりも大変な思いをしている子はたくさんいる。私なんか、その子たちに比べればまだ恵まれている。全然恵まれている。良識的な両親がいて、お金や生活にだって困っていない。私の我ままも訊いてくれる。私がどんなに暴言を吐いて暴れても見捨てない。私を助けようとしてくれる。

「でも・・」

 でも、辛いんだ。堪らなく辛いんだ。

「辛くてどうしようもないんだっ」

 私は叫ぶ。

 どうしようもなく傷ついてしまう人間ていうのがいる。どうしようもなく、傷ついてしまう。弱いと言われてしまえばそれまでだけど、でも、どうしようもないんだ。

「どうしようもないんだっ」


 医師に勧められるがままに薬を増やしていたら、気づけばもう薬の量は半端ないものになっていた。どうしても辛い時の頓服としてもらっていた薬ですらがすごい量になっていた。

「もう全部飲んじゃったの」

 医者が驚く。最近の診察は、若い医者の時が多い。

「はい・・」

「しょうがないなぁ」

 自分でも異常だと思う量の薬を私は飲んでいた。それでも足りなくなれば、医者に言えばホイホイといくらでも出してくれた。薬の処方に関しては、私が逆に心配するほどに緩かった。

 私は、昼間に睡眠薬を飲むということを覚えた。私は薬に耐性が出来ていて、もう睡眠薬をちょっとやそっと飲んだくらいでは眠ることはなかった。だから、睡眠薬をちょっと多めに飲むと、半分寝たみたいな状態になって、何とも気持ちよかった。この辛い現実を認識するこの意識を鈍麻させ、馬鹿にすると、すごく楽で気持ちよかった。現実があまりに辛過ぎて、もう現実を見たくなかった。

 私は共有スペースのいつものピンクのソファに寝そべり、その弛緩した世界に浸る。

「ああ、気持ちいい」

 蛍光灯の光や、お日様の光がものすごく輝いて見えてきれいだった。それをボーっと見ているだけで、すごく気持ちよかった。ずっとこのままでよかった・・。後がどうなろうと、ずっとずっと・・。


 シャワー室で久しぶりに体を洗う。何日振りくらいのシャワーだろうか。お風呂に入る気力もシャワーを浴びる気力もなく、ずっと、顔すら洗っていない状態だった。

 でも、いざ浴びてみれば、なんだかんだ気持ちよかった。久しぶりに生き返ったような心地になる。全身に降り注ぐ熱いお湯が気持ちよかった。

「ふふふ~ん♪」

 自然と鼻歌まで出て来る。

 その時、ふと、私は自分の腕に目がいった。その瞬間、私の体の芯を縦に貫くように鋭い戦慄が走った。

「・・・」

 骨と皮だけになったその細い棒のような腕。そのつけ根にある、ボコッとそこだけ膨らんだ肘の関節の異様さ。張りのないカサカサの肌。

「ああ」

 思わず声が漏れる。

「あああ」

 恐怖が全身を覆う。私がひたすら目を反らしていた現実がそこにあった。決して、逃げることのできない現実がそこにある。

「・・・」

 自分が勝手に漠然とイメージしていた私と、全然違う私がそこにいた。さっきまでの楽しい気分は一瞬で消えた。体が冷たくなるほどの恐怖に襲われる。

 私は恐怖に囚われつつ、愕然と私の体というその異様なものを見つめた。そして、足先からゆっくりと自分の全身を恐る恐る見ていく。

「・・・」

 異様な・・、異様な姿がそこにあった――。

「これが私?」

 目の前が真っ暗になっていく。苦しかった。息もできないくらい苦しかった。醜い自分の姿がそこにある。私が最も恐れていた醜い私の姿が今目の前にはっきりとある。 

 堪らず、慌ててシャワー室を出ると、私は洗面台の鏡の前に立った。そして、その鏡の中に映るの自分の姿を見てまた愕然とする。そこには、やつれ果て、くすんだ顔色の、まるで、幽霊か亡者のような人間が立っていた。

 老人のようにカサカサで筋の張った皮膚が骨にへばりついているだけのガリガリにやせ衰えた、あばらが浮き、関節ばかりがコブのようにボコボコと盛り上がり、肌が病的に青白く、目だけが落ちくぼんだ肉の中から飛び出している、異様な姿の人間とも呼べないような人間。それが私だった。

「ああっ、ああ・・」

 全身が震えた。堪らない不安と恐怖が這い上がって来る。

「これが私・・?」

 愕然とする。

「これが私なの?」

 何度問いかけても、やはり、それは私だった。

「・・・」

 時がとまったみたいに私は鏡に映る自分の姿を見続けた。

「いやぁ~」

 そして、私は叫んだ。そのまま両手で顔を覆い崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込んだ。

「いや~、いや~あああ~」

 怖かった。醜い自分が怖かった。

「ううううっ」

 涙が溢れてきた。涙が溢れて溢れてとまらなかった。

「ううううっ、もう嫌・・」 

 もう何もかもが嫌だった。

「嫌・・」

 何もかもが辛かった。何もかもに疲れ果てた。私はもうボロボロだった。死にたかった。堪らなく死にたかった。

「ああああっ」

 私は叫んだ。

「あああああっ」

 自分の全身を切り刻みたかった。ナイフでズタボロに自分の体を切り刻みたかった。この醜いどうしようもないこの体を切り刻みたかった。堪らない思いの、行き場のない衝動。そして、消してしまいたかった。この世から完全に私という存在を消してしまいたかった。

「いやあああ」

「あああああ」

「ああああああああ」

「真知子さん、真知子さん」

「どうしました。真知子さん」

 私の叫び声を聞いて、看護師たちが飛んできた。そして、洗面所のドアを叩く。

「どうしました真知子さん」

「真知子さん?」

「入りますよ」

 そして、中に入って来た。シャワー室であっても鍵がかからないようになっていた。

「いやああ、いやああ」

 私は、素っ裸のまま床にうずくまり頭を抱えるようにして、叫び続けていた。

「真知子さん、真知子さん」

「いやあああ、あああ、あああ」

 私は、また、保護室へと送られて行った。

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