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真知子の青春  作者: ロッドユール
18/70

二回目のカウンセリング

 二回目のカウンセリングの日が近づいていた。

「私あの・・」

「何?」

「私、あの・・、カウンセリングもういいです」

 診察の日、私は思い切って榊さんに言ってみた。

「どうして?ちゃんと、受けないと治らないわよ。途中でやめちゃうと、治療にならないわよ」

「でも、あの・・」

「どうしたの」

「・・・」

 私は正直嫌だった。あの、鎌田・・。

「なんかあの、先生が・・」

「あらっ、鎌田先生は、とても優秀な方よ。それに摂食障害にも詳しいし」

「・・・」

 全然、詳しくなどなかった。というか、分かっていなかった。摂食障害のこと、全然分かっていなかった・・。

「まあ、一回だけだと、まだ分からないわよ。何回か受けてみたらまた印象も変わるかもしれないわよ。何回か受けてみてからもう一度判断するのも遅くないんじゃない?」

 榊さんが提案するように言う。

「・・・」

「ね?」

「はい・・」

 私は納得できていなかったが、生来の気の小ささと、自分の意見が言えないという身についた卑屈な性格で、結局、カウンセリングをまた受けることになってしまった。 


「さてさて」

 私が前回のように、鎌田に向かい合うように置かれたパイプ椅子に座ると、鎌田は、また、前回のように作っているのか天然なのか、妙に明るくそう言って私を迎えた。その姿に、ものすごい嫌悪感と怒りが湧く。だが、もちろん、そんなことを表に出すことは私はできない。

「え~っと」

 鎌田は、手元のカルテのようなメモを見た。

「真知子ちゃんだね」

「はい・・」

 名前すら覚えていなかった。

「え~っと、過食症から拒食症・・」

 メモを見ながら、呟く。私の病気の内容も全然覚えていなかった。私は・・、私は、全然忘れることができなかったのに・・、お前のこと・・。

「どう?あれから」

「・・・」

 どうももくそもない。お前のせいで私は散々だった。あれからどれだけ私が苦しんだか・・。

「摂食障害って言うのは脳の機能障害なんだ」

 私が黙っていると、鎌田が突然しゃべり出した。

「はい?」

 私は鎌田を見る。

「前頭葉がね・・、抑制機能を・・、大脳辺縁系が、食事に関しての動機づけをしてしまって、快感を必要以上に感じて、それを抑制できなくなってしまうんだ」

「はあ」

 何を言っているのか分からなかった。というか、何を言わんとしたいのかも分からなかった。

「少し勉強してきたんだよ」

 鎌田は得意げに言った。

「・・・」


 ――私の心は乱れ、荒れ狂う感情はジェットコースターのようにアップダウンを繰り返し、周囲の人間を振り回した。

 気づけば少なかった私の友だちもみんないなくなっていた。私といつも仲よくしてくれた安江ちゃんも去って行った。家族とも不和だった。私は孤独だった。堪らなく孤独だった。その孤独を埋めるように、私はさらにさらに食べて食べて食べまくった――。 


「いろいろ本を読んでみたよ」

「・・・」

 本で勉強してきたのか・・。しかし、そんな浅薄な知識で理屈を言われたところで、私の心が変わるわけはない。

「つまり、前頭葉の機能がね・・」

 だが、鎌田は、それで私の心の何かが変わるとでも思っているのか、何やら脳の断層写真まで出してきて、前頭葉がどうだとかなんとかかんとかと一方的に話し始めた。

「・・・」

 二回目カウンセリングは、私のカウンセリングなのに、鎌田は私の話などまったく聞かなかった。しかも、自分が話しまくるその話のその合間に、ちょこちょこ自分の自慢話をはさんで来る。チェルノブイリ周辺の国に行ってボランティアしただとか、ギリシャで開かれた世界会議に出たとか、訊いていもいないのに、私にとってどうでもいい、むしろうっとうしいむかつく話しをしてくる。

「あのでも、そう言われても・・」

「だからっ」

 そして、私が、何か反論をしようとすると、鎌田はキレ気味にそう言って、私を黙らせる。そして、鎌田は延々話し続ける。私は、もう何が何やら訳が分からなくなる。 

「・・・」

 だが、私は骨の髄まで身についてしまった卑屈さで、心の底では嫌だと思っているのに、うんうんと愛想よく聞くふりをしてしまう。そんな自分が嫌なのだが、体に染みついた卑屈さと人の好さは、私の意識を飛び越えて勝手に反応して、聞き分けのいい、人のいい人間を演じてしまう。

 私は何のためにカウンセリングを受けているのか心底分からなくなった。これでは、私が癒されるどころか鎌田に気持ちよくカウンセリングさせてあげるために私が犠牲になってるみたいじゃないか。しかも、お金を払っているのはこっちだ。

「なんだこれ・・」

 私は心の中で呟いた・・。


「どうしたんだよ」

 いつものように私の部屋に遊びに来ていた美由香が、うつ伏せにベッドの上で、また真っ黒い鉛玉のように暗く沈み込む私を覗き込む。

「うん・・」

 私は何も言えなかった自己嫌悪と、鎌田に対する怒りで、ベッドに沈めるようにしていた顔を少し上げた。

「カウンセリングが‥、なんだか嫌なんだ・・」

「・・・」

 美由香が私を見る。

「なんか、カウンセラーの鎌田っていう奴が、なんか変でさ・・」

 やっぱり、あの鎌田はおかしい。むしろ鎌田の方が何か病気なんじゃないかと思った。

「どうしたの?」

 ふと見ると、美由香が、信じられないといったような驚いた表情で私を見ている。

「えっ?私なんか変なこと言った?」

 私は不安になった。

「やめればいいだろ」

 すると、美由香がさらっとそう言った。

「えっ」

「行かなきゃいいだろ。そんなの」

 当たり前みたいに言う。

「そうなの」

「ああ」

 美由香は何やってんのお前といった表情で私を見る。

「・・・」

 かんたん明瞭な答えだった。

「・・・」

 そうか。そうだよな。確かにそうだ。行きたくないなら行かなければいいんだ。私の重く暗く沈み込んだ心が一気に晴れ渡った。

「美由香の方がカウンセラー向いてるよ」

 私は美由香に言った。

「だろ」

 美由香はどや顔で言う。

「うん、美由香に相談した方が元気が出たよ」

「そうだろ」

 美由香はさらにどや顔で言う。

「カウンセラーなんて、自分も病んでる奴が多いんだぜ」

「そうなの」

「ああ、自分が病んでるから、心理学とかに興味持って、それでそっちの道に行くわけよ」

「なるほど」

 確かに鎌田はなんかおかしかった。

「だから、結局、自分も病んでるからさ、何の役にも立たないし、むしろ害悪だったりするのよ」

「そうか・・」

 実際その通りだった。

 私は次のカウンセリングをボイコットした。他のカウンセラーも勧められたが、私は固辞した。

 結局、その後、榊さんと話し合って、カウンセリングは受けなくてもよくなった。

 しかし、その後、私に病名がもう一つついた。境界性人格障害。

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