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真知子の青春  作者: ロッドユール
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お説教

「どうしたんだよ。まだ気にしてんのか、あいつの言ったこと」

「うん・・」

 数日たっても真紀の父に言われたことが私の心を苛んでいた。

「あんな奴の言うことなんか気にすることないぜ」

「何にも言い返せなかった・・」

 それが悔しかった。

「間違ってるって思ったのに・・」

 真紀の父は酷いことばかり言っていた。すごく、高圧的で、差別的で、無責任で、やさしさも思いやりも欠片もなくて・・。

 あんなの絶対に間違っている。でも、私はあの時、何も言い返すことができなかった。それどころかちょっと言い返されて私は泣いてしまった。そんな弱い自分が情けなくて恥ずかしくて・・、そして、惨めだった。

 美由香だったら、絶対にあんな時、負けずに何か言い返していたに違いない。

「言やいいだろ」

 美由香が言った。

「私美由香みたいに強くないもん」

「ただ言えばいいだけだろ。お前の言ってることは間違っているって」

「言えないよ」

「なんでだよ」

「なんでって・・」

「言えるだろ。そう思い込んでるだけだ」

「そうかな・・」

「そうだよ」

「・・・」

 なんか違う気がした。やっぱり、美由香は特別なんだと思う。普通の人間にはそんなことまねできない。まして、気の弱い私なんか・・。


 ――いつも美由香みたいな人間に私は憧れていた。強くてきれいで、いつもクラスや仲間の中心にいるようなそんな存在。でも、自分は絶対にそうなれないことを経験的に知っていた。そのことに小さい頃から私は絶望していた――


「かんたんだろ」

「・・・」

 美由香はかんたんに言うが、やっぱり、私には難しいと思った。

「やっぱり言えないよ」

「自分でそう思い込んでるだけだ」

「うん・・」

 でも、やっぱり私はダメな気がした。


「ちょっといい」

「えっ」

 その日の午後、いつものように暇を持て余すように共有スペースのソファで何となしに雑誌を読んでいた時だった。突然声をかけられ、私はその方を見る。田中婦長だった。

「なぜ私・・」

 他に患者はいっぱいいる。みんな暇そうだ。

「いや、あの・・」

 田中婦長は苦手だった。

「あなたに話があります」

 しかし、私の返事など無視して田中婦長は話を始めてしまう。

「あなたはここに何しに来ているの?」

「えっ・・」

 いきなりのお説教モードだった。

「あなたは病気なんでしょ」

「はい・・」

「だったらマジメに患者をやりなさい」

「・・・」

 意味が分からなかった。しかし、田中婦長は、腰に手を当て、私を見下ろすように鋭い視線を向ける。

「私たちが、いくらがんばっても本人が治す気がなかったら、どうしようもないのよ」

「はい・・」 

 私は力なく答え、うつむく。何とかこの場から逃れたかったが、それは難しそうだった。

「あなたは、まだ有本さんたちとつき合っているわね」

「美由香は友だちだから・・」

「ここは友だちを作りに来るところじゃないでしょ。前にも言ったわよね」

 かなりきつい口調になった。

「でも・・」

 正論だと思った。でも・・。

「あなたはずっとここにいるの?」

「・・・」

 でも、私は美由香に多くを救われていた。それは事実だった。

「病人同士、慣れ合いで、仲よくやってたって、いつまでたっても退院なんてできないわよ」

「・・・」

 慣れ合いなんかじゃない。そうじゃない。私たちは友だちだ。それを言いたかったけど、それを言っても笑われるだけな気がして、悔しいけど黙っていた。

「あなたは大人になってもずっと、ここにいるの?」

「・・・」

「そうじゃないでしょ?あなたはいずれここを出て、学校に戻るのよ。そして、大人になったら社会に出ていかなきゃいけないのよ」

「・・・」

 分かっている。分かっている。それは分かっている。確かにそうだった。いずれここを出て行かなければならない・・。そして、学校に戻らなければならない。そして、いずれ嫌でも社会に出て行かなくてはならない。そんなことは分かっている。分かっている。でも・・。

「でも・・」

「でもじゃないの。そのことを忘れちゃだめよ。ここはあなたの安住する場所じゃないの。そこをちゃんと理解しなさい」

「・・・」

 ここに安住している自分は確かにいた。でも、私は・・、私は・・、言葉にうまくできないけど、私は・・。

「私は・・」

 大人のよく言う杓子定規な正論に、思春期特有の反発が私を苛立たせる。そうじゃない。そうだけど、そうじゃない。でも、それを言葉にしようとしても、うまく言葉にできない私の不器用さが、さらに私を苛立たせるだけだった。

「いいわね」

 一方的にまくしたてられるように、言われるだけ言われて、田中婦長は去って行った。

「・・・」

 私はしばし、その場に呆然と佇む。

「やっぱ、お前目ぇつけられたな」

 そこに、美由香がやって来た。

「うん」

「へへへっ」

 美由香はどこか楽しそうだ。

「あいつは何なの」

 私は、田中婦長の上からな感じに少し腹を立て、少し興奮気味に言った。何で私ばかりがお説教をされなきゃいけないのか分からなかった。

「ん?ああ、あいつは一人で気合入っちゃってんだよ。他の看護婦みたいに適当にやっときゃいいのに」

「なんかいつも美由香のこと悪く言うんだよね」

 そのことに私は一番腹が立っていた。

「なんかあいつ、なんか知らんけどあたしにだけすごい厳しいんだよな。やたらつっかかってくるっていうか」

「そうなんだ」

「でも、今度はお前が、目ぇつけられたんだよ。はははっ」

 そう言って、美由香は笑った。

「うわぁ、やだなぁ」

 私は思いっきり顔をしかめた。

「あいつはしつけぇぞ。もはやここでは妖怪並みの古参だからな」

「妖怪並み?」

「もうこの病院に三十年くらいいるらしいぜ。高校出てそのままここ」

「ええっ」

 私は驚く。

「まあ、ほとんどここじゃ女帝みたいな存在だからな。医者たちも頭が上がらないってレベルの存在だからな」

「ええ、そんなのに目つけられたの。私。嫌だな」

 私はさらに顔をしかめる。

「まっ、気をつけな。あいつに目つけられた奴は、みんなここを出てくんだ」

「えっ、なんで」

「まっ、とことんいじめられるってことだな」

「・・・」

「あの年で独身。仕事一筋三十年。そりゃ、若いあたしらみたいなかわゆい若い女の子見たらいじめたくもなるんだろうな」

「・・・」

「お前も、大変な奴に目つけられちまったな」

 美由香は笑いながら言う。やはり、美由香はどこか楽しそうだった。

「まっ、とりあえず、タバコでも吸いに行こうぜ」

「う、うん・・」

 そう答えたものの、しかし、気の小さい私は大変なことになったと恐怖と不安とに苛まれていた。 

 

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