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真知子の青春  作者: ロッドユール
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病院の日々

 私は自ら薬を求めるようになった。私はもう薬なしではいられなくなっていた。

 薬を飲みたくないと言った時には難色を示していた医師たちだったが、私が自ら薬を求めると、どこかうれしそうにスラスラと出してくれた。私はそれを飢えた亡者が貪るように、受け取り飲んだ。

 薬を飲んでいる時だけが、安らぎだった。それだけが唯一の私の人生の救いだった。

 だが、薬はすぐに耐性ができ、効かなくなってくる。だから、より強く、より多く、より多種に、なっていく。私の飲む薬の量はあっという間に増えていった。

 何かが違うと思った。でも、薬をやめたいと思っても、もうやめられなかった。薬を飲むのをやめると、すぐに堪らない不安と虚しさが襲ってくる。それにどうしても耐えられなかった。私は完全に薬に依存していた。

「うううっ」

 惨めだった。堪らない惨めさが私を襲う。

 だが、私の思いとは裏腹に、薬の量も種類もどんどん増えていった。より強く、より豊富な種類の薬。そして、精神薬の強烈で多様な副作用に対する薬、さらに、その副作用の薬の副作用に対する薬。切りがなかった。しかし、もう、とめられなかった。私は薬なしではもういられなかった。どんなに無茶苦茶であっても、出されるがまま、薬を飲み続けるしかなかった。

 薬の副作用で心だけでなく、体もおかしくなってきていた。便秘、だるさ、疲労感、頭痛、めまい、耳鳴り、痙攣、胃痛、体のありとあらゆるところがおかしくなった。胃は薬の飲み過ぎで、荒れまくっていて、朝は、目覚ましが鳴る前に、胃の痛みで起きるほどだった。胃薬も処方されていたけど、そんなの全然効かないくらいボロボロだった。だから、よけいに食欲はなくなっていて、私の拒食症はさらに加速していた。

 もう私は心身共にボロボロだった。


 ――もういつ死んでもいい。もう、どうなってもいい。こんな私なんか。もう・・。そんなことを漠然と考えながら過ごす青春の悲しさに心をえぐられながら、私はずっと生きてきた――


 深夜、一人眠れない夜に聞くポケットラジオ。もう睡眠薬をいくら飲んでも眠れない体になっていた。

「この時間になると毎日死にたくなるんです」

 深夜二時。読まれる若い女の子のリスナーの投稿。

「寂しくて、夜一人でいると死にたくなるんです」

 次々と読まれる、そんな言葉を聞きながら、無言のまま布団の中で私は涙を流した。その言葉、それは、私だった。


 久保田君は、中庭のベンチで今日も一人黄昏ていた。

「久保田君は何でここにいるの?」

 ある日、私は訊いてみた。久保田君は、小柄でマジメで大人しそうな感じの子だった。病人には全然見えない。しかも、まだ中学生くらいだった。その幼い顔の上に乗るいがぐり頭が妙に似合っていた。

「僕は人を殺してしまいそうなんです」

 久保田君はぼそりと言った。

「えっ」

 そのあまりの普通の言い方に、私はその話の内容とのギャップとで一瞬固まる。

「だから・・」

「・・・」

「だから、自分でこの病院に入ったんです」

 全然人を殺しそうな子には見えなかった。むしろ、気が小さく、やさしそうな感じの子だった。

「ずっと、ずっと、小さい時から当たり前みたいに殴られて・・」

 少し苦しそうに久保田君は言った。殴られていた当時を思い出しているのかもしれない。私は思った。

「いつもは大丈夫なんですけど・・。でも、ふと、その時のことをリアルに思い出す時があって、そういう時、なんだか堪らなくなって・・、そして・・、怒りで、時々発作みたいに訳が分からなくなって・・」

 久保田君はその小さな頭を抱えた。

「怒りで、何もかもが、どうでもよくなって・・、ありとあらゆるすべてを破壊したくなって・・」

 苦しそうに久保田君は言う。私は少し訊いてしまったことを後悔した。

「怒りが抑えられなくて、ある日、気づいたら僕は包丁を持って外に飛び出していたんです」

「・・・」

「僕は怖くて。自分が怖くて・・、僕は誰かを傷つけそうだったから、だから、自分からこの病院に入ったんです」

「・・・」

「僕は怖い。誰かを傷つけてしまうことが・・」

 久保田君は頭を抱えたまま呟くように言った。


「私は男を殺したの」

「・・・」

「私の彼ね」

 美南さんは何でもないみたいに明るく言う。よく喫煙所で会う美南さんはいつも明るく気さくな人だった。

「好きだったけど・・、まあ、はっきり言うとろくでもない奴だったわ」

 美南さんは、自分で言いながら自分の言葉にうんうんとうなずきながら言う。

「ほんとろくでもない奴だったんだけど、でも、まあ、なんか愛嬌があるっていうか、顔がよかったっていうのもあるんだけど、なんか憎めない奴なのよね。そういうキャラの奴っているでしょ?ほんと滅茶苦茶バカだったんだけど、なんか人好きのする奴だったのよ。そこだけは妙に才能のある奴だった」

「・・・」

「まあ、今にして思えばペットを一匹飼ってるようなそんな感覚かな」

 美南さんは自分を納得させるようにしきりとうなずきながら私を見た。

「生活の面倒も全部私がみてたわ。いわゆるヒモね。ほんと働かないし、浮気はするし、ほんと男として最低な奴だったわ」

 昔を懐かしむように美南さんはタバコの煙を吐き出しながら言った。

「でも、なんか許せてた。だから、三年もつき合ってたんだと思う」

「・・・」

「でも、ある日」

「ある日?」

「そいつは私のお尻をじっと見ていたの。そのことにある日ふと気づいたの。私の顔なんか一切見ていなかった。ただ私のお尻を見ていた。そして言った。「前のお尻は最高だ」って」

「・・・」

「私はその時、ものすごく不安になった。なんかよく分からないけど、堪らなく不安になったの。そして、訊いた。「私のどこが好き?」って。そしたら、「お尻」って、即答したわ」

「・・・」

「私は許せなかった。なぜかそのことが許せなかった。他のありとあらゆることは許せたんだけど、私よりも若い十代の奴と浮気したりとか、お金勝手に私の財布から持ってくとか、私の夜の仕事で稼いだお金全部競馬に突っ込んで一日で全部スッたりとか」

「・・・」 

 私は絶対にそっちの方が許せないと思った。

「そいつは最高のお尻さえあればよかったのよ。私なんかどうでもよかった。他のことなんかどうでもよかった。私の胸も腰も足も顔も髪も、心も性格も何もかもどうでもよかったの。それが分かった。そして、そのことにものすごく腹が立った。殴られたり、浮気されるよりももっと私を侮辱していると思った」

「・・・」

「私の人格、ううん、もっと深いすべてを否定されている気がした」

 美南さんは、空を見上げた。

「だから、刺したの」

 そして、そう言って私を見た。それは、まるで、昨日、鶏肉が安かったから買ったのみたいな言い方だった。

「そしたら、死んじゃった。人間て案外かんたんに死ぬのね。びっくりしちゃった」

 美南さんはあっけらかんと言う。

「それで、まあ、すごい騒ぎになって、気づいたらここにいたわ」

「・・・」

「何で刑務所じゃなかったのかってところが、私は引っかかってるんだけどね」

 美南さんは首を少し傾げながら言った。

「・・・」 


 セイラさんはとても独特なすごく澄んだ静けさのある人だった。品とはまた違うその独特の空気感が、他の子と違う何かを感じさせた。

「私は生き残ったの」

 セイラさんは、カゲロウのように儚げな声で言った。その声も澄んでいた。

「えっ」

 生き残った?私は驚いてセイラさんを見る。

「私の家族は、ある日、みんな死んでしまったの」

 セイラさんは、まったく感情の抑揚なく静かに言った。まるでティッシュがふわりと音もなく床に落ちるような言い方だった。

「一家惨殺。私の家族はみんな殺されたの」

「えっ、殺された?」

「私だけが生き残った」

 セイラさんは、白に近い長いストレートの金色にした髪をまったく揺らすことなく静かに話しをする。

「私だけが、その日たまたま、部活の友だちと部活が終わってからカラオケに行ってしまって帰りが遅くなったの。いつもの時間に帰っていたら私も殺されていたわ。多分・・」

 その澄んだ白い肌が、その場の空気にそのまま溶けて消えてしまいそうな儚さをセイラさんは持っていた。

「家に帰ったら、家の中が血だらけになっていた。お風呂場にお父さん。台所でお母さん――。二階の自分の部屋でまだ幼い妹と弟が血だるまになって死んでいた。体中、何か鋭いプロが使う刃物で滅多刺しにされていた。警察の人が後でそう教えてくれた」

 セイラさんはまるで、映画の解説でもするみたいに淡々と語った。

「犯人はまだ捕まっていないわ」

「・・・」

「何でそんなことになったのかも全然分からない。あれから四年が経つけど、手がかり一つ見つからない・・」

「・・・」

「人ってかんたんに死んじゃうのね」

 どこか他人事みたいにセイラさんは言った。

「揺るぎないずっとあると思っていたそういうものって、でも、それは、そんなものなのよね」

 やっぱり、他人事みたいにセイラさんは言った。

「・・・」

 私はこの時、何も言うことができなかった。それはあまりに現実離れした話だった。

「私は平気」

「えっ」

「でも、時々どうしようもなく堪らなくなるの。そんな時、パニックになって、気づいたらここにいるの」

 セイラさんはいつも真っ白い服を着ていた。今日も白い丈の長い木綿のワンピースを着ていた。そのスカートが、窓辺のレースのカーテンのように小さく揺れた。

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