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真知子の青春  作者: ロッドユール
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食事

「食事の時間よ。食べられる?」

 顔を上げると、部屋の入口から看護婦さんが顔を覗かせていた。

「あ、はい」

 いつの間に寝てしまったのだろう。私は半分はっきりしない頭を起こした。何もしていないはずなのに、私はなんだか妙に疲れていた。

 廊下に出た私はなんとなく他の人たちが歩いている方へと辿りながら、恐る恐る食堂へと向かった。一度来る時に通った共有スペースに出てから、さらにその奥の廊下を奥まで行くと食堂はあった。

 知らない人のいる、知らない空間に入っていくのが苦手な私は、おずおずと食堂に入る。すると、そこにはすでに多くの患者たちがいて食事をとっていた。食堂は広く、長テーブルが中央に三本走り、その周りを小さなテーブルがあちこちに、その長テーブルを囲むように置いてある。案外みんな自由に座り、各々勝手に食べている感じだった。私が入っても、ほとんどの人は自分のことに夢中で見向きもしなかった。私はどうしていいのかも分からず、適当に一番端の長机の真ん中辺りの空いている席に座った。

「おい、どこに座ってんだよ」 

 座った直後、急に背後から、怒声が響いた。驚いて、振り返ると、食事のトレイを持った吊り目の女が、ものすごい形相で私を睨んでいた。

「そこあたしの席」

 吊り目の女が冷たく言った。

「あっ、すみません。あ、あの、初めてなので」

 私は慌てて、あやまり、立ち上がった。

「ごめんなさい」

 そして、さらに私はあやまる。だが、吊り目の女の子は、返事をしようともせず睨み続ける。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 私はとにかく卑屈にあやまり続けた。


 ――「なんか真知子って、変じゃない?」

「そうなんか変よね」

「なんかキモイ感じするよね」

 そんな同級生たちの囁き声が、遠くから薄っすらとそれでいてはっきりと聞こえてくる。私はそれを、机に一人座り、聞こえない振りをして、教室の片隅でじっとうつむく。なんとも耐え難いどろりとした時間が私を圧迫し、私の不安な心をこね回す。私はじっと、ただじっとその場に固まり、この状況が一刻も早く過ぎ去るのを祈りながら耐えた。

「ふふふっ」

「はははっ」

 だが、それは最後、とどめを刺す、残酷な同級生たちの嘲笑的な笑い声で終わった――。


「・・・」

 今もおぼろに私の脳裏に焼きついている、そんな油粘土のようなねとっとした質感の白黒の記憶が、私の頭の奥のサビついた古い映写機で、いつもカタカタと上映されていた。

 私はどこに行っても人を不快にさせてしまう。どこに行っても人を怒らせてしまう。どこに行っても人から嫌われてしまう。私はどうしようもないダメ人間。私は嫌われ者だ。どこにいても生きづらかった。やっぱり、ここでも同じだ。私の中に、堪らない悲しみが湧き上がり、胸いっぱいに広がってゆく。私は傷ついてばかりだ。私は傷ついて傷ついて、無様に傷ついて、どうしようもなくうなだれる。私はなんてダメ何だろう。なんて愚かでダメな人間なんだろう。

 私という安定した根本が、ガラガラと崩れていくような感覚に襲われる。それは止まらない絶望。どこまでも壊れていく私。どこまでも落ちていく私。どこまでも広がる不安。無限に広がる暗黒。私は立っていられないほどの、暗澹に包まれ、その現実に恐怖し、震える。

 でも、一方で、そんな自分にほっとしている自分もいた。やっぱりダメな自分がいる。自分がそうだと思っているダメな自分がそこには確実にいて、それはやっぱり間違っていなかった。だから私はほっとする。やっぱり私はダメな自分で間違いない。私はそこに安心を感じ、救われる。

 その時だった。

「別にお前の席じゃねぇだろう」

 突然、私の背後から鋭い声がした。私は驚き、振り返った。そこには私とおない年くらいの、背中まできれいに流したストレートの髪を金髪にした女の子が立っていた。そして、外国人を思わせるようなその彫りの深い目鼻立ちのはっきりとした顔立ちからのぞく、大きな二重の目が、吊り目の女を睨みつけている。

「あっ?お前に関係ねぇだろ」

 吊り目の女が言い返す。

「別に誰の席か決まってねぇんだから、誰がどこに座ろうが関係ねぇだろ」

「ここはあたしがいつも座ってる席なんだよ。お前だって知ってるだろ」

「ああ知ってるよ。だけど、お前の席じゃねぇ」

 二人はものすごい形相で睨み合う。

「い、いえ、私は別にいいんで」

 私は突然のことに慌てて間に立つ。しかし、すでに二人に私は見えていない。

「お前、うぜぇえんだよ。いちいち」

 吊り目の女が言った。

「だったら、子供みてぇな事、言ってんじゃねぇよ。お前がただ他の席に座ればそれですむ話だろ」

「あたしはここがいいだよ」

 お互い睨み合い、緊迫した空気が周囲を覆った。そん状況を食堂にいた他の患者たちがみんな見つめている。私はどうしていいのか分からずただオロオロするばかりだった。

「どうしたの?」

 そこに異変に気づいた看護婦が一人やって来た。

「どうしたの?」

 やって来た看護婦が、間に立ち、お互いに顔を交互に見ながら問いただすようにもう一度訊いた。すると、激しく睨み合っていた二人は、お互い後ろに下がり、距離を取った。そして、吊り目の女の方が、「ちっ」と舌打ちをして、背を向けると、他の席の方へトレイを持って行ってしまった。

「あ、ありがとうございます」

 私は、もう一人の髪の長い女の子に言った。

「ここはイカレた奴が多いからな」

 そう言って、彼女は微笑んだ。その微笑みに私はドキッとする。それはなんとも人を魅了する魅惑的な微笑みだった。私はこの子と仲よくなりたい。瞬間的にそう思った。でも、多分私なんか絶対に無理だろうなとも、瞬間的に思った。それが、彼女に対する私の第一印象だった。

「大丈夫?」

 看護婦さんが私に訊いた。

「えっ、あ、はい・・」

「食事はあそこで、受け取るのよ」

 看護婦さんが、入り口から左手にある食堂のカウンターの方を指差す。

「は、はい」

 カウンターの向こうには調理のおばちゃんたちがいて、並ぶ患者たちに次々食事を渡している。私は入ってすぐに右を見たのでそこに気づかなかったのだ。

「ああ」

 私はそのことに気づくと、そんな間抜けな声を出していた。そして、また首を前に戻すと、看護婦さんと話をしている間に、あの髪の長い子はどこかへ行ってしまっていた。そのことに私は少しがっかりした。

「・・・」

 あの子は一体なんの病気なのだろう。私はそんなことを考えていた。まったく病気に見えなかったし、逆にどこか人を惹きつけるカリスマ的なオーラがあった。


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