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真知子の青春  作者: ロッドユール
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私の一日

 ――寂しくて、寂しくて、人にすがって、追いかけて、うざがられて、よけいに嫌われて、だからよけいに寂しくて、また人にすがって、嫌われて、嫌われて、追いかけて、心底嫌われて、そんなことをグルグルグルグル繰り返し、同じところをグルグルグルグル回って、もうどうしようもなくなって、私はもう訳が分からなくなって――、そして、私は壊れていく――


 でも、もう壊れてよかった。もう、どうでもよかった。私なんか・・。もう私なんか・・。

「真知子さん、真知子さん」

 誰かが私の肩を激しく揺すぶっている。

「真知子さん、真知子さん」

 私は薄ぼんやりとした意識でその主を見る。田中さんだった。

「真知子さん、しっかりしなければダメ」

 田中さんが、私の両肩を握り、力強く何か言っている。私は今日も共有スペースのソファに身を横たえ、薬でラリリながら、そのケミカルに作り出された精神世界の中でボーっとしていた。

「流されてはダメよ。悲しみに流されてはダメ」

「・・・」

 しかし、私の瞳は虚ろに中空を彷徨うだけだった。

「自暴自棄になってはダメ」

「・・・」

「病気の中に逃げ込んではダメ」

 田中さんは、私の肩に力を籠めゆすりながら言う。

「自分をしっかり持つの」

「・・・」

「強く持つの」

「・・・」

 田中さんの言葉もしかし、私の心にはまったく響かなかった。私は、田中さんを無視して、また夢見心地な薬の世界に力なく沈殿していった。

「おいっ、おいっ」

 また、声がして私は重たい意識で顔を上げる。せっかくの気持ちいい、やっと苦しみから逃れられているこの状態を邪魔しないで欲しかった。私は少しイラつく。

「おいっ」

 美由香だった。

「・・・」

 私の中に一瞬何かが灯った。それは微かな感情の火だった。でも、それはすぐに薬の影響で鈍麻した私の意識の底に沈むようにまた消えて行った。

「美由香・・」

「戻って来たか」

 美由香はどこかうれしそうだった。

「やっぱりな」

 美由香はどこか得意げに言った。そのことに私はどこか違和感を感じる。そのことだけを、薄ぼんやりとした意識の中でかすかに思った。

「お前、ガッチャン部屋に入ったんだってな」

 やっぱり、美由香はうれしそうだ。

「これでお前も一人前だな」

「・・・」

 美由香は私に顔を近づけ私を覗き込むように話をする。でも、その目はどこか私を見ていないような気がした。美由香は結局、私じゃなく自分の世界を見ている。私はそのことになぜか堪らない嫉妬と孤独を感じた。

「知ってるか?あいつおやじに犯されてたんだぜ」

 美由香が、共有スペースの片隅を見て言った。

「・・・」

 私もその方を見た。そこには女の子が一人座っていた。あの私と入れ替わるようにして、ここに新しく入って来た若い子だった。

「あんな子が・・」

 私からしたら羨ましいくらいかわいい子だった。

 まだこの病院に慣れていないのか、怯えるようにその子は共有スペースの片隅に座っていた。ショートボブの丸い頭が、まだ幼さを感じさせる。

「・・・」

 私は、その子を見つめ、その私なんかよりも、よっぽど過酷な人生をサバイブして来たであろうその子の苦しみを想像してみる。

「・・・」

 でも、やっぱり自分の苦しみで精いっぱいな私は、結局、どうでもよくなって、薬で鈍麻した意識のとろとろとした心地よさに再び沈殿していった。


 ――自分ではどうしようもない感情の揺れ。それに振り回される私。とめられない私。コントロールできない私。苦しい私。悲しい私。泣くことしかできない私。私私私――。もう訳が分からない。もう嫌。こんな私が嫌。嫌嫌嫌嫌――


 アトちゃんが、今日も窓辺で日光浴をしている。アトという名前が本名かどうかも知らなかったし、歳がいくつかも知らなかった。アトちゃんは、基本誰ともしゃべらなかったし、大体いつも一人で過ごしていた。

 アトちゃんは毎日毎日、共有スペースの同じ窓辺で、まるで植物が光合成をするかのように、晴れた日はいつも黙って一人日向ぼっこをしていた。何時間も動かないその姿は、本当に植物かのようだった。

 私も、アトちゃんの隣りで窓辺に降り注ぐ太陽の日に当たってみた。

「気持ちいい」

 それは予想以上にとても気持ちよかった。温かくて、そして明るくて、体を、心をよく分からない心地よい何かで満たしてくれているようだった。

「お日様すごい」

 お日様にただ当たるということがこんなに気持ちのいいものだと私は知らなかった。あまりに当たり前過ぎて気づかないことは世の中にはたくさんある。これはその最たるものではないだろうか。私は思った。

「気持ちいいね」

 私は隣りのアトちゃんを見る。アトちゃんは何も答えず、まるで何も聞こえなかったかの如く、いや、そもそも私なんか存在すらしていないかのように、目を閉じたまま太陽の日を気持ちよさそうに浴び続けていたが、でも、その顔は心なしか得意げなように見えた。


「今は順調だよ。この分なら退院の日も近いよ」

 よく喫煙所で会う高橋さんはなぜここに入院しているのか分からないくらい、知的でしっかりとしている人だった。

「高橋さんはなんで入院しているんですか?」

 私は、そんな疑問を率直に訊いてみた。

「しっ」

 高橋さんは突然、口元に人差し指を立て、険しい顔をする。

「えっ」

「しっ、静かに」

 高橋さんはしきりと周囲を見回す。私も何事かと辺りを見回す。しかし、そこはなんの変哲もないいつもの病院の中庭だった。

「盗聴されているかもしれない。声を小さくするんだ」

「ん?」

 私は高橋さんを見る。

「僕はね。ずっと黙っていたんだけど」

 高橋さんは真剣な顔で私を見る。

「はい」

「僕はずっと黙っていたけど・・」

「はい」

「僕は実はCIAの特殊工作員なんだ」

「・・・」

 私に顔を近づける高橋さんのその顔は真剣そのものだった。

「僕には秘密の任務があるんだよ」

「・・・」

 高橋さんもあっち側の人だった・・。


 加奈子ちゃんはいつも同じ帽子をかぶっていた。そして、それをいつもどこに行ってもかぶっていた。レインボー色でサイケデリックな感じの毛糸のレゲエ帽。私はついそこに目がいってしまう。

「この帽子似合わないでしょ」

 加奈子ちゃんがそんな私に気づき言った。

「えっ、う、ううん、そんなこと・・」

 実際そんなこと私は欠片も思ってはいなかったが、急に言われ私はどもってしまう。

「いいの、みんなに言われるから」

「・・・」

「でも、これ、似合うって言ってくれた人がいるんだ。私の友だち。唯一の友だち」

 伏し目がちに加奈子ちゃんは言う。

「その子はね。ジャマイカ人のハーフなんだ。色が黒くて、みんなと違う顔をしていて、だから、みんなから仲間外れにされていじめられてた。私と同じに」

「・・・」

「だから、私たちは友だちになったの。私たちはいつも一緒だった。学校でも、それ以外でも、いつも一緒だった」

「・・・」

「その子が、一緒に行ったお祭りの露店で売ってたこの帽子を私がいいなって言ったら、それ似合うよって言ってくれたの。だから、買ったの」

「そうなんだ。思い出の帽子なんだね」

「うん、それからいつもかぶってるんだ」

 加奈子ちゃんはうれしそうだった。

「でも、彼女とは、中学を卒業してから、一度も会ってないの。彼女は両親の都合でジャマイカに行ってしまったの」

「そうなんだ」

「今何してるんだろう。会いたいな」

 加奈子ちゃんは遠くを見つめた。

「私は彼女しか友だちがいないの」

 加奈子ちゃんは最後に一人呟くように言った。その言葉の末尾に堪らない寂しさが滲んでいた。

「・・・」

 加奈子ちゃんは悲しげだった。でも、立った一人、たった一人でも友だちがいることに私は嫉妬に似た羨ましさを感じていた。

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